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2巻
2-8
しおりを挟む「ステラ様、きっとお喜びになりますね」
アリスの微笑みに、俺は頷く。
あれから、アリスと一緒に街をあちこち回った。
今俺の持っている紙袋の中には、ステラ姉さんに渡すプレゼントが入っている。
花とかペンダントとかいろいろ考えたのだが、結局は花の装飾の入った卓上の小さな額縁にした。
この中に、家族の似顔絵を描いて入れる予定だ。
画家に描いてもらおうかとも思ったが、アリスが「フィル様が直接描かれたほうが、画家の絵よりもずっと喜ばれるはずです」と言うので、恥ずかしながら自分で描こうと思っている。
「これで少しは、ステラ姉さまの気分も上がってくれるといいな」
俺が息をひとつ吐いてそう言うと、アリスは少し声のトーンを落として聞いてきた。
「ふさぎ込んでいらっしゃるのですか?」
意に染まぬ結婚なのだろうかと、アリスは心配しているようだった。
俺は小さく唸る。
「ふさぎ込んでいるっていうか……あれは、マリッジブルーだと思うんだよね」
「まりっじぶるーって、何ですか?」
首を傾げるアリスに、俺はどう説明しようか悩む。
「んー、婚姻前に何だか不安になる気持ち……かな?」
「不安……国を離れて他国に嫁がれることがですか?」
俺はその問いに、苦笑して首を振る。
「ううん。姉さまは、相手の皇太子が素敵な方で、本当に自分でいいのか不安なんだってさ」
ステラ姉さんは皇太子のことを、人として尊敬し好意を持っている。
ティリア王国の皇太子の話をする時、あの「氷の美姫」と呼ばれているステラ姉さまが、頬を染めて惚気まくっているくらいだ。
「不安なんて……ステラ様は、とてもお綺麗で聡明な方ですのに」
アリスの言葉に、俺もにっこり笑って頷く。
「僕も自慢の姉さまだと思っているよ。母さまもお互い想い合っているのにと言って笑うんだ」
王族同士なので政略結婚かと思われがちだが、実のところ今回の結婚に政治的な要素はあまりない。
こっちは農耕国だし、向こうは織物産業が盛んな国。ティリア王国にしてみたら、うちよりも貿易に強いカレニア国との関係を強化したほうが有益だろう。あちらにも年頃のお姫様がいるのだから。
それなのに、なぜステラ姉さんが皇太子妃に望まれたのか。
答えは簡単だ。向こうの皇太子が、ステラ姉さんに一目惚れしたからだった。
しかし、相手の皇太子が口下手なのか愛情表現が足りないのか、周りが何を言ってもステラ姉さんの不安は拭えない。
「お互いお好きなのに、難しいんですね。まりっじぶるーと言うのは」
アリスは小さくため息をつく。
「ステラ様が不安になられるほど素敵な皇太子とは、どんな方なのでしょう?」
「僕はまだ会ったことないんだよね。婚姻式も向こうで行うしなぁ。アルフォンス兄さまは、グレスハート王国の皇太子として列席されるそうだけど、僕はまだ小さいからって参加させてもらえないし」
こちらの世界では、飛行機でひょいひょい移動できるわけではないので、遠く離れた地への行き来が容易ではない。
婚姻式も、神に祈る神聖な儀式や国民へのお披露目をするのが目的で、身内のお祝いパーティーみたいなのはないらしいし。
だから家族といっても代表者が行くくらいで、全員列席することはないそうだ。
「新しいお義兄さまに会ってみたかったなぁ」
俺がそう言いながら通りの曲がり角に差し掛かった時、突然角から人が飛び出してきた。
咄嗟に、アリスを引き寄せて庇う。
だが、いきなりだったので通りの石壁にぶつかってしまった。
「いって!」
思わず、小さく声を上げる。
「っ! すまない。大丈夫か?」
見上げると、長身の青年が心配そうに身を屈め、俺たちを見下ろしていた。
二十代前半だろうか? ダークブラウンの髪と瞳、彫の深い顔立ちの男性だ。身長は百八十センチを超えており、ガタイもいい。
服も随分上質な生地だなぁ。上流階級の人だろうか?
