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13.従士ラグナルは諦めたくない
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レンナルト様が、本拠の邸宅に戻られてから、早数日。
積み上げられた書類の山。王国内外各地からの報告書、王都からの通達、そして、各方面への指示書。
普段は従士レオンとしてフェリシア様の側にいるレンナルト様だが、溜まりに溜まった仕事を片付けるために、こうして時々、本拠に戻ってくる。
「ラグナル、リンドベリ伯爵家領の税率引き上げの件だが……」
「はい。報告の通り、リンドベリ伯爵夫人の贅沢三昧が原因かと」
「宰相……、いや、財務卿に注進しろ。リンドベリ伯爵は財務卿に昔、罪をもみ消してもらったことがある。財務卿から税率引き上げを止めさせるんだ」
「承知いたしました」
「……わずかな税率引き上げでも、大地主であるバネル家への影響は大きい。財務卿で事態が動かないなら、次は宰相を動かして締め上げさせろ」
「そのように手配いたします」
「次に、西方山脈の鉱山の件だが……」
と、相変わらず、凄まじい勢いで仕事を片付けていかれる。
――フェリシア様のこと以外では、ほんと、しっかりしてるんだけどなぁ……。
心の中で、小さく呟く。
レンナルト様の仕事ぶりは、実に的確で、無駄がない。その手腕は、王都政界に深く食い込むバネル家の跡取りとして、申し分ない。
リンドベリ伯爵家領の税率引き上げの件。あれは、表向きは領地経営の悪化が原因とされている。しかし、実際は、リンドベリ伯爵夫人の浪費が原因だ。
レンナルト様は、その情報をいち早く掴み、財務卿を動かして圧力をかけ、税率引き上げを撤回させようとしている。
しかし、フェリシア様のことになると、途端に人が変わる。
「フェリシア様の護衛は、老従士のゲオルグに任せています」
「ああ、愛妻家で知られるゲオルグか。……なら、安心だな」
レンナルト様は、フェリシア様を溺愛している。それは、もはや愛情というより、信仰に近い。
「……はぁ」
ため息をつきながら、レンナルト様の指示に従い、財務卿への書簡を作成する。
バネル家がただの富豪の資産家ではなく、王政を裏で操る黒幕であることは、当然のことながら、あまり知られていない。
有名な黒幕など、黒幕ではない。
ただの有名人だ。
財務卿が秘密にする弱みを知っているぞと匂わせ、思い通りに動いてもらう文面を書き上げる。
第3王子の国外追放も、おなじようにして決めさせた。
フェリシア様を2度に渡って傷つけた第3王子に、レンナルト様が激怒したのだ。
「……最初のは、まあ、お陰で、結婚できた訳だしな……」
と、モゴモゴ言われていたレンナルト様の差配とは気付かないまま、第3王子は遥か東方の蛮国で生涯を終える。
私の書いた書簡に目を通されていた、レンナルト様が、ニヤリと笑った。
「ところで、ラグナル。犬のイェスペルだが……」
「はい?」
「あの犬種とブナ林……。何か思い出すことはないか?」
「……え?」
私は、レンナルト様の言葉に、一瞬戸惑った。しかし、すぐに思い当たることがあった。
「……まさか」
「ああ。フェリシア様の明敏なところを、また見せていただけるのかもしれんな」
レンナルト様の表情は、うっとりとしていて、もはや信仰は崇拝の域に達している。
正直なことを言えば、
――あのヒョロガリメガネの、どこがいいのか!?
という気持ちはある。
ドレスアップした姿の美貌を考えても、やはり私には理解できない趣味だ。
満ち足りた表情のレンナルト様が、私に目を向けた。
「私が力になれる場面もあるかもしれない。調達部門の長と、いつでも連絡がつくよう手配しておけ」
「はっ。かしこまりました」
レンナルト様のフェリシア様への執着は、常軌を逸している。というか、歪んでいる……。いや、それも何か表現がちがう。
正妻に名乗らず、認識されず、偽名を使って側にいられるだけで幸福。
私はレンナルト様の側近でありながら、その思考と心情を理解することを諦めかかっていた。
フェリシア様もフェリシア様だ。他人に興味がなさすぎる。優れた社交術は、ほんとうにただの〈術〉だ。
いや、人間への興味を突き詰め続けたら、あのようになってしまうのか……?
