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24.思いっきり、力いっぱいに
「王弟殿下という訳には、……いかなかったんだろうな」
と、リリが眉間に険しいしわを刻んでつぶやいた。
ふわふわ王太子の出兵。
その報せに動揺するわたしを、珍しくリリの方から夜の花壇に誘ってくれた。
雨のそぼ降るなか、傘をさしてヒソヒソ話す。
「そうね……。国王陛下の代理だもの。……他国への体面もあるだろうしね」
「う~ん……、向いてないよね」
「向いてないわね。明らかに」
伝え聞く限り、国王陛下はご危篤という訳ではなさそうだ。
けれど、意識が混濁され、意思の疎通がままならず、やむなく王妃フランツィスカ陛下が王権の代行を宣言された。
もしも、国王陛下がこのままご退位ということになれば、東方出兵で代理を務めるのが王弟殿下では、アルパード殿下の王位継承に疑問符が付く……。
というご判断を、フランツィスカ陛下がされても、無理のない局面だ。
いや、フランツィスカ陛下ではなく、三大公爵家か、あるいは群臣から、そのような意見が寄せられても不思議ではない。
いずれにしても、顧問会議の承認を得た上での決定であるはずだ。
いまの宮廷の様子は、わたしには分からない。
けれど、決して、アルパード殿下を不利にしようというご裁定ではない。
ただ……、アルパード殿下のやさし過ぎるご気性が、果たして戦場の過酷さに耐えられるどうか……と、気を揉むだけだ。
リリが、わたしを励ますように、無理をしてると分かってしまう明るい声を出した。
「副将はカールマーン公爵家のご長男、ヴィルモシュ様だ。ご子息も行かれると聞いている」
「ええ、そうね……」
「下手な采配を振るえば、東方出兵を先導したカールマーン公爵家の名誉にも関わる。きっと、アルパード殿下をしっかりとお支えくださるさ」
「……うん」
「東方は遠い。リュビア公国が船を出してくれるそうだから、アルパード殿下の船酔いがいちばんの心配だな」
異民族の侵入する東方女神諸国は、陸路だと中央大陸を抜け半年以上の行程になる。
そこで、カールマーン公爵ガーボル閣下の弟君が婿養子に入った隣国、リュビア公国から船を出してもらい海路で向かう。
わが国も、ホルヴァース侯爵家領のように港は存在するけど、海には北方で面していて、東方に向かうには遠回りになる。
南で海に面したリュビア公国で乗船した方が、行程としては短くて済む。
わが国としては大遠征だ。
おなじ敷地内の王宮と花乙女宮でさえ遠く感じていた。
なのに、今度はアルパード殿下が中央大陸を挟んだ、さらに遠くに行ってしまわれる。
「……いまのわたしには、花冠巡賜を滞りなく終らせる。それしかないわね」
わたしのつぶやきに、リリが何度も肩をやさしく叩いてくれた。
Ψ
花冠巡賜、8家目の訪問を終えて花乙女宮に戻っても、まだアルパード殿下はおみえになられなかった。
ご自身が出兵されることになり、準備に忙殺されていることは想像に難くない。
けれど、一刻もはやくお会いして、励ましてさし上げたい。
わたしの心は焦れるけれど、わたしが花乙女宮にある以上、おみえになるのを待つしかない。
リリもイロナも、メイドのエレノールもモニカも、護衛騎士のバルバーラも、なんなら教育役のテレーズ様たちも、わたしの前ではつとめて明るくふる舞ってくれた。
社交的な性格をしたモニカは、すっかりテレーズ様たちと打ち解けていて、その根回しで私的な夕食会をひらいてくれた。
考えてみれば、花衣伯爵家のご令嬢たちと食卓を囲むのは初めてのこと。
モニカは話題が途切れないように場を盛り上げてくれたし、気立てのいいエレノールがほんわかと取り仕切ってくれる。
ふたりの朗らかなふる舞いが、和やかな空気をつくり、本来は学究肌で社交の場を得意とされない教育役のご令嬢方もにこやかに歓談してくださった。
ただ、それもすべて、わたしの心中を思い遣っていただいてのことだ。
――ガブリエラは、友にも、家臣にも、母にも恵まれて……、幸せ者じゃの。
フランツィスカ陛下のお言葉が、何度も耳に蘇る。
エレノールもモニカも、母エディトが選んでくれたメイドだ。
張り詰めるとなると、どこまでも張り詰めてしまう、わたしの気性を読んでいたかのような人選に、感謝しかない。
リリとも微笑み合い、穏やかな夕食会をゆったりと楽しませてもらった。
