26 / 36
25.
しおりを挟む
他部署のシステムトラブルを無事に解決し、自分のデスクへ戻ろうと、廊下を歩いている途中、隆史はおやっと思った。
医務室の表示の下に、小ぶりな木製の看板がぶら下がっている。行きに確認した時にはかかっていなかったはずだ。
この看板を選んだ看護師はカントリーっぽい趣味があるのだろうか。「お静かにお願いいたします」と書かれた丸文字の横には、目をつぶり頭を下げるうさぎの絵が描かれている。
看板が出ているのは、医務室内に利用者がいる時だ。しかも、その利用者が寝ている時にこのようにかけられる看板であるということを隆史は知っていた。
先ほどの女性が思い出された。青ざめた顔で、ゆっくり歩いているものの、そのスローな動きは、いつぐにゃりと床に倒れ込まないとも限らないような、心許ないものだった。
きっと、医務室のベッドで休んでいるのだろう。顔面の青さは、貧血かもしれないと思った。満員電車で突如しゃがみ込んだ女性がか細い声で、貧血で、と言い途中下車していく横顔に似ていた。
ゆっくり寝て、気分が良くなっていればいい、と思った。しかしここは朝のラッシュと違い、横になれる場所なのだからそんなに深刻なことにはなるまい。
席に戻ると、同僚の山川が待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「たかし!何やってんだよ~。遅かったじゃないか」山川は怒っているのか、喜んでいるのかわからないような高いテンションでピョンピョン跳ねながらやってきた。
「遅いよ!」
「システムでヘルプの連絡が入ったから、復旧しに行ってきたとこだよ」
「そんなのは、わかってるよ!」
山川はスピード余って、隆史の机にぶつかっている。
「システム提供元のMからエラー修正で細かいとこ確認してくれって、お前に何度も電話入ってんだよ~」
心底電話の対応に困っていたらしい。山川の下がり切った眉毛から、困り果てた様子が見て取れた。
「急ぎだっていうから、俺ものぞいてみたんだけどさあ、最初の状態知らないのに、エラーが直ってるのかどうなのかなんて判断つかないよなあ。間違ったこと返事して、後でそれ直すのにまた金かかったりしたら、責任重大だぜ。奴らは何でもかんでも、金とるからな。ほんと、せちがらい世の中だよ」
「すぐ先方に連絡してみるよ。面倒かけて悪かったな」
隆史は近くの電話から受話器を手にすると、頭のメモリーに記憶してある番号をプッシュした。
山川はホッと息を吐くと、眉を元に戻した。愚痴まで吐き出して、一転して気分がよさそうだ。
何回かの呼び出し音がプツッと切れて、電話の向こうから担当者が応答する。早口に、 急ぎの用件だと伝えてくる。毎度のことだが、今日もさらなる残業になりそうだ。終電に間に合えばいいのだけど、と頭の隅で考えながら、電話の声が指示するのを聞きながら、キーボードを叩いていく。
医務室の表示の下に、小ぶりな木製の看板がぶら下がっている。行きに確認した時にはかかっていなかったはずだ。
この看板を選んだ看護師はカントリーっぽい趣味があるのだろうか。「お静かにお願いいたします」と書かれた丸文字の横には、目をつぶり頭を下げるうさぎの絵が描かれている。
看板が出ているのは、医務室内に利用者がいる時だ。しかも、その利用者が寝ている時にこのようにかけられる看板であるということを隆史は知っていた。
先ほどの女性が思い出された。青ざめた顔で、ゆっくり歩いているものの、そのスローな動きは、いつぐにゃりと床に倒れ込まないとも限らないような、心許ないものだった。
きっと、医務室のベッドで休んでいるのだろう。顔面の青さは、貧血かもしれないと思った。満員電車で突如しゃがみ込んだ女性がか細い声で、貧血で、と言い途中下車していく横顔に似ていた。
ゆっくり寝て、気分が良くなっていればいい、と思った。しかしここは朝のラッシュと違い、横になれる場所なのだからそんなに深刻なことにはなるまい。
席に戻ると、同僚の山川が待ってましたとばかりに声を張り上げた。
「たかし!何やってんだよ~。遅かったじゃないか」山川は怒っているのか、喜んでいるのかわからないような高いテンションでピョンピョン跳ねながらやってきた。
「遅いよ!」
「システムでヘルプの連絡が入ったから、復旧しに行ってきたとこだよ」
「そんなのは、わかってるよ!」
山川はスピード余って、隆史の机にぶつかっている。
「システム提供元のMからエラー修正で細かいとこ確認してくれって、お前に何度も電話入ってんだよ~」
心底電話の対応に困っていたらしい。山川の下がり切った眉毛から、困り果てた様子が見て取れた。
「急ぎだっていうから、俺ものぞいてみたんだけどさあ、最初の状態知らないのに、エラーが直ってるのかどうなのかなんて判断つかないよなあ。間違ったこと返事して、後でそれ直すのにまた金かかったりしたら、責任重大だぜ。奴らは何でもかんでも、金とるからな。ほんと、せちがらい世の中だよ」
「すぐ先方に連絡してみるよ。面倒かけて悪かったな」
隆史は近くの電話から受話器を手にすると、頭のメモリーに記憶してある番号をプッシュした。
山川はホッと息を吐くと、眉を元に戻した。愚痴まで吐き出して、一転して気分がよさそうだ。
何回かの呼び出し音がプツッと切れて、電話の向こうから担当者が応答する。早口に、 急ぎの用件だと伝えてくる。毎度のことだが、今日もさらなる残業になりそうだ。終電に間に合えばいいのだけど、と頭の隅で考えながら、電話の声が指示するのを聞きながら、キーボードを叩いていく。
0
あなたにおすすめの小説
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる