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もう罪悪感など、微塵も感じなかった。居間を覗くと、受話器を手にしたパジャマ姿の伯父が見える。隣には、同じくパジャマを着た伯母が、電話の内容を聞き取ろうと身を乗り出している。
「えっ…本当ですか」
こちらに背を向けているため、表情はわからないが、伯父は驚いたような声を上げている。伯母の横顔は、いよいよ話の内容を聞き取ろうと、険しい表情だ。受話器からの声は不明瞭なのであろう。
伯父の声色は明らかに驚きを含んでいて、「ええ」「まあ」と相槌を打つ声ですら、話の内容が意外なものだということがわかる。
そのうちに、驚きの声が一段と大きくなった。
「いや、それは無理ですよ!だったら、もう少し期限をのばしてくれませんか」
「待ってください!」
「他に何かないんですか」
何らかの話を持ち掛けられているようだったが、それを受け入れることを頑なに拒否しているようだった。
「明日って!そんな急な!」
「いや、それはできない」
「わかった。それなら、私が行きます」
長い押し問答の後、伯父が諦め切った様子で受話器を置いた。
隣の伯母が、目を大きく見開いて、話の内容を聞きたがっている。
真帆も今の会話の内容しだいで人生が決まるのであるから、落ち着いてはいられなかった。息を殺して伯父が話し出すのを待つ。何を聞いてももうたいしたショックではないはずだ、と思いながら。
深いため息とともに伯父が話し出した。
「真帆の話、無くなったよ。あれだ。最近の取り締まりが厳しくなっただろう。児童売春の規制法っていうのが、近々できるらしい。やっぱり、中学生を引き取るのはまずいだろうって結論だ」
今までとは違う理由から、鼓動が早くなった。
よかった、心の中で呟く。足元から崩れ落ちそうになるほど安堵した。
しかし、伯父も伯母もそんなことは、どうでもいい様子だった。所詮、気掛かりなのは自分たち家族のことだけで、真帆はその中には入っていないのだということを改めて思い知った。
「そんな…、じゃあ、借金はどうなるの?どうやって返せって言っているの?」
伯母が焦った声で問う。
「俺に仕事をしろと言ってきている」
伯父がまた深くため息をはく。
「リスクのある仕事だそうだ。パスポートはあるかって聞かれたよ。海外に行かされるんだろうな。それを終えて帰ってきたら、借金は帳消しにするから、今まで通りに暮らせばいい、と言っている」
「だったら、真帆に行かせればいいわ」
伯母はどこまでも真帆に冷徹だ。
「いや、成人の男性というのが条件だそうだ」
言いづらそうに、もう一言付け足す。
「向こうは長男でも構わないと言っているが……」
「だめよ!」
長男と聞くと、伯父が言い切らないうちに伯母は怒鳴り声で打ち消す。
「俺もそう思ったよ。俺が行くしかないだろうな」
「当たり前じゃない!」
その言葉に驚いたのか、それとも伯母が逆上した様子に驚いたのか、伯父は呆気にとら れている。それから諦めたような顔をして言った。
「お前はひどい女房だな」
伯母は、こんな状況で、よくそんなことが言えるわね、と伯父にたいしても憤慨した。
伯父は伯母の方も向かずに黙って聞いていたが、真帆を売ろうと最初に言ってきた妻の顔を思い出しているに違いなかった。
「えっ…本当ですか」
こちらに背を向けているため、表情はわからないが、伯父は驚いたような声を上げている。伯母の横顔は、いよいよ話の内容を聞き取ろうと、険しい表情だ。受話器からの声は不明瞭なのであろう。
伯父の声色は明らかに驚きを含んでいて、「ええ」「まあ」と相槌を打つ声ですら、話の内容が意外なものだということがわかる。
そのうちに、驚きの声が一段と大きくなった。
「いや、それは無理ですよ!だったら、もう少し期限をのばしてくれませんか」
「待ってください!」
「他に何かないんですか」
何らかの話を持ち掛けられているようだったが、それを受け入れることを頑なに拒否しているようだった。
「明日って!そんな急な!」
「いや、それはできない」
「わかった。それなら、私が行きます」
長い押し問答の後、伯父が諦め切った様子で受話器を置いた。
隣の伯母が、目を大きく見開いて、話の内容を聞きたがっている。
真帆も今の会話の内容しだいで人生が決まるのであるから、落ち着いてはいられなかった。息を殺して伯父が話し出すのを待つ。何を聞いてももうたいしたショックではないはずだ、と思いながら。
深いため息とともに伯父が話し出した。
「真帆の話、無くなったよ。あれだ。最近の取り締まりが厳しくなっただろう。児童売春の規制法っていうのが、近々できるらしい。やっぱり、中学生を引き取るのはまずいだろうって結論だ」
今までとは違う理由から、鼓動が早くなった。
よかった、心の中で呟く。足元から崩れ落ちそうになるほど安堵した。
しかし、伯父も伯母もそんなことは、どうでもいい様子だった。所詮、気掛かりなのは自分たち家族のことだけで、真帆はその中には入っていないのだということを改めて思い知った。
「そんな…、じゃあ、借金はどうなるの?どうやって返せって言っているの?」
伯母が焦った声で問う。
「俺に仕事をしろと言ってきている」
伯父がまた深くため息をはく。
「リスクのある仕事だそうだ。パスポートはあるかって聞かれたよ。海外に行かされるんだろうな。それを終えて帰ってきたら、借金は帳消しにするから、今まで通りに暮らせばいい、と言っている」
「だったら、真帆に行かせればいいわ」
伯母はどこまでも真帆に冷徹だ。
「いや、成人の男性というのが条件だそうだ」
言いづらそうに、もう一言付け足す。
「向こうは長男でも構わないと言っているが……」
「だめよ!」
長男と聞くと、伯父が言い切らないうちに伯母は怒鳴り声で打ち消す。
「俺もそう思ったよ。俺が行くしかないだろうな」
「当たり前じゃない!」
その言葉に驚いたのか、それとも伯母が逆上した様子に驚いたのか、伯父は呆気にとら れている。それから諦めたような顔をして言った。
「お前はひどい女房だな」
伯母は、こんな状況で、よくそんなことが言えるわね、と伯父にたいしても憤慨した。
伯父は伯母の方も向かずに黙って聞いていたが、真帆を売ろうと最初に言ってきた妻の顔を思い出しているに違いなかった。
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