傘使いの過ごす日々

あたりめ

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面倒ごとは勘弁

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酒場に問題なく到着できた。
昨晩の一件から道の端を通るのを避けるようになった。

やはり酒場に来れば笑い声や怒声の交じる喧騒が響いていた。
看板娘がやって来て席に案内する。
周囲から注文が飛び交っているのを全て拾いながら静也を席に案内するものだから当の静也はあんぐりと口を開けたまま案内されていく。

今日酒場に来るのはいつもより早いが、それでも殆どの席が埋まり、更にぞろぞろと客が押し寄せてくることになる。
厨房から漂う料理の旨そうな匂いが食欲を増進させられる。
匂いに釣られ次から次へ客が寄ってくる。
料理を頬張る者をみていると、やはりうまい飯は人の心を満たすものだと再確認させられる。
静也も他の客も我先にと注文をする。それはここの料理はすぐに品切れ、もとい食材切れになるからだ。
食材を買いだめしていれば良いのにと思っている者も多くいるのだが、店舗を改築、増築しようとしているかららしくそっちに金をまわしているのもあって多くは買いだめできないらしい。
そんなことがあるらしと知ったのもあるが、これからもお世話になると思うのでどんどん通うことにしようと思った。

注文を頼み食事をしていると入り口から見知った顔を見かける。
その人物とはレナである。
周りをキョロキョロと見渡している。そして何かを見つけると真っ直ぐにそちらへ向かう。
静也の席へと。
ニコニコと笑顔でこちらへ来るものだから何を言ってくるのかと少し身構えた。

「あー、警戒しないでいいよ。今日はね、話をしに来たの。」

と、いまだに笑顔を絶やさないレナ、食事を続けていいよと続ける。
そして、向かいの椅子に座り、見つめてくる。

「そういえば昨日はありがとうね。本当に助かったよ。」

レナが気絶していた時に背負って組合の貸し出し部屋に運んだときのことだ。

「いえいえ、全然問題なかったですよ。」

笑顔で返答する。女性に体重のことを話す場合冗談でも重たいとは言わないほうがいいと先人の教えがあるからだ。

「それで…覚えているかい?昨日、」

顔を赤くしながらもじもじと質問するレナを見て昨日の俺は何をしたんだと困惑する。

「すいません…昨日はほとんど酔ってて覚えてないんです。」
「そ、そうなんだ…」

そういって安堵の息を漏らした。残念そうな表情もうかがえる。深く聞かないほうがいいのだろうと思いその話題から離れることにした。

「ご一緒にご飯食べませんか?俺の奢りで大丈夫ですよ」
「あ、いや、ボクも支払うよ。これでも一端の銀級冒険者だよ。そのくらい問題ないさ。」

レナは自身の豊満な胸をたたく。叩かれた振動で揺れる胸に視線が向いてしまう。
無論、他の客もだ。
ふたりは食事を楽しんだ。

過去、冒険していた時のことだったり、迷宮と呼ばれる神々の造ったといわれるモノの攻略の時の話などを聞いた。
とても面白く、そして為になった。
ついつい頼んでしまった酒も進み、二人はほろ酔い気分で会話するのだった。


「いやー本当にこんなに楽しかった食事は久しぶりだよぉ」

レナは静也にべったりとくっついた状態でそう言う。
静也はまんざらではなさそうである。

「こちらこそ、楽しかったですよ。ありがとうございます」
「もぉ、かたいなぁシズヤくんはぁ…気軽に接してくれたらいいのに。」

レナは静也の前に立つとずいっと顔を近づける。
真正面から顔を見られているのと彼女の胸元が見えて恥ずかしくなり視線を逸らす。
それでもぐいぐいと押してくる。

「わっ、わかったわかったって!ほら、これでいいでしょ」

すると、レナはやっと離れる。
静也は解放され安堵の息を漏らす。


二人が分かれての帰り道、ほろ酔いは未だ冷めずうかれながら帰っていた。
魔導ランタンの並んだ帰路、ランタンから発せられる光に集る虫を見ると、前世のことを思い出される。
しかし、なぜか前世の記憶が色褪せて思いだし難い。
やっと捻りだし思い出せるくらいで自分のこと以外が掠れていくようにも感じられた。
それに気付くと足を止めてしまう。
疲れているから、酔っているからと考える、そう思い込むことにするも静也の顔は晴れない。

前方からなにやら男達が走っている。
昨日のならず者達だ。
昨日の報復をしに来たものだと思い、傘を召喚する。
すると急に警戒し、距離を開ける。
ならず者達の中から割って出てきたのはあの寡黙なグローブ男だった。

「…待て。…俺たちは、別に戦いに、来たわけじゃない…」

グローブ男はいたるところに怪我をしていた。
しかし、まだ報復しに来たわけじゃないとは信じてはいなかった。静也はむしろ警戒した。

「な、なんの用ですか」
「それは俺から話すで、こいついっつもこんなんやけん。あ、俺は『ガラン』、まぁ、話っちゅうのはな、俺たちのグループに入って欲しいってだけや。」

昨日のピアス男だ。そんな提案をされるが

「お断りします。」

即答だ。ならず者の仲間入りなんて誰が言ってもするわけがない。

「勿論、タダでとは言わんで。俺たちのアジトにある武器、防具、好きなん選んでもらってもかまへん、その代わり、俺たちのアジトを奪ってのっとっとるやつらを一緒に倒してほしいんや。」
「そんなの、自分らでやればいいじゃないですか。」
「そうはいかんのや。うちのリーダーの『バラン』でも手こずるんや、そんなん相手にしてたらバランが死んでまう。」

バランとは寡黙なグローブ男だ。バランは話を聞いていて悔しそうな顔をしている。

「そんなのと戦わせようってこと?俺で倒せるわけがないでしょ。それに死ぬようなことしたくないですよ」
「そこをなんとか頼むって。この通りや」

ガランが頭を下げる。周りのならず者は驚くばかりだった。

「……俺からも、頼む…」

ついにはバランまでも頭を下げる。
他のならず者もおれも、おれからもと、頭を下げる。
目の前には十数人の男たちが静也に頭を下げている。そんな光景が村の道の端でおきている。
通行人もいるのでこのままでは変な噂が立たれるのではと思い

「わ、わかっ、分かりましたって!だからもう頭を上げてください!話は明日また聞きますから。」

ガランが顔をバッと上げる、歓喜と期待の眼差しを直に受け静也は一歩後退りしてしまった。

「ありがとなぁ!ほんまありがとな!明日…せやなぁ組合の裏にある『グールデン』ってところによってくれ、「ガランから聞いてないか」って言ったら入れさせてくれるはずや!」

話がどんどんと進んでいき、静也は灰になりそうだった。
ならず者と関わりがある、なんて噂が立たれると思うとお先真っ暗の未来しか見えない。

「わかりました。けど、俺はあなたたちとは一切つるむ気はないですし。この件が終わったらならず者をやめて真っ当に働いてくださいね。」
「あ?なに言って…「やめてくださいね?」…はい」

これ以上、ならず者と一緒にいたら俺がどんな目で見られるか。ちょっと察しろと言わんばかりの目でにらみつける。

「ほな、また明日、きてくれな。」

ぞろぞろと去っていく者たちを見送り、見えなくなったころには尻から倒れた。
面倒ごとはもう勘弁してくれと思わず叫んでしまいそうになった。
通行人から大丈夫か?がんばったな、なんだったんだと、質問の嵐

宿に戻るころには疲れ果て、部屋に入りベッドに横になり、泥のように眠ってしまった。
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