幸せの翼

悠月かな(ゆづきかな)

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頼るという事

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「そうか…そんな事が…イルファスは、以前から問題を起こしてはいたけど…今回の件はちょっとマズいな…」
「彼女は、そんなに問題を起こしていたのか?」
「うん。突然、襲い掛かられた天使もいたよ。なぜ襲いかかったのか今も謎なんだ」
「知らなかった…」
「まぁ…サビィは、あまり他の天使と関わらなかったからね。皆、イルファスに対しては腫れ物を触るように接してるよ」
「そうだったのか…」

私は、今まで他の天使達との接触を避けてきた。
面倒な事に巻き込まれるのが嫌だったからだ。

「まぁ…サビィは、女性達からキャーキャー騒がれてウンザリしてたから仕方ないけどね」
「私は、騒がれるのは苦手なのだ」

溜め息をつきながら答えると、ラフィは何度も頷いた。

「サビィは、そっとしておいて欲しいタイプだからね。でも、君はたくさんの天使達の憧れの存在なんだよ」
「私が…?」
「そうそう。何でもそつなくこなすし、優雅で美しいからね」

私は、常に美しく優雅でありたいと思っている。
そして、そうである為に努力を重ねている。

「まぁ…その事に関しては否定はしない。それなりに努力も重ねている」
「否定はしないんだね。サビィらしいよ」

ラフィはクスクス笑っている。

「もちろん、君が陰で地道に努力を重ねている事は知ってるよ。でも…ほとんどの天使達は、サビィが努力家だとは知らないんだ。君の美しさも優雅さも天性のものだと思っている」
「皆は努力はしないのか?理想に近づく為には努力が必要だと思うが…」
「まぁ…そうなんだけどね。それがなかなか難しいのさ」

ラフィはおどけた表情で肩をすくめた。

「ラフィこそ努力家ではないか…百科事典の転記もだいぶ進めたのではないか?」
「まぁね…半分以上は転記を終えたかな…僕の事は良いよ。イルファスの問題をどうにかしないとね」

ラフィは、自分の事をあまり話したがらない。
照れているのか、心を開いていないのか…
しかし…この短期間で、半分以上も転記を進めるとは…

「サビィ…イルファスの件だけど、アシエルにも相談してみないか?」
「アシエルに…?」

ラフィは深く頷きながら言葉を続ける。

「僕達では対処しきれないと思うんだ。サビィの話しを聞いてそう思った」

頭に、イルファスの不気味な姿が浮かぶ。
落ち窪み生気がなく澱んでいる瞳。
異様に赤い唇…
私は体を身震いさせながら頷いた。

「確かに…私達では対処できない問題だ…」
「うん…早速、アシエルにも相談しよう。」

ラフィが立ち上がった瞬間、扉をノックする音が響いた。

「誰だ…?」

ラフィは眉根を寄せ、怪訝な顔で扉へ向かう。

「はい…」
「ラフィ、私だ」
「アシエル…」

ラフィは、安堵した声で急いで扉を開けた。
そこにはアシエルが立っていた。

「アシエル…どうしてここに?」

「サビィ、ラフィ、君達が問題を抱えている事は分かっている。しかし…イルファスの件は闇深い。私だけでは手に負えない。その為、あの方に来て頂いた。」

アシエルが振り返ると、そこに意外な天使が立っている。

「ザキフェル様!」

ラフィと私は同時に声を上げた。
個人の部屋に、ザキフェル様が尋ねてくるなど異例中の異例である。

「ザキフェル様、どうぞ中へお入り下さい。アシエルも入って」

ラフィが2人をソファへと案内した。

「ラフィ…気を使わずとも良い。早速だが…イルファスが不穏な動きをしている為、彼女を注視していた。サビィに付きまとっている事も承知している」

私はザキフェル様の言葉に驚いた。
先程の出来事も把握してるのだろうか…?

