【完結】侯爵令嬢ガブリエラの災難な結婚 ~ふわふわ王太子に見初められたので婚約破棄を目指します!

三矢さくら

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6.準備はできている

ひさしぶりの休日になった午後。

やわらかな日差しの差し込む居室で、イロナにお茶を淹れてもらう。

教育役7令嬢が口々にわたしを褒めちぎった興奮がまだ抜けないイロナは、チラチラとわたしの方を見ている。

いまのところ、花乙女宮でイロナが親しく話せるのはわたしだけ。

興奮を分かち合う、お喋り相手もいない。


――だからといって、わたしへの興奮をわたしに語って聞かせたものかとチラチラ見てるのね。


可愛らしいとは思うけど、延々わたしを褒めちぎるだけの話を聞いてやる気にもなれない。

という、わたしはわたしで、


――もう、イロナを口説いて駆け落ちでもするしかないか……。


と、イロナをチラチラ見てしまうし、おかしな時間がながれた。

まあ……、わたしの方は冗談だし、ふうっと息をぬいて窓の外に目をやる。

花を尊ぶ、わがヴィラーグ王国の高位貴族たちがプライドをかけて財力をそそぎ込む、優美で広大な花壇。

各家お抱えの女性庭師たちが、愛情をこめて育てあげる。

夏には夏の花を咲かせ、秋には秋の、冬には冬の花を咲かせる。

だけど、見頃はやっぱり春。

いまがいちばん美しい。

王太子殿下以外の男性が立ち入ることは許されず、国王陛下や公爵家の当主であっても外から眺めることしかできない。

花乙女宮に主人――王太子妃候補があるときは、女性貴族も立ち入りを控える。

つまり、いまこの花壇は、わたしのためだけに花を咲かせている。

王家累代、14人の王妃陛下だけが見てこられた、花乙女宮から眺める美しい景色。

それも、王太子妃候補として花乙女宮で過ごす1年ほどの短い期間だけ眺められる、特別すぎる景色。


――ま、わたしが王太子妃になっちゃったら、最短になりそうなんだけども……。


もしも、わたしが三大公爵家に生まれていたなら心ゆくまで楽しめて、なんなら優越感にひたることも出来ただろうに。

と、広大な花壇のはるか端から、陽光にあざやかな朱色の髪をたなびかせた女性庭師が歩いて来るのに気が付いた。


――いや……、あの装束は騎士か?


