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27.存分に自慢させてもらおう
花冠巡賜の最中、アルパード殿下の急な出兵。不安でいたたまれなくて、たまらなかった。
だけど、当初の見込みより、遥かに早くお戻りになられる。
それも、アルパード殿下が、大変な武勲を上げられたから……!
あの!
ふわふわ王太子が!!
わたしの助言を活かして(たぶん)!!
武勲を上げられた!!!!
これでテンションを上げるなという方が、無理というものだ。
休息日にもソワソワが止まらず、なにかしていたくて、とりあえず花壇に出た。
すでに、アルパード殿下のご活躍は王都の民衆の間でも広く知れ渡っている。
明日の馬車では、きっと、
――王太子殿下のご武勲、おめでとうございま~っす!!
とか、
――はやくお戻りになられて、良かったですね~っ!!
とか、声をかけられてしまうのだ。
思わず、デヘッとか笑ってしまっては、花冠巡賜の荘厳さを損なうというもの。
王都の民衆へのお披露目を兼ねているとはいえ、まだ手を振り返したりするべきでもない。
〈すこし、嬉しそうに、はにかむ〉
という、練習をする。
盛夏のど真ん中の花壇に囲まれて、はにかむ練習をする、わたし。
えらい!
わたし、えらい!
伝説の王太子妃たらんと、寸分の努力も惜しまない。わたしは、最高だ!
壮麗な馬車に乗るのも、あと4回。
最後まで、完璧にやり切って見せましょう!
なにせ、伝説の王太子妃になる女なので!
「あら? ガブリエラ様?」
という声に、われに返る。
慌てて、声のした方に顔を向けると、メイドのエレノールとモニカが立っていた。
モニカの手には、トレイに乗せた水差しとグラス。そして、やや身長のたかいエレノールが日傘を差している。
「日差しが強いですわ。日傘をお使いになられますか?」
社交的なモニカが、人懐っこそうなたれ眉を、さらにたらして微笑んだ。
「あ、……えっと」
「あ、そうだわ。エレノール様、私はもう宮殿に戻るだけですから、ガブリエラ様に日傘を差してさし上げてくださいませ」
と、モニカはにこやかに一礼して、盛夏の日差しのなか、ひとりでスタスタと花乙女宮に帰ってしまった。
「それでは、ガブリエラ様」
いつも、ほんわかした雰囲気のエレノールが、わたしを日傘に入れてくれる。
「わ……、悪いわね」
「いえ、とんでもございませんわ」
「……ふ、ふたりは、なにしてたの?」
はにかみ練習……、略して〈はに練〉をしてたところを見られてしまったのではと、すこし挙動不審に尋ねてしまった。
だけどエレノールは、いつものようにおっとりと穏やかな口調で答えてくれる。
「花壇の花を、秋の花に入れ替えている庭師の姿が見えましたので、モニカ様と一緒に冷たいお水を差し入れておりました」
「あら、もう秋の花?」
「うふふ。……庭師が申しますには、秋の花が自慢なのに、ガブリエラ様がもう花乙女宮を出られるとのことで、慌てて咲かせて、持って来たのですって」
「あら……。そう聞くと、なんだか悪いことをしたみたいね」
「間に合ったって、とても嬉しそうにしておりましたわ」
王太子候補の花乙女宮入りは42年ぶり。
わたしが順調に結婚して、子どもを産んで、第1子が王子で、順調に王太子妃候補を選んだとして、
次の花乙女宮入りは20年後くらい。
庭師もヘタしたら代替わりしている。
そう考えたら、庭師にとっても一世一代の花壇づくりだ。
「……それじゃあ、エレノール。せっかくだから、拝見させていただくわ」
「まあ! それは、庭師も喜びますわ」
日傘を差してくれるエレノールの案内で、秋の花に入れ替えた花壇まで足を運ぶと、庭師が2人、ちょうど帰ろうとしていたところだった。
栗毛の女の子と、赤毛の女の子。
「あら、若いのね?」
「はいっ! 庭師も出来れば未婚の方が良いと、親方から選んでいただきました!」
「ありがとう……、リンドウね。とても綺麗に咲かせられているわ」
「は、はいっ! ……り、凛とされたガブリエラ様に相応しいかと、みなで話し合いましたっ!」
「あら、嬉しい。わたしも好きよ、リンドウの花。気品があって。花言葉は、勝利、正義、誠実……。ふふっ、わたしに相応しいなんて光栄ね」
「こっ、こちらこそ、光栄です!」
「あなたの悲しみに寄り添う……、って花言葉もあったわね」
「はいっ!!」
「……斑点が少ないのは、品種改良?」
「そ、そうです!! お、お気付きいただけるとは……」
「ふふっ。素晴らしい技術ね。とっても、綺麗」
「は、はい~っ!!」
元気良く、だけど感激した様子で、顔を紅潮させる女の子2人。
こうやって、わたしからは見えないところでも、みなが祝福してくれている。
貴族とはそうしたもので、感謝を忘れないようにしているつもりだ。けれど、王家への嫁入りとなると、さらに多くの人間が動いてくれている。
感激するのは、わたしの方だ。
ただ――、
――あれっ? ……庭師に声かけて良かったっけ? 先例はどうだったかな?
