20 / 62
20.初めてのふたりきり
「ガブが決めたんなら、私はもちろん祝福するよ」
と、満月の月明かりに照らされたリリが、疲れをにじませる表情にも関わらず、やさしく微笑んでくれた。
花冠巡賜の調整が、わたしたちの思っていたより遥かに大変で、リリは先例集の読解からもメイドからも外れて、わたしの伝奏として奔走してくれている。
「ごめんね……、リリ。ああ言ってみたり、こう言ってみたり……」
「ガブ……。ガブが私を振り回してると思ってるなら、それは違うぞ?」
「えっ?」
リリには花乙女宮入りを祝ってもらい、それから婚約破棄を目指すと打ち明け、いまはまた「やっぱり結婚する」と伝えた。
いくら相手が親友のリリだとはいえ、こうもわたしの言うことがコロコロ変わっては、心苦しいかぎり。
すこしくらいムッとされても変ではない。
けれど、夏の香りが漂いはじめた広大な花壇のまん中で、リリがわたしに向ける眼差しに含みはなく、どこまでもやさしい。
「いちばん振り回されてるのは、ガブだ。侯爵家に生まれながら王太子殿下からの求婚だなんて、ふつうに考えたら災難でしかない。気持ちが行ったり来たりして当然だ」
「……リリ」
「私はちっとも振り回されてなんかないぞ。ただ、ガブの味方でいればいいだけなんだからな」
おどけるように笑ってみせてくれるリリ。
きっと、わたしが〈穏便な婚約破棄〉をするためにどうしたらいいか、あれこれ頭を悩ませてくれていたはずだ。
なのに、文句のひとつも言わずに、わたしの決断を祝福してくれる。
「も、もう……。惚れるわよ?」
「バカ。それだけはやめて。王太子殿下とガブを取り合うだなんて……、それこそ大災難じゃないか」
ふたりで、ククククッと忍び笑いを漏らし合う。
持つべきものは親友だ。
申し訳ないけれども、とても心強い。
「それにな、ガブ。私だって、婚約破棄のために花冠巡賜の準備に走りまわるより、よほど前向きな気持ちで取り組める」
「ほんとうね……。ごめんね、リリ」
「だから、謝らなくていいよ。私がこのお役を務めさせてもらうことを、ガブが末代までの誉れにしてくれるんだろ?」
「そうね。頑張るわ」
「いつもはスパッとなんでも決断するガブの可愛らしいところが見られて、私の役得みたいなもの。お釣りがくる」
リリが、満月を見上げた。
「……アルパード殿下は、国王陛下の遅くにできたご子息だ」
「ええ……」
リリには、わたしが結婚を決意したことしか伝えられてない。
アルパード殿下がお心深くに抱え込まれた深い傷。それは、他人にむやみに話せるものではないし、国の重要機密とも言える。
姉君のエミリー殿下も、妹のイルマ殿下とおふたりで極秘裏に対処された。
いつか、リリにも打ち明けて協力してもらう日がくるかもしれないけれど、それは少なくとも今ではない。
「ふだんなら、こんな不敬を口にすることはないけれど……、ガブだから言う」
「うん……、なに? リリ」
「老境にさしかかられた陛下には、正直なところ衰えもお見受けする」
「……そうね」
「ガブが欠席した〈春の園遊会〉では、ずっとお立ちになられているのが、すこしおツラそうだった」
「そう……」
「南西女神諸国9ヶ国の君主と馬を並べる東方出兵を花道に……、ご退位あそばされることも充分に考えられる」
「えっ……?」
「そうしたら、ガブはあっという間に王妃陛下だ」
王妃……。
お母様には「王の妃になります」だなんて大見得を切ってしまったけれど、まだまだ先のことだと思ってた。
けれど、リリの言うことにも一理ある。
アルパード殿下が出兵準備のお役に励まれていることにも、
――ご即位が近い、
と考えれば、より深く納得がいく。
「ガブ、……災難だな?」
「ははっ……。災難だわ」
Ψ
リリの言ってくれた通り、結婚を決断したわたしにとって花乙女宮での暮らしは見違えるように前向きなものになった。
乙女の夢。嫁入り支度だ。
それも、王太子妃への嫁入り。
お母様に背中を押していただき、悩みを断ち切ったわたしの目にはすべての曇りが晴れ、急にキラキラして見えた。
われながら現金なものだ。
そして、王国最高峰の嫁入り支度は、王国最大級に慌ただしい。