わたしはソファから立ち上がって、窓辺に近寄り目を凝らす。


「バルバーラ! バルバーラじゃない?」


わたしの声に気付いた朱色の髪をした女騎士が、花壇の入口あたり、遠くでお辞儀して、それからおおきく手を振ってくれた。

バルバーラ・フォルサングは、わたしより7つ歳上の24歳。ホルヴァース侯爵家の領地で一緒に育った、亡命貴族の家に生まれたお姉さんだ。


――お母様だ……。


メイドと女騎士の手配は、次にリリが来てくれたときに言付けようと思っていたので、お母様がご自身の判断でバルバーラを送り込んでくださったのだ。

だんだん花乙女宮に近づいて来るバルバーラの凛々しい騎士服姿を見るにつけ、


――お母様は、わたしを見捨てたわけではなかったんだ……。


と、胸に熱いものがこみ上げてくる。


――だけど……、バルバーラはまだ騎士になれてなかったはず……。


身分秩序に厳格なヴィラーグ王国では、正式な身分としての〈騎士〉の人数も厳しく制限されている。


――王が感激のあまり騎士号を授ける。


なんて、物語のようなことは、わが国ではあり得ない。

そして、ホルヴァース侯爵家に割り当てられている騎士の座はわずかに5名。

騎士を目指すものは、まず騎士に弟子入りして武芸や教養を身に付け、騎士から認められたら〈従騎士〉の称号を私的に授けてもらう。

これが、騎士になれる資格といっていい。

従騎士の称号を得たら、あとは騎士の座があくのを、ただひたすら待つしかない。

厳密に言えば世襲も行われず、騎士の家系に生まれてもめぐり合わせが悪ければ騎士にはなれず、従騎士のままで終わる者も少なくない。

そして、女騎士はおろか、女従騎士でさえ絶対数が少ない。

ホルヴァース侯爵家に女騎士はおらず、従騎士の称号を持つ女性でさえ、ふたりしかいない。

バルバーラと、わたしだ。

案の定――、


「フェレプ様が引退され、私に騎士座を譲ってくださいました……」


と、わたしの居室で、バルバーラが恐縮してみせた。


「……フェレプって、まだ引退するような歳じゃなかったわよね?」

「はい、……46歳だとか」


わたしのせいだ。

わたしが、ふわふわ王太子に見初められたりしたばかりに、ついに他人の人生まで変えてしまった。

46なんて、まだまだ働き盛り。

従騎士資格でホルヴァース侯爵家軍の将校に移るらしいけど、きっと口惜しい思いをしているに違いない。

つい、唇を噛む。

けれど、そんな顔をいつまでもバルバーラに見せてもいられない。

にっこり微笑んだ。


「おめでとう、バルバーラ。念願の〈花の騎士〉ね。えっと……、フェリプから受け継いだってことは……?」

「ガーベラにございます」

「あら。バルバーラの朱色の髪にピッタリじゃない」


王国の騎士は全員で365名。

一人ひとりに誕生花に相当する花の名前がつけられている。


「わたしのガーベラの騎士様ね」


わたしの祝福に、はにかむバルバーラには笑顔しかむけられない。

だけど、ほんとうに早目に切り上げないと、どんどん他人の人生を変えてしまうのではないかと、

心の奥底では身震いしていた。


   Ψ


「……なるほど、お祖母様が」


わたしの母方の祖母が、現王妃フランツィスカ陛下の〈花冠巡賜〉で、ジュハース侯爵家の花冠役を務めていたのだ。

その先例をお母様が聞きに行ってくださり、


――護衛の女騎士様がいらっしゃった。


という情報をつかんで、バルバーラを送り込んでくださっていた。

お母様は、わたしのために奔走してくださっているのだ。

騎士座の継承を、ホルヴァース侯爵家領での儀礼に王宮での儀礼も含めてひと月で終わらせるとは最短に近い。

お母様は、わたしの花乙女宮入りの一報を受けて、おそらく即座に行動に移してくださっている。

だけど、フランツィスカ王太子妃候補がメイドまで連れていたとは、花冠役でしかないお祖母様の目には入らなかっただろう。

もしくは宮付きのメイドに見えたかだ。

ともかく、メイドの手配はこちらからお願いするしかない。

バルバーラを連れ、テレーズ様のお部屋を訪ねた。


「わ……、わざわざのお越し」

「ごめんなさいね、お休みにしたのに」


テレーズ様と恐縮し合いながら向きあって、率直におうかがいした。


「書簡……、ですか?」


わたしは花乙女宮に監禁されてるような気持ちになってたけど、これはどうも違うのではないか? と、思いはじめていた。

外出はともかく、外に書簡を送るくらいは大丈夫なのではないかと考え、テレーズ様に尋ねたのだ。


「う~ん……、実は花衣伯爵家の先例集には、王太子妃教育自体に関することしか遺されていないのです」

「と、言われますと?」

「王太子妃候補の花乙女宮でのプライベートなお振る舞いについては、ほとんど遺されていません。そちらは、公爵家側の先例集に記載されます」

「な、なるほど……」


う、うーん。だからといって、さすがに公爵家に尋ねるわけにもいかない……。


「ただ……、たとえば『お連れになったメイドの体調が優れず、心配された王太子妃候補に配慮してその日のご教授をお休みにした』……などの記述から、類推することはできます」