などと考えなくてはいけないのが、すこし面倒なところ。
「……今日は偶然、お散歩してたの。わたしとお話ししたこと、親方にも内緒にしておいてくれる?」
「はっ、はいっ~~!!」
うーん。女子は秘密の内緒話が好きよね。
わたしがウインクして見せると、目をまん丸に見開き、興奮した様子でコクコク頷いてくれた。
「でも……、そうね。ふたりに子どもが出来て、それが娘さんだったら、そっと教えてあげて」
「よ、よろしいのですか!?」
「女同士の約束を、語り継いでね?」
「よ、よ、よ、よろこんでぇ~!」
手を振ってふたりを見送ると、エレノールが感心したように、なんども頷いた。
「お上手ですねぇ~、ガブリエラ様」
「ふふっ。……先例が思い出せなかったのよ。それに、ただ口止めしたって、どうせ誰かには喋っちゃうんだから、話していい相手を決めてあげたの」
「はあ~~、さすがですねぇ」
と、おっとりとした調子で、なんども首を縦にふるエレノール。
だけど、わたしがふたりに口止めしたのは、
――わが家の庭師には、お声掛けがなかった!
なんて他家から陰口を叩かれては、たまらないからだ。
貴いところに昇るとは、思わぬところに落とし穴もあるということだ。
気まぐれは王侯貴族の華だとはいえ、始末はきちんとしておかないと、後がこわい。
それに、エレノールはずっと感心してくれてるけど、ほんとうに感心しているのはわたしの方だ。
エレノールたちは、わたしがいないときでも庭師を見かけたら水やお茶、ときにはお菓子などを差し入れしてくれてたらしい。
こういう気遣いは、実はわたしの苦手分野なので、正直、とても助かる。
「イロナ様が、おひとりの頃からやっておられたそうですよ~」
と、聞けば、イロナへの感謝も深くなる。
無理矢理一緒に風呂に入れたり、からかって不安を紛らわせたりしてたことが、大変申し訳ない気持ちになる。
イロナは最初から、わたしの侍女として、わたしの足らざるを補ってくれていたのだ。
――あの、ふわふわ王太子。いったいどういうつもりなんだ!?
