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26.ゆるむ口元
豪壮なトルダイ公爵家の王都屋敷で、レオノーラ様から花冠を授けていただき、
翌日は、花乙女宮にお招きした。
気付けば花冠巡賜も21家目。盛夏を迎えようとする王都で、壮麗な馬車に揺られるのも、あと9回だ。
すこし蒸し暑い昼下がり、
花壇を四方に見渡せる小部屋で、レオノーラ様をお茶とお菓子でおもてなしする。
ふと、レオノーラ様が感心したように微笑まれながら、首を左右に振られた。
「それにしても、東方でのアルパード殿下の目覚ましいお働きぶり……。感服するばかりですわ」
「ええ、ほんとうに」
「よもや、捕囚した異民族の敵将を心服させ、臣従させてしまわれるとは」
「アルパード殿下のおやさしいお人柄が、異民族の将にまで伝わったのですわね」
「まことに。……正直なことを申せば、すこし危惧しておりましたのよ?」
「ええ。レオノーラ様のお気持ちも、よく分かりますわ」
「……なんでも『いいよ、いいよ』と、受け入れてしまわれるのではないかと」
ご自身の不敬な発言に、レオノーラ様は肩をすくめられた。
けれど、その懸念は、わたしにも分かる。
かるく苦笑いを返して、微笑み合った。
前線から、帝国の駅伝を利用して届いた書簡は、簡素なものだった。
ただ、捕えた敵将をただちに処刑しようとするカールマーン公爵家のご長男ヴィルモシュ様を、アルパード殿下が止められた。
そして、ただずっと「うんうん」と、敵将の話を聞き続けておられたらしい。
アルパード殿下のそのお姿は、花乙女宮で最後にお会いしたときのお姿に重なる。
あのとき、戦場に出たこともないわたしが説く戦場の心得を、最後までやさしく、うんうんと聞き続けてくださった。
その上で、異民族の敵将が、臣従を申し出るまでにアルパード殿下に心服したというのは、
きっと、敵将のする話に対して、粘り強く〈対案〉を示し続けられたのだ。
わたしの助言を、愚直に守り続けてくださっているのだ。
ジーンっと、嬉しい気持ちがこみ上げる。
はるか遠くに離れていても、つながっていられるような安心感に包まれる。
と同時に、わたしなどの助言を忠実に守ってくださる素直でやさしいご気性には、むしろ敬服してしまう。
しかも、臣従した敵将から、敵軍の急所を教えてもらい、大軍を撃破したという。
将としても、立派にお働きだ。
急使のもたらした、簡素な報告書の文面からも、アルパード殿下が現地の将兵から尊敬を集めていることが伝わる。
嬉しい。
とても、嬉しい。
とはいえ、目の前のレオノーラ様にのろけたり、自慢するのも憚られるので、
「ほほ」
と、笑っておく。
――あれ? 見透かされたかな?
と、わたしが思わず気恥ずかしさを覚えた微笑みを、レオノーラ様が浮かべられた。
「ガブリエラ様は、外交の王太子妃教育も順調に進められているとか……」
「え、ええ……。花衣伯爵家のみな様のご教授が分かりやすく……」
「ふふっ。ご謙遜を」
「いえいえ……、ほんとうですのよ?」
レオノーラ様の濃い青紫をした瞳の色が、すこし変わった。
政略の色だ。
「……それでは、既にご存知かと思いますが、三大公爵家はそれぞれに帝国との距離感が異なります」
「ええ、まだすべてを存じ上げている訳ではございませんが」
「ふふっ。枢機な話題を躱されるのも、お上手になられましたわね?」
「恐れ入ります」
と、にっこり微笑んだ。
けれど、それ以上の微笑みをもって、レオノーラ様がお話を続けられる。
「帝国が旗を振る、今回の東方遠征。……いくら女神諸国の同胞を救うためとはいえ、反帝国の色が濃いナーダシュディ家は難色。中立的なわがトルダイ家は懐疑的でしたわ」
「……はい」
「結局、ワルデン公国から後妻を娶られた、カールマーン家のガーボル閣下が押し切られる形で出兵が決まりました」
ワルデン公国は、エルハーベン帝国を構成する領邦国家のひとつ。
わがヴィラーグ王国とは、北東に国境を接し、その接する国境線のほとんどは、カールマーン公爵家領だ。