すべての先例集の読解を終え、儀礼の専門家であるジェシカ様に引き続きご協力いただき、
さらには、
「いえ、大事な用事があります」
と、お引き止めしたお母様にも加わっていただいて、
ついにホルヴァース侯爵家流の〈花冠巡賜の儀礼〉を完成させた。
家に属する儀礼を、わたしだけで決めてしまうのもどうかと思っていたところに、ちょうどお母様が来てくださったのだ。
侯爵夫人たるお母様からのご承認もいただいた。
そして――、
「そりゃ……、毎回、着替えるわよね」
と、三大公爵家と27侯爵家、すべてを巡るための30着のドレスづくりに慌ただしく着手する。
もちろん、アクセサリーも必要だし、各家の王都屋敷を巡る馬車も要る。
だけど、30着のドレスづくりなんて、わが家に出入りする職人だけでは到底無理。
――わが家流の、あたらしい儀礼。
として、花衣伯爵家7令嬢にドレスづくりの協力を求めたら、感激していただいた。
「……王太子妃候補にドレスを贈らせていただけるとは……、なんたる栄誉」
もちろん経費はすべてわが家もち。
わが家だけでは間に合わないという現実的な問題もあるけど、すべてを自家で賄える三大公爵家に一歩退いてみせるという意味合いもある。
――侯爵家ごときでは、他家からのご協力がなければとても、とてもとても……。
と、謙ってみせてる訳だ。
わたしが王太子妃になったからといって、三大公爵家の権勢が劣えるわけではない。
立てるところは立てる。
そして、他家も協力するとなれば、ホルヴァース侯爵家への風当たりもいくぶん弱まるはず。
ましてや、それが伝統のある、格式高い花衣伯爵家であれば申し分ない。
王太子妃教育を家職とする花衣伯爵家であれば、三大公爵家といえども、おいそれといじめる訳にもいかないはずだ。
謙りながら、わが家も守る。
政略としても申し分のない、あたらしい儀礼に仕上げられた。
なにより、花衣伯爵家側にも先例として遺る。わが家の秘伝にはならない。
後世、別の侯爵家から王太子妃が出ることになっても、きっと感謝してもらえるはずだ。
花衣伯爵家それぞれ4着ずつのドレスづくりを受け持ってもらい、わが家で2着。
だけど、訪問先がわたしをどうもてなすか定まるまで、ドレスの色やデザインが定まらない。
リリが調整に駆け回ってくれて、もてなしの確定した家に着ていくドレスから順に製作を開始。
採寸に、仮縫いの試着。
その場所が、なにせ男子禁制の花乙女宮。
女性の仕立て職人が在籍する仕立て屋しか使えない。
「……こ、光栄です……」
と、目を潤ませる女性職人たちが、続々と訪れる。
みなが口々に、熱のこもった祝福の言葉を聞かせてくれて、
――ああ……、わたし結婚するんだ。
と、さらに気持ちが高まっていく。
最高級の布地に、煌びやかなデザイン。
仮縫いを着せてもらうだけでも、嬉しくて、気恥ずかしくて、メイドのふたりが向けてくれる羨望の眼差しや、
――うわぁ~、素敵ねぇ――……、
という囁きが、くすぐったい。
ただ、こう華やかなドレスを着せられるときだけは、イロナのような可愛らしい顔に生まれたかったなと、ちょっと思う。
ツン顔は尊敬するお母様から受け継いだものだし、血縁にあるリリとの絆も感じられて、不満はないのだけど、
まあ……、複雑な乙女心というヤツだ。
わたしの心もからくり仕掛けではない。
だけど、女性職人たちは〈子々孫々に語り継ぐ、一生の誉れ〉とばかりに腕をふるって、わたしのツン顔に似合う素敵なドレスをつくってくれている。
ささやかな不満に、心を曇らせている場合ではない。
艶やかに微笑んで、感謝の言葉をかけると、女性職人たちはさらに感激してくれた。
王太子妃教育のピッチも上げた。
教育役のテレーズ様たちを睡眠不足にしてしまわない程度にだけど、できるだけ早く終わらせることにした。
――学問好きの令嬢など、可愛げがない。
と、嫁のもらい手がなくならないよう、王都では猫かぶってた訳だけど、
王太子妃になると決めたら、話が違う。
聡明さは箔がつくし、王太子妃にふさわしい威厳にもつながるだろう。
それでこそ、王国すべての高位貴族を納得させ、アルパード殿下をお支えできるというものだ。
伝説の王太子妃に、わたしはなる!
