【完結】侯爵令嬢ガブリエラの災難な結婚 ~ふわふわ王太子に見初められたので婚約破棄を目指します!

三矢さくら

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25.それでも嬉しい

アルパード殿下が東方にむけて出兵された晩、わたしは凹み、イロナたちは困惑していた。


「……ご武運をって、言いそびれた」

「で、ですが、あれだけゆっくりお話しできたのですから、ガブリエラ様のお気持ちは充分に伝わっていますよ……?」

「でも……」

「……なんです?」


ソファでクッションを抱き、いじけるわたしに、イロナはオロオロして、エレノールとモニカは目を見合わせ、リリとバルバーラはため息を吐いていた。

たまの主君の愚痴なのだ。すこしはやさしく聞いてほしい。


「……こう、乙女の夢じゃない? 戦地に出征していく、こっ、恋人に……、『ご武運を』って……」

「ええ……、まあ……、仰られることは解ると言いますか……」


と、狼狽えるイロナを尻目に、

リリが、やさしげな笑みを浮かべ、わたしの顔をのぞき込んだ。


「じゃあ、急使でも送る?」

「……いや、……そういうんじゃ」

「ぐずぐずしてたら、リュビア公国の港から出航してしまうぞ?」

「あ……、うん」

「まあ、東方に着かれてからでも、駅伝を急使で使わせてもらえば、10日か12日ってところだろ?」


たしかに、中央大陸に整備されてる帝国の駅伝を利用して、宿駅から宿駅を最速で駆けてもらえばそのくらいで書簡が届く。

だけど、そういうことではない。

というか、『ご武運を……』とだけ書かれた書簡が、駅伝まで使った急使で届いたら、アルパード殿下も困惑するしかないではないか。


「ふふっ。ガブリエラ様、それは残念なことでしたわね」


と、モニカが可愛らしい声をあげた。

ちいさな鼻とたれ眉が特徴的な、ひとつ歳下の分家の令嬢は、誰とでも仲良くなれる社交的な性格が美点だ。

わたしが顔を向けると、うふっと笑った。


「せっかくの、乙女チャンスでしたのに」

「お、おと……」

「乙女チャンスぅ!?」


と、わたしより先に、リリが声を被せた。


「ガブリエラ様、恋していらっしゃいますもの。ねぇ、エレノール様?」

「そうねぇ……。お綺麗なガブリエラ様だけど、最近はふとした瞬間に、とても可愛らしくていらっしゃいますものねぇ」


おっとりとした性格で、すこし面長なエレノールのたれ目が、キラリと光った。

恋の話に、乙女は敏感だ。

それから、みんながヒソヒソと、


――恋?

――ガブが? いや……、恋はしてるだろうけど……、

――ガブリエラ様だって、乙女でいらっしゃいますもの……、

――乙女かぁ……、


と、相談し始めた。

やがて、みんながそろってニッコリと微笑んだ。

リリが、


「ごめんな。ガブは寂しかったんだな」


と、申し訳なさそうに笑ってくれて、

女騎士のバルバーラは、


「お気持ちは、きっとアルパード殿下にも届いていますよ?」


と、励ましてくれて、

なんだか、かえって、いたたまれない。


「そうよ? わたし、寂しいのよ!?」


と、開き直ることもできず、赤くなった顔をクッションに埋めてしまった。


   Ψ


アルパード殿下の海路の無事を祈りながら、花冠巡賜を丁寧に務める。

お帰りになられたときには、褒めていただきたい。……あたまポンポンしてほしい。

ご令嬢、ご夫人のお一人おひとりに、丁重に接するように心がけ、壮麗な馬車に乗り王都の街を進む。

あっという間に、ひと月が過ぎた。

季節は、すっかり夏。

エゲル侯爵夫人でいらっしゃる第1王女エミリー殿下を、返礼の茶会にお招きする。

ソルフエゴ王国に特使として赴かれていたエミリー殿下。お戻りになられてから、すぐに花冠役を務めてくださった。

涼やかなターコイズブルーのドレスが、すみれ色の瞳によくお似合い。


「そろそろ、アルパードから書簡が届いてもいい頃ね」

「そうですわね……。海路で20日。それから、駅伝で急使を飛ばせば10日」

「……駅伝は便利よね。まあ……、帝国も少しはいいことするわね」


と、エミリー殿下は、皮肉げな笑みを浮かべられた。

わがヴィラーグ王国の東に国境を接する、エルハーベン帝国。わが国の5倍以上の版図を誇り、中央大陸の全土を支配している。

中央大陸の南西に、半島状に大きく突き出す〈クーム亜大陸〉に位置するわが国は、エルハーベン帝国の動向には、つねに気を使う。

外交を担われるエミリー殿下が、皮肉のひとつも言いたくなるお気持ちはよく解る。


「まあ……、ソルフエゴ王国からは、王太子のルイス殿下が兵を率いられてる」

「ええ」

「妹のイルマを通じて、アルパードとルイス殿下は義兄弟。しかも、王太子同士。……ちょうどルイス殿下の出兵前にアルパード出兵の急使が届いたから、私からアルパードのことをよくよく頼んでおいたわ」

