酒と煙草とお砂糖と。

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砂糖菓子は鋭く甘く

訪問者

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   朝の静けさと冬の寒さの中、シャッターが上がる。
内側から上げられた辺り、店主の住処はここなのだろう。

朝にオープンする居酒屋「しゅがー」。
最も、昼の間は何でも屋だが朝早く夜遅いのは変わらない。



中から白い息を吐きながらゆらりと出てきたのは
低血圧気味の男である。

寒さにも程があるといった様子で
ふらふらと歩きながら店の中へ戻る。

見た目は20代前半であろうか、居酒屋のマスターとしては
少し若い印象を覚える。
健康そのものの肌の色にクマまみれの目元という
アンバランスな様子は少々滑稽に見えたりもするが
170cm程の背丈に中性的な顔立ち。
…濁った瞳と切れ長の目に涙ボクロというのが
またアンバランスではあるが中の上の容姿だろう。

赤と白の細いストライプのYシャツに
ベストにパンツという服装。
居酒屋のマスターよりかは道化師の方が割にあっている。


実際、彼は道化師の様に表情が極端である。
先程まで無表情であったが突然満面の笑み…
とは程遠いニタニタした猫に似た笑顔を見せた。

彼が目をやった先は店のドアだ。
急いで「何でも屋」の札を下げ、定位置に着く。
日の差し込まない窓は彼の趣味だが
そこの下にある印象的なランプを飾ったデスクだ。

数秒後、ドアが静かに開いた。

 

営業時間ではない時間に来る辺り、
常連ではないという事がうかがえる。

「す、すみません……」

弱気な声が静寂を破り、
声の主がおずおずと店の中へと入ってくる。
 

15歳程の少年だ。
防塵用の大きなゴーグルで顔はよく見えないが
店主には汚れたブレザーに
国旗がプリントされている事から
政府関連の人間だという事が予測できた。
年齢的に国が新たに作った志願制の機関…
そこまで考えた所でまた少年が静寂を破った。

「あの、クラウンさんはどちらに……」

タイミングを見計らっていたかの様に
クラウンと呼ばれた店主がランプに明かりを灯す。

少年がヒッと短い叫びを上げると同時に店主が口を開いた。

「ようこそ、何でも屋へ。」

わかりきった事を言った。

少年は少しの間呆気にとられていたが店主が言葉を繋げた。

「奥へご案内致します。ご依頼はそちらで」

そう言って丁寧に少年を店の奥へと誘導する。

    店の中は店主が座っていた辺りを除いて
比較的綺麗に整理されている。
厨房と隣接したカウンターにテーブル席。
質素な酒場そのものだ。

   少年は誘導されるがままに奥へと進む。

店内は、店主のデスクから広がるように雰囲気が変わり、
突き当たりのドアを開いた先は長い廊下だった。
酒場と店主の住居を分ける為のものなのだろう。少し長い。

暫く歩くとまた1つ、先程とは違った雰囲気の…
無機質な冷たい鉄の扉があった。

店主は

「少々お待ちください。」

と言い、扉を操作して解錠した。

   少年は今までの見た目からのギャップに驚いたが
扉の先を目にした時程ではない。

扉の先は店主の書斎であった。
部屋の中の家具類は全てアンティーク調で揃えられており
壁の本棚には本がびっちりと並べられている。
しかし不思議な事に何かが足りない。
何が足りないのか…何がおかしいのか。
その上少し趣味が変わっているのか
縫いかけの幼児用のドレスがあちこちに転がっている。