と、冒険を夢見る少年のような気持ちで拳を握りしめ、日々励んでいたら、
スグ、終わった。
累代の王太子妃候補が、半年から10ヶ月くらいかけてきた王太子妃教育の国内編を、ふた月ほどで終わらせてしまい、
「妾の立場がないではないか!」
と、フランツィスカ陛下から、爆笑されてしまった。
「……アルパードの見る目に、間違いはなかったということじゃな」
わたしを褒めるより、わたしを見付けたアルパード殿下を褒める親バカ発言を連発されていたけれど、
いい嫁姑関係を築けそうだ。
アルパード殿下をお支えするのに、味方は多い方がいい。
わたしも、にこりと微笑んだ。
結局、花冠巡賜を始められるまで20日ほど間があくことになって、ドレスやアクセサリーづくりも職人の手にわたり、
――急に、ヒマになった……。
と思っていたら、教育役筆頭のテレーズ様から、王太子妃教育の外交編に着手したらどうかと申し出ていただいた。
「……ガブリエラ様が異常……、ゲフン、ゲフン……、特別に優秀でいらっしゃるだけで、〈柘榴離宮〉に遷ってからでないといけないという先例でもないのです」
ということだったので、伝説を積み増しておくことにした。
そうこうして、慌ただしくも充実した日々を送っているうちに、
アルパード殿下が、カールマーン侯爵家領から王都にお戻りになられた。
帰着の挨拶のため、花乙女宮におみえくださり、
わたしは初めて、アルパード殿下とふたりきりで向かいあった。
――わたしは、この方の奥さんになるのだ……。
と、思うと、予想はしてたけど、やっぱり気恥ずかしくてほほを赤らめてうつむいてしまう。
なにせ、恋愛経験皆無のガラッパチだ。
いざとなれば、どう向きあえばいいのか、距離感がつかめない。
だけど、これはわたしの初恋なのだ。
嫁入り支度をしながら恋に目覚めるとは、ちと順番がおかしい気もするけれど、存分に堪能させてもらおう。
と、目線をあげると、アルパード殿下はいつも通りにニコニコと微笑んでくださっていた。
「すごいね、ガブリエラ殿は。もう、花乙女宮での王太子妃教育を終わらせたんでしょ?」
と、仰られるアルパード殿下に、
――ここだっ!!