レオノーラ様は、表情を変えられない。
「東方女神諸国の救援に、北方、中央、そしてわが国が参加する南方と、3つもの戦線で挑む、一大決戦。……わが国だけ不参加では体面が保てないという、カールマーン家の主張も解らないではないのですよ?」
いち侯爵家の令嬢では窺い知れなかった、三大公爵家間の権力闘争。主導権争い。そこには、さらに複雑怪奇な国際関係が絡み合っている。
けれど、わたしは王家の一員として、その渦中でバランスを取らなくてはならない。
王太子妃として、その立場に昇るのだ。
レオノーラ様も、ハッキリと「わがトルダイ公爵家に味方せよ」とは仰られない。
ただ、花冠巡賜も終わりが見えてきた今、トルダイ公爵家の考えを伝えておきたいのだろう。
にこやかに、優雅に、微笑みを返す。
弟ラヨシュ様のことを、わたしに頼んでこられたエルジェーベト様が浮かべられた微笑みのように。
そして、レオノーラ様も微笑みを絶やさない。女性貴族間の政治闘争とは、こうしたものだと、わたしも理解しつつある。
「帝国の臣下に過ぎないワルデン公が、南方戦線の盟主を務めること……、わがトルダイ家も、ナーダシュディ家も決して快く思ってはおりませんのよ?」
「ええ、お気持ちはお察しいたします」
「……もちろん、王家もよく分かっておられますから、最終の会盟には、ガーボル閣下ではなく、エミリー殿下をお遣わしになられました」
エルジェーベト様のお母上、ブリギッタ様はワルデン公国のご出身で、現ワルデン公の妹君。
親帝国の色が濃いカールマーン公爵家が、わが国に不利な条件で会盟を結んでしまわないように……、ということだろう。
三大公爵家のみならず、王家も一緒になって、なかなかの神経戦が繰り広げられた末の、東方出兵ということだ。
そして、レオノーラ様は「国王陛下」とは仰られず、「王家」と仰られる。
建国の〈花の会盟〉で王家エステル家に臣従したとはいえ、三大公爵家として肩を並べているのだという自負がうかがえる。
アルパード殿下との結婚を決意する前のわたしなら、
――か、関わりたくなぁ~~~っい!!
と、スススッと距離を置いただろう。
けれど、アルパード殿下……、いや、国王アルパード陛下の治世をお支えするとは、わたし自身も当事者になるということだ。
そして――、
「レオノーラ様。貴重なお話をありがとうございます。また、ぜひ。わたしに色々とお教えくださいませ」
女性同士、いつでも意思の疎通をはかれる関係を構築し、維持しておくことこそ、いちばんの支えとなれる。
男性貴族間の力任せの諍いを、淑やかに、艶やかに、優雅に、上書きしてこそ、
わたしたち女性貴族が、権力闘争の主役になれるというものだ。
花の王国には、それが相応しい。
ニコリと微笑み、恭しくお辞儀した。
Ψ
ついに、楽しみにしていた、カールマーン公爵家への訪問……、
いや、エルジェーベト様に花冠を授けていただく日がやってきた。
もちろん、複雑な気持ちはたくさんある。
あるにはあるけど、やはり、わたしの推し令嬢、エルジェーベト様から授けていただく花冠には格別の意味がある。
すでに、24回目の訪問だというのに、朝からソワソワしてしまって、イロナに呆れられてしまった。
イロナが呆れるとは、われながら〈よっぽど〉のことだ。
今日も、いつにも増してお美しいエルジェーベト様から授けていただいた花冠は、
クロッカス、マリーゴールド、アスター、プリムラ・シネンシス――、
紫、橙、紫、白の花弁が美しい。
花言葉は、
――青春の喜び、変わらぬ愛、信頼、永遠の愛情。
祝福してくださるお気持ちが、あふれんばかりに伝わってきて、とてもとても、ありがたい。
さらに、この4つの花は、それぞれ春・夏・秋・冬の花だ。カールマーン公爵家が保有する卓越した栽培技術に恐れ戦く。
そして、クロッカスの花言葉には「青春」のほかに「あなたを待っています」というものもある。
アルパード殿下の帰りを待ちわびる、わたしの気持ちに寄り添ってくださったのだろう。
