転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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第26章~転生王子と学校見学

番外編 キアン・ブラッドリー(見学会前のお話)

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 ステア王立学校中等部に入学して、数ヶ月が経ったある日。
 僕―キアン・ブラッドリーは姉のイリーヌと一緒に、中等部の広場を歩いていた。
 召喚獣の毛玉猫たちをカートに乗せて、日課のお散歩である。
 その道中、僕はふと広場にある人物を見つけ、足を止めた。
 「キアン、どうしたの?……あら、フィル君とカイル君ね」
 急に足を止めた僕に小首を傾げた姉さんは、僕の視線の先にいる人物を見て呟いた。
 広場にはフィル先輩とカイル先輩、そしてフィル先輩の召喚獣の黒い子狼と袋鼠、真っ白な毛玉猫がいる。
 ベンチに座って、のんびり休憩しているようだ。
 「姉さん。僕、フィル先輩とお話してくる!」
 カートを押し、歩く速度をあげた僕に、姉さんは慌ててついてくる。
 「え!お話って……。いつの間にフィル君たちと知り合いになったの?」
 「これから知り合いになるんだよ。見学会の準備でいつも忙しそうだったから声をかけられなかったけど、今だったら毛玉猫のお話ができるかも!」
 ブラッドリー一族は全員、毛玉猫好きだ。そして、そんな一族の中でも僕ら姉弟の毛玉猫愛はとくに強かった。
 姉さんは三匹、僕は四匹、毛玉猫を召喚獣にしている。
 朝から夜まで、常に毛玉猫のことを考え、毛並みを整え、猫じゃらしで遊んであげ、愛情たっぷりに可愛がる。
 召喚獣契約をしているので、僕らは主人という立場になるけれど、自分たちの自由時間はほぼ毛玉猫に捧げているので、実際は下僕に近いかもしれない。
 でも、僕らはそれを幸福だと思っている。
 うちの子たちが輝いてくれるなら、どんな苦労もいとわない。
 それくらいうちの子たちは、とっても可愛いのだ。
 ただ最近、一匹だけ気になっている毛玉猫がいる。
 フィル先輩の召喚獣であるホタルちゃんだ。
 先日教室移動の途中ですれ違ったのだが、正直うちの子たちよりもふわふわな毛並みだった。授業がなければ、ついて行ってしまっていたかもしれない。
 学校にいる毛玉猫愛好家仲間も、ホタルちゃんの真っ白な毛、ふわふわとした体毛は素晴らしいと絶賛していた。
 この機会に、ぜひとも間近でその毛並みを拝見したい!!
 そして、どんなお手入れをしているのかを探りたい!!!
 きっと特別なブラッシング方法や、洗い方をやっているはずだ。
 じゃなきゃ、地面を転がって移動するという噂のホタルちゃんが、あんなに真っ白なわけはない。
 うちの子たちだって、外で遊ばせて葉っぱや埃、泥がついて汚れがついた時は、綺麗にするのが大変なのだ。
 普通のブラッシングやオフロなどで、転がってついた汚れは簡単に取れないだろう。
 いったいどんな方法でお手入れしているんだろう。