わたしは、目をクワッと見開いた。
「ほ……、褒めてくださいませ」
「うん。すごいね、ガブリエラ殿は」
「褒めて……、わたしの頭を……、叩いてくださいませんか……?」
と、満月の月明かりに照らされたリリが、疲れをにじませる表情にも関わらず、やさしく微笑んでくれた。
花冠巡賜の調整が、わたしたちの思っていたより遥かに大変で、リリは先例集の読解からもメイドからも外れて、わたしの伝奏として奔走してくれている。
「ごめんね……、リリ。ああ言ってみたり、こう言ってみたり……」
「ガブ……。ガブが私を振り回してると思ってるなら、それは違うぞ?」
「えっ?」
リリには花乙女宮入りを祝ってもらい、それから婚約破棄を目指すと打ち明け、いまはまた「やっぱり結婚する」と伝えた。
いくら相手が親友のリリだとはいえ、こうもわたしの言うことがコロコロ変わっては、心苦しいかぎり。
すこしくらいムッとされても変ではない。
けれど、夏の香りが漂いはじめた広大な花壇のまん中で、リリがわたしに向ける眼差しに含みはなく、どこまでもやさしい。
「いちばん振り回されてるのは、ガブだ。侯爵家に生まれながら王太子殿下からの求婚だなんて、ふつうに考えたら災難でしかない。気持ちが行ったり来たりして当然だ」
「……リリ」
「私はちっとも振り回されてなんかないぞ。ただ、ガブの味方でいればいいだけなんだからな」
おどけるように笑ってみせてくれるリリ。
きっと、わたしが〈穏便な婚約破棄〉をするためにどうしたらいいか、あれこれ頭を悩ませてくれていたはずだ。
なのに、文句のひとつも言わずに、わたしの決断を祝福してくれる。
「も、もう……。惚れるわよ?」
「バカ。それだけはやめて。王太子殿下とガブを取り合うだなんて……、それこそ大災難じゃないか」
ふたりで、ククククッと忍び笑いを漏らし合う。
持つべきものは親友だ。
申し訳ないけれども、とても心強い。
「それにな、ガブ。私だって、婚約破棄のために花冠巡賜の準備に走りまわるより、よほど前向きな気持ちで取り組める」
「ほんとうね……。ごめんね、リリ」
「だから、謝らなくていいよ。私がこのお役を務めさせてもらうことを、ガブが末代までの誉れにしてくれるんだろ?」
「そうね。頑張るわ」
「いつもはスパッとなんでも決断するガブの可愛らしいところが見られて、私の役得みたいなもの。お釣りがくる」
リリが、満月を見上げた。
「……アルパード殿下は、国王陛下の遅くにできたご子息だ」
「ええ……」
リリには、わたしが結婚を決意したことしか伝えられてない。
アルパード殿下がお心深くに抱え込まれた深い傷。それは、他人にむやみに話せるものではないし、国の重要機密とも言える。
姉君のエミリー殿下も、妹のイルマ殿下とおふたりで極秘裏に対処された。
いつか、リリにも打ち明けて協力してもらう日がくるかもしれないけれど、それは少なくとも今ではない。
「ふだんなら、こんな不敬を口にすることはないけれど……、ガブだから言う」
「うん……、なに? リリ」
「老境にさしかかられた陛下には、正直なところ衰えもお見受けする」
「……そうね」
「ガブが欠席した〈春の園遊会〉では、ずっとお立ちになられているのが、すこしおツラそうだった」
「そう……」
「南西女神諸国9ヶ国の君主と馬を並べる東方出兵を花道に……、ご退位あそばされることも充分に考えられる」
「えっ……?」
「そうしたら、ガブはあっという間に王妃陛下だ」
王妃……。
お母様には「王の妃になります」だなんて大見得を切ってしまったけれど、まだまだ先のことだと思ってた。
けれど、リリの言うことにも一理ある。
アルパード殿下が出兵準備のお役に励まれていることにも、
――ご即位が近い、
と考えれば、より深く納得がいく。
「ガブ、……災難だな?」
「ははっ……。災難だわ」
Ψ
リリの言ってくれた通り、結婚を決断したわたしにとって花乙女宮での暮らしは見違えるように前向きなものになった。
乙女の夢。嫁入り支度だ。
それも、王太子妃への嫁入り。
お母様に背中を押していただき、悩みを断ち切ったわたしの目にはすべての曇りが晴れ、急にキラキラして見えた。
われながら現金なものだ。
そして、王国最高峰の嫁入り支度は、王国最大級に慌ただしい。
