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7.これでこそ王太子妃教育
テレーズ様たちが先例集を読み込んでくださって〈王太子妃候補が伝奏役である実母に書簡を発した〉と読める記述が3家で見つかった。
すぐに書簡をしたため、わたしの伝奏役であるリリに届けるようにと、バルバーラに頼んだ。
リリを通じて、お母様にメイドの手配をお願いするためだ。
そして、わたしの王太子妃教育が再開する。
――次は? 次は? ねぇねぇ先生! 次は?
と、学問となると、ついつい子どものように夢中になってしまうわたしの学習スピードを落とすため、
ちょいちょい雑談をはさむようにした。
お茶をしながらお菓子をつまんで、優雅にお喋り。
お相手も本来は伯爵家のご令嬢。
――なるほど……、これでこそ王太子妃教育というものか。
と、思わずわたしもうなずいた雅やかな時間をすごす。
貴族令嬢として、わたしもまだまだだ。
「学習スピードが速いというより、根を詰め過ぎていただけですのね」
と、わたしの自嘲に、メイド長のテレーズ様がぶんぶんと頭を左右にふられた。
「とんでもございません」
「……え?」
「恐るべき理解スピード……。1を聞いて100を知るとはガブリエラ様のこと」
「ふふっ。さすがに言い過ぎでは?」
テレーズ様が眉間にしわを寄せ、眼鏡をクイッとあげられた。
「いえ……、われら花衣伯爵家、互いが知る機密を漏らし合うことはありません」
「え、ええ。……それはそうでしょうね」
そんなことをすれば、王国の全貴族家の機密が花衣伯爵家に握られることになる。
それはもう、王様だ。
「つまり、貴族家どうしの関係性のなかには、学ばれる王太子妃候補みずからで知識をつないでご理解いただくほかない場合がございます」
あ――、やってるわ。自然に。楽しくて。
「……しかも、花乙女宮に王太子妃候補が入られるのは実に42年ぶり。教育役がひと世代……、家によってはふた世代、とんでおります」
わたしの前の王太子妃候補、つまり王妃フランツィスカ陛下は3人の王女殿下をお産みになられたものの、ながらく男子に恵まれなかった。
フランツィスカ陛下34歳にして、待望の王子として誕生されたのがアルパード殿下だ。
テレーズ様の叔母様が、教育役としての〈実戦〉を迎えないまま花乙女宮から去られたのもめぐり合わせというものだし、
教育役としての継承が、机上の空論によって行われてきたのも確かだろう。
「私たちもいずれ嫁に行きます」
と、テレーズ様がはにかまれた。
生真面目な学究肌の雰囲気を漂わせるテレーズ様の乙女な微笑みを、突然に見せられてはこちらもキュンとしてしまう。
「ですから、できるだけ覚えないのです、……お教えする機密を」
「あっ……」
「なにがどこに書いてあるか。どういう順番でご教授させていただくべきか。先達の書き遺した先例集にもとづき、予習して臨みます」
そ……、それは悪かった。
わたしがサクサク進めたら、予習のために睡眠時間を削るしかなくなるよね。
しかし、とにかく仕組みがややこしい。
〈花の女神ヴィラーグ〉を信仰する4つの権門。現王家であるエステル家、カールマーン公爵家、ナーダシュディ公爵家、トルダイ公爵家が300年前に結んだ〈花の盟約〉で建国された、ヴィラーグ王国。
王家と三大公爵家。勢力の拮抗する4つの家門の調和をはかろうとするあまり、複雑怪奇な仕組みが出来上がったんだろう。
〈ふつうの王国〉なら、こんなの全部、王家に集約してるはずだ。
効率が悪すぎる。
テレーズ様が、ふふっと笑われた。
「ガブリエラ様の先例は、後世の役に立ちそうにありませんわ」
「……え?」
「優秀すぎます」
まあ、それはさておきだ。
お喋りの時間、女子に大事だな。
教育役7令嬢、それぞれに笑顔をみせてくださるようになってきたし、すこし仲良くもなれたような気がする。