Ψ
出兵を翌日に控えた夕刻。
返礼の茶会を終えて、ご令嬢を送り出すと、貴賓室でアルパード殿下がお待ちくださっていた。
「殿下……」
いざ、お会いすると、なにからお話したらいいか分からない。
そっと近寄り、抱きしめてもらう。
わたしたちの距離が、もっとも近付いたのが惜別の場面とは、我ながらいたたまれない思いだった。
アルパード殿下はいつもの通り、ニコニコとしておられた。
「ごめんね、ガブリエラ。父上の代わりに東方に行ってくるよ」
声にも悲壮感は一切ない。
表情はずっとニコニコと微笑まれていて、胸中に抱かれる思いを推し量ることもできない。
変わらず、ふわふわしてらっしゃる。
わたしは、スウッとアルパード殿下の匂いをかがせてもらってから、その胸の中から離れた。
「……アルパード殿下」
「うん」
「わたしの頬を、力いっぱいにブッてください。思いっきり」
わたしは、アルパード殿下のすみれ色の瞳をまっすぐに見詰めて動かさなかった。
アルパード殿下は、
「い……」
と、仰られたきりで、魔法にでもかかったようにピクリとも動かれない。
――ここで、踏み止まれるのなら……、まだ、光明が見える……。
わたしは、アルパード殿下の右手をとり、わたしの頬に、そっとあてた。
「……お試しするようなことをして、申し訳ございません」
「う、うん……」
「わたしの頬をブツのがおイヤでしたら……、殿下。こう仰ってくださいませ。ガブリエラの絹のように滑らかな肌は、ブツより撫でる方がボクは好きだ。……と」
「あ……、うん」
「はい。復唱」
「……え?」
「復唱してくださいませ」
「いいよ、いいよ」
わたしの言った言葉を、頬を紅く染めながら、照れくさそうに語り聞かせて下さるアルパード殿下。
その手は、わたしの頬に乗ったままで、上からわたしの手が包んでいる。
「……戦場では、殿下がイヤだと思われることばかり起きます」
「あ……、うん」
「拒否されることはありません。かといって受け入れる必要もありません。ただ、対案をお考えください」
「対案……」
「わたしの頬を、ブツより撫でる方が……、殿下は幸せだったでしょう?」
「も、もちろん……。スベスベで、やわからかで……、いつまでも触っていたいよ」
もちろん、照れくさい。
まだ、アルパード殿下の手は、わたしの頬に乗っているのだ。
だけど、わたしも必死だ。
アルパード殿下を戦場に送り出すにあたって、せめてひとつ〈武器〉を持たせてさし上げたい。
「代替案と言ってもいいです。イヤなことの代わりの案をお示しください。そうすれば、拒否もせず、かといって受け入れることにもなりません」
「……うん」
アルパード殿下はしばらく考え込まれ、わたしの目を力強く見詰めてくださった。
「わかったよ、……ガブリエラ」
アルパード殿下は、わたしがエミリー殿下から、ことの経緯を聞かされていることにお気づきになられたのだ。
決して、わたしに知られたくはなかっただろう。
けれど、それを一瞬で呑み込まれた。
やさしいお心。だけど、清濁合わせ呑まれる王者の器もお持ちだ。
「……アルパード殿下。敵は残虐な異民族です。東方女神諸国は相当に凄惨な目に遭わされていると聞きます」
「うん」
「殺戮を好み、略奪を働く……。彼らの侵攻を東方で止めないと、わがヴィラーグ王国を侵す日が来ないとも限りません」
「……そうだね」
「最初に犠牲になるのは、わたしたち貴族ではなく、か弱い平民たちです」
アルパード殿下のお心に深い傷となって残る、メイドのヨラーン。
王侯貴族の身勝手で、冥府に旅立った後にまで申し訳ないけれども、殿下のお力になってあげてほしい。
「アルパード殿下の戦いは、国の威信をかけたものである以上に、平民たちを守る戦いです」
「ガブリエラの言う通りだね。……馬を並べる他国の君主のことばかり考えてしまっていたよ」
わたしだって、本当は恋や愛の甘い言葉を囁きたい。
だけど、わたしはアルパード殿下を守ると決めたのだ。
これがわたしの恋だと、心を定めたのだ。
やさし過ぎるアルパード殿下に、はや過ぎる出兵。もう少し、わたしがお支えできる立場にあれば――、
なんなら、一緒に出兵したのに。
口惜しい限りだ。
「アルパード殿下。お覚悟をお定めくださいませ」
「うん、わかっ……」
と、アルパード殿下の言葉を最後まで待たずに、唇を奪った。
ふたりとも、ぎこちない。
――殿下、お覚悟!