思わず、涙をこぼしそうになったけれど、それはそれで非礼というもの。
グッとこらえて、優雅に微笑んだ。
「おめでとうございます、ガブリエラ様。どうか、永遠の幸福を」
エルジェーベト様も蕩けるような笑顔を返してくださり、ワンワン泣きそうになるのを、必死でこらえた。
翌日、花乙女宮にお招きし、ふたりきりでの茶会も嬉しくてたまらない。
エルジェーベト様のお気持ちを考えると、喜んでばかりもいられないのだけど、嬉しいものは仕方がない。
だって、あのエルジェーベト様が、わたしを祝福してくださるためだけに足を運んでくださっているのだ。
いつにも増してお美しく微笑まれるエルジェーベト様。
相変わらず慈悲深く、アルパード殿下と離れ離れのわたしにお気遣いくださる。
「リュビア公ジョルジ殿下がご用意くださった軍船は60隻にもおよんで、それはそれは勇壮な出航だったそうですわ」
「想像するだけでも、壮観な景色が目に浮かぶようですわ」
「……わがカールマーン公爵家から3万、王家よりの近衛兵も1千、さらにリュビア公国の兵も、アルパード殿下の旗下のようなものです。ご安心くださって、大丈夫かと存じますわよ?」
リュビア公国の君主、ジョルジ殿下は、カールマーン公爵ガーボル閣下の甥、エルジェーベト様の従兄妹にあたられる。
ガーボル閣下の、エルハーベン帝国ばりの婚姻政策によって、男系の絶えたリュビア公国をカールマーン家門に加えられたのだ。
とはいえ、リュビア公国が、ヴィラーグ王国に併合された訳ではない。
形式上にだけ臣従の礼をとっているけど、国としての主権は失っていない。
この政略に巧みなところが、ガーボル閣下、そしてカールマーン公爵家が他家から警戒される要因だ。
そして、60隻の大型軍船は、わがホルヴァース侯爵家をはじめ、わが国の貴族が納めた軍役免除金で建造したものだ。
所有権は、わが王家にある。
エルジェーベト様からは、王家の一員になろうとしているわたしに対し、うまく恩に着せられたようなご発言だ。
だけどまあ、礼を述べるのが筋だろう。
アルパード殿下の出兵を案じてくださる、エルジェーベト様のお心遣いは伝わってくるし。
わたし、エルジェーベト様派だし。
盛夏を迎えた、厳しい暑さのなかでも優雅に微笑まれるエルジェーベト様に、恭しく頭をさげた。
Ψ
そして、26家目の訪問を終え、翌日の返礼茶会の段取りをイロナとリリと3人で確認しているとき、驚きの書簡が届いた。
「……先に帰って来るって」
「え?」
なんども書簡の文字を読み返しながらつぶやいたわたしに、リリが眉間のしわを寄せた。
「……アルパード殿下か? なにか……、その……、悪いことでも?」
「ううん。……今回の作戦の、南方戦線での攻略目標であるオルク砦を、予想より遥かにはやく陥落させたんだって」
「す……、すごいじゃないか」
「うん。すごい」
アルパード殿下のご指揮は、副将であるヴィルモシュ様が舌を巻くほどのものだったらしく、少なくともひと月、長ければ半年を見込まれていた砦の攻略を、ほぼ10日間で達成されたらしい。
「……だから、花冠巡賜の終わりに間に合うように、アルパード殿下だけ先に帰ることを、ヴィルモシュ様とリュビア公殿下がお勧めしてくれたんだって……」
リリが、口笛を吹いた。
「そりゃ、すごい。ほんとにすごい。きっと、手柄を全部、アルパード殿下に持って行かれるのイヤだったんだ」
「それは、分からないけどね」
わたしがリリに苦笑いを返したのは、照れくさかったからだ。
恋人を褒めてもらう。婚約者を褒めてもらう。その照れくささを、遠く離れたアルパード殿下が味あわせてくださった。あの、ふわふわ王太子が、こんな喜びをわたしに与えてくださるだなんて……。
感無量とは、このことだ。
「……むこうを出航される直前に急使を発してくださってるから、アルパード殿下はもう海の上。はやければ、花冠巡賜が終わる前に帰国されるわね」
早口で、当たり前のこと説明してみせる。
分かりやすい、わたしの照れ隠しに、リリが「イシシッ」っと笑った。
もう。嬉しいわよ。
嬉しいに決まってるでしょ?