と、憤慨しながら、突然の嫁入り支度をして、イロナとふたり馬車に飛び乗ったのが、
いまでは遠い昔の出来事のように感じる。
みなの期待に応えられる、立派な王太子妃にならねばと、決意をあらたにして、
エレノールが差してくれる日傘に守られながら、花乙女宮へともどった。
〈はに練〉は、ベッドの中で、布団をかぶってやっておいた。
Ψ
そして、花冠巡賜、最後の訪問。
もちろん最後は、わがホルヴァース侯爵家の王都屋敷。
数えてみれば、あの日、迎えの馬車に飛び乗ってから、実に156日ぶりの〈帰宅〉だった。
そして、穏やかに微笑まれる、お母様に迎え入れていただく。
いつもは男装を好む母エディトも、さすがに今日はドレス姿。
品の良い藤色のシルク。
エンパイアラインに、精緻な刺繍がほどこされたハイネックのノースリーブ。
スカートはティアードだけど、やっぱりどこか青年将校のような凛々しさを残す、わたしの憧れ。
「……お母様。ガブリエラは三大公爵家、そして、26の侯爵家より……、花冠を授かって参りました」
最後に、実母に挨拶するのは、すべての高位貴族家からの祝福と承認を得て、嫁入り支度が完了したことを報告するためだ。
思わず、涙ぐみそうになる。
わたしは、愛するホルヴァース侯爵家、そしてホルヴァース家門から出ていくのだ。
この王都屋敷に、この家の娘として入るのは、今日が最後になる。
思いもかけない形で、今日という日、
お母様に、嫁入りの挨拶をする日を迎えてしまった。
「おめでとう、ガブリエラ」
と、わたしが授かる最後の花冠。わが母エディトから授かった花冠は、
――勿忘草、
で、編まれていた。
ちいさな五弁の青い花が無数に、わたしのスモーキーシルバーの銀髪を彩る。
あの日、花乙女宮の花壇で、わたしの背中を押してくださったお母様と一緒に眺めた、勿忘草。
王家の外戚となっても出しゃばらない。
そうお決めになられているお母様と、親しく交わる機会は格段に減るだろう。
だけど、
――私を忘れないで。
という花言葉には、いつも、いつまでもわたしを思ってくださるお母様からの、熱いメッセージが込められている。
「もう、お母様? 泣いてしまいますわ」
「ふふっ、あと一息。王太子妃の御座に相応しい、優雅な微笑みを絶やすのではありませんよ、ガブリエラ」
Ψ
そして、翌日は花乙女宮に、お母様をお招きする。
花冠巡賜の74日目。最終日。
広大な花壇をふたりきりで眺めて、ふたりでお茶をして語らう。
もしかすると、お母様とふたりきりで語りあえるのは、今日が生涯で最後になるかもしれない。
だからこそ、肩に力を入れず、ゆったりと過ごしたい。
お母様も、わたしを見て微笑んでくださる。
「海路だと1日2日、ときには10日程度の遅れはよくあることよ?」
「ええ、よく存じておりますわ、お母様。わたしも港町で育ちましたもの!」
「ふふふっ。そうね」
アルパード殿下は、早ければ3日前にお戻りのはずだった。
リュビア公国の港に着かれたら、早馬で報せが届くだろうけど、それもまだだ。
なので、お母様がわたしにお気遣いくださるのは嬉しい。とても嬉しい。
だけど、わたしだって船乗りに囲まれて育ったのだ。
このくらいの遅れで、不安を募らせるということはない。
「ワルデン公もまだお戻りじゃないみたいだし、ほんとうにアルパード殿下だけが先に戻られるのね」
と、お母様が微笑まれた。
東方出兵、南方戦線の盟主を務めるワルデン公の領地は、ホルヴァース侯爵家領が北に面する海を挟んで東に、すぐ近くだ。
わが領地の港には、ワルデン公国からの船も交易で頻繁に寄港する。
花冠巡賜の直前まで領地におられたお母様は、情報を収集してから王都にのぼってくださったのだろう。
親心に、胸が熱くなる。
「お母様? アルパード殿下は、なかなかの武勲を上げられたのです!」
「ふふっ……。らしいわね」
「なので、結婚を控えたアルパード殿下に、他国の君主も『先にお帰りになられては?』と、勧めずにはいられなかったのです!」
「ガブリエラの旦那様は、すごいのね?」
「はい! すごいのです! 意外とやるのです、わたしの旦那様になる方は!」
発言が先例にも記録にものこらない茶会で、お相手はお母様だ。
ほかの誰に言えなくても、お母様にくらい、アルパード殿下のことを存分に自慢させてもらおう。
ほんとうは、四方にひらけた窓のそれぞれに足をかけて身を乗り出し、
「すごいんだぞ――っ!!!!」
と、4回叫びたい気分だ。
ま、まあ……、それで婚約破棄されては、なんのこっちゃ分からないので、ニコニコと苦笑いしてくださる、お母様に思う存分聞いてもらおう。
日が暮れるまでお母様と語らい、
というか、聞いてもらい、
花乙女宮を退出されるお母様の、お背中が広大な花壇の向こうに見えなくなるまで、
お見送りさせてもらった。
花乙女宮の中に戻ると、イロナ、リリ、エレノールとモニカ、女騎士のバルバーラ、そして、花衣伯爵家7令嬢、
みなが整列して出迎えてくれた。
「花冠巡賜、無事のご満了。おめでとうございます」
イロナの声にあわせ、みなが一斉に頭をさげ、わたしを祝福してくれた。
「ありがとう……、ありがとうね」
ひとりひとりの手を取り、礼を述べる。
紆余曲折ありまくりの花乙女宮での生活が、いよいよ終わる。
アルパード殿下が〈柘榴離宮〉へと迎えに来てくださる。
みなが、すこしずつ涙をにじませて、喜びをともにしてくれた。
だけど――、
アルパード殿下は、帰ってこなかった。
2日経っても、3日経っても、10日が過ぎても、わたしを迎えに来てはくださらなかったのだ。
だけど、当初の見込みより、遥かに早くお戻りになられる。
それも、アルパード殿下が、大変な武勲を上げられたから……!