など、果し合いを申し込む騎士の口上だ。
「ガブリエラは……、最初にお伝えすべき大切なことを、アルパード殿下に申し上げることを失念しておりました」
唇を離したわたしを、アルパード殿下が真っ赤な顔で見詰められた。
「……愛しております」
「うん……。ボクもだよ、ガブリエラ」
アルパード殿下は、いつの間にかわたしを呼び捨てにしてくださっていた。
不器用なりに、わたしを妃として迎える準備をしてくださっているのだ。
健気で、可愛らしくて、愛おしい。
「……ガブリエラ」
「はい」
「東方から帰ったら、柘榴離宮に案内するよ」
「ええ。その日を心待ちにしておりますわ」
にこやかに微笑み合い、今度はアルパード殿下の方から唇を重ねてくださった。
――おおっ! アルパード殿下にも、ちゃんと男の子な一面が!
と、胸が躍った。
夕陽が沈み、新月の闇が花乙女宮を包むなか、わたしは従騎士の称号持ちとして、知りうる限りの戦場の心得を説き続けた。
きっと、王太子として充分に軍略の教育を受けておられるであろうアルパード殿下は、最後までやさしく、うんうんと聞いてくださった。
最後まで「いいよ、いいよ」と、仰られることはなかった。
そして、翌日の休息日。
アルパード殿下率いる遠征軍は、華々しく王都を出発して行かれた。
花乙女宮を離れられないわたしは、出兵式はおろか見送りにも行けず、
代わりに沿道で見守ってくれたリリから、
「素晴らしい行軍だった。立派に大将のお役をお務めであられたよ」
と、聞かせてもらい、胸のなかで湧き上がりつづける不安を、押し殺した。
と、リリが眉間に険しいしわを刻んでつぶやいた。
ふわふわ王太子の出兵。
その報せに動揺するわたしを、珍しくリリの方から夜の花壇に誘ってくれた。
雨のそぼ降るなか、傘をさしてヒソヒソ話す。
「そうね……。国王陛下の代理だもの。……他国への体面もあるだろうしね」
「う~ん……、向いてないよね」
「向いてないわね。明らかに」
伝え聞く限り、国王陛下はご危篤という訳ではなさそうだ。
けれど、意識が混濁され、意思の疎通がままならず、やむなく王妃フランツィスカ陛下が王権の代行を宣言された。
もしも、国王陛下がこのままご退位ということになれば、東方出兵で代理を務めるのが王弟殿下では、アルパード殿下の王位継承に疑問符が付く……。
というご判断を、フランツィスカ陛下がされても、無理のない局面だ。
いや、フランツィスカ陛下ではなく、三大公爵家か、あるいは群臣から、そのような意見が寄せられても不思議ではない。
いずれにしても、顧問会議の承認を得た上での決定であるはずだ。
いまの宮廷の様子は、わたしには分からない。
けれど、決して、アルパード殿下を不利にしようというご裁定ではない。
ただ……、アルパード殿下のやさし過ぎるご気性が、果たして戦場の過酷さに耐えられるどうか……と、気を揉むだけだ。
リリが、わたしを励ますように、無理をしてると分かってしまう明るい声を出した。
「副将はカールマーン公爵家のご長男、ヴィルモシュ様だ。ご子息も行かれると聞いている」
「ええ、そうね……」
「下手な采配を振るえば、東方出兵を先導したカールマーン公爵家の名誉にも関わる。きっと、アルパード殿下をしっかりとお支えくださるさ」
「……うん」
「東方は遠い。リュビア公国が船を出してくれるそうだから、アルパード殿下の船酔いがいちばんの心配だな」
異民族の侵入する東方女神諸国は、陸路だと中央大陸を抜け半年以上の行程になる。
そこで、カールマーン公爵ガーボル閣下の弟君が婿養子に入った隣国、リュビア公国から船を出してもらい海路で向かう。
わが国も、ホルヴァース侯爵家領のように港は存在するけど、海には北方で面していて、東方に向かうには遠回りになる。
南で海に面したリュビア公国で乗船した方が、行程としては短くて済む。
わが国としては大遠征だ。