花冠巡賜で王国最高峰のご令嬢方への〈嫁入り挨拶〉を終えたわたしを、アルパード殿下がすぐに〈柘榴離宮〉へと迎えに来てくださるのだ。
ゆるむ口元を必死で結びながら、届いた書簡に目を落し続けた。
翌日は、花乙女宮にお招きした。
気付けば花冠巡賜も21家目。盛夏を迎えようとする王都で、壮麗な馬車に揺られるのも、あと9回だ。
すこし蒸し暑い昼下がり、
花壇を四方に見渡せる小部屋で、レオノーラ様をお茶とお菓子でおもてなしする。
ふと、レオノーラ様が感心したように微笑まれながら、首を左右に振られた。
「それにしても、東方でのアルパード殿下の目覚ましいお働きぶり……。感服するばかりですわ」
「ええ、ほんとうに」
「よもや、捕囚した異民族の敵将を心服させ、臣従させてしまわれるとは」
「アルパード殿下のおやさしいお人柄が、異民族の将にまで伝わったのですわね」
「まことに。……正直なことを申せば、すこし危惧しておりましたのよ?」
「ええ。レオノーラ様のお気持ちも、よく分かりますわ」
「……なんでも『いいよ、いいよ』と、受け入れてしまわれるのではないかと」
ご自身の不敬な発言に、レオノーラ様は肩をすくめられた。
けれど、その懸念は、わたしにも分かる。
かるく苦笑いを返して、微笑み合った。
前線から、帝国の駅伝を利用して届いた書簡は、簡素なものだった。
ただ、捕えた敵将をただちに処刑しようとするカールマーン公爵家のご長男ヴィルモシュ様を、アルパード殿下が止められた。
そして、ただずっと「うんうん」と、敵将の話を聞き続けておられたらしい。
アルパード殿下のそのお姿は、花乙女宮で最後にお会いしたときのお姿に重なる。
あのとき、戦場に出たこともないわたしが説く戦場の心得を、最後までやさしく、うんうんと聞き続けてくださった。
その上で、異民族の敵将が、臣従を申し出るまでにアルパード殿下に心服したというのは、
きっと、敵将のする話に対して、粘り強く〈対案〉を示し続けられたのだ。
わたしの助言を、愚直に守り続けてくださっているのだ。
ジーンっと、嬉しい気持ちがこみ上げる。
はるか遠くに離れていても、つながっていられるような安心感に包まれる。
と同時に、わたしなどの助言を忠実に守ってくださる素直でやさしいご気性には、むしろ敬服してしまう。
しかも、臣従した敵将から、敵軍の急所を教えてもらい、大軍を撃破したという。
将としても、立派にお働きだ。
急使のもたらした、簡素な報告書の文面からも、アルパード殿下が現地の将兵から尊敬を集めていることが伝わる。
嬉しい。
とても、嬉しい。
とはいえ、目の前のレオノーラ様にのろけたり、自慢するのも憚られるので、
「ほほ」
と、笑っておく。
――あれ? 見透かされたかな?
と、わたしが思わず気恥ずかしさを覚えた微笑みを、レオノーラ様が浮かべられた。
「ガブリエラ様は、外交の王太子妃教育も順調に進められているとか……」
「え、ええ……。花衣伯爵家のみな様のご教授が分かりやすく……」
「ふふっ。ご謙遜を」
「いえいえ……、ほんとうですのよ?」
レオノーラ様の濃い青紫をした瞳の色が、すこし変わった。
政略の色だ。
「……それでは、既にご存知かと思いますが、三大公爵家はそれぞれに帝国との距離感が異なります」
「ええ、まだすべてを存じ上げている訳ではございませんが」
「ふふっ。枢機な話題を躱されるのも、お上手になられましたわね?」
「恐れ入ります」
と、にっこり微笑んだ。
けれど、それ以上の微笑みをもって、レオノーラ様がお話を続けられる。
「帝国が旗を振る、今回の東方遠征。……いくら女神諸国の同胞を救うためとはいえ、反帝国の色が濃いナーダシュディ家は難色。中立的なわがトルダイ家は懐疑的でしたわ」
「……はい」
「結局、ワルデン公国から後妻を娶られた、カールマーン家のガーボル閣下が押し切られる形で出兵が決まりました」
ワルデン公国は、エルハーベン帝国を構成する領邦国家のひとつ。
わがヴィラーグ王国とは、北東に国境を接し、その接する国境線のほとんどは、カールマーン公爵家領だ。
レオノーラ様は、表情を変えられない。
「東方女神諸国の救援に、北方、中央、そしてわが国が参加する南方と、3つもの戦線で挑む、一大決戦。……わが国だけ不参加では体面が保てないという、カールマーン家の主張も解らないではないのですよ?」
いち侯爵家の令嬢では窺い知れなかった、三大公爵家間の権力闘争。主導権争い。そこには、さらに複雑怪奇な国際関係が絡み合っている。