よく見ると、黒の上着の裾に見事な刺繍がされていた。糸が同系色だから気づきにくいが、さりげない装飾にセンスの良さが窺える。若いのに、いぶし銀の魅力があった。
顔は少し強面でも、こうやって気遣ってくれるのだから優しい人みたいだな。
「いえ、ちょっとぶつかっただけなんで、大丈夫です」
俺が手を振って行こうとすると、彼は険しい顔で俺の腕を掴み、低い声で呟いた。
「直す」
「へ? 直す?」
彼は俺の腕を掴んだまま、道の端に引き寄せる。それから、スッと自分の懐に手を差し入れた。
え、ちょっと、何だ何だ。いちゃもんつけられるのか? 優しい人だと思ったのに。
俺は攻撃されたら対処しようと、彼の動きに注意を払いながら身構える。
だが、懐から出されたものは武器ではなく、綺麗な刺繍の施された小箱だった。
青年はその箱を開けて、針と糸を取り出す。
俺とアリスが呆気にとられて目をパチクリしていると、彼は俺の腕を持ち上げた。そうされて初めて、自分のシャツの袖が少し破れていたことに気づく。
壁にぶつかった時に、何かにひっかかったのかな。直すって、袖の破れたところのことか。
「あ、このくらいだったら、し……家に帰れば……」
城、と危うく口から出そうになったのを言い直し、彼の手から腕を引き抜こうとするが、彼は有無を言わさぬ視線で俺を見下ろした。
「危ないから動くなよ」
そう言って、着たままの状態で裂け目を器用に縫っていく。誤って針で刺されるのではないかと思ったが、そんな心配が失礼なくらい素晴らしい針使いだ。
アリスは感嘆の声を漏らして見つめている。
容貌からは、縫い物とか似合わないのになぁ。外科医と言われたほうがまだ納得できる。
「できたぞ」
「ありがとうございま……」
縫われたところを見ながらお礼を言いかけて、言葉に詰まった。
きっちり縫い合わされたところには、目のクリクリとした笑顔の羊が刺繍されていた。
可愛い……。
子供の喜ぶものをと思って、刺繍を入れてくれたのだろう。まぁ、それは仕方ない。俺は見た目六歳の子供なんだから。
だがそれよりも、この強面の青年が可愛い羊を短時間で縫い上げたというのが驚きだ。
「怪我はしていないようだが、服を破いてしまってすまなかったな」
青年は申し訳なさそうに言い、裁縫をしていた袖から俺に視線を移す。
そこで初めて、俺の顔を認識したらしい。何かに気づいて小さく声を漏らし、背筋を伸ばす。
「失礼ですが……もしや、フィル殿下でいらっしゃいますか?」
今や、しょっちゅう街に来ているので、俺の顔を知っている人は多くなったけど。
この人は袖に集中していて、今まで俺のこと王子だと気づいていなかったのか。どうりで口調が、朴訥としていると思った。
俺は微笑んでコクリと頷くと、青年は顔を近づけて小声で言った。
「私はティリア王国皇太子アンリ・ラングレーと申します。ステラ姫からの手紙で、お噂は伺っております」
「え……えぇぇぇぇ!! アンリ皇太子殿下っ!?」
思わず大声で叫んだ。
彼は慌てて俺たちの腕を引っぱり、人気のない場所に連れて行く。
「声が大きいです」
「あぁ、ごめんなさい」
注意されて、俺は『言わ猿』のように口に両手を当てる。
だって、まさか街にアンリ義兄さんがいると思わないよ。花嫁を迎えに来るのだって、嫁ぎ先の使節団が務めるが通例だし。
「どうしてここに? 父さまは知っているんですか?」
「私がここにいることは、マティアス国王陛下とフィリス王妃殿下には書状にて伝えてあります。ただ……ティリア国の者には内密で来たのです」
「内密? どうして……」
俺が尋ねると、アンリ義兄さんは押し黙って視線を逸らす。
しかし、俺とアリスはジーーッと見つめて、説明を求めた。
やがて彼は観念したのか、深いため息をついて口を開く。
「ステラ姫がどのような国で、どんな人々に囲まれ育ってきたのか、直に見たいと……。本当はこのような婚姻直前ではなく、前もって正式に訪れたかったのです。しかし私も忙しく、結局今の時期まで調整ができなかったので……ティリアの者には黙って訪問を……」
思ってもみない答えに、俺たちはキョトンとする。
いや、婚姻直前の今だってめちゃくちゃ忙しいでしょう。それを調整して来た……?
「えっと、何でわざわざそんな無理にいらしたんです?」
「その……ティリアに嫁いでくるということは、皇太子妃――次期王妃として、我が国を唯一と思っていただかなくてはならない。しかし、いただいた手紙を読めば、ステラ姫がグレスハート王国の家族や土地、国民すべてを愛しているのはわかる。だから……私がこの国を見て知っていれば、祖国を離れ寂しくなった彼女の、話し相手になれるのではないかと……」
精神的に余裕がなくなって地が出たのか、アンリ義兄さんは先ほどの朴訥とした口調に戻っていた。
な……何ていい人っ!! 強面だけど、すごくいい人だよっ!!
