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Count 0 ――マーブルキャンディ――
しおりを挟む「俺、どうすればいいんですか……っ?」
ほんとに、どうしていいのかわからない!
女の子って、こういう時こんな気持ちなの!?
ベッドの上で押し倒され、視界までグルグルして、安達さんが今どんな顔をしてるのかもまともに見られない。かつてない恥ずかしさで、俺、一之瀬 功(いちのせ こう)は、熱くなった顔を両手で覆い隠した。
「清く正しいお付き合い」が始まって、三カ月。
あの雨の夜、トイレに籠城するほど怯えさせてしまったあの日から、安達大介(あだち だいすけ)の忍耐は、もはや修行の域に達していた。
放課後は必ず校門で待ち合わせ、功(こう)が少しでも重そうな荷物を持っていれば「功(こう)、貸せ。腰を痛めるだろ」と奪い取る。週末のデートも、おしゃれなカフェや映画館を巡るだけで、夕飯を食べ終えると「夜道は危ないから」と、まるでお姫様扱いのように家の玄関まで送り届けられた。
何があっても夜の八時には功(こう)を家へ帰し、玄関先で指先が触れ合うだけで「……ああ、悪い」と、火に触れたかのように手を引いた。
功(こう)が不意に服の裾を掴んだり、上目遣いで笑いかけたりするたび、安達は喉仏をきつく上下させ、不自然なほど強く視線を逸らした。
「……先輩、そんなに俺に触るの、嫌ですか?」
あまりの避けっぷりに功(こう)が不安げに尋ねると、安達は「逆だ」と、ひどく掠れた声で答えた。
「触れたら最後、お前を無傷で帰してやる自信が……一ミリもないんだ。俺の自制心を、これ以上試さないでくれ」
「……お前が、あの部室で『挨拶代わりのおまじない』をすんなり受け入れたから、俺は勘違いしてたんだ。帰国子女だから、そういう触れ合いに慣れてるのかって。……でも、実際はこんなに震えてるじゃないか」
「……っ、逆です。安達さんだから、怖いくらいドキドキして……」
大学一の顔面偏差値を誇り、常に女子からの熱視線を余裕で受け流してきた男が、たった一人の恋人の前で、惨めにさえ見えるほど「本能」を檻に閉じ込めていた。その三ヶ月という月日は、安達にとって、剥き出しの刃物を素手で握りしめているような、痛みを伴う熱い静寂の時間だったのだ。
功(こう)だって、安達と同じ「男」だ。安達が喉を鳴らすたび、その禁欲的な横顔に、自分でも驚くほどの独占欲が疼くのを感じていた。
けれど、いざこうして肌が触れ合う距離になると、あの夜の「圧倒的なサイズ差」への恐怖が、冷たい澱(おり)のように胸の底でざわめき出す。女の子みたいに可愛く鳴けるわけでもないのに。安達に「気持ち悪い」と思われたら。何より、自分の体が壊されてしまうのではないかという本能的な震え。
正直、今だってまだ怖い。安達の大きな身体に、自分がどうなってしまうのか想像もつかない。けれど、それ以上に、この人の体温を誰よりも深く知りたいという欲が、功(こう)を突き動かしていた。安達が自分を「宝物」として扱うなら、俺はその宝物の箱を、自ら壊してでも彼に触れてほしかった。
一方、安達は、脳内で爆発しそうな理性を、血が出るほど強く噛み締めて繋ぎ止めていた。
隣を歩く功(こう)の首筋、笑った時に細まる瞳。それらを目にするたび、安達の奥底に潜む「獣」が暴れ狂う。だが、そのたびに「怖い」と言わせてしまったあの日の罪悪感が、安達の足首を冷たく縛り上げた。
(二度と、あんな顔はさせない。こいつが自分から俺を求めて、安心して身を委ねてくれるまで、俺は絶対に自分を許さない)
安達は、功(こう)の信頼を裏切る恐怖と戦いながら、三ヶ月間、自分を殺し続けてきたのだ。
けれど今、二人がいるのは安達のマンションの寝室だ。
閉め切った遮光カーテンの隙間から、わずかに差し込む街灯の光が、宙に舞う微かな埃を銀色に染めている。加湿器が規則正しく吐き出す白い蒸気が、安達の愛用するシトラス系の香料と混じり合い、どこか熱を帯びたような重い空気となって部屋に沈殿していた。
「功(こう)……手、どけて? キスしたい」
イヤイヤ、と首まで真っ赤にして、功(こう)は小さな手で顔を隠したままだ。
本当は、隠した指の間から、安達の熱を孕んだ瞳を盗み見ていた。その瞳に映る自分が、あまりに必死で、あまりに彼を欲しがっているのが分かってしまうから、顔なんて見せられるわけがない。
でも、安達は功(こう)の手を優しく、けれど拒絶を許さない強さで退けた。
現れた顔は、恥ずかしさからか少し涙目になっていて。その潤んだ瞳で見上げられた瞬間、安達の中でパチン、と「何か」がキレた。三ヶ月、一度も緩めなかった鎖が、音を立てて弾け飛んだ。
「……っ」
堪らず奪うように、その唇に食らいついた。
さっき、彼は「どうすればいいか」と聞いた。答えは『何もしなくていい』だ。ただ、俺に愛されてくれればいい。
三ヶ月間、夢にまで見たこの瞬間に、安達はもう手加減なんてやり方は忘れてしまったようだった。頭の中が真っ白になる。安堵と、熱い期待。安達の舌が触れるたび、功(こう)の中にあった「一之瀬 功(いちのせ こう)」という形が、熱いシロップみたいに溶けていく。
「あ……っ」
……今、変な声出た。どうしよう、絶対引かれた……!