けれど、わたしは王家の一員として、その渦中でバランスを取らなくてはならない。
王太子妃として、その立場に昇るのだ。
レオノーラ様も、ハッキリと「わがトルダイ公爵家に味方せよ」とは仰られない。
ただ、花冠巡賜も終わりが見えてきた今、トルダイ公爵家の考えを伝えておきたいのだろう。
にこやかに、優雅に、微笑みを返す。
弟ラヨシュ様のことを、わたしに頼んでこられたエルジェーベト様が浮かべられた微笑みのように。
そして、レオノーラ様も微笑みを絶やさない。女性貴族間の政治闘争とは、こうしたものだと、わたしも理解しつつある。
「帝国の臣下に過ぎないワルデン公が、南方戦線の盟主を務めること……、わがトルダイ家も、ナーダシュディ家も決して快く思ってはおりませんのよ?」
「ええ、お気持ちはお察しいたします」
「……もちろん、王家もよく分かっておられますから、最終の会盟には、ガーボル閣下ではなく、エミリー殿下をお遣わしになられました」
エルジェーベト様のお母上、ブリギッタ様はワルデン公国のご出身で、現ワルデン公の妹君。
親帝国の色が濃いカールマーン公爵家が、わが国に不利な条件で会盟を結んでしまわないように……、ということだろう。
三大公爵家のみならず、王家も一緒になって、なかなかの神経戦が繰り広げられた末の、東方出兵ということだ。
そして、レオノーラ様は「国王陛下」とは仰られず、「王家」と仰られる。
建国の〈花の会盟〉で王家エステル家に臣従したとはいえ、三大公爵家として肩を並べているのだという自負がうかがえる。
アルパード殿下との結婚を決意する前のわたしなら、
――か、関わりたくなぁ~~~っい!!
と、スススッと距離を置いただろう。
けれど、アルパード殿下……、いや、国王アルパード陛下の治世をお支えするとは、わたし自身も当事者になるということだ。
そして――、
「レオノーラ様。貴重なお話をありがとうございます。また、ぜひ。わたしに色々とお教えくださいませ」
女性同士、いつでも意思の疎通をはかれる関係を構築し、維持しておくことこそ、いちばんの支えとなれる。
男性貴族間の力任せの諍いを、淑やかに、艶やかに、優雅に、上書きしてこそ、
わたしたち女性貴族が、権力闘争の主役になれるというものだ。
花の王国には、それが相応しい。
ニコリと微笑み、恭しくお辞儀した。
Ψ
ついに、楽しみにしていた、カールマーン公爵家への訪問……、
いや、エルジェーベト様に花冠を授けていただく日がやってきた。
もちろん、複雑な気持ちはたくさんある。
あるにはあるけど、やはり、わたしの推し令嬢、エルジェーベト様から授けていただく花冠には格別の意味がある。
すでに、24回目の訪問だというのに、朝からソワソワしてしまって、イロナに呆れられてしまった。
イロナが呆れるとは、われながら〈よっぽど〉のことだ。
今日も、いつにも増してお美しいエルジェーベト様から授けていただいた花冠は、
クロッカス、マリーゴールド、アスター、プリムラ・シネンシス――、
紫、橙、紫、白の花弁が美しい。
花言葉は、
――青春の喜び、変わらぬ愛、信頼、永遠の愛情。
祝福してくださるお気持ちが、あふれんばかりに伝わってきて、とてもとても、ありがたい。
さらに、この4つの花は、それぞれ春・夏・秋・冬の花だ。カールマーン公爵家が保有する卓越した栽培技術に恐れ戦く。
そして、クロッカスの花言葉には「青春」のほかに「あなたを待っています」というものもある。
アルパード殿下の帰りを待ちわびる、わたしの気持ちに寄り添ってくださったのだろう。
思わず、涙をこぼしそうになったけれど、それはそれで非礼というもの。
グッとこらえて、優雅に微笑んだ。
「おめでとうございます、ガブリエラ様。どうか、永遠の幸福を」
エルジェーベト様も蕩けるような笑顔を返してくださり、ワンワン泣きそうになるのを、必死でこらえた。
翌日、花乙女宮にお招きし、ふたりきりでの茶会も嬉しくてたまらない。
エルジェーベト様のお気持ちを考えると、喜んでばかりもいられないのだけど、嬉しいものは仕方がない。
だって、あのエルジェーベト様が、わたしを祝福してくださるためだけに足を運んでくださっているのだ。
いつにも増してお美しく微笑まれるエルジェーベト様。
相変わらず慈悲深く、アルパード殿下と離れ離れのわたしにお気遣いくださる。
「リュビア公ジョルジ殿下がご用意くださった軍船は60隻にもおよんで、それはそれは勇壮な出航だったそうですわ」
「想像するだけでも、壮観な景色が目に浮かぶようですわ」