隣で聞いていたアリスは、もう感涙が止まらないようだ。
ステラ姉さんは不安に思っているみたいだったけど、やはりアンリ義兄さんはこんなに想ってくれていたんだ。こんな素敵な人が義兄さんで、俺もホッとした。
でも、思ってくれていても、全然姉さんに通じてないのが残念だよな。
どうにかならないものかと、俺は少し考える。
「……よし」
あることを思いつき、俺は頷く。
「アンリ義兄さまのお考えは素晴らしいです。でも、僕にもっといい考えがあるのですが……」
「……いい考え?」
アンリ義兄さんは、にやりと笑う俺を見て訝しげに眉を寄せた。
ディアロスが封印されているという伝承がある丘の上で、遠くにある王都の街並みを見下ろしながら、アンリ義兄さんとステラ姉さんが談笑している。
俺とアリスはそれを邪魔しないよう、その場を離れることにした。
「フィル様、お二人で過ごす時間だなんて、良いプレゼントをなさいましたね。アンリ殿下とステラ様、とてもお幸せそうです」
アリスはうっとりとして言い、小さな息を吐く。
アンリ義兄さんは、うちの城にもティリアの職人がいるので、ステラ姉さんには会わずバレないうちにこっそり帰ろうとしていたらしい。
けれど俺は、今のステラ姉さんに必要なのは二人で一緒に過ごすことだと思った。
ティリアに行けば、礼典や式典やお妃教育が続き、皇太子と過ごす時間は少ないと聞いている。そうであれば、今この時がゆっくりとお互いの話ができる貴重な時間に違いなかった。
手紙も良いが、直接目を見て話して初めて通じることもある。
この丘なら滅多に人が来ないから、誰にもばれずにゆっくりできるし。二人で一緒に見た景色のほうが、ティリアに行ってからきっといい思い出として話せるだろう。
だから、俺は二人っきりで過ごす時間をプレゼントしようと思いついたのだ。
ふと、ステラ姉さんの方を振り返る。頬を染めて微笑む姿に、俺もつられて頬を緩めた。
「プレゼント、良いものにしすぎちゃったなぁ。このままだと、僕の似顔絵かすんじゃうよ」
俺がそう呟くと、アリスはくすくすと笑った。
「いいえ。あれもとても素敵なプレゼントだと思います」
「そう?」
じゃあ、頑張って描かないといけないな。
俺は「ヨシ」と気合を入れた。
8
グレスハート王国の城の広間。そこはいつも家族でお茶を飲んだり、談笑したりと団欒のひとときを過ごす場所だ。
いつも笑いが絶えないこの部屋が、俺は大好きだった。
しかし今は、さめざめとした泣き声の響く場所になっている。
何でこんな状況になっているかと言うと、七歳になった俺が学校に入学することになったからだ。決して、不幸があったわけではない。
いや、レイラ姉さんとアルフォンス兄さんにしてみたら不幸なのかもしれないが……。
「ひどいです! 私たちに黙って、国外の学校を受験させるだなんて!」
レイラ姉さんは嗚咽を堪えながら、ハンカチで涙を拭いた。目がすっかり赤くなっている。
十三歳になってますます可憐になったレイラ姉さんは、巷で「王国の花」と呼ばれている。だが、今やその花もすっかりしょげた様子だ。
「そうです。何もこんな小さいうちから留学させずとも、我が国で充分です」
俺を放すまいとギュウと抱きしめるアルフォンス兄さんも、その目元が潤んでいた。
十八歳の美青年になっても、俺に対するブラコンぶりは相変わらずである。
「心配せずとも、学校のあるステア王国はティリア王国の隣だ。フィルに何かあれば、ティリア王国にいるステラが助けになってくれるだろう。……いざというときの監視役も派遣しやすいしな」
最後に父さんがボソリと呟くのを、俺は聞き逃さなかった。
どうやらステラ姉さんに、手を回そうとしているらしい。俺ってば信用ないなぁ。
そういえば、ステラ姉さん元気にしてるかな。ご婚姻のお祝いに、俺が家族の絵を描いてプレゼントしたとき、ステラ姉さんは額縁を抱きしめて泣いて喜んでくれたっけ。
そんな思い出に浸っている俺をよそに、レイラ姉さんは父さんに詰め寄る。
「そんなことを言っているのではありません。フィルと離れたくないと申しているのです」
レイラ姉さんの言葉を聞き、アルフォンス兄さんが頷く。
その二人の様子を見て、父さんは額を押さえた。アンニュイな表情は、それだけで格好良い。