おなじ敷地内の王宮と花乙女宮でさえ遠く感じていた。
なのに、今度はアルパード殿下が中央大陸を挟んだ、さらに遠くに行ってしまわれる。
「……いまのわたしには、花冠巡賜を滞りなく終らせる。それしかないわね」
わたしのつぶやきに、リリが何度も肩をやさしく叩いてくれた。
Ψ
花冠巡賜、8家目の訪問を終えて花乙女宮に戻っても、まだアルパード殿下はおみえになられなかった。
ご自身が出兵されることになり、準備に忙殺されていることは想像に難くない。
けれど、一刻もはやくお会いして、励ましてさし上げたい。
わたしの心は焦れるけれど、わたしが花乙女宮にある以上、おみえになるのを待つしかない。
リリもイロナも、メイドのエレノールもモニカも、護衛騎士のバルバーラも、なんなら教育役のテレーズ様たちも、わたしの前ではつとめて明るくふる舞ってくれた。
社交的な性格をしたモニカは、すっかりテレーズ様たちと打ち解けていて、その根回しで私的な夕食会をひらいてくれた。
考えてみれば、花衣伯爵家のご令嬢たちと食卓を囲むのは初めてのこと。
モニカは話題が途切れないように場を盛り上げてくれたし、気立てのいいエレノールがほんわかと取り仕切ってくれる。
ふたりの朗らかなふる舞いが、和やかな空気をつくり、本来は学究肌で社交の場を得意とされない教育役のご令嬢方もにこやかに歓談してくださった。
ただ、それもすべて、わたしの心中を思い遣っていただいてのことだ。
――ガブリエラは、友にも、家臣にも、母にも恵まれて……、幸せ者じゃの。
フランツィスカ陛下のお言葉が、何度も耳に蘇る。
エレノールもモニカも、母エディトが選んでくれたメイドだ。
張り詰めるとなると、どこまでも張り詰めてしまう、わたしの気性を読んでいたかのような人選に、感謝しかない。
リリとも微笑み合い、穏やかな夕食会をゆったりと楽しませてもらった。
Ψ
出兵を翌日に控えた夕刻。
返礼の茶会を終えて、ご令嬢を送り出すと、貴賓室でアルパード殿下がお待ちくださっていた。
「殿下……」
いざ、お会いすると、なにからお話したらいいか分からない。
そっと近寄り、抱きしめてもらう。
わたしたちの距離が、もっとも近付いたのが惜別の場面とは、我ながらいたたまれない思いだった。
アルパード殿下はいつもの通り、ニコニコとしておられた。
「ごめんね、ガブリエラ。父上の代わりに東方に行ってくるよ」
声にも悲壮感は一切ない。
表情はずっとニコニコと微笑まれていて、胸中に抱かれる思いを推し量ることもできない。
変わらず、ふわふわしてらっしゃる。
わたしは、スウッとアルパード殿下の匂いをかがせてもらってから、その胸の中から離れた。
「……アルパード殿下」
「うん」
「わたしの頬を、力いっぱいにブッてください。思いっきり」
わたしは、アルパード殿下のすみれ色の瞳をまっすぐに見詰めて動かさなかった。
アルパード殿下は、
「い……」
と、仰られたきりで、魔法にでもかかったようにピクリとも動かれない。
――ここで、踏み止まれるのなら……、まだ、光明が見える……。
わたしは、アルパード殿下の右手をとり、わたしの頬に、そっとあてた。
「……お試しするようなことをして、申し訳ございません」
「う、うん……」
「わたしの頬をブツのがおイヤでしたら……、殿下。こう仰ってくださいませ。ガブリエラの絹のように滑らかな肌は、ブツより撫でる方がボクは好きだ。……と」
「あ……、うん」
「はい。復唱」
「……え?」
「復唱してくださいませ」
「いいよ、いいよ」
わたしの言った言葉を、頬を紅く染めながら、照れくさそうに語り聞かせて下さるアルパード殿下。
その手は、わたしの頬に乗ったままで、上からわたしの手が包んでいる。
「……戦場では、殿下がイヤだと思われることばかり起きます」
「あ……、うん」
「拒否されることはありません。かといって受け入れる必要もありません。ただ、対案をお考えください」
