規格外の螺子

cassisband

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今日の大学構内は学生で賑わっている。土曜日の午前だというのに。聞くところによると、ここの大学では、一年生の必修授業の語学が土曜日の一時限目に組まれているらしい。そのため、ほとんどの一年生が語学の単位をとるべく登校してくるので、平日並に混雑するのだという。
 健一はこの現場に足を踏み入れた時の感覚を思い出した。賑わう学生たちを間近にして、なんとなく高揚した気分だった。
 構内通行許可証と作業中というプレートをトラックのフロントガラスから見えるように並べている先輩を横目に、健一は助手席からトラックを降りた。ようやく、学内の勝手がわかってきて、安心してキャンパスに降り立つことができる。
「土曜日じゃないみたいだな」
 トラックから出てきた先輩が言った。
「そうっすね」
 健一も同感だという言葉を告げた。
 健一は高校までしか出ていない。しかも、通った学校は全て公立校だ。健一たちの在学中には教育法が改正され、公立の学校は土曜休日が決定された。だから、漠然と今も土曜日の学校は休みというイメージを持っている。しかし、よく考えてみれば、私立大学がその法令に順守する理由もないわけだ。すべからく、この大学のキャンパスの今日の風景も土曜日であろうと、当たり前のものと言えるのだろう。だが、それはこの現場に入ってみて、初めて知ったことのひとつだった。
 健一には、「大学生というものは」という思い描くイメージがあった。それは、自由に自分の時間を謳歌できるというイメージだ。その有り余る時間で勉学に励んだり、趣味を楽しむ時間としたり、アルバイトで社会勉強程度に小遣いを稼いだり…。高校卒業後すぐに社会人となった健一には夢のような時間に思えた。
 自分が大学というものに、コンプレックスと共に憧れも抱いていることは、無視できない事実だった。高校は工業高校だったから、高校時代の友人はみな健一と同じように、社会に出た。だから、その頃できた友人たちは、大学進学とは無縁なものばかりだ。クラスに何人かいる進学希望者たちの行く先もせいぜい資格取得のための専門学校だった。大学生に対して、思いを馳せる者などいない。その証拠に、高校時代には、どこの大学がどうだというような話題をしたことはただの一度もなかった。おかげで、健一の大学に対する思いは彼らに悟られたことはない。高校の同級生といる時は、自分がいたって一般的な存在だという意識が心の中にあった。
「積み荷、下ろすか」
 いかにも建築業という風貌の先輩は身軽にトラックの荷台にあがった。二つに分かれてワゴン車に乗り込んだ他の同僚たちはまだ到着していない。だが、作業は早く取り掛かるほど、それだけ今日の仕事がはかどることになる。
「やりましょう」
 健一も荷物を下ろす側に回り込み、作業に入った。
 すぐそばを四、五人の男子学生のグループが話しながら歩き抜けて行く。大学生が、自分とは無縁だと頭から思っていれば、何も感じはしないのかもしれなかった。現に、一緒に作業している先輩は学生たちが目にも入っていない様子だ。
 しかし、健一は違った。昔馴染みの友人たちはみな大学を目指した。みなが大学に進学する中で、健一は一人疎外感を味わうことになったのだ。
 それが、今は毎日のように大学のキャンパスに足を踏み入れている。ただ思い描いていたことと絶対的に違うことは、自分の身分は学生ではないことだ。しかも、一般人として来ているわけでもない。作業員として、この場所に立っているだけだ。
 学生たちの中には、年の近そうなものもいる。大学四年生にもなれば、見た目も振る舞いもあまり変わらないような感じがする。彼らは真新しいスーツに身を包み、「就職ガイダンス」とでかでかとかかれた看板の横を通り抜け、ガイダンスの会場へと消えて行く。 彼らの目に、自分は一体どのように映っているのだろう。そんなことを気にしだすと現場の作業に身が入らなくなりそうだ。
 大学生たちの様子を横目で盗み見たい自分と、彼らの目に触れたくないと思う自分。どちらの自分も好きではない。
 積み荷を一通り下ろすと、「許可なく立入禁止」と書かれた工事用のバリケードをいったん通路の端に寄せた。改修作業をしている研究棟は、キャンパスの一番奥にある。学生が工事現場に迷い込まないように、研究棟へ続くあちこちの通路はふさがれている。だから、このバリケードの中に入ってしまえば、学生を目にすることも、学生の目にさらされることもない。
 健一は下ろした積み荷を大きなキャリアーに乗せると、バリケードの奥に進んだ。そして、仕事に集中すべく、頭を切り替えた。
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