辺りを見回している間に店主は部屋の中央にあるテーブルの
椅子を引いていた。
それが自分の為だと気付き、ゴーグルを外しながら
急いでそちらへ向かった。

柔らかそうな栗毛にぱっちりとした目。
肌が少々汚れているのが残念だが
着飾ればそこそこの美少年になるだろう。


「私がクラウンです。それで、ご依頼は」

自分も席に着きながら少年の目的を聞く。

「僕はスノウです。あの、少し困ってまして…」

「家出ですか?」
店主が聞く。


「ええと、似た様な感じです。」

曖昧な応えを返す少年に笑顔で質問をする。

「どうして出てきてしまったのか教えていただけますか?」

ぽつり、ぽつりと少年が話し始める。



「実は僕、家が無くて…その、小さい時に
   親に連れていかれた国の施設で育ったんです。
   そこには学校もあって…」


明らかに育成機関の事だ。
ただ店主には少し引っかかる部分があった様だ。

「小さい時…とは、何歳の時でしょう?」

「あまりよく覚えていませんが…5歳くらい…かと」

彼に引っかかっていたものが何だかわかった。

この制度が生まれたのは数年前の事だ。
10年程前は志願はおろか、その制度すら無かった。
…正確には公にされていなかったという事なのだが
このスノウという少年の親達はどこまで知っているのか。
彼にとってはそこが一番の問題だった。

「それのどこが問題なのでしょうか。」

訪問者もまた訳ありなのだと判断した店主は
咄嗟に話をそらした。

「…追われているんです」

店主は納得した様に目を伏せる。
大方、少年は何か問題があって逃げてきたのだろう。
そして国の組織が追ってきて宿の手配もするわけにはいかず
どこの紹介かは知らないがここを頼ってきたのだろう。
裏道では珍しくない。

「それで、匿ってくれる場所を探しているのですね」

少年がこくりと頷く。

この詮索好きなオーナーは少年に対して
とても大きな好奇心を覚えた様だ。



「こちらに滞在してはいかがでしょう。」









?といった様子で気の毒な少年は店主を見つめる。
暫くの間があり、ようやくその言葉を飲み込んだのか
首を傾げながら両手で床を指さす。

「報酬はここでの勤務で結構です。
   正当な支払いだとは思うのですが…」

嫌であれば別の場所へ。お決まりのフレーズを
続けるつもりだったがその前に不幸な少年が言葉を遮った。

「や、やります!!!!」

店主が待っていた言葉である。
当然だ、といった表情を隠しながら
慣れた手際で誓約書を作成する。



    この裏道の何でも屋の仲間入りを
することになってしまった幸薄い少年はスノウ・ハンクス。
どうやらクラウンの見立ては間違っていなかったらしく
次の春で16歳になるそうだ。


…一方少年は誓約書を作る店主を物珍しそうに見ていた。
それもそのはずだ。
今の時代に書類作成を手書きで行う人間がいるなど
到底思えないだろう。

店主は手を止め契約内容の確認を始めた。

「ご依頼は住居の提供…報酬はここでの勤務で
    間違いないですね?」

「はい」

「では、ここにサインをお願いします。」

淡々と進められる確認作業。
サインを書き終えた哀れな少年は
怯えた目で店主を見る。

「この契約期間に限度ってありますか…?」

そう聞くのも当然だろう。
契約期間が終わってしまえば彼はまた
慌ただしい世の中を逃げ回らなければならないし
期限が無い上に勤務内容があまりにも酷ければ
逃げ場はもうどこにも無くなってしまうからだ。

「期限は住んでみて、働いてみてから
   貴方自身がお決めになってください。」

その返答に少年は驚いたが同時に安堵の表情を浮かべた。
なんだ、まともな人じゃないか…
この店に入ってからというものの、変なデスクに
やけに長い廊下、頑丈すぎる扉にこの書斎のドレス…
変わったものばかりを目にしていたので
少々過剰に反応しすぎていたのか、と
少し恥ずかしく思った。

また、店主は誓約書を棚にしまいながら
少年が施設に入った経緯について考えていた。
彼は一体どのようにして施設に入ったのだろうか。
どのような扱いを受けていたのだろうか。
あの施設の今の状況はどうなのだろうか…
突然、尽きない疑問に休符が打たれた。









「くーたん…ねれない………」

暫く本棚の本のタイトルを見て歩いていた少年が
その声を聞き、物凄い勢いでその方向へと踵を返した。
先程通った鉄の扉ではない別の扉…
部屋と繋がっている扉であろうか。
そこから少女………
いや、幼女と呼ぶのが相応しい見た目だ。
とにかく小さい女の子がこちらの部屋を覗き込んでいた。