 僕はフィル先輩たちの所へ到着すると、元気よく挨拶した。
 「こんにちは!フィル・テイラ先輩、カイル・グラバー先輩。僕、キアン・ブラッドリーです!」
 「こ、こんにちは」
 カートでやって来た僕の挨拶に、フィル先輩は少し驚いた顔で挨拶を返す。
 僕らの登場に、袋鼠はフィル先輩の後ろに隠れる。
 あ、袋鼠って怖がりな動物なんだっけ?驚かせちゃったかな。
 「もう、キアンったら。驚かせちゃダメじゃない。ごめんなさい、うちの弟が」
 後からやって来て謝る姉さんに、カイル先輩は「あぁ」と声を漏らす。
 「イリーヌ・ブラッドリー先輩の弟さんですか」
 「そう言えば、カートの中にイリーヌ先輩の毛玉猫がいますね」
 カートを覗き込んで、フィル先輩が微笑む。
 うわーっ!フィル先輩がうちの子たちを見てるっ!念入りにブラッシングした後だから、大丈夫だと思うけど。何だか緊張する。
 「む、無地の子が姉さんの、柄の子が僕の召喚獣です!」
 「四匹も?すごいね。ふふ、毛玉猫がいっぱいで可愛いなぁ。もしかしてホタルがいるから、見せに来てくれたの?」
 「え?……あ、はい!」
 そういうことにしておこう。
 僕がコクコクと頷くと、フィル先輩はにこっと笑った。
 「ありがとう。学校じゃこんなにたくさんの毛玉猫に会わせてあげられないから、ホタルも喜ぶよ。皆、こんにちは。仲良くしてね」
 そう声をかけられたうちの子たちは、何故かプルプルと震えながら「にゃふにゃふ」と鳴く。
 フィル先輩たちを怖がっているというより、ベンチで仰向けに寝転がっている黒い子狼を怖がっているみたいだ。チラチラ見てはプルプルしている。
 俺は震える背中を撫でて落ち着かせながら、首を傾げる。
 珍しい。皆、好奇心旺盛な性格の子たちなんだけどな。狼とは言え、あんなに小さい子を怖がるなんて……。
 フィル先輩もうちの子たちが何に怖がっているか気がついたのか、優しい声で言う。
 「大丈夫。コクヨウは怖いことしないよ。とくに今はプリンを食べたばかりで機嫌がいいんだ。ね、コクヨウ」
 ベンチの子狼を振り返り聞くと、返事をするみたいに「ガウ」と鳴いた。
 「だから安心してね」
 フィル先輩の言葉に、うちの子たちの緊張がとけた気がした。
 フィル先輩って不思議な人だ。動物の気持ちがわかるみたい。
 フィル先輩はホタルちゃんを抱っこして、うちの子たちに視線を合わせた。
 「ほら、ホタル。お友達がいっぱいいるよ」
 「ナウ~」
 ホタルちゃんは尻尾を揺らし、嬉しそうな声で鳴く。
 色違いの瞳は、宝石のようにキラキラ輝いて見えた。
 近くで見ると、真っ白な毛は想像以上にフワフワと柔らかそうだ。
 芸術品かと思うくらいの見事な毛並み!
 僕と姉さんは、その美しさに思わず感嘆の息を吐く。
 ホタルちゃんが「ナーウ」と鳴けば、うちの子たちも嬉しそうに「にゃーん!」「にゃふにゃふ」と鳴く。
 「お話しているみたいね。可愛いわ」
 姉さんの言葉に、僕はコクコクと頷く。
 「そうだね。本当に可愛い」
 尊すぎる光景。思わず拝みたくなってくる。
 実際に祈りかけた僕だったが、ハッと当初の目的を思い出す。
 そうだ。フィル先輩たちは忙しい方だし、どこかへ移動しちゃう前にお手入れの秘密を知りたい!
 でも、ホタルちゃんのお手入れ方法を、いきなり聞いても大丈夫かな。
 さっきまでは聞く気満々だったのに、フィル先輩とホタルちゃんを目の前にした途端、勇気がしぼんでいく。
 どう尋ねようかと僕がもじもじしていると、毛玉猫を見ていたフィル先輩がふいに僕の方を見た。
 「丁寧にブラッシングしてるみたいだね。皆、ふわふわだ。毛並みのために、何か特別なことしてるの?」
 何という幸運!フィル先輩から聞きたい話題を出してくれた!いい人!
 「うちは四匹いるので、仲間同士で毛づくろいし合ったりします。でも、それだけだと汚れが取れない時もあるので、外で遊んだ時は蒸しタオルで全身の汚れを拭き取り、その後ブラッシングします。オフロはたまにで……」
 「水が苦手な子が多い?」
 「あ、いえ。むしろ好きです。それゆえに自由に水遊びしはじめちゃって……」
 僕が頭を搔くと、姉さんも毛玉猫たちを撫でながらため息をつく。
 「私の毛玉猫もよ。やんちゃなの」
 「賑やかで楽しそうです」
 フィル先輩はクスクスと笑い、カイル先輩は唸る。
 「たくさんいるから大変そうですね」
 「あ、あのぉ、フィル先輩はホタルちゃんのお手入れどうしていますか?移動で汚れちゃうことありますよね?」
 勇気を出して聞いてみる。
 「うちのホタルはオフロ好きだから、全身が汚れた時は石鹸で洗って汚れを落とすよ。あと最近は、毛を乾かす時やブラシを入れる時に、ブラッシング水を使ってるかな」
 「ブラッシング水?」
 「グレスハートで最近できた、ひ…日干し王子印の新商品があって……。お願いテンガ、ブラッシング水を出してくれる?」
 フィル先輩は自分の足に張り付く袋鼠に向かってお願いする。袋鼠は僕らのことを警戒しつつ、お腹の袋からブラッシング水を取り出した。
 噂に聞く空間移動の能力か。すごい。
 「人間にも動物にも使える、ブラッシング水だよ。毛が傷まないよう、これを少し噴きかけて、乾かしたりブラッシングしたりしてあげるんだ」
 つまり、ブラッシング水がこの毛並みの秘密!?
 グレスハート産のブラッシング水、しかも日干し王子印だったら間違いない。
 高いのかな。いや、高くても、お小遣いを使い切っても買ってみせる!
 「そのブラッシング水、いくらでも出すので譲っていただけませんか!?」
 僕は身を乗り出し、真剣な顔でお願いする。すると、フィル先輩は首を横に振った。
 「お金はいいよ。その代わり、試して感想を聞かせて。知り合いのお店の人が、感想を知りたがってるんだ」
 「え!いいんですか!?」
 「いいの?フィル君」
 驚く僕らに、フィル先輩は笑顔でこくりと頷いた。
 フィル先輩なんていい人なんだ!!

 それからフィル先輩たちが帰るまでの間、僕たちは毛玉猫のお話をたくさんした。
 フィル先輩は動物に対する知識も豊富だし、毛玉猫への愛情も深く、何よりとてもいい先輩だ。
 学校の先輩に、フィル先輩のような人がいて、僕はなんて幸せなんだ。
 「フィル君と仲良くなれて良かったわね」
 姉さんの言葉に、僕は頷いた。
 いつかブラッシング水のお礼もしたいな。
 そうだ。部屋に帰ったら、ホタルちゃんに似合う飾りを作ろう!
 真っ白な毛並みに負けない、品があり、白を基調とした可愛らしい飾りがいいな。
 ホタルちゃんの美しい毛並みと、可愛らしさを引き立てるような。
 それを考え始めると、僕はわくわくが止まらなかった。
 
 
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