「だからお前たちには、合格するまで黙っていたのだ。仕方ないではないか。フィルは何かと国民の注目を集めてしまう。そんな状況で、落ち着いた学生生活が送れると思うか?」
チラリと見られて、俺は父さんから目を逸らした。
目立ちたくて目立っているわけではない。だが、何かと騒ぎを起こしている自覚はあるので、何も言えない。
「剣術学校なら私がいますから、心配ないと思いますよ!」
ヒューバート兄さんが名案だと言うように笑みを浮かべるが、俺は細かく首を振る。
嫌だ。たとえこの国の学校に入るにしても、それだけはご勘弁願いたい。
ヒューバート兄さんは今年十六歳になったので、正式に王国軍に入った。そのうえ、後輩指導という名の下に、剣術学校の臨時講師も務めている。
昔はアルフォンス兄さんとさほど変わらなかったのに、どんどんガタイが良くなっちゃって……。
「ヒューバート兄さま……その、僕は剣術よりも学問のほうが向いてると思うのですが……」
おずおずと告げると、ヒューバート兄さんはにっこりと微笑む。
「そんなことはない。グランドール将軍も、ぜひ剣術学校にと言っていたぞ」
なぜにこの兄は人の話を聞かないのか。
「ヒューバート兄様に預けたら、フィルがムキムキ軍団の仲間入りしちゃうじゃないの!」
レイラ姉さんは余計な口を挟むなとばかりに、ヒューバート兄さんを睨んだ。
父さんはひとつ息を吐くと、兄さんたちを説得するようにゆっくりと話し始めた。
「剣術学校は武術に特化しているが、フィルには学問も武術も学んで欲しい。その点、グラント大陸のステア王立学校は、学問も武術も高いレベルにある。アルフォンスは四年前まで、そこの高等部にいたのだから、良い学校なのは知っているであろう?」
父さんは同意を得るべく、アルフォンス兄さんに顔を向けた。
「それは確かに……身分に関係なく友人ができますし、教育も……素晴らしいところでした」
アルフォンス兄さんは不承不承といった様子で、小さく頷く。
俺が行く予定のステア王立学校は、初等部、中等部、高等部と三学年ずつあり、アルフォンス兄さんは皇太子としての知識と見聞を広めるため、十二歳から三年間高等部に通っていた。
この学校の良いところは、王立学校でありながら年齢や身分に関係なく、皆平等に学べることだ。
入学は七歳以上という規定はあるが、それ以外は自由。つまり、七歳でも高等部入学試験に合格すれば、高等部に入れるわけだ。
だが、学年が上がるごとに難しい進級試験があり、合格しなければ留年になる。留年が何度か重なれば退学……と、大変厳しい。
優秀な成績を修めていれば飛び級できるらしいけど、俺は中等部からのんびり勉強しようと考えていた。
知識は欲しいものの、勉強に追われるのは勘弁だ。年上ばかりに囲まれるのも嫌だしなぁ。まぁ、今度行く中等部も十歳から入学するのが殆どだって話だけど。
アルフォンス兄さんは俺の頭を撫でながら、父さんを恨めしげに見つめた。
「ですが、留学中に失った物も大きかったのです」
「失った物?」
父さんは不可解そうに首を捻る。
「可愛いフィルですよ! 一歳から三歳までの可愛い盛りっ! 長期休みに帰ってきて、いつの間にか成長しているフィルを見た時の私の絶望、わかりますか?」
そう話すアルフォンス兄さんに力強く頭を撫でられ、俺は首がもげそうなほどぐらぐらと揺らされた。
「絶望どころか、帰るたびに狂喜乱舞していたではないか」
父さんは「嘘をつけ」と眉根を寄せる。
「父上の記憶違いです」
真面目な顔で、アルフォンス兄さんはしれっと答えた。
いや、していたよ。踊りまくってたよ。勉強のストレスのせいかと、マジで心配していたくらいだ。
「休み明けにお前が学校の寮に戻らないと駄々をこねて、毎回大変だったのは忘れておらんぞ」
父さんの心底嫌そうな顔を見て、俺も思い出した。
あぁ、特に……アルフォンス兄さんが十四歳の時はすごかったなぁ。
ちょうどその長期休み中、俺が階段から落ちて頭を打ったので、心配するあまり寝ている俺を学校に持って行く荷物の中に詰めようとしていたらしいもんな。たまたまメイドのアリアが見つけて、事なきを得たけど。発見されていなかったら、どうなっていたか……。
そんなブラコン列伝に遠い目をしていると、アルフォンス兄さんが突然ハッと閃いて叫んだ。