120cmにも満たないであろう身長に白絹の様な肌。
さらさらとした白髪は腰の辺りまで伸び、
前髪は綺麗に切りそろえられている。
瞳はまさに純真無垢な輝きを持っており、
長い睫毛がその輝きをより秘めたものとしている。
白いふわふわの寝巻きに身を包み
手にはぬいぐるみというパーフェクトぶりだ。
100人彼女を目にしたとして、95人は
「かわいい」と声に出して言うであろう。
少年の顔が赤く染まってゆく。

それを見たクラウンは、ほう…と言いたげな顔つきで
スノウを眺める。

少女は暫く目をこすっていたが、少年に気が付き
扉の後にサッと身を隠した。
恐らく「くーたん」というのはクラウンの呼び名で
この子は店主に用事があったのだろう。
それを見ていたクラウンは一言、失礼します。と言い
扉の方へと歩いて行った。
扉の裏の少女に向かって声をかけている。

「寝れないじゃなくて起きる時間でしょう。
   それとその呼び方はお客様の前では
   絶対にやめてくれないかとあれ程…」

どうやら軽い説教の様だ。
部屋に散らかっていたドレスは彼女の物か、と
合点がいったスノウは
普通の家族と何ら変わりのない会話をする2人を
少し羨ましそうに眺めた。

   施設ではあの様な会話は無かったに等しい。
囚人の様に起こされ、1年を通して外出する事といえば
演習で行う登山くらいだ。
生活を共にする同僚とはほぼ常に私語禁止。
稀に解禁されるが、突然話せと言われても
話せるはずがない。名前と年齢以外何も知らないのだ。
仲間と呼ぶには程遠い存在だろう。
暫くの間…いつまで居られるかわからないが
ここで過ごせばあんな会話ができる様になるのだろうか…
仲間はできるのだろうか…
これから始まる生活に淡い期待を寄せながら
店主が戻るのを待つ。
すると、店主は少女を連れてこちらへと戻ってきた。

「これから暫くの間ここに滞在なさるお客様だ。
   ちゃんとご挨拶なさい。」

店主が少し強めに言うと少女は前に出てきて挨拶をした。

「…はじめまして………シオン…です…」

小さい声で最後によろしくお願いします、と付け足して
またクラウンの後ろへと隠れた。

スノウは少し戸惑ったが
クラウンがこちらをじっと見ている事に気が付き
自分も挨拶をした。

「はじめまして、スノウです。これからよろしくね」

クラウンの後ろからこちらを覗き込む少女の目線まで
しゃがみ、できる限りの優しい笑顔で言った。


   その後はスムーズに事が進んだ。
スノウの部屋はこの2階建て住居の1階突き当たりの部屋だ。
扉を開ければすぐに短い廊下があり、
そこを進むとリビング、その奥にはキッチンがある。
そして少年の部屋の隣はというとあの少女…
シオンの部屋となっている。

クラウンから鍵を渡され、
今日はゆっくり休むようにと言われたので
お風呂を借り、先程部屋に戻ってきたのだが
ちゃんと落ち着いて見ると普通の綺麗な部屋であった。
壁際にあるベッドにはふかふかの枕と布団がある。
クローゼットもあり、不便はしなさそうだ。
ただ少し気になる点としては、ここの住居の壁全てに
防音加工が施されている事だ。
まあ小さい子供がいるのだ。不思議ではないだろう。
…子供、かあ。と小さく呟いた。


果たしてシオンはクラウンの娘…なのだろうか。
普通に考えればそうなのだが
容姿の特徴にあまりにも違いがある。
クラウンは黒髪だがシオンは白髪であり
茶色の瞳の遺伝子からは翡翠色の瞳を持つ子供は
できないであろう。
それに、親子だとすれば母親という存在が見当たらない。
あれだけの書斎だ。写真のひとつやふたつ飾ってあっても
おかしくない。

親子…じゃないのかな…。
悶々と考えていたら眠くなってきた。
自分には、明日の生活がありそうだ…。
今はただその事だけに感謝して眠りにつく事にした。

落ち着いて寝るのは彼にとっては久しぶりだったのだろう。
暫くすると部屋には少年の寝息が静かに響いていた。







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