「心強いことですわ」


〈クーム亜大陸〉を、わが国と東西に二分する大国、ソルフエゴ王国。

今回、会盟を結び、連合軍として東方に出兵する〈クーム亜大陸〉の南西女神諸国9ヶ国のうち、そのほとんどを、わがヴィラーグ王国とソルフエゴ王国が治めている。

ほか7ヶ国は、いずれも両国の緩衝国と言っていい群小国家だ。

軍船を出してくれたリュビア公国もそのひとつで、領土は、わがホルヴァース侯爵家の2倍ほど。

ヴィラーグ王国内で蟻ん子にたとえた、わが家とそう変わらない。


「……もちろん、いくらイルマの旦那だからって、ソルフエゴに弱みを見せる訳にはいかないし、仲良くしてやってねって頼んだだけよ?」

「ええ。……けれど、ご義兄弟きょうだいそろってご即位された暁には、ともに馬を並べた経験が、両国友好のいしずえになりましょう」

「ふふっ……。まあ、そういうことね」


エミリー殿下は、不安を拭うような笑みで、そとの花壇に目を向けられた。

やさし過ぎるアルパード殿下のご出兵。

ながく寄り添われてきたご長姉として、お心の内には打ち消せない不安が募り続けていることだろう。

平民のメイド、ヨラーンの死をずっと引きずり続けるアルパード殿下が、兵の戦死を受け止められるのか。

いや、受け流せるのか。

なんなら、野蛮な異民族である、敵兵の死にすら、お心を傷めてしまわれるのではないか。

考えれば考えるだけ、不安が募る。

今すぐにでも駆け付けたい気持ちは、きっとエミリー殿下もわたしも同じ。

互いに労わり合い、励まし、鼓舞し合って、返礼の茶会を終えた。


   Ψ


翌日はふたたび壮麗な馬車で、王都の市街を進む。

まだまだ気恥ずかしくはあるけれど、沿道の人々からの視線にもすっかり慣れた。

暑い中にも大勢の民衆が集まってくれていて、むしろ申し訳ないくらいだ。


――今日お召しのドレスも、やっぱり素敵ねぇ……。

――ほんとう。なのに、汗ひとつかいてらっしゃらないわ。

――どちらの仕立て職人に依頼されたのかしら……?


とか聞かされると、大声で答えてあげたくなるんだけど、さすがに王太子妃候補としての品位に欠ける。

そして、街中ではアルパード殿下を気遣う声も混じる。


――ふわふわ王太子……、どうしてるかねぇ……。

――こんなお綺麗なガブリエラ様がお待ちなんだ。きっと、無事に帰って来られるよ。

――お前、見てないのか? 出兵の行軍。堂々としてて立派だったぜ?

――ああ、見た見た。泰然と微笑まれてて、なかなかの風格だった。

――ああ見えて、ふわふわ王太子。やさしいだけの人じゃないのかもな。


表現は微妙だけど、アルパード殿下を褒めてくれる声は嬉しい。

そうだ。アルパード殿下はきっと、やさしいだけの人ではない。

民の声に励まされながら、ケベンディ侯爵家の王都屋敷に入った。

花冠役は、ご令嬢のエスメラルダ様。

第2王女フローラ殿下のご長女で、わたしが花乙女宮でひらいた茶会でも、最初から出席してくださっていた。

ぽわぽわした雰囲気。

かるくウェーブのかかった金髪は、やわらかな印象で、

なにより乳がデカい。

なに食ったら、そんな乳になるんだ?

王家の血を引かれることもあって、中級貴族がねらうご令嬢、ナンバーワンだ。

厳かな中にも、華やかな茶会でもてなしていただく。

にこやかなメイドたちに囲まれ、和やかな時間を過ごさせていただく。

ただ、エスメラルダ様に紹介していただいた、ケベンディ侯爵家のメイド長。

中年で、かすかなツヤの黒髪、鼻筋が太くて、唇が厚い。表情にはやや乏しいけれど、鋭い眼光はいかにも仕事ができそう。


――エミリー殿下が……、ヨラーンのことを頼んだメイド長だ……。


フローラ殿下がケヴェンディ侯爵家に輿入れされる際、〈おねだり〉されて、王宮を離れたメイド長。


――貴女が、キチンと次のメイド長に申し送りをしていれば……。


という思いは、拭い去れない。

けれど、それも、わたしの憶測。彼女はキチンと申し送りしたけど、次のメイド長にはピンとこなかったのかもしれない。

王太子――次の国王の心の傷など、最重要の国家機密だ。

いまや、原因など、どうでもよい。

エミリー殿下もイルマ殿下も、彼女の責任を問うことはなかった。

わたしも、にこやかにふる舞い、心に含むところがあるとは、おくびにも出さない。


――うん。……きっと、みんな、職務に忠実だっただけだ……。


その職務自体に問題があるのなら、変えていくのは主君の役目。

アルパード殿下をお支えできる、立派な王太子妃になろうと、覚悟を新たに、ケベンディ侯爵家をあとにした。


   Ψ


そして、花乙女宮に戻ると、アルパード殿下からの書簡が届いていた。


「やっほっ~い!!」


思わず本音の声を発すると、偶然そばにいらっしゃった、教育役筆頭にしてメイド長のテレーズ様がほほを紅く染められて、

なんだか、申し訳なかった。

ただ、わたしに届けられたのは書簡の写しだ。届いたのは遠征軍の大将としての正式な報告で、わたしへの私信ではない。

それでも、アルパード殿下の近況が知れるのは嬉しい。

いそいそと居室に戻り、書簡をひらく。

そこに書かれていたのは、すでに戦端が開かれていることと、

アルパード殿下の――誰も予想しなかった――ご活躍ぶりだった。
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