あの!
ふわふわ王太子が!!
わたしの助言を活かして(たぶん)!!
武勲を上げられた!!!!
これでテンションを上げるなという方が、無理というものだ。
休息日にもソワソワが止まらず、なにかしていたくて、とりあえず花壇に出た。
すでに、アルパード殿下のご活躍は王都の民衆の間でも広く知れ渡っている。
明日の馬車では、きっと、
――王太子殿下のご武勲、おめでとうございま~っす!!
とか、
――はやくお戻りになられて、良かったですね~っ!!
とか、声をかけられてしまうのだ。
思わず、デヘッとか笑ってしまっては、花冠巡賜の荘厳さを損なうというもの。
王都の民衆へのお披露目を兼ねているとはいえ、まだ手を振り返したりするべきでもない。
〈すこし、嬉しそうに、はにかむ〉
という、練習をする。
盛夏のど真ん中の花壇に囲まれて、はにかむ練習をする、わたし。
えらい!
わたし、えらい!
伝説の王太子妃たらんと、寸分の努力も惜しまない。わたしは、最高だ!
壮麗な馬車に乗るのも、あと4回。
最後まで、完璧にやり切って見せましょう!
なにせ、伝説の王太子妃になる女なので!
「あら? ガブリエラ様?」
という声に、われに返る。
慌てて、声のした方に顔を向けると、メイドのエレノールとモニカが立っていた。
モニカの手には、トレイに乗せた水差しとグラス。そして、やや身長のたかいエレノールが日傘を差している。
「日差しが強いですわ。日傘をお使いになられますか?」
社交的なモニカが、人懐っこそうなたれ眉を、さらにたらして微笑んだ。
「あ、……えっと」
「あ、そうだわ。エレノール様、私はもう宮殿に戻るだけですから、ガブリエラ様に日傘を差してさし上げてくださいませ」
と、モニカはにこやかに一礼して、盛夏の日差しのなか、ひとりでスタスタと花乙女宮に帰ってしまった。
「それでは、ガブリエラ様」
いつも、ほんわかした雰囲気のエレノールが、わたしを日傘に入れてくれる。
「わ……、悪いわね」
「いえ、とんでもございませんわ」
「……ふ、ふたりは、なにしてたの?」
はにかみ練習……、略して〈はに練〉をしてたところを見られてしまったのではと、すこし挙動不審に尋ねてしまった。
だけどエレノールは、いつものようにおっとりと穏やかな口調で答えてくれる。
「花壇の花を、秋の花に入れ替えている庭師の姿が見えましたので、モニカ様と一緒に冷たいお水を差し入れておりました」
「あら、もう秋の花?」
「うふふ。……庭師が申しますには、秋の花が自慢なのに、ガブリエラ様がもう花乙女宮を出られるとのことで、慌てて咲かせて、持って来たのですって」
「あら……。そう聞くと、なんだか悪いことをしたみたいね」
「間に合ったって、とても嬉しそうにしておりましたわ」
王太子候補の花乙女宮入りは42年ぶり。
わたしが順調に結婚して、子どもを産んで、第1子が王子で、順調に王太子妃候補を選んだとして、
次の花乙女宮入りは20年後くらい。
庭師もヘタしたら代替わりしている。
そう考えたら、庭師にとっても一世一代の花壇づくりだ。
「……それじゃあ、エレノール。せっかくだから、拝見させていただくわ」
「まあ! それは、庭師も喜びますわ」
日傘を差してくれるエレノールの案内で、秋の花に入れ替えた花壇まで足を運ぶと、庭師が2人、ちょうど帰ろうとしていたところだった。