すべての先例集の読解を終え、儀礼の専門家であるジェシカ様に引き続きご協力いただき、
さらには、
「いえ、大事な用事があります」
と、お引き止めしたお母様にも加わっていただいて、
ついにホルヴァース侯爵家流の〈花冠巡賜の儀礼〉を完成させた。
家に属する儀礼を、わたしだけで決めてしまうのもどうかと思っていたところに、ちょうどお母様が来てくださったのだ。
侯爵夫人たるお母様からのご承認もいただいた。
そして――、
「そりゃ……、毎回、着替えるわよね」
と、三大公爵家と27侯爵家、すべてを巡るための30着のドレスづくりに慌ただしく着手する。
もちろん、アクセサリーも必要だし、各家の王都屋敷を巡る馬車も要る。
だけど、30着のドレスづくりなんて、わが家に出入りする職人だけでは到底無理。
――わが家流の、あたらしい儀礼。
として、花衣伯爵家7令嬢にドレスづくりの協力を求めたら、感激していただいた。
「……王太子妃候補にドレスを贈らせていただけるとは……、なんたる栄誉」
もちろん経費はすべてわが家もち。
わが家だけでは間に合わないという現実的な問題もあるけど、すべてを自家で賄える三大公爵家に一歩退いてみせるという意味合いもある。
――侯爵家ごときでは、他家からのご協力がなければとても、とてもとても……。
と、謙ってみせてる訳だ。
わたしが王太子妃になったからといって、三大公爵家の権勢が劣えるわけではない。
立てるところは立てる。
そして、他家も協力するとなれば、ホルヴァース侯爵家への風当たりもいくぶん弱まるはず。
ましてや、それが伝統のある、格式高い花衣伯爵家であれば申し分ない。
王太子妃教育を家職とする花衣伯爵家であれば、三大公爵家といえども、おいそれといじめる訳にもいかないはずだ。
謙りながら、わが家も守る。
政略としても申し分のない、あたらしい儀礼に仕上げられた。
なにより、花衣伯爵家側にも先例として遺る。わが家の秘伝にはならない。
後世、別の侯爵家から王太子妃が出ることになっても、きっと感謝してもらえるはずだ。
花衣伯爵家それぞれ4着ずつのドレスづくりを受け持ってもらい、わが家で2着。
だけど、訪問先がわたしをどうもてなすか定まるまで、ドレスの色やデザインが定まらない。
リリが調整に駆け回ってくれて、もてなしの確定した家に着ていくドレスから順に製作を開始。
採寸に、仮縫いの試着。
その場所が、なにせ男子禁制の花乙女宮。
女性の仕立て職人が在籍する仕立て屋しか使えない。
「……こ、光栄です……」
と、目を潤ませる女性職人たちが、続々と訪れる。
みなが口々に、熱のこもった祝福の言葉を聞かせてくれて、
――ああ……、わたし結婚するんだ。
と、さらに気持ちが高まっていく。
最高級の布地に、煌びやかなデザイン。
仮縫いを着せてもらうだけでも、嬉しくて、気恥ずかしくて、メイドのふたりが向けてくれる羨望の眼差しや、
――うわぁ~、素敵ねぇ――……、
という囁きが、くすぐったい。
ただ、こう華やかなドレスを着せられるときだけは、イロナのような可愛らしい顔に生まれたかったなと、ちょっと思う。
ツン顔は尊敬するお母様から受け継いだものだし、血縁にあるリリとの絆も感じられて、不満はないのだけど、
まあ……、複雑な乙女心というヤツだ。
わたしの心もからくり仕掛けではない。
だけど、女性職人たちは〈子々孫々に語り継ぐ、一生の誉れ〉とばかりに腕をふるって、わたしのツン顔に似合う素敵なドレスをつくってくれている。
ささやかな不満に、心を曇らせている場合ではない。
艶やかに微笑んで、感謝の言葉をかけると、女性職人たちはさらに感激してくれた。
王太子妃教育のピッチも上げた。
教育役のテレーズ様たちを睡眠不足にしてしまわない程度にだけど、できるだけ早く終わらせることにした。
――学問好きの令嬢など、可愛げがない。
と、嫁のもらい手がなくならないよう、王都では猫かぶってた訳だけど、
王太子妃になると決めたら、話が違う。
聡明さは箔がつくし、王太子妃にふさわしい威厳にもつながるだろう。
それでこそ、王国すべての高位貴族を納得させ、アルパード殿下をお支えできるというものだ。
伝説の王太子妃に、わたしはなる!