「対案……」
「わたしの頬を、ブツより撫でる方が……、殿下は幸せだったでしょう?」
「も、もちろん……。スベスベで、やわからかで……、いつまでも触っていたいよ」
もちろん、照れくさい。
まだ、アルパード殿下の手は、わたしの頬に乗っているのだ。
だけど、わたしも必死だ。
アルパード殿下を戦場に送り出すにあたって、せめてひとつ〈武器〉を持たせてさし上げたい。
「代替案と言ってもいいです。イヤなことの代わりの案をお示しください。そうすれば、拒否もせず、かといって受け入れることにもなりません」
「……うん」
アルパード殿下はしばらく考え込まれ、わたしの目を力強く見詰めてくださった。
「わかったよ、……ガブリエラ」
アルパード殿下は、わたしがエミリー殿下から、ことの経緯を聞かされていることにお気づきになられたのだ。
決して、わたしに知られたくはなかっただろう。
けれど、それを一瞬で呑み込まれた。
やさしいお心。だけど、清濁合わせ呑まれる王者の器もお持ちだ。
「……アルパード殿下。敵は残虐な異民族です。東方女神諸国は相当に凄惨な目に遭わされていると聞きます」
「うん」
「殺戮を好み、略奪を働く……。彼らの侵攻を東方で止めないと、わがヴィラーグ王国を侵す日が来ないとも限りません」
「……そうだね」
「最初に犠牲になるのは、わたしたち貴族ではなく、か弱い平民たちです」
アルパード殿下のお心に深い傷となって残る、メイドのヨラーン。
王侯貴族の身勝手で、冥府に旅立った後にまで申し訳ないけれども、殿下のお力になってあげてほしい。
「アルパード殿下の戦いは、国の威信をかけたものである以上に、平民たちを守る戦いです」
「ガブリエラの言う通りだね。……馬を並べる他国の君主のことばかり考えてしまっていたよ」
わたしだって、本当は恋や愛の甘い言葉を囁きたい。
だけど、わたしはアルパード殿下を守ると決めたのだ。
これがわたしの恋だと、心を定めたのだ。
やさし過ぎるアルパード殿下に、はや過ぎる出兵。もう少し、わたしがお支えできる立場にあれば――、
なんなら、一緒に出兵したのに。
口惜しい限りだ。
「アルパード殿下。お覚悟をお定めくださいませ」
「うん、わかっ……」
と、アルパード殿下の言葉を最後まで待たずに、唇を奪った。
ふたりとも、ぎこちない。
――殿下、お覚悟!
など、果し合いを申し込む騎士の口上だ。
「ガブリエラは……、最初にお伝えすべき大切なことを、アルパード殿下に申し上げることを失念しておりました」
唇を離したわたしを、アルパード殿下が真っ赤な顔で見詰められた。
「……愛しております」
「うん……。ボクもだよ、ガブリエラ」
アルパード殿下は、いつの間にかわたしを呼び捨てにしてくださっていた。
不器用なりに、わたしを妃として迎える準備をしてくださっているのだ。
健気で、可愛らしくて、愛おしい。
「……ガブリエラ」
「はい」
「東方から帰ったら、柘榴離宮に案内するよ」
「ええ。その日を心待ちにしておりますわ」
にこやかに微笑み合い、今度はアルパード殿下の方から唇を重ねてくださった。
――おおっ! アルパード殿下にも、ちゃんと男の子な一面が!
と、胸が躍った。
夕陽が沈み、新月の闇が花乙女宮を包むなか、わたしは従騎士の称号持ちとして、知りうる限りの戦場の心得を説き続けた。
きっと、王太子として充分に軍略の教育を受けておられるであろうアルパード殿下は、最後までやさしく、うんうんと聞いてくださった。
最後まで「いいよ、いいよ」と、仰られることはなかった。
そして、翌日の休息日。
アルパード殿下率いる遠征軍は、華々しく王都を出発して行かれた。
花乙女宮を離れられないわたしは、出兵式はおろか見送りにも行けず、
代わりに沿道で見守ってくれたリリから、
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