もっとも、わたしの目指す〈穏便な婚約破棄〉に協力を求められるかというと、そんなことはないのだけど。
ただ、花乙女宮ですこし呼吸がしやすくなったような気はする。
Ψ
リリを通じてお母様と書簡のやり取りを繰り返し、わたしの身の回りの世話をしてくれるメイドを手配してもらった。
その過程で、なんどもテレーズ様たちに泣きつかないといけなかった。
「あの……、公爵家から王太子妃候補になられたみな様……、メイドを何人くらい?」
家格というものがある。公爵家より大人数を手配してもらう訳にもいかない。
王太子妃教育の合間をぬって、なんども先例集を読み返していただき、
「……おそらく、5~8人といったところではないかと。5人を下回られたことはないかと存じます」
と、目の充血がとれないルユザ様から教えていただいた。
スラリとスリムなお身体がゆらゆら揺れているし、わたしのためにまた睡眠時間を削らせてしまったのだろう。
誠に申し訳ないかぎり。
花衣伯爵家の成り立ちも興味深いのだけど、ルユザ様たちの正式な役職は花乙女宮のハウスメイドだ。
掃除や洗濯、食器洗いなどもルユザ様たちのお仕事。
〈ハウスメイドが、貴族の機密をそっと耳打ちする〉
とは、なんとも雅やかな建前のような気もするし、花衣伯爵家に必要以上の権威を持たせないために考え出されたのだろう。
けれど、教育役のみな様は、常日頃からお忙しいということでもある。
わたしのプライベートのためにまでこき使ってしまって、ほんと申し訳ない。
わたしが王太子妃になって内廷に登用すれば、功に報いたってことになるのだろうけど……。
目を爛々とさせるルユザ様をはやくお部屋に返すべきか悩んだけど、労いのためにお茶にお誘いした。
オフショルダーのあわい緑色をしたドレス姿がなんとも素敵で、もうすこし眺めていたかったというのもある。
そして、
「……28歳」
ルユザ様から教えていただいた、メイド長にして教育役の筆頭テレーズ様のご年齢に、絶句してしまった。
小柄でおでこの広いテレーズ様は眼鏡に童顔で、そんなお歳だとは思ってもいなかったのだ。
「テレーズ様のトゥリパン伯爵家は分家も女子に恵まれず、教育役を引き継げる者がいないのです」
おそらく、テレーズ様は10歳かそこらで花乙女宮に出仕されたはず。
わたしが生まれる前から、18年くらいずっと未婚のまま、王太子妃候補を待ち続けておられたのだ。
伯爵家の令嬢としては完全に行き遅れだ。
「……テレーズ様を待ち続ける婚約者がおられます」
「え?」
ルユザ様が充血した目をほそめ、安堵するように微笑まれた。
「ガブリエラ様が花乙女宮に入られ、テレーズ様もようやくお嫁にいけます。……われら一堂、とても喜んでおります」
テレーズ様は、トゥリパン伯爵家の家格と家職を守るための犠牲者と言ってもいい。
分家から養女をとっても家職をつなぐ花衣伯爵家も大変だ。だけど、ひとりの乙女の青春を完全に喰い潰してしまったとは、なかなかに切ない話だ。
――わたしが無事に王太子妃にならないと、テレーズ様の嫁入りはまた先延ばしになってしまう……。
王国の頂点。
たくさんの人間の人生が関わっている。
ふわふわ王太子は3年前わたしに惚れたと言っていた。それからずっと、国王陛下と王妃陛下を説得していたと。
けれど、ふわふわ王太子が身分違いの恋に燃えている間もずっと、テレーズ様は待ち続けていたのだ。
愛する婚約者と結婚できる日を。
王太子殿下とはいえ、他人の結婚を祝福するためだけの花々を眺めて、待ち続けた。
涙が出るわ。
「それでは、テレーズ様のご婚礼はみなで盛大にお祝いいたしませんとね」
と、わたしが微笑むと、ルユザ様も嬉しそうに頬をゆるめられた。
すぐに書簡をしたため、わたしの伝奏役であるリリに届けるようにと、バルバーラに頼んだ。
リリを通じて、お母様にメイドの手配をお願いするためだ。
そして、わたしの王太子妃教育が再開する。
――次は? 次は? ねぇねぇ先生! 次は?