ご自分に敵意を抱いていた従妹のディアナという令嬢を一瞬で籠絡され、第3王子への復讐の道具にしてしまわれた。
ディアナ嬢にかこつけた王家への抗議がなければ、第3王子の国外追放もなかった。
あれを、ディアナ嬢への単純な好意だと受け止められるほど、私は人間がまっすぐに出来てはいない。後で話を聞いて思い浮かべたフェリシア様の微笑みに、背筋が凍る思いがしたものだ。
――ま……。主君とご正妻とはいえ、所詮は他人。他人の恋路など、理解しようという方が無理な話か……。
ただ、フェリシア様への崇拝こそが、レンナルト様の類稀なる能力とバイタリティを引き出す原動力なのだと、私は薄々理解し始めていた。
それでバネル家が栄えるのであれば、私としては文句を言うべき筋合いではない。
だから、あのブナ林で何が起こるのか、私は静かに見守ることにした。
おふたりの、そしてバネル家の未来をも左右するかもしれない〈お宝〉を手に入れられるのかどうかを。
積み上げられた書類の山。王国内外各地からの報告書、王都からの通達、そして、各方面への指示書。
普段は従士レオンとしてフェリシア様の側にいるレンナルト様だが、溜まりに溜まった仕事を片付けるために、こうして時々、本拠に戻ってくる。
「ラグナル、リンドベリ伯爵家領の税率引き上げの件だが……」
「はい。報告の通り、リンドベリ伯爵夫人の贅沢三昧が原因かと」
「宰相……、いや、財務卿に注進しろ。リンドベリ伯爵は財務卿に昔、罪をもみ消してもらったことがある。財務卿から税率引き上げを止めさせるんだ」
「承知いたしました」
「……わずかな税率引き上げでも、大地主であるバネル家への影響は大きい。財務卿で事態が動かないなら、次は宰相を動かして締め上げさせろ」
「そのように手配いたします」
「次に、西方山脈の鉱山の件だが……」
と、相変わらず、凄まじい勢いで仕事を片付けていかれる。
――フェリシア様のこと以外では、ほんと、しっかりしてるんだけどなぁ……。
心の中で、小さく呟く。
レンナルト様の仕事ぶりは、実に的確で、無駄がない。その手腕は、王都政界に深く食い込むバネル家の跡取りとして、申し分ない。
リンドベリ伯爵家領の税率引き上げの件。あれは、表向きは領地経営の悪化が原因とされている。しかし、実際は、リンドベリ伯爵夫人の浪費が原因だ。
レンナルト様は、その情報をいち早く掴み、財務卿を動かして圧力をかけ、税率引き上げを撤回させようとしている。
しかし、フェリシア様のことになると、途端に人が変わる。
「フェリシア様の護衛は、老従士のゲオルグに任せています」
「ああ、愛妻家で知られるゲオルグか。……なら、安心だな」
レンナルト様は、フェリシア様を溺愛している。それは、もはや愛情というより、信仰に近い。
「……はぁ」
ため息をつきながら、レンナルト様の指示に従い、財務卿への書簡を作成する。
バネル家がただの富豪の資産家ではなく、王政を裏で操る黒幕であることは、当然のことながら、あまり知られていない。
有名な黒幕など、黒幕ではない。
ただの有名人だ。
財務卿が秘密にする弱みを知っているぞと匂わせ、思い通りに動いてもらう文面を書き上げる。
第3王子の国外追放も、おなじようにして決めさせた。
フェリシア様を2度に渡って傷つけた第3王子に、レンナルト様が激怒したのだ。
「……最初のは、まあ、お陰で、結婚できた訳だしな……」
と、モゴモゴ言われていたレンナルト様の差配とは気付かないまま、第3王子は遥か東方の蛮国で生涯を終える。
私の書いた書簡に目を通されていた、レンナルト様が、ニヤリと笑った。
「ところで、ラグナル。犬のイェスペルだが……」
「はい?」
「あの犬種とブナ林……。何か思い出すことはないか?」
「……え?」
私は、レンナルト様の言葉に、一瞬戸惑った。しかし、すぐに思い当たることがあった。
「……まさか」
「ああ。フェリシア様の明敏なところを、また見せていただけるのかもしれんな」
レンナルト様の表情は、うっとりとしていて、もはや信仰は崇拝の域に達している。
正直なことを言えば、
――あのヒョロガリメガネの、どこがいいのか!?
という気持ちはある。
ドレスアップした姿の美貌を考えても、やはり私には理解できない趣味だ。
満ち足りた表情のレンナルト様が、私に目を向けた。
「私が力になれる場面もあるかもしれない。調達部門の長と、いつでも連絡がつくよう手配しておけ」
「はっ。かしこまりました」
レンナルト様のフェリシア様への執着は、常軌を逸している。というか、歪んでいる……。いや、それも何か表現がちがう。
正妻に名乗らず、認識されず、偽名を使って側にいられるだけで幸福。
私はレンナルト様の側近でありながら、その思考と心情を理解することを諦めかかっていた。
フェリシア様もフェリシア様だ。他人に興味がなさすぎる。優れた社交術は、ほんとうにただの〈術〉だ。
いや、人間への興味を突き詰め続けたら、あのようになってしまうのか……?
ご自分に敵意を抱いていた従妹のディアナという令嬢を一瞬で籠絡され、第3王子への復讐の道具にしてしまわれた。
ディアナ嬢にかこつけた王家への抗議がなければ、第3王子の国外追放もなかった。
あれを、ディアナ嬢への単純な好意だと受け止められるほど、私は人間がまっすぐに出来てはいない。後で話を聞いて思い浮かべたフェリシア様の微笑みに、背筋が凍る思いがしたものだ。
――ま……。主君とご正妻とはいえ、所詮は他人。他人の恋路など、理解しようという方が無理な話か……。
ただ、フェリシア様への崇拝こそが、レンナルト様の類稀なる能力とバイタリティを引き出す原動力なのだと、私は薄々理解し始めていた。
それでバネル家が栄えるのであれば、私としては文句を言うべき筋合いではない。
だから、あのブナ林で何が起こるのか、私は静かに見守ることにした。
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