と、冒険を夢見る少年のような気持ちで拳を握りしめ、日々励んでいたら、
スグ、終わった。
累代の王太子妃候補が、半年から10ヶ月くらいかけてきた王太子妃教育の国内編を、ふた月ほどで終わらせてしまい、
「妾の立場がないではないか!」
と、フランツィスカ陛下から、爆笑されてしまった。
「……アルパードの見る目に、間違いはなかったということじゃな」
わたしを褒めるより、わたしを見付けたアルパード殿下を褒める親バカ発言を連発されていたけれど、
いい嫁姑関係を築けそうだ。
アルパード殿下をお支えするのに、味方は多い方がいい。
わたしも、にこりと微笑んだ。
結局、花冠巡賜を始められるまで20日ほど間があくことになって、ドレスやアクセサリーづくりも職人の手にわたり、
――急に、ヒマになった……。
と思っていたら、教育役筆頭のテレーズ様から、王太子妃教育の外交編に着手したらどうかと申し出ていただいた。
「……ガブリエラ様が異常……、ゲフン、ゲフン……、特別に優秀でいらっしゃるだけで、〈柘榴離宮〉に遷ってからでないといけないという先例でもないのです」
ということだったので、伝説を積み増しておくことにした。
そうこうして、慌ただしくも充実した日々を送っているうちに、
アルパード殿下が、カールマーン侯爵家領から王都にお戻りになられた。
帰着の挨拶のため、花乙女宮におみえくださり、
わたしは初めて、アルパード殿下とふたりきりで向かいあった。
――わたしは、この方の奥さんになるのだ……。
と、思うと、予想はしてたけど、やっぱり気恥ずかしくてほほを赤らめてうつむいてしまう。
なにせ、恋愛経験皆無のガラッパチだ。
いざとなれば、どう向きあえばいいのか、距離感がつかめない。
だけど、これはわたしの初恋なのだ。
嫁入り支度をしながら恋に目覚めるとは、ちと順番がおかしい気もするけれど、存分に堪能させてもらおう。
と、目線をあげると、アルパード殿下はいつも通りにニコニコと微笑んでくださっていた。
「すごいね、ガブリエラ殿は。もう、花乙女宮での王太子妃教育を終わらせたんでしょ?」
と、仰られるアルパード殿下に、
――ここだっ!!
わたしは、目をクワッと見開いた。
「ほ……、褒めてくださいませ」
「うん。すごいね、ガブリエラ殿は」
「褒めて……、わたしの頭を……、叩いてくださいませんか……?」
あなたにおすすめの小説
地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです
阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」
そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。
社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。
そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。
過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。
そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。
「君が隣にいない宮廷は退屈だ」
これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。
魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
一度目で黒狼公に討たれた私ですが、二度目の夜はお父様のそばでしか眠れません
師走
恋愛
八歳の冬、リリア・ヴァルグレイは父に殺された。
王国最強の討魔貴族――黒狼公レオンハルト・ヴァルグレイ。
人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。
けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。
もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。
そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。
そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。
一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。
リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。
そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。
人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。
怖い。近づきたくない。
それでも、その腕の中でしか眠れない。
またあの冬が来る。
また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。
今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。
一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。
小説家になろう様でも掲載中
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
【完結】「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう
ムラサメ
恋愛
漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。
死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。
しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。
向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。
一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】無事完結できました。ありがとうございました。
〖完結〗終着駅のパッセージ
苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。
その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。
婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。
孤独な結婚生活を送る中。
ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。
始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。
他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。
そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。
だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。
それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。