幸せの翼

悠月かな(ゆづきかな)

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対峙

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「サビィ様…なぜ、あなたがここに?」

イルファスが驚愕の表情で私を見る。

「イルファス…私が相手だ」
「そんな…私の標的はブランカただ1人。あなたとは闘えません」
「私は、君の愚行を見過ごせない」
「愚行…なんて酷い…サビィ様まで私を侮蔑するのですか?」
「侮蔑など…イルファス。君は一体何をしたか分かっているのか?天使の国を破壊するつもりなのか?」

イルファスは、私の問い掛けに答えない。
俯いたまま、聞き取れない程の小さな声で何かを呟いている。

「…くない…わ…しは、……ない」

私は眉をひそめ彼女を見た。
一体何を呟いているのだろうか?
すると突然、イルファスが顔を上げ目をカッと見開いた。

「私は悪くない!!」

彼女の叫び声が響く。
その声は甲高く悲鳴に近い。
耳をつんざく非常に不快な叫び声。
私は思わず耳を手で塞いだ。
肩で大きく息をするイルファス。

「私は、悪くない…悪いのはあの女!」

彼女は、地上で見守るブランカ達に指を指す。
その瞬間、地鳴りと共に爆音が轟き濛々と黒煙が立ち上る。
ブランカとラフィの姿は、黒煙に包まれ見えない。

「イルファス!何をする!」

イルファスは、私を見るとニタリと笑った。

「私の標的はブランカだと言いましたよね?あなたとは戦いません。私の相手はブランカのみ。ラフィは巻き込まれましたが、まぁ…多少の犠牲は致し方ありません」

あまりにも身勝手な言い分に吐き気を感じた。
こんなにも、ブランカを敵対視する意味も分からない。
爆撃されたブランカとラフィは無事なのか…
私は祈る思いで、2人を包んだ黒煙を見つめる。
徐々に黒煙が晴れてくると、爆発の被害がハッキリとしてくる。
無残にも地面が削られている。
本当にセレンツリーの林が存在していたのかと、疑う程に壊滅的な状態だった。
被害がハッキリするに連れ、2人の安否が心配になる。
その時、ピンク色に輝くドーム状の光が現れた。

「あの光は…もしかして…」

私は、急いでその光のドームへ舞い降り声を掛けた。

「2人とも無事か?」
「ブランカも僕も大丈夫だよ。ブランカのネックレスが、光のドームへと変化して僕達を守ってくれたんだ」

ドームの中から聞こえたラフィの声に、私は安堵の溜め息をついた。

「良かった…もう暫くその中にいた方が良い」

上空へと目を向けると、イルファスが悔しそうに地団駄を踏んでいた。
私は、再び舞い上がり彼女と対峙する。
イルファスをこのままにしておけない…
ブランカの命を狙っているのは確かだ。
そして、多少の犠牲は厭わないと考えている。
セレンツリーの林のように、天使の国を壊滅させる事など造作もない事かもしれない。

「やるしかない…」

自分に言い聞かせるように呟く。
私は、目を瞑り一度だけ大きく深呼吸をする。
そして、目を開け翼から羽を1枚抜いた。
その羽の根の部分を持ち数回振る。
1枚の羽は見る見る間に大きくなり、真っ白な剣へと変化した。
私はその剣を手に、全速力でイルファスの元へ飛んで行く。
そして、彼女の目前で剣を一気に振り下ろした。
既の所で、イルファスが真っ黒な剣で受ける。
剣が交差し、私とイルファスの視線がぶつかる。

「なぜ、私を攻撃するのですか?」

剣を交じ合わせたままイルファスが尋ねる。

「守る為だ」
「守る為?一体何を?」

イルファスが不思議そうに尋ねる。

「ブランカやラフィ…子供達…そして、天使の国だ」

私が答えると、イルファスが突然笑い出した。

「アーハッハッ!天使の国を守る?こんな国を?サビィ様、目を覚まして下さい。天使の国は守る価値などありません」

私は交差した剣を押し返すと、後方へと飛び距離を取った。

「守る価値がない…?」

不可解な言葉に私が首を傾げると、イルファスが苦々しげに唇を歪めた。

「私は、ブランカが憎い!彼女をチヤホヤする奴らも憎ければ、この天使の国も憎い!だから、復讐するのです」
「復讐などしても何も解決しないではないか」

私の言葉にイルファスは不敵に笑う。

「復讐は始まりに過ぎません。私は、あの方と約束しました。私の復讐を手助けして下さる代わりに、この天使の国を譲ると…」
「この国を譲る…だと?」

驚愕の言葉に、私は呆然とした。
そもそも、あの方とは一体誰なのか…

「イルファス、あの方とは一体誰なんだ?先程、聞こえた禍々しい声の主の事か?」
「禍々しい?ああ…あの重厚感があり、低く響く美しい声の事ですね。そうですね…サビィ様には特別に教えましょう」

イルファスは、さも誇らしげな表情で私を見た。

「あの方の事は詳しくは知りません。会った事はないのですから…でも、あの方はいつも私に語りかけてくれます。唯一の理解者とも言えるでしょう」
「今、会った事がない…と言ったか?」

私の問い掛けにイルファスが頷く。

「ええ、会った事はありません。でも、私がサビィ様を慕っている事も、ブランカを憎んでいる事もご存知です。そして、あの方は…私に協力すると約束してくれました。だから、感謝の思いを込めて、この天使の国を譲ると伝えました。あの方は、とても喜んでくれました」

イルファスは恍惚な表現を浮かべている。

「なんて勝手な事を…君は、自分が何をしたのか理解してるのか?」
「ええ…勿論、理解しています。この忌々しい世界を私とあの方で、楽園に変えるのです。素晴らしい世界になります。サビィ様も私と一緒に楽園で共に生きましょう」

イルファスが笑顔で手を差し伸べる。

「断る」

狂気じみた言動と行動に、私は目眩を感じ彼女の手を振り払い睨みつけた。
イルファスは、一瞬驚きの表情を見せたが、すぐさま笑顔に戻った。

「サビィ様に、そのような顔は似合いません。あなたのように美しく完璧な方は、素晴らしい楽園で更に美しく輝けるようになります」
「イルファス…君は狂ってる」

私は剣を構え、呼吸を整えるとイルファスに切り掛かった。
彼女はヒラリとかわし、私の頭上目掛け剣を振り下ろしてきた。
とっさに剣で受け止めると、再びイルファスと視線が交差した。

「サビィ様、私はあなたと戦う気は毛頭ありません。そろそろ、あの方がいらっしゃる頃です」

イルファスは、そう私に告げると空を仰いだ。
空に目を向けると、たくさんの黒い鳥がこちらに飛んで来ている。
徐々に近付くに連れ私は違和感を覚えた。
鳥じゃない…

「あれは一体何だ?」

思わず漏れた言葉に、イルファスが剣を下ろしながら答える。

「あれはコウモリです。」
「コウモリ?」

初めて聞く名に私は眉根を寄せる。

「コウモリは、天使の国には存在しません。あの方が存在する世界には生息しています」

あの禍々しい声の主が存在する世界…
とても嫌な予感がする。
私は、この予感が誤想であって欲しいと願いながら問い掛けた。

「その世界とは…?」

イルファスは真っ赤な唇を不気味に歪め、ニヤリと笑いながら嬉しそうにその言葉を発した。

「魔界です」

私は絶望感に苛まれ、目の前が真っ暗になった。



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