と、学問となると、ついつい子どものように夢中になってしまうわたしの学習スピードを落とすため、
ちょいちょい雑談をはさむようにした。
お茶をしながらお菓子をつまんで、優雅にお喋り。
お相手も本来は伯爵家のご令嬢。
――なるほど……、これでこそ王太子妃教育というものか。
と、思わずわたしもうなずいた雅やかな時間をすごす。
貴族令嬢として、わたしもまだまだだ。
「学習スピードが速いというより、根を詰め過ぎていただけですのね」
と、わたしの自嘲に、メイド長のテレーズ様がぶんぶんと頭を左右にふられた。
「とんでもございません」
「……え?」
「恐るべき理解スピード……。1を聞いて100を知るとはガブリエラ様のこと」
「ふふっ。さすがに言い過ぎでは?」
テレーズ様が眉間にしわを寄せ、眼鏡をクイッとあげられた。
「いえ……、われら花衣伯爵家、互いが知る機密を漏らし合うことはありません」
「え、ええ。……それはそうでしょうね」
そんなことをすれば、王国の全貴族家の機密が花衣伯爵家に握られることになる。
それはもう、王様だ。
「つまり、貴族家どうしの関係性のなかには、学ばれる王太子妃候補みずからで知識をつないでご理解いただくほかない場合がございます」
あ――、やってるわ。自然に。楽しくて。
「……しかも、花乙女宮に王太子妃候補が入られるのは実に42年ぶり。教育役がひと世代……、家によってはふた世代、とんでおります」
わたしの前の王太子妃候補、つまり王妃フランツィスカ陛下は3人の王女殿下をお産みになられたものの、ながらく男子に恵まれなかった。
フランツィスカ陛下34歳にして、待望の王子として誕生されたのがアルパード殿下だ。
テレーズ様の叔母様が、教育役としての〈実戦〉を迎えないまま花乙女宮から去られたのもめぐり合わせというものだし、
教育役としての継承が、机上の空論によって行われてきたのも確かだろう。
「私たちもいずれ嫁に行きます」
と、テレーズ様がはにかまれた。
生真面目な学究肌の雰囲気を漂わせるテレーズ様の乙女な微笑みを、突然に見せられてはこちらもキュンとしてしまう。
「ですから、できるだけ覚えないのです、……お教えする機密を」
「あっ……」
「なにがどこに書いてあるか。どういう順番でご教授させていただくべきか。先達の書き遺した先例集にもとづき、予習して臨みます」
そ……、それは悪かった。
わたしがサクサク進めたら、予習のために睡眠時間を削るしかなくなるよね。
しかし、とにかく仕組みがややこしい。
〈花の女神ヴィラーグ〉を信仰する4つの権門。現王家であるエステル家、カールマーン公爵家、ナーダシュディ公爵家、トルダイ公爵家が300年前に結んだ〈花の盟約〉で建国された、ヴィラーグ王国。
王家と三大公爵家。勢力の拮抗する4つの家門の調和をはかろうとするあまり、複雑怪奇な仕組みが出来上がったんだろう。
〈ふつうの王国〉なら、こんなの全部、王家に集約してるはずだ。
効率が悪すぎる。
テレーズ様が、ふふっと笑われた。
「ガブリエラ様の先例は、後世の役に立ちそうにありませんわ」
「……え?」
「優秀すぎます」
まあ、それはさておきだ。
お喋りの時間、女子に大事だな。
教育役7令嬢、それぞれに笑顔をみせてくださるようになってきたし、すこし仲良くもなれたような気がする。
もっとも、わたしの目指す〈穏便な婚約破棄〉に協力を求められるかというと、そんなことはないのだけど。
ただ、花乙女宮ですこし呼吸がしやすくなったような気はする。
Ψ