「……わがカールマーン公爵家から3万、王家よりの近衛兵も1千、さらにリュビア公国の兵も、アルパード殿下の旗下のようなものです。ご安心くださって、大丈夫かと存じますわよ?」
リュビア公国の君主、ジョルジ殿下は、カールマーン公爵ガーボル閣下の甥、エルジェーベト様の従兄妹にあたられる。
ガーボル閣下の、エルハーベン帝国ばりの婚姻政策によって、男系の絶えたリュビア公国をカールマーン家門に加えられたのだ。
とはいえ、リュビア公国が、ヴィラーグ王国に併合された訳ではない。
形式上にだけ臣従の礼をとっているけど、国としての主権は失っていない。
この政略に巧みなところが、ガーボル閣下、そしてカールマーン公爵家が他家から警戒される要因だ。
そして、60隻の大型軍船は、わがホルヴァース侯爵家をはじめ、わが国の貴族が納めた軍役免除金で建造したものだ。
所有権は、わが王家にある。
エルジェーベト様からは、王家の一員になろうとしているわたしに対し、うまく恩に着せられたようなご発言だ。
だけどまあ、礼を述べるのが筋だろう。
アルパード殿下の出兵を案じてくださる、エルジェーベト様のお心遣いは伝わってくるし。
わたし、エルジェーベト様派だし。
盛夏を迎えた、厳しい暑さのなかでも優雅に微笑まれるエルジェーベト様に、恭しく頭をさげた。
Ψ
そして、26家目の訪問を終え、翌日の返礼茶会の段取りをイロナとリリと3人で確認しているとき、驚きの書簡が届いた。
「……先に帰って来るって」
「え?」
なんども書簡の文字を読み返しながらつぶやいたわたしに、リリが眉間のしわを寄せた。
「……アルパード殿下か? なにか……、その……、悪いことでも?」
「ううん。……今回の作戦の、南方戦線での攻略目標であるオルク砦を、予想より遥かにはやく陥落させたんだって」
「す……、すごいじゃないか」
「うん。すごい」
アルパード殿下のご指揮は、副将であるヴィルモシュ様が舌を巻くほどのものだったらしく、少なくともひと月、長ければ半年を見込まれていた砦の攻略を、ほぼ10日間で達成されたらしい。
「……だから、花冠巡賜の終わりに間に合うように、アルパード殿下だけ先に帰ることを、ヴィルモシュ様とリュビア公殿下がお勧めしてくれたんだって……」
リリが、口笛を吹いた。
「そりゃ、すごい。ほんとにすごい。きっと、手柄を全部、アルパード殿下に持って行かれるのイヤだったんだ」
「それは、分からないけどね」
わたしがリリに苦笑いを返したのは、照れくさかったからだ。
恋人を褒めてもらう。婚約者を褒めてもらう。その照れくささを、遠く離れたアルパード殿下が味あわせてくださった。あの、ふわふわ王太子が、こんな喜びをわたしに与えてくださるだなんて……。
感無量とは、このことだ。
「……むこうを出航される直前に急使を発してくださってるから、アルパード殿下はもう海の上。はやければ、花冠巡賜が終わる前に帰国されるわね」
早口で、当たり前のこと説明してみせる。
分かりやすい、わたしの照れ隠しに、リリが「イシシッ」っと笑った。
もう。嬉しいわよ。
嬉しいに決まってるでしょ?
花冠巡賜で王国最高峰のご令嬢方への〈嫁入り挨拶〉を終えたわたしを、アルパード殿下がすぐに〈柘榴離宮〉へと迎えに来てくださるのだ。
ゆるむ口元を必死で結びながら、届いた書簡に目を落し続けた。
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それから一年ほどたった冬の夜。
カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。
そこには彼の想いが書かれてあった。
月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。
カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。
※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。
※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。
稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。
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