お、これは意外に難題だな……。

テレーズ様はあごに手をあて、考え込まれている。


「……機密、とまでは言えない気がしますし、教育役7人で話し合ってみます。どこかの家の先例集には記述が遺されているかもしれませんから」

「せっかくお休みにしたのに、なんだか仕事を増やしちゃってすみません」

「いえ。……私たちは、すでにガブリエラ様を主君と仰いでいるつもりです。なんでもご遠慮なく」


主君かぁ……。

花乙女宮にまつわる事柄でさえ、これだけややこしい。

王家や王宮となると、どれだけ複雑なことになっているやら。

わたしが王太子妃になり内廷を形成する前提の「主君」という言葉は、わたしにはすこし重たい。

そして、わたしは見た。

テレーズ様もメイドをお連れだ。

そりゃそうだ。テレーズ様だって伯爵令嬢。身の回りの世話をする者は必要だ。


――要するに、貴族令嬢の集合住宅みたいなものか……。


なるほど。煌びやかな王朝物語としてだけ描かれる読み物で読むのと、実際に体験するのとでは大違い。

これは、テレーズ様たちにはご負担をかけてしまうけど、そもそも王太子妃候補として出来ることを把握するのが初手だったな。

わたしが密かに目指す〈穏便な婚約破棄〉のためにも。


   Ψ


「ごめんね。書簡を出すのに問題がなかったら、そのままリリのところに走ってもらおうかと思ってたんだけど」


と、バルバーラに謝った。

ふたりで、ぶらりと花壇を散策する。


「さすがに見事なものですね」


わたしの案内でバルバーラが目を輝かせた。

ホルヴァース侯爵家領で生まれ育ったバルバーラは、もちろん花乙女宮の花壇を初めて目にする。

さっき通ってきた道だけではなく、花壇の全体を案内してあるく。

わが家の受け持つ花壇や、リリのジュハース侯爵家の花壇。それに三大公爵家の花壇。どれも見事に咲き誇っている。

わたしとおなじく長身のバルバーラ。

わたしより肩幅がひろく、新調したばかりの騎士服姿がよく似合っているし、花の騎士様が花々に囲まれているのも絵になる。


「凛々しいわね、バルバーラ」

「ガブリエラ様こそおしとやかになられて、すっかり王都の貴族令嬢様ではございませんか」

「あら、そう? バルバーラにそう言ってもらえるなら努力の甲斐があるわね」


海に面したホルヴァース侯爵家の主城で生まれたわたし。バルバーラたちと港を駆け回って育った。

ガラッパチで、学問好きで、従騎士の称号持ち。

王都にのぼってみれば、お転婆令嬢どころではなかった。

馬上槍試合の経験がある令嬢など、王国広しといえどもわたしくらいなものだろう。


「そうそう、ガブリエラ様。今年、ジョルトが書記官に採用されましたよ」

「あら、そう!」


バルバーラのひとつ下、今年23歳になってるはずのジョルトは幼馴染だ。

ジョルトは、なよっとしてて頼りない男の子だった。

爵位を持たない在地貴族、いわゆる郷紳の息子だったけれど従騎士など望むべくもないし、男の子たちの集まりでも爪はじきにされていた。

だけど、やさしい心の持ち主で放っておけず、わたしが10歳、ジョルトが16歳のときに学問の先生を世話してやった。

お転婆でもガラッパチでも、わたしも領地にいる限りは、33万領民に君臨するお姫様だ。

それなりのことは出来る。


「ガブリエラ様は面倒見がいいですからね」


クスッと笑うバルバーラに、苦笑いを返した。照れ笑いだったかもしれない。


「つよい男がつよいのは普通でしょ? よわい男が懸命に努力してる健気な姿を見ると、放っておけなくなるのよ」


ジョルトはなよっとしてたけど、芯の通ったところもあった。

よわい自分を自覚しながら、どうにか郷紳の長男にふさわしくあろうとあがいてた。

だから、わたしも手を差し伸べられた。


――ふわふわ王太子とは大違い……。


と、声に出しそうになって、あわてて口を塞いだ。

バルバーラに聞かせる話じゃないし、誰かに聞かれてもまずい。

キョロッと、周囲を見渡した。

そういえば、ふわふわ王太子が一度すがたを見せたのは、リリと花壇を歩いてるときだった。

今日もおみえになるのではないかと、しばらくバルバーラと散策をつづけた。

矛盾するようだけど、


――どうせなら、きちんと口説いてほしい。


とも思っている。

わたしを、実家の断絶をも顧みないほどの熱烈な恋に溺れさせてくれるのなら、それはそれで筋が通っている。

見てくれはバッチリだ。

惚れる準備はできてるぞ。たぶん。

けど、放置。

なんだ、これ。

いや、ふわふわ王太子はふわふわ王太子で、ややこしい先例に縛られているのかもしれない。

王家であるエステル家に伝わる先例なんて、わたしたちが目にすることはない。

とにかく一度、じっくり話し合いたい。

口説くなら口説くで、受け止めてやる。

そうでないと、わたしは〈穏便な婚約破棄〉を目指したままだぞ?

と、自分がふわふわ王太子に会いたい気持ちを募らせていることに、ふと気が付いた。
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