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翌日は学校だった。
いつも通りの時間に起きて、居間に降りて行くと、伯母が朝食の支度をしていた。みそ汁の臭いが空腹を刺激する。真帆に気が付いた伯母は振り返り、おはようと声をかけてくる。
予想外の伯母の言葉に驚きながらも「おはよう」と返す。朝の当たり前の一言に、違和感を覚えずにはいられない。
無視されるとか、いじめられるとか、この家で今日からの自分を待っているのは、苛酷な待遇だと思っていたから、固く構えていた身体から少し力が抜けた。
無言の真帆には対して、伯母はいつもより饒舌だった。
「ハンカチは持った?」
「忘れ物はない?」
あれこれ世話を焼いてくる。伯父もいつも以上に優しかった。
その様子は真帆を混乱させたが、家を出るまで、伯母たちは昨日のことなどなかったかのように振る舞い続けた。
後になって思えば、衝撃を受けた真帆の心に追い打ちをかけることがないように、という配慮だったのだと思う。家で変な態度を取って、逃げられなり、死なれたりしては困るから、これ以上真帆を追い詰めないように、普段通りを装い、注意を払っていたに違いない。翌朝の伯父も伯母も演技じみて見えた。
いつも通りの通学路を歩いていたが、しばらくすると足が止まった。正面から通勤途中の出で立ちのサラリーマンの姿が見えてからだ。
足が道路に張り付いたように動けない。目を伏せて、男性が自分の横を通り過ぎて行くのをじっと待つ。何だったのだろう。信じられないくらい、心拍数が上がっているのがわかる。昨日来た男の鋭い視線が思い出される。真帆は身体の芯がぞくりとして、寒くもないのにぶるっと身震いをした。
学校について、クラスメイトの顔を見ると、ようやく落ち着きを取り戻した。校内では、気分が悪くなることもなく、普段通りに過ごすことができた。しかし、精神的なダメージは真帆が思っている以上のようで、緊張が解けないような感覚が抜けない。体が重く、肩はがちがちに凝っている。こんな疲労感は滅多に感じたことがない。早く帰宅して横になりたかった。
下校時には、朝のように大人の男性と直面するのが怖くて、足早に家路を急いだ。昨日の男のことを思い出すと、体中が心臓になったかのように、動悸がして、目が回りそうだった。
家にまたあの男たちが来ていたらどうしようか。
食堂の出入りが見通せる道へと路地を曲がるのが躊躇われた。意を決して、角から顔を覗かせる。黒塗りの車が停まっていないことを願ながら。
車は停まっていなかった。まだ大丈夫。命拾いをしたような安堵感がある。
自宅側の玄関から、そっと家に上がった。厨房から料理の匂いと、音が聞こえる。店にはお客が来ているらしい。当分、伯父も伯母も店にいると思うと、それも真帆を安心させた。しかし、いつ男たちがまた現れるかわからない。家に帰ってもなお、緊張は解けなかった。
その夜、真帆は眠れずに、電気を消した部屋の中で、まだ起きていた。頭の中に蘇ってくるのは、伯母の言葉と、真帆を恐怖の淵へ追いやった昨日の出来事だ。
突然、居間の電話が鳴り響く。
しばらく呼び鈴がなり、慌てた伯父が受話器を取ったようだった。こんな時間に電話をしてくるなんて、あいつらに違いない。真帆は、初めて電話を立ち聞きした廊下へと向かった。
いつも通りの時間に起きて、居間に降りて行くと、伯母が朝食の支度をしていた。みそ汁の臭いが空腹を刺激する。真帆に気が付いた伯母は振り返り、おはようと声をかけてくる。
予想外の伯母の言葉に驚きながらも「おはよう」と返す。朝の当たり前の一言に、違和感を覚えずにはいられない。
無視されるとか、いじめられるとか、この家で今日からの自分を待っているのは、苛酷な待遇だと思っていたから、固く構えていた身体から少し力が抜けた。
無言の真帆には対して、伯母はいつもより饒舌だった。
「ハンカチは持った?」
「忘れ物はない?」
あれこれ世話を焼いてくる。伯父もいつも以上に優しかった。
その様子は真帆を混乱させたが、家を出るまで、伯母たちは昨日のことなどなかったかのように振る舞い続けた。
後になって思えば、衝撃を受けた真帆の心に追い打ちをかけることがないように、という配慮だったのだと思う。家で変な態度を取って、逃げられなり、死なれたりしては困るから、これ以上真帆を追い詰めないように、普段通りを装い、注意を払っていたに違いない。翌朝の伯父も伯母も演技じみて見えた。
いつも通りの通学路を歩いていたが、しばらくすると足が止まった。正面から通勤途中の出で立ちのサラリーマンの姿が見えてからだ。
足が道路に張り付いたように動けない。目を伏せて、男性が自分の横を通り過ぎて行くのをじっと待つ。何だったのだろう。信じられないくらい、心拍数が上がっているのがわかる。昨日来た男の鋭い視線が思い出される。真帆は身体の芯がぞくりとして、寒くもないのにぶるっと身震いをした。
学校について、クラスメイトの顔を見ると、ようやく落ち着きを取り戻した。校内では、気分が悪くなることもなく、普段通りに過ごすことができた。しかし、精神的なダメージは真帆が思っている以上のようで、緊張が解けないような感覚が抜けない。体が重く、肩はがちがちに凝っている。こんな疲労感は滅多に感じたことがない。早く帰宅して横になりたかった。
下校時には、朝のように大人の男性と直面するのが怖くて、足早に家路を急いだ。昨日の男のことを思い出すと、体中が心臓になったかのように、動悸がして、目が回りそうだった。
家にまたあの男たちが来ていたらどうしようか。
食堂の出入りが見通せる道へと路地を曲がるのが躊躇われた。意を決して、角から顔を覗かせる。黒塗りの車が停まっていないことを願ながら。
車は停まっていなかった。まだ大丈夫。命拾いをしたような安堵感がある。
自宅側の玄関から、そっと家に上がった。厨房から料理の匂いと、音が聞こえる。店にはお客が来ているらしい。当分、伯父も伯母も店にいると思うと、それも真帆を安心させた。しかし、いつ男たちがまた現れるかわからない。家に帰ってもなお、緊張は解けなかった。
その夜、真帆は眠れずに、電気を消した部屋の中で、まだ起きていた。頭の中に蘇ってくるのは、伯母の言葉と、真帆を恐怖の淵へ追いやった昨日の出来事だ。
突然、居間の電話が鳴り響く。
しばらく呼び鈴がなり、慌てた伯父が受話器を取ったようだった。こんな時間に電話をしてくるなんて、あいつらに違いない。真帆は、初めて電話を立ち聞きした廊下へと向かった。
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