リリを通じてお母様と書簡のやり取りを繰り返し、わたしの身の回りの世話をしてくれるメイドを手配してもらった。
その過程で、なんどもテレーズ様たちに泣きつかないといけなかった。
「あの……、公爵家から王太子妃候補になられたみな様……、メイドを何人くらい?」
家格というものがある。公爵家より大人数を手配してもらう訳にもいかない。
王太子妃教育の合間をぬって、なんども先例集を読み返していただき、
「……おそらく、5~8人といったところではないかと。5人を下回られたことはないかと存じます」
と、目の充血がとれないルユザ様から教えていただいた。
スラリとスリムなお身体がゆらゆら揺れているし、わたしのためにまた睡眠時間を削らせてしまったのだろう。
誠に申し訳ないかぎり。
花衣伯爵家の成り立ちも興味深いのだけど、ルユザ様たちの正式な役職は花乙女宮のハウスメイドだ。
掃除や洗濯、食器洗いなどもルユザ様たちのお仕事。
〈ハウスメイドが、貴族の機密をそっと耳打ちする〉
とは、なんとも雅やかな建前のような気もするし、花衣伯爵家に必要以上の権威を持たせないために考え出されたのだろう。
けれど、教育役のみな様は、常日頃からお忙しいということでもある。
わたしのプライベートのためにまでこき使ってしまって、ほんと申し訳ない。
わたしが王太子妃になって内廷に登用すれば、功に報いたってことになるのだろうけど……。
目を爛々とさせるルユザ様をはやくお部屋に返すべきか悩んだけど、労いのためにお茶にお誘いした。
オフショルダーのあわい緑色をしたドレス姿がなんとも素敵で、もうすこし眺めていたかったというのもある。
そして、
「……28歳」
ルユザ様から教えていただいた、メイド長にして教育役の筆頭テレーズ様のご年齢に、絶句してしまった。
小柄でおでこの広いテレーズ様は眼鏡に童顔で、そんなお歳だとは思ってもいなかったのだ。
「テレーズ様のトゥリパン伯爵家は分家も女子に恵まれず、教育役を引き継げる者がいないのです」
おそらく、テレーズ様は10歳かそこらで花乙女宮に出仕されたはず。
わたしが生まれる前から、18年くらいずっと未婚のまま、王太子妃候補を待ち続けておられたのだ。
伯爵家の令嬢としては完全に行き遅れだ。
「……テレーズ様を待ち続ける婚約者がおられます」
「え?」
ルユザ様が充血した目をほそめ、安堵するように微笑まれた。
「ガブリエラ様が花乙女宮に入られ、テレーズ様もようやくお嫁にいけます。……われら一堂、とても喜んでおります」
テレーズ様は、トゥリパン伯爵家の家格と家職を守るための犠牲者と言ってもいい。
分家から養女をとっても家職をつなぐ花衣伯爵家も大変だ。だけど、ひとりの乙女の青春を完全に喰い潰してしまったとは、なかなかに切ない話だ。
――わたしが無事に王太子妃にならないと、テレーズ様の嫁入りはまた先延ばしになってしまう……。
王国の頂点。
たくさんの人間の人生が関わっている。
ふわふわ王太子は3年前わたしに惚れたと言っていた。それからずっと、国王陛下と王妃陛下を説得していたと。
けれど、ふわふわ王太子が身分違いの恋に燃えている間もずっと、テレーズ様は待ち続けていたのだ。
愛する婚約者と結婚できる日を。
王太子殿下とはいえ、他人の結婚を祝福するためだけの花々を眺めて、待ち続けた。
涙が出るわ。
「それでは、テレーズ様のご婚礼はみなで盛大にお祝いいたしませんとね」
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