栗毛の女の子と、赤毛の女の子。
「あら、若いのね?」
「はいっ! 庭師も出来れば未婚の方が良いと、親方から選んでいただきました!」
「ありがとう……、リンドウね。とても綺麗に咲かせられているわ」
「は、はいっ! ……り、凛とされたガブリエラ様に相応しいかと、みなで話し合いましたっ!」
「あら、嬉しい。わたしも好きよ、リンドウの花。気品があって。花言葉は、勝利、正義、誠実……。ふふっ、わたしに相応しいなんて光栄ね」
「こっ、こちらこそ、光栄です!」
「あなたの悲しみに寄り添う……、って花言葉もあったわね」
「はいっ!!」
「……斑点が少ないのは、品種改良?」
「そ、そうです!! お、お気付きいただけるとは……」
「ふふっ。素晴らしい技術ね。とっても、綺麗」
「は、はい~っ!!」
元気良く、だけど感激した様子で、顔を紅潮させる女の子2人。
こうやって、わたしからは見えないところでも、みなが祝福してくれている。
貴族とはそうしたもので、感謝を忘れないようにしているつもりだ。けれど、王家への嫁入りとなると、さらに多くの人間が動いてくれている。
感激するのは、わたしの方だ。
ただ――、
――あれっ? ……庭師に声かけて良かったっけ? 先例はどうだったかな?
などと考えなくてはいけないのが、すこし面倒なところ。
「……今日は偶然、お散歩してたの。わたしとお話ししたこと、親方にも内緒にしておいてくれる?」
「はっ、はいっ~~!!」
うーん。女子は秘密の内緒話が好きよね。
わたしがウインクして見せると、目をまん丸に見開き、興奮した様子でコクコク頷いてくれた。
「でも……、そうね。ふたりに子どもが出来て、それが娘さんだったら、そっと教えてあげて」
「よ、よろしいのですか!?」
「女同士の約束を、語り継いでね?」
「よ、よ、よ、よろこんでぇ~!」
手を振ってふたりを見送ると、エレノールが感心したように、なんども頷いた。
「お上手ですねぇ~、ガブリエラ様」
「ふふっ。……先例が思い出せなかったのよ。それに、ただ口止めしたって、どうせ誰かには喋っちゃうんだから、話していい相手を決めてあげたの」
「はあ~~、さすがですねぇ」
と、おっとりとした調子で、なんども首を縦にふるエレノール。
だけど、わたしがふたりに口止めしたのは、
――わが家の庭師には、お声掛けがなかった!
なんて他家から陰口を叩かれては、たまらないからだ。
貴いところに昇るとは、思わぬところに落とし穴もあるということだ。
気まぐれは王侯貴族の華だとはいえ、始末はきちんとしておかないと、後がこわい。
それに、エレノールはずっと感心してくれてるけど、ほんとうに感心しているのはわたしの方だ。
エレノールたちは、わたしがいないときでも庭師を見かけたら水やお茶、ときにはお菓子などを差し入れしてくれてたらしい。
こういう気遣いは、実はわたしの苦手分野なので、正直、とても助かる。
「イロナ様が、おひとりの頃からやっておられたそうですよ~」
と、聞けば、イロナへの感謝も深くなる。
無理矢理一緒に風呂に入れたり、からかって不安を紛らわせたりしてたことが、大変申し訳ない気持ちになる。
イロナは最初から、わたしの侍女として、わたしの足らざるを補ってくれていたのだ。
――あの、ふわふわ王太子。いったいどういうつもりなんだ!?