「ザキフェル様…先程、私の身に起こった事は…?」
「承知している」

やはり、そうか…
一体、どのようにしてイルファスの動きを察知しているのか…?
私の疑問に気付いたのか、ザキフェル様が懐から小さな石板を取り出した。
その石板には、色取り取りの宝石が埋め込まれ、美しい輝きを放っている。

「これで、イルファスの動きを注視している」

ザキフェル様が手の平に石板を乗せると、埋め込まれた宝石が光を放ち始めた。
光は石板の上でユラユラと揺らぎ、何かを形作り始める。
徐々にそれは姿を現し、やがて天使の姿となったが、その姿に私は寒気を感じた。
すっぽりとフードを被り俯いている。

「イルファス…」

私は思わず呟いていた。

「サビィ、これはホノグラムだ。現在のイルファスは、君を無理矢理引き寄せようとし失敗し、呆然としているようだ」

石板の上でホログラムとして映し出されたイルファスは、ブツブツと何か呟いている。

「ザキフェル様…先程のイルファスの行動もこの石板で確認されたのですか?」

私の問いに彼は深く頷いた。

「イルファスについては、以前から奇行の報告がされていた。その為、この石版で彼女の動きをしばしば追っていた」
「そうでしたか…」
「サビィ、引き続き彼女を注視していく。君には、彼女が近づけないように対策を取る事にする」

ザキフェル様が指を鳴らすと、彼の手の平に銀色に輝く冠のような物が現れた。

「これはサークレット。額に装着する物だ。一見アクセサリーのように見えるが、これはサビィをイルファスから守ってくれる」

私は、ザキフェル様からサークレットを受け取った。
流れるような曲線を描きながら、数本の細いシルバーが緩やかに絡み合っている。
シンプルだが、華奢で繊細なデザインである。
額の位置に、青い涙型の宝石があしらわれ、ユラユラと揺れている。

「何と美しい…」

私はあまりの美しさに見惚れ、思わず呟いていた。

「これを、身に付ける事でサビィはイルファスから守られる。彼女が君に近付こうとすると、見えないガードが張られ一定の距離から近付けなくなる」
「ザキフェル様、ありがとうございます」

私はサークレットを受け取ると、早速装着してみた。
それは、まるであつらえたようにピッタリだった。
そして…ざわついていた心が、スーッと落ち着いていく。
そんな私の様子を見てザキフェル様は頷いた。

「青い宝石が埋め込まれているが、これはブルートパーズだ。知性や創造性を育むパワーがある。君にピッタリだろう」
「ザキフェル様…素晴らしいサークレットをありがとうございます。大切に使わせていただきます」

イルファスから身を守るだけではなく、私にピッタリの宝石を選び、尚且つこの美しいデザイン…
私は、ザキフェル様の完璧さに感嘆しながら答えた。

「気にせずとも良い。私達もイルファスを引き続き注視していくから、安心しなさい。では、部屋に戻り今後の対策を考えるとしよう」

ザキフェル様は、アシエルに目くばせすると、2人はスッとその場から消えた。

「サビィ、良かったね。ひとまず安心できるかな。それに、サビィに凄く似合ってるよ」

ラフィが安堵の表情を浮かべ私を見た。

「ああ…ラフィ、心配をかけてすまない」

私はラフィに頭を下げた。

「え!ちょっと、サビィ…頭上げてよ」

ラフィは、私の両肩に手を置くと優しく体を起こした。

「実はさ…僕は、サビィにイルファスの事を相談されて嬉しかったんだよね」

私はラフィの言葉に驚き、目を見開いた。

「サビィは1人で何でも解決してきたし…決して、僕やブランカを頼ろうとしなかったからね。僕達に心を開いてないのかな…って思ってたんだ。もちろん、君は優秀な天使だから、何でもそつなく完璧にこなす事は知ってる。でもね…友人としては、ちょっと寂しかったんだ」

友人…私は、ラフィの言葉を心の中で復唱してみる。

「友人…」

今度は、口に出して復唱してみた。

「そうだよ。君は僕の友人だよ。違うかい?」

私の目を覗き込むラフィの瞳には、やや不安そうな色が滲んでいる。
そうか…ラフィは私の友人なのか…
私は、今まで友人という言葉を意識した事がなかった。
1人でいる方が楽だし、それで良いと思っていた。
しかし…今回のイルファスの件で、私はラフィに相談して、気持ちがかなり楽になった。
これが、頼るという事だと初めて理解したのだ。
そして…私の話しを聞いてくれたラフィは友人…
今初めてこの言葉を意識し、ゆっくりと心に浸透していく…
何と温かい言葉なのだ…
私は、気付けば涙を流していた。

「え!サビィ、どうして泣いてるんだい?僕、何か気に障るような事を言ったかい?」

ラフィが、明らかにオロオロしている。

「いや…違う…違うんだ…」

私は、感情の赴くままに涙を流し続けた。



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