転生王子はダラけたい

朝比奈 和

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第29章~転生王子と婚姻式

14巻発売記念 特別編 『お仕事見学』ノット兄弟視点

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 これは、フィルがまだ学校にいた時期の、グレスハートのお話である。

 グレスハート王国の城は、様々な人が働いている。
 城を守る兵士や、城の清掃員、料理人、王族の身の回りをお世話するメイドや執事、庭の手入れをする庭師……などなど、他にもたくさん。
 支えてくれる皆がいるから、王族や城を訪れる方々が、安全に、居心地良く過ごすことができる。どれも重要なお仕事だ。
 そんなグレスハート城の職業で、今、平民の子供達の人気職種ランキング第一位となっているのが、厨房の料理人だった。
 昔から、男の子は兵士、女の子はメイドが一位だった。しかし、今では料理人が、その二つを大きく離しての一位になっている。

 そんなグレスハート城の料理人は、主に王族の食事や、城を訪れる高貴な方々の会食の食事、城に勤める者たちの食事などを担当している。
 その中でも、とくに来賓を呼んでの食事は外交手段の要でもあり、大きな責任を伴う。
 出される料理一つで、会食が和やかになることも、険悪になることもあるくらいだ。
 しかし、たとえそこで上手くいったとしても、騎士のように報償がもらえるわけではない。
 逆に何かあれば、責任を取らされ、罰せられる可能性がある。
 大変なわりには、なかなか報われない職業なのだ。
 それでもなりたいと思う子が増えたのは、料理好きな王子の影響ゆえだと言われている。
 料理によって活性していく国の様子を目の当たりにした子供達が、国一番の厨房で働きたいと目指すようになったようなのだ。

 今年十二歳になるレックス・ノットも、城の料理人を目指す少年の一人だ。
 兄のマーティン・ノットが厨房の料理人だから、その憧れは人一倍である。
 「うわぁ、ここがお城の厨房かぁ」
 レックスは厨房内を見回して、大きな息を吐く。
 キラキラした目の弟に、マーティンは不安げな顔で言う。
 「調理器具には触るなよ。見習いテストで一番だったから、料理長が特別に厨房見学を許可してくれたんだからな」
 夢だった料理人としての第一歩である、見習い料理人のテスト。そのテストに、レックスは先日受かったばかりだ。
 募集枠十名に対し、百人以上も応募があった今年の見習いテスト。レックスはそんなライバルを押しのけ、一位を勝ち取った。
 マーティンがその事を仲間に話していたら、それを聞いた料理長が見学を許してくれたのだ。
 ちなみに、数日後に正式な見学会があるので、レックス以外の見習いはそこで初めて厨房に入る。
 「他の子には言うなよ」
 「わかってるよ。兄さん……あ、違う。わかりました。ノット先輩」
 レックスは慌てて言い直す。
 これからは厨房に入ったら兄を兄とは呼べず、敬語も使わないといけない。
 「今はまだいいよ。……でも、そっか。俺もここで弟を甘やかせられるのは、最後かもしれないんだな」
 ふとその事に気がついたのか、マーティンはしみじみと呟く。
 それから「料理長はそう思って特別に許可してくれたのかも」と、低く唸る。
 「これから兄さんに、怒られることもあるってこと?」
 不安げなレックスに、マーティンは笑った。
 「怒るっていうか、間違えていたら厳しく注意はするさ。だけど、レックスは覚えが早いから大丈夫だろ」
 見習いテストで一位をとるだけあって、レックスはよく気がつくし、手際もいい。
 マーティンは全く心配はしていなかった。
 「兄さんに恥をかかせないよう頑張るよ。見習のお仕事は料理人たちの補佐役だけど、いつかは僕も正式な料理人になって、王子様のように王族の方々や来賓の皆さんを驚かせる美味しい料理を作るんだ」
 レックスのやる気に、マーティンは笑う。
 「そっか。負けないように、俺も頑張らないとな」
 「兄さんはもうプリン担当じゃない」
 日干し王子様が考案されたという、プリン。
 街でも売っているけれど、城のプリンはとくにクオリティが高い。
 プリン担当は厳しい審査を経て、ようやくなることができる。グレスハート城料理人の、特別な担当だ。
 「いや、まだまだだよ。時々フィル様から、ダメ出しをもらうことがあるくらいで……」
 ため息を吐く兄に、レックスは驚愕する。
 「え!ダメ出しを!?」
 留学中のフィル様。袋鼠の空間移動能力でプリンを取り寄せていると、兄から聞いていた。
 「毎回味を確認されているんだろうな」
 なるほど。毎日食べるほど好きなのかと驚いていたが、クオリティ確認のためだったのか。
 レックスは感心しつつ、尋ねる。
 「ダメ出しってどんな形で?」
 「少しダメな部分があると、この紙が冷蔵庫に入っている」
 そう言って、マーティンは胸ポケットから、数枚の紙を取り出す。
 紙には鋭いナイフで切り裂かれたような跡で、×マークがつけられていた。
 「こ、怖い……」
 「俺の前任は三日続けてこれをもらって、かなり落ち込んでた」
 「そりゃ、そうだよ……」
 ダメ出しですでにへこむのに、夢にうなされそうな怖さの紙だ。
 口元を引きつらせた弟の前に、マーティンはもう一枚別の紙を出す。
 「でもな。ダメ出しをもらった後、いいプリンができた時はこっちをくれるんだ」
 その紙には、犬のような動物の足跡が押されていた。
 「可愛い」
 さきほどの紙とは違い、肉球マークの可愛さにほっこりする。
 「フィル様の厳しさと愛情を感じるだろ?俺は戒めとして両方の紙を持っているんだ」
 そう言って、大事そうに再び胸ポケットにしまう。
 「厳しさと愛情……」
 ちょっと、厳しさに猟奇的な雰囲気を感じるが、兄がそう言うならそうなのだろう。
 レックスは自分に言い聞かせる。
 「そう言えば、今日はまだ確認していなかったな。一緒に確認するか?」
 マーティンに聞かれ、レックスはコクリと頷く。
 マーティンが冷蔵庫の扉に手をかける。
 兄の真剣な面持ちに、毎回こんな緊張をしているのかとレックスは思う。
 「よし!」
 マーティンの声とともに、勢いよく扉が開けられた。
 冷蔵庫の真ん中には氷亀が一匹。それ以外は何も無い。
 「やった!」
 両腕を掲げ喜ぶ兄に、レックスは尋ねる。
 「兄さん、これはいったいどういう?」
 「時々あるんだよ。ここいっぱいに作ったプリン、全部なくなる時が!相当気にいられたらしい!」
 「ここのプリン全部……」
 相当の数ではないだろうか。
 冷蔵庫に視線を向けると、氷亀は『やったな』とでも言うように、ニヤリと口を開ける。
 すごいなフィル様。
 妥協を許さない厳しさは、料理への愛情によるものなのだろうか。
 料理人見習いになって少しは近づけたと思ったけど、見えた人影が幻影のように消えてしまった。

 ……でも、確認のためとはいえ、大量のプリン食べてお腹壊さないんだろうか。
 感心とともに、少し心配になったレックスだった。


 
 
 
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