規格外の螺子

cassisband

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 プリンタが動き出した。隆史は、プリンタから用紙が全て吐き出されるのを待ってから席を立った。一ページ目には、「操作手順について」と書かれている。内容は、システムの起動方法からログイン・パスワードと続き、隆史が扱うシステムへのデータの入力方法が示されている。
 システムの入れ替え作業は一段落したが、データの移行に問題がでていた。しかし、当初からわかっていたことだったから、新システムにかかる費用とは別に、データ修正の人件費も「支払い手数料」という形で予算組してある。「支払い手数料」とは派遣社員を雇う経費のことだ。一時的に人を増やしたいという場面が、年に何度か訪れる。その場合、この業界ではアルバイトでも正社員でもなく、派遣社員が重宝されている。パソコンの操作を専門とする人材を何名、何ヶ月と指定すると、その条件に見合う人材を派遣してくれる。担当者は簡単なマニュアルさえ用意すればよい。後は簡単な説明をするだけで、特別な指示を与えなくても、そつなく仕事をこなしてくれる。さらに、その人員に関する給与等の一切は派遣会社がやってくれるので、手間がないのだ。
 今も他のチームに所属する派遣社員が同じフロアで働いており、隆史が働き始めてから一年を通して派遣社員が来ていない時期はないように記憶している。今回の単発的な人員補充にも当然、派遣社員がやってくることになっていた。
 隆史が用意しているのは、派遣社員のためのマニュアルだった。今回の作業に必要な箇所だけを抜粋したが、それでもプリント枚数は、一セットで二十枚にも及んでいる。もっと省けばよかったか、と思ったが、大は小を兼ねるなどと見当違いなことわざを思い浮かべ、残りの二セットもプリントして上司の机へと向かった。
「お待たせしました」
「おお、川崎。急に頼んで悪かったな。今日からだったんだよ。うちの派遣の人。もう人事部のとこ、来てるんじゃないかなあ。前もって準備しとけばよかったんだけど、うっかりしててさ。助かったよ。」
「作業スペースの用意は大丈夫ですか?」
 隣のチームの派遣社員の人数が多いため、派遣社員用のスペースは賑わっている。これでは、いつもより受け入れ態勢を整えるのに、手間がかかるのではないかと、気を回した。
「それは、今、他のやつに頼んでやってもらってるとこ。後はパソコンのセッティングだけなんだが。まずいなあ。そろそろ来るかもなあ」
 隆史のフロアには、総勢三十名ほどのシステム担当者がおり、全員がパソコンに向かっている。さらに、部屋の奥に、いろいろな機会にやってくる派遣社員の作業用のスペースをかまえているため、かなりの大所帯である。
上司が開け放されているドアのほうへ首を伸ばすと、ちょうどのタイミングで人事部の担当者が女性三人を連れてやってきた。
「ああ、来ちゃったよ。」
 上司は言いながらドアのほうへ向かい、女性三人を連れて戻ってきた。女性たちに、今から紹介しますから、と小さく言うと、今度はフロアの全員に向けて大きな声を張り上げた。
「はい。ちょっと手を休めて注目してください。えー、今日から新システムデータ移行のお手伝いをしていただく派遣さんです。では、一人づつお名前を」
 上司に近い女性から名乗っていった。フロアの人間達は、慣例的にひとりひとり拍手で迎えた。最後の女性は一番若いようだった。しかし、声は小さく、側にいた隆史でさえ、名前をよく聞き取れなかったが、それでもみなは拍手を送った。他のふたりより緊張しているのか、顔色が悪く、青ざめているように見えた。
「では、みなさん、こちらの三人をよろしくお願いしますね」
 上司は女性たちを連れて、「セッティングおわったかなあ」と呟きながら、部屋の片隅にある作業スペースへと歩いていった。
 隆史は、そんな上司達の後姿を見送ったが、最後に名乗った女性の足元がふらついているようにも見えて、彼女が席につくまで目を離せなかった。挨拶が終わるともう他の同僚たちは、自分のパソコンの画面に目を戻しており、彼女たちに注目している者はいなかった。隆史だけが、変化に気付いたのだろうか。最後の女性の姿は、支えが必要かと思えるほど、隆史の目には心細く映った。
 女性がイスに座るのを見届けると、うっすらした心配は、思い過ごしかもしれないという気持ちに変わり、隆史も自分の席につき、作業に戻った。
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