悪役貴族の俺、破滅回避したら勇者が引きこもって世界が詰みました

根古

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第71話 本領発揮

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 やはり、それは神話の戦いを見ているようだった。

 黒い影がうねり、光が雨のように降り注ぎ、大地が鳴動する。
 学院で見た”天撃”とは違い、幾度となく繰り返される攻撃。
 しかも、遠目に見ても分かるほどの精密さ。

 光線ひとつを取っても、無駄がない。
 あの攻撃一つで、生半可な魔物なら数十体は消し飛ぶほどの威力。

 それが――関節だろうが、節目だろうが、影の“構造”を正確に理解した上で撃ち込まれている。

「……凄い」

 思わず感嘆の言葉が漏れる。
 あれが宮廷魔法師第二位。
 経緯が些か不純であることを除けば、疑いようもなく“本物”だった。

「相当怒ってそう」

 隣でリリアがそんなことを言った。
 やっぱりあの攻撃にはそういった個人的な意図――怒りや苛立ちが含まれているのだろう。

『わあ、綺麗ですね』

 ルーもまた、すっかり警戒を解き、感嘆の声を漏らしていた。
 何であれ今、眼の前にいるのは災害種、だと言うのに彼の活躍一つですっかり安心ムードになっている。

 だが、まだ油断はできないのも確かだ。
 その巨大な影は、確かに揺らいでいるものの、そこからこぼれ出る魔力はまだ健在だ。
 ヴァルグレイスの攻撃は、確かに効いている。
 だが、その生命を屠り切るほどの火力には及んでいないのが現状だった。

「……天撃なら」

 自分でも気づかぬうちに、その名を口にしていた。
 学院で初めて見た、空を割るあの一撃。
 あれほどの火力があれば、この災害種だってただでは済まない。

「天撃は無理だよ」

 その思考を断ち切るように、リリアがきっぱりと言った。

「ヴァルグレイスは、世界中の魔法を知ってるけど、使えるわけじゃないもん」

 リリアは首を横に振る。

「……使えない?」

「うん、魔力量が足りないから」

 単純明快な理由がリリアから告げられる。
 考えてみれば当然だった。
 あれだけの威力の魔法だ。使う難易度は当然として、魔力の絶対量だって桁違いに決まっている。

「……じゃあ、あの時は誰が」

 しかし俺は見た。
 学院で放たれたあの一撃を。
 ヴァルグレイスでないなら、誰の魔法だったのだろう。

「多分、マクスウェルじゃない?」

 リリアはあっさりと言い放った。
 それが当たり前であるかのように。

「マクスウェル教授が?」

「うん、あの人の魔力量は王国一だからね」

 宮廷魔法師第三位――マクスウェル・グランツ。
 俺の学院での先生で、威厳と存在感だけなら王国内でも指折りの大魔法師だ。

「……知らなかった」

 恩師、と言うには少し薄いかもしれないが、それでも一度は師事した関係だ。
 授業の仕方や話し方から、論理と規律の人である印象が強い。
 そんな人が、まさか天撃のような、純粋な力押しの魔法を使っていたとは、率直に意外だった。

「じゃあ、なんで今、教授は来ないんだ……?」

「呼んでないからじゃない?」

 リリアの返答はあまりにも簡潔で、俺の思考が一瞬だけ止まる。

「え?」

「だって、あの人、呼ばれなきゃ来ないし、呼んだら必ず来るの。すっごく真面目だよね」

『律儀ですねぇ』

(いや、そういう問題か……?)

 本質はそこではないのだが、今は置いておくことにする。

「つまり今は王都にいないんですか?」

「うん、だっていつもは学院の先生をしてるんでしょ?」

 リリアから逆に問われる。
 俺は頷きつつも、更に続けた。

「でも今は学院は閉まっていて」

「ルミナス学院だっけ? でもあの人、そこ以外の学校の先生でもあるんだよ?」

「……あ、そうだったんですね」

 またしても知らなかった事実。
 宮廷魔法師第三位に立つ魔法師が、教鞭を執る場所を複数抱えているなんて。

「じゃあ、今は別の都市に?」

「うん。多分」

「……そうですか」

 今、王都にいない。
 つまり、呼ばれない限りは来ない。

 そして、恐らく――呼ぶ余裕もない。

 ヴァルグレイスが戦っている。
 それだけでも、王都側は“最大火力の半分”を保持しているのと同じだ。
 だが、災害種相手には、それでも足りないかもしれない。

(……勝てるのか? 本当に?)