功(こう)は居ても立ってもいられず目をギュッと瞑った。男が、いつもより高い声で「あ」なんて。
恐る恐る目を開けると、そこには「完璧なイケメン」という仮面を完全に剥ぎ取られ、飢えた、けれど慈しみに満ちた、剥き出しの「男」の顔をした安達がいた。
安達の器用な手がTシャツの中に潜り込み、気づけば胸元まで捲り上げられた。
「えっ……ちょ、安達さん!?」
晒された胸元を、安達の瞳が執拗なまでの渇望を込めて見つめている。男の乳首なんて見たって、何も面白くないでしょ!? 恥ずかしいからやめて!
……けれど、そんな拒絶も、安達の熱い吐息が肌を掠めるだけで、甘い悲鳴に変わってしまう。
ヤワヤワと胸を揉まれ、形の良い唇がそこに吸い付く。熱い舌がヌルリと舐めあげた。
「ヒッ! あ、安達さん、何してるの!? アッ、うんっ!!」
自分が男だなんて、もう思い出せない。恥ずかしくて死にそうなのに、安達の大きな手が触れる場所から、じわじわと甘い痺れが広がっていく。
指で、舌で弄ばれるうちに、腰のあたりが勝手に揺れ始める。
怖いはずなのに、「嫌だ」と叫びたいはずの頭が、安達の愛撫に屈して、「もっと、深く。壊されてもいいから、この人に溶かされたい」と、自分でも信じられないような願望に支配されていた。
安達が身悶えする功(こう)を愛おしそうに見つめるたび、心臓が跳ね上がる。
「怖くないぞ、功(こう)。……大丈夫だ、お前が気持ちよくなることしかしないから」
耳元で囁く安達の声は、驚くほど低く、蕩けるように甘かった。
スウェット越しにもハッキリと分かってしまう自分の「欲」が情けなくて、恥ずかしくて、功(こう)の目からポロポロと涙が溢れた。でも、本当は。もっと、もっと触ってほしいと思ってしまったんだ。
微かなすすり泣きが聞こえ、安達はハッと我に返り、血の気が引いた。
「……ごめん。嫌だったか?」
安達の震える声に、その小刻みに震える手に功(こう)は必死に首を振った。
「ち、違います! 嫌とかじゃなくて……ただ、恥ずかしくて。……でも、触られるのは、……すごく、気持ちいい、です」
初めて認めた。俺は、この大きな人に、壊されるくらい愛されたいんだ。
安達の脳内で、その言葉がリフレインする。三ヶ月の忍耐に対する、これ以上ない、幸福な「許可」だった。
「……っ、もう無理だ。かっこつけるの、やめる」
常に完璧な余裕を纏っていた安達の顔から、形振りが完全に消えた。
安達はTシャツを乱暴に脱ぎ捨てると、功(こう)をきつく、けれど包み込むように羽交い締めにし、骨まで溶かすような深い抱擁を交わした。
ベッドが軋む音、互いの荒い呼吸、肌と肌が吸い付くような生々しい音。
三ヶ月間、静まり返っていた部屋が、ついに二人だけの狂熱に支配されていく。
「功(こう)、大好きだ。すっごい好き。ずっと一緒にいような」
「はい……俺も、安達さん大好きです」
安達の胸板の厚さも、腕の強さも、今は恐怖じゃない。俺を繋ぎ止めてくれる、唯一の鎖だ。
「なぁ。……このまま、俺のものになってくれる? 嫌か?」
「……俺、初めては、安達さんがいいです」
それが、一之瀬 功(いちのせ こう)にできる、精一杯の「答え」だった。
絡めた指先が、汗ばんで離れない。
嵐のような熱狂が、ゆっくりと凪いでいく。
安達は、腕の中で心地よい重みとなった功の耳元に、熱い吐息とともに唇を寄せた。
「……功。お前は俺を狂わせる毒だと思ってたけど、……本当は、世界で一番甘いキャンディだな」
その囁きに、功は顔を真っ赤にしながらも、安達の背中にそっと腕を回した。
どちらからともなく求め合う吐息が、静まり返った深夜の寝室に、マーブルキャンディのような複雑で甘い香りを残していく。
二人の夜は、夜明けまでにはまだまだ長く。
三ヶ月分の愛を確かめ合うように、情熱は冷めることなく、眠れぬままに、ゆっくりと、けれど確かに夜は明けていく。
最後まで読んでくださりありがとうございます!
ついに……ついに安達さんの理性が決壊してしまいました。書いている私も心拍数が上がりっぱなしです。
さて、本作は**【明日20時】の更新で、いよいよ完結(最終回)**となります。
執着の果てに二人が見つける答えを、ぜひ最後まで見守っていただけたら嬉しいです。
【最後にお願い】
現在、作者の夢の「24h.ポイント 1,500pt」を目標に掲げています。
「続きが読みたい!」「安達さんのその後が気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ下の**【お気に入り登録】**で応援をよろしくお願いします。その一押しが、完結への最大の活力になります!
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