「そうだ。私がもう一度ステア王立学校に留学すれば?」
……またブラコン列伝始める気か。
「何を馬鹿なことを言っているのです。高等部を卒業して中等部に入り直すなんて、できるわけないでしょう」
さすがの母さんも、呆れてため息をつく。
「では、私ならばいいでしょう? 私が今から受験して……」
レイラ姉さんは笑顔になったが、父さんはすぐさま首を振って却下する。
「フィルの希望で、王族ではなく平民として入学するのだ。そんなフィルの周りで、王族のレイラがうろうろして素性がバレたらどうする」
「私も平民として入れば良いではないですか」
ケロリと言うが、無理に決まっている。
レイラ姉さんは、見た目も中身もお姫様っぽい。明らかに平民という感じではないのだ。
そんな中、母さんは思案顔で、レイラ姉さんをジッと見ていた。
「そもそも、ステア王立学校の中等部のレベルは、大陸の中でも上位。受験したところで、レイラが受かるかしら?」
母さん、何気にひどい……。確かにレイラ姉さんは勉強苦手だけど。
否定はしたいが自覚はあるのか、レイラ姉さんは「ムゥッ」と口をへの字に曲げて押し黙った。
それを見ていた父さんは、息をひとつついて皆の顔を見渡す。
「わかったか? では、フィルはステア王立学校に留学とする」
父さんの宣言によって、広間には再びさめざめとした泣き声が響いた。
◇ ◇ ◇
「フィル様、荷物はこれだけなんですか?」
俺の私室にやってきたカイルは、驚いたように俺がまとめた荷物を見つめる。そこには、スーツケースくらいの大きさの鞄が一つ置いてあった。
十二歳になったカイルは、ガリガリだった当初と違って少し肉付きが良くなっていた。
俺も背が伸びたが、カイルはそれよりさらに伸びているので、身長差は縮まっていない。
「アルフォンス兄さまの話だと、学校は制服だし、寮は家具付きで、食堂ありなんだって。必要な物は学校でも販売していて、街に行けば大抵そろうって話だから」
肩をすくめケロリと言った俺に、カイルは少し表情を曇らせた。
「あの……入学するのがステア王立学校中等部で、本当に良かったんでしょうか?」
「あー……アルフォンス兄さまとレイラ姉さまは、まだいろいろ邪魔してくるけどねぇ」
口元を引きつらせて乾いた笑いをする。
今日なんか、アルフォンス兄さんがステア王国まで引率すると言いだした。にっこり笑って却下したけど。
アルフォンス兄さんは王子として留学していたんだから、平民という体の俺と一緒にいたらおかしいだろう。
「もともと、知らない土地でのんびり学校生活を送るつもりだったんだ。アルフォンス兄さまたちのことは気にしなくていいよ」
俺は苦笑するが、カイルはしょげた様子で首を振る。
「ですが、フィル様なら王族だけが通う学校でも良かったんじゃ……無理に俺に合わせなくても」
実は今回、カイルもステア王立学校中等部に入ることになっていた。
出会った時のカイルは、読み書きはできたが学問は学んでいなかった。
カイルの将来を考えたら、知識はあるに越したことはない。そんなわけで、簡単な初級の勉強は俺が教えていた。その甲斐あって初級の内容は完璧である。
だが、中級や上級の内容を学ぶには、やはりちゃんとした先生をつけたほうがいいだろうとも思っていた。
そんな時、父さんに教えてもらったのがステア王立学校だ。
ステア王立学校は、入学者の身分や出生を問わない。だから、獣人族であるカイルも入学できるか聞いてみたのだ。
学校創設以来、獣人が入学したことはないそうだが、試験に合格すれば当然通うことができるとのことだった。
そしてめでたく俺もカイルも合格できたわけだが、カイルは自分のために、俺が進路を変えてしまったのではないかと気に病んでいるらしい。
「やだよ。王族だけの学校なんか」
顔を顰めて、ひらひらと手を振る。
正直、独学とはいえ上級の学問を終えている俺なら、もっとレベルの高い学校に入ることもできる。だが俺が学びたいのは、将来的に役立つ商学や鉱石学、それに召喚学のことなどであって、決して帝王学じゃない。
応援ありがとうございます!
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