イロコイ短編集

あた

文字の大きさ
7 / 10

(2)

しおりを挟む
*****
 

 現在。

 ああ、最悪な思い出だ。
 単身者用のアパートに帰宅した私は、テレビを見ながらカップラーメンを食べていた。あの後、悶絶する相良を無視し、後発の電車に乗り込んだ。

 ラーメンを食べ終え、ノートを取り出す。表紙には「No.45」と書かれている。22歳の時BL雑誌の漫画賞をとって一応プロにはなったのだが、漫画だけでは食っていけないから、清掃のバイトをしている。

 ネーム──漫画の設計図はノートに描く。学生時代からの慣例だから、ノートはどんどん溜まっていっていた。

 ネームを描き終わり、編集者にファックスした。風呂に入ってベッドに潜り込む。バイトして漫画描いて寝る。私の生活は基本的にこんな感じだ。不摂生すぎて多分健康診断に引っかかるに違いない。

「はあ……」
 相良に会ったせいで気分はすっかりダウナーである。
「オナニーでもするか……」
 ごそごそパジャマをめくりあげていたら、携帯が鳴る。編集者からメールだ。ありがちな話、萌えがない。要約するとそんなダメ出しである。

「だめかあ」
 私はため息をついて、携帯をシーツに放る。
 萌えか……萌え……萌……。
 考えるも睡魔には勝てず、私はそのまま眠りに落ちていった。


 翌朝、目覚めた私は、うだうだと起き上がり、清掃のバイトへ向かう。私が働いているのは、いくつか会社が入っているビルだ。掃除のおばちゃんスタイルになり、ロビーの掃除機をかけていたら、声がかかった。

「あれー? せんぱーい」
 げっ。
 肩をポン、と叩かれて、私はびくりとする。
「やっぱりそうだ。何してるんですかー?」
「さ、相良……」
 振り向いたら、鼻にガーゼを貼った相良と目が合う。なんでこいつがここに。ヤツが首から下げているのは、ビルの五階にある会社の社員証。オーマイガー。

 私はさっ、と目をそらし、帽子を目深に被り、掃除機を素早く片付ける。
「あ、そうだ。先輩聞いてくださいよー、先輩に殴られて、俺、鼻骨にヒビ入っちゃってー」
「そう、大変ね」
 相良は紙を差し出してきた。診断書、と書いてある。
「俺知り合いに弁護士いるんですけど、慰謝料請求できるらしいんですよー。なんなら暴行罪も適応されるって」
 こいつ……。

「……金払えっていうわけ」
 相良はにこ、と笑い、
「後で話しましょうよ。仕事、何時に終わります?」

 ☆

 午後六時。私は喫茶店で相良を待っていた。時間がもったいないのでネームの見直しをしていたら、ふ、と影が落ちる。
「あ、漫画、まだ描いてるんですね」
「!」
 私は慌ててネームをしまった。相良は私の前に座り、ニコニコ笑う。なんなのその笑顔……不気味である。

「俺、紅茶」
 注文を取りに来た店員に告げ、彼はテーブルに肘をついた。
「先輩、漫画描きたいから掃除のおばちゃんなんかやってるんですかー?」
 なんか、ってなんなんだ。あんたになんか呼ばわりされる筋合いないわよ、このゆとりクズめ。

「どうでもいいでしょ。いくら払えばいいわけ」
 相良は紙を取り出す。
「弁護士の試算だとこんな感じですって」
 私は紙を見て、さあっと青くなる。
「っ冗談でしょ」
「ほら、怪我したの顔だし。俺、福士蒼◯に似てるって言われてるし」
「福◯さんのファンに謝れ!!」
 叫んで、紙を投げつけた。相良は紙を拾い上げ、
「いや、結構痛いんですよまじで」
「五万しか出せない」
「先輩ビンボーなんです? あ、だからそんなダサい服着てるんだー」

 こいつ、ゴル○に依頼して狙撃してもらいたい。
「じゃ、ま、お金はいいです。先輩とは知らない仲じゃないし」
 相良は紅茶をひとくち飲み、
「その代わり、一週間俺の言うことなんでも聞く、っていうのはどうですか?」
「いや」
「えー、即答?」

 彼はけらけら笑い、目を細めた。顔立ちが端正なだけに、性格の悪さがにじみ出る。
「じゃあお金、払えます?」
 私は唇を噛んで相良を睨みつけた。
「私を臓器ブローカーに売り飛ばす気でしょ……」
「カ○ジじゃないんだからそんなことしませんよー」

 相良はけらけら笑い、
「俺、いま彼女いないんですよね。だからちょっと寂しくて」
 知るか……孤独死してしまえ。
「先輩、一ヶ月だけ彼女やってもらえません?」
「は?」
 なに言ってるのこいつ。
「ほら、風俗の女とかビョーキ持ってるかもしれないじゃないですかー」
「ふざけないでよ、誰があんたなんかと」
「あ」

 相良が指差してきたので、なによ、と返す。
「先輩、処女?」
「っ」
 図星だった。私は、彼氏いない歴=年齢なのだ……真っ赤になって拳を握り締める。
「あー、そうなんだ」
 彼の整った顔が近づく。唇が動き、
「やるとき、やっぱ尻のほうがいいんですか?」
 私は頭の中で相良を狙撃した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...