 巨大な影は、依然としてうねるように形を変えていた。
 まるで世界そのものを飲み込もうとする“空洞”のような存在だ。

 ヴァルグレイスの光が突き刺さるたびに、確かに削れている。
 だが、削れ方が追いついていない。

 ――直後、天に大きな魔法陣が現れた。

 そこから降り注ぐのは光の槍。
 その巨大な槍が、怪物の四肢を貫き固定する。

「エルナだ!」

 リリアの声が研究室に弾むように響いた。

 俺もすぐに理解した。
 あの魔力。あの寸分の狂いもない制御。
 ヴァルグレイスの多種多様な攻撃とは違う、緻密で精密な一つの魔法陣。

 そして何より。

 ――彼女が攻撃に参加した。

 それはすなわち勝算があると判断したということに他ならない。

 そして天に固定された巨大な魔法陣から、四本の光槍が災害種の四肢を穿ち、見えない鎖のように地上へ縫い付ける。
 動きが止まる。揺らぎが僅かに弱まる。
 その合間にもヴァルグレイスによる攻撃は止まない。

 彼女の参戦で、もはや形成は完全に傾いた。
 決着はまだ着かないかもしれない。
 だが、それがいつになるかというだけの話になった。

「よーし!」

 すると今度はリリアが何やら楽しそうに指を動かしている。
 と思った矢先、視線の先には何やら薄い光の幕が現れた。

「あれは」

「結界の再展開かんりょー!」

 リリアが指先をくるりと回す。その動作に呼応するように、王都北部――災害種の影が立つ地点一帯を淡い青の光幕が包み込んでいく。
 先ほど破られたはずの結界が、再び王都の地面から立ち上がったのだ。

「……こんな短時間で?」

「えへん」

 リリアは得意げに胸を張った。
 恐らく彼女がやったのは、感知器の再配置。
 王都北側以外で必要な分を見極めて、遠隔操作で結界を張り直した。
 それが一体、どれほど凄いことなのか彼女自身でも分かっているのだろうか。

 ――これなら。

 エルナ、ヴァルグレイス。そしてリリアの即応。
 三人の叡智と魔力が一点に収束し、巨悪を圧倒的していた。

 巨大な影は、もはや“揺らいでいる”という表現では足りなかった。
 黒い海原そのものが風に煽られて波打つように、輪郭が崩れ、再構築され、また崩れる。

 それは、もはや“暴れ回る怪物”ではなく――追い詰められた獲物だった。

(……凄すぎる)

 気づけば手が震えていた。
 恐怖ではない。
 圧倒されていた。
 この天才たちが織りなす、その光景に。

 そして俺が、その天才たちと共に歩いていける立場にいることに。

 ――そんな折。

 研究室の扉が一度ガンと叩かれた。

 二人して顔を見合わせる。
 この状況で尋ね人が来るなんて想定になかった。
 あえていうなら、騎士団の人だろうか。
 今の状況は、確かに一騎士には身に余る。

 そしてそんな思案をしている内に、もう一度ガンと扉が鳴った。
 誰だ?
 その音はノックとも違う。
 どちらかと言えば扉に体ごとぶつかったような音。

『ディランさん……』

 ルーから不安な声が上がる。

(……嫌な感じだ)

 俺も魔力感知もそれを告げていた。
 確かにそこにいるのは人だ。
 しかし、奇妙な気配だった。
 やけに気配が薄い、魔力の流れが乏しい。
 弱々しいというわけでもなく、単純に動きが少ない。

「リリア様、少し下がっていて下さい」

 俺は念の為に、彼女にそう告げた。

「うん」

 彼女もまた、その異様な緊張感を察したのだろう。
 素直に俺の後ろに控える。

 三度目の衝撃は――来なかった。
 代わりに、ゆっくり、ゆっくりと扉の取っ手が回る。

 きぃ……と乾いた音。
 背筋が冷える。

 そして、扉が少しだけ開いた。
 やはりそこにいたのは人だ。
 散乱した機器に引っかかりつつも、扉はゆっくりと開いていく。
 そしてその顔がゆっくりと露わになった。

「……え?」

 思わず素っ頓狂な声を上げる。

 意味がわからない。
 何でこの人がここにいるんだ?
 あり得ない。
 だって、貴方は――。

「……カイン、さん?」

 死んだはずの人だ。
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