幸せの翼

悠月かな(ゆづきかな)

文字の大きさ
上 下
20 / 61

感極まるクルック

しおりを挟む
私はラフィの部屋から自室へと戻って来た。
ソファに深く腰掛け、先程のラフィの姿を思い出していた。
私が涙を流している間、ずっとオロオロしていた。

「あのようなラフィを初めて見た…」

私は知らず知らずのうちに、笑みが溢れていたらしい。
クルックが不思議そうに尋ねてきた。

「サビィ?何か嬉しい事でもありましたの?」
「いや、特に嬉しい事な…ど…」

私は、そこまで答えて言葉を呑んだ。

(いや…もしかすると嬉しかったのかもしれない…)

私は単独行動が好きだし、1人でも不自由を感じる事などなかった。
しかし、初めてラフィを頼った事で彼の心の内を知った。
イルファスの件で相談した事を嬉しいと喜び、私を友人と言ってくれたラフィ…
くすぐったいような、心が躍るような不思議な感覚…私はソッと胸に両手を当ててみる。

「サビィ?大丈夫ですの?胸が痛みますの?」
「いや、大丈夫だ。何の問題もない」

私は笑顔でクルックを見た。

「それなら良いのですが…」

クルックは言葉を切ると、突然鞭を出した。

(鞭?このタイミングでなぜだ?)

私は首を傾げた。
この流れで鞭が飛んでくる可能性は低いが、念のため身構える。

「何と言えば良いのでしょうか…」

クルックは、鞭を絡ませモジモジしている。

「サビィの、そのような笑顔を見たのは初めてで少し驚きましたの…」

クルックは、一体何をしているのだろうか?
鞭をそんなに絡ませたら解けなくなるではないか…
もはや、鞭の原型を留めておらず球体になっている。

「クルック…鞭をそんなに絡ませたら解けなくな…」
「サビィ!私…思い切って言いますわ!」

私の言葉を遮り、クルックが声高に叫んだ。

「は?突然、何を…」
「サビィ!私は…私は…そんなサビィの笑顔が好きですわ!」

クルックの声が部屋中に響く。
彼女は上空を見据え、身じろぎもしない。

「クルック、一体どこを見ている?」

私が問い掛けると、それまで微動だにしなかったクルックが、私へと目線を移し言った。

「サビィ、あなたはとても素晴らしい天使ですわ。ええ、それはそれは素晴らしい天使です!美しいし努力家です。常に自分を律していますわ!まさに天使の中の天使と言えます!でも…私は心配でしたの」
「心配?何を心配している?」
「サビィは、他の天使と関わる事を避けていましたでしょ?それに、あなたは他の天使を寄せ付けない雰囲気でしたわ」

確かに私は1人でいる方が楽だし、それで良いと思っていた。

「でも、あなたは変わりましたわ。ラフィやブランカと行動を共にするようになって、表情も変わりました。とても柔和になりましたわ。特に、ここ最近のサビィの変化には驚くばかりですのよ」
「私は、そんなに変わったのだろうか…?自分では全く分からないが…」
「ええ、大きく変わりましたわ。私は、子供の頃からサビィを見てますもの。素晴らしい変化に…私は…私は…もう…胸が…いっ…ぱいで…グスッ…グスッ…」

感極まったクルックが泣き始める。

「クルック、もう分かったから…泣くな」
「サビィ、私は…嬉しいのです…グスッ…あのサビィが…他の天使に対して…冷淡無情の…サビィが…グスッ…」
「冷淡無情…その言葉はあんまりだと思うが?」
「いいえ!サビィは良く言えばクール、悪く言えば冷淡無情でしたわ!それが…それが…あんなに穏やかな笑顔を…グスッ…思い出したら涙が…グスッ…グスッ……」

クルックが、ふと絡んだ鞭に目を落とす。

「鞭が絡まってますわ…あら?解けませんわね…これでは、涙が拭けませんわ…エイッ!ダメですわ…エイッ!」

鞭を解こうと、クルックはガタガタともがき始めた。

「全く…だから言っただろう?解けなくなると…」

私は深い溜め息をつき、手を伸ばす。

「そんなに引っ張ったら、余計に絡まるではないか」

クルックを壁から外し、絡んだ鞭を解いていく。

「好き勝手言い放ったかと思えば泣き出したり…全く忙しい。」
「いいえ。好き勝手に言っているわけではありませんわ。子供の頃からサビィを見てきたからこそ、言えるのです。このような事をあなたに言えますのは、私くらいしかいませんわ!」

クルックは誇らしげに胸を張っている。
その姿に思わず笑みが溢れる。

「鞭をこんなに絡ませて…説得力に欠けると思うが?」
「こ…これは…サビィの笑顔が、あまりにも素敵でしたから…ついつい…」
「あ~もう、モジモジするな。解いているのに、まて絡まるではないか。」
「分かりましたわ…」

クルックは、ようやく大人しくなったが鞭は思った以上に複雑に絡み合っている。

(どれだけモジモジしたら、これだけ絡まるのだ…)

私は少しずつ丁寧に解いていき、ようやく鞭は元通りになった。

「やっと、解けた…クルック、もう鞭を絡ませるのはやめてくれ。」
「ありがとうございます。これでやっと自由に動かせますわ!」

クルックは嬉しそうに鞭ををしならせ、スルスルと私の体に巻き付けていった。

「クルック、何をしている?」
「サビィ、鞭は叩くためではなく、このような使い方もありますのよ)

鞭は優しく私を包み込むように巻き付いている。

「サビィ…私は、あなたの事がずっと心配でした。
冷淡無情に見えても、サビィは良い所がたくさんあります」
「クルック…それは誉めているのか?」
「勿論ですわ!サビィは、こう見えて優しいのです!意外と面倒見も良いですし…」
「いや、あまり褒められている気がしないのだが…」
「誉めてますとも!皆、サビィの外見ばかりで心を見ようとしません!私はそれが悔しかったのです…」

クルックは悔しそうに俯いたが、すぐに私を見上げた。

「ラフィとブランカが、サビィの良さを理解して下さり本当に良かったですわ。私は安心しましたのよ。本当に良かったですわ…」

クルックは、そう言うと体をピッタリと寄せてきた。
私の体に回された鞭が温かく感じる。

「私、本当に安心しましたのよ…」
「クルック、ありがとう…」

私は暫くクルックと寄り添いながら、その温かさを感じていたのだった。



しおりを挟む

処理中です...