と、憤慨しながら、突然の嫁入り支度をして、イロナとふたり馬車に飛び乗ったのが、
いまでは遠い昔の出来事のように感じる。
みなの期待に応えられる、立派な王太子妃にならねばと、決意をあらたにして、
エレノールが差してくれる日傘に守られながら、花乙女宮へともどった。
〈はに練〉は、ベッドの中で、布団をかぶってやっておいた。
Ψ
そして、花冠巡賜、最後の訪問。
もちろん最後は、わがホルヴァース侯爵家の王都屋敷。
数えてみれば、あの日、迎えの馬車に飛び乗ってから、実に156日ぶりの〈帰宅〉だった。
そして、穏やかに微笑まれる、お母様に迎え入れていただく。
いつもは男装を好む母エディトも、さすがに今日はドレス姿。
品の良い藤色のシルク。
エンパイアラインに、精緻な刺繍がほどこされたハイネックのノースリーブ。
スカートはティアードだけど、やっぱりどこか青年将校のような凛々しさを残す、わたしの憧れ。
「……お母様。ガブリエラは三大公爵家、そして、26の侯爵家より……、花冠を授かって参りました」
最後に、実母に挨拶するのは、すべての高位貴族家からの祝福と承認を得て、嫁入り支度が完了したことを報告するためだ。
思わず、涙ぐみそうになる。
わたしは、愛するホルヴァース侯爵家、そしてホルヴァース家門から出ていくのだ。
この王都屋敷に、この家の娘として入るのは、今日が最後になる。
思いもかけない形で、今日という日、
お母様に、嫁入りの挨拶をする日を迎えてしまった。
「おめでとう、ガブリエラ」
と、わたしが授かる最後の花冠。わが母エディトから授かった花冠は、
――勿忘草、
で、編まれていた。
ちいさな五弁の青い花が無数に、わたしのスモーキーシルバーの銀髪を彩る。
あの日、花乙女宮の花壇で、わたしの背中を押してくださったお母様と一緒に眺めた、勿忘草。
王家の外戚となっても出しゃばらない。
そうお決めになられているお母様と、親しく交わる機会は格段に減るだろう。
だけど、
――私を忘れないで。
という花言葉には、いつも、いつまでもわたしを思ってくださるお母様からの、熱いメッセージが込められている。
「もう、お母様? 泣いてしまいますわ」
「ふふっ、あと一息。王太子妃の御座に相応しい、優雅な微笑みを絶やすのではありませんよ、ガブリエラ」
Ψ
そして、翌日は花乙女宮に、お母様をお招きする。
花冠巡賜の74日目。最終日。
広大な花壇をふたりきりで眺めて、ふたりでお茶をして語らう。
もしかすると、お母様とふたりきりで語りあえるのは、今日が生涯で最後になるかもしれない。
だからこそ、肩に力を入れず、ゆったりと過ごしたい。
お母様も、わたしを見て微笑んでくださる。
「海路だと1日2日、ときには10日程度の遅れはよくあることよ?」
「ええ、よく存じておりますわ、お母様。わたしも港町で育ちましたもの!」
「ふふふっ。そうね」
アルパード殿下は、早ければ3日前にお戻りのはずだった。
リュビア公国の港に着かれたら、早馬で報せが届くだろうけど、それもまだだ。
なので、お母様がわたしにお気遣いくださるのは嬉しい。とても嬉しい。
だけど、わたしだって船乗りに囲まれて育ったのだ。
このくらいの遅れで、不安を募らせるということはない。
「ワルデン公もまだお戻りじゃないみたいだし、ほんとうにアルパード殿下だけが先に戻られるのね」
と、お母様が微笑まれた。
東方出兵、南方戦線の盟主を務めるワルデン公の領地は、ホルヴァース侯爵家領が北に面する海を挟んで東に、すぐ近くだ。
わが領地の港には、ワルデン公国からの船も交易で頻繁に寄港する。
花冠巡賜の直前まで領地におられたお母様は、情報を収集してから王都にのぼってくださったのだろう。
親心に、胸が熱くなる。
「お母様? アルパード殿下は、なかなかの武勲を上げられたのです!」
「ふふっ……。らしいわね」
「なので、結婚を控えたアルパード殿下に、他国の君主も『先にお帰りになられては?』と、勧めずにはいられなかったのです!」
「ガブリエラの旦那様は、すごいのね?」
「はい! すごいのです! 意外とやるのです、わたしの旦那様になる方は!」
発言が先例にも記録にものこらない茶会で、お相手はお母様だ。
ほかの誰に言えなくても、お母様にくらい、アルパード殿下のことを存分に自慢させてもらおう。
ほんとうは、四方にひらけた窓のそれぞれに足をかけて身を乗り出し、
「すごいんだぞ――っ!!!!」
と、4回叫びたい気分だ。
ま、まあ……、それで婚約破棄されては、なんのこっちゃ分からないので、ニコニコと苦笑いしてくださる、お母様に思う存分聞いてもらおう。
日が暮れるまでお母様と語らい、
というか、聞いてもらい、
花乙女宮を退出されるお母様の、お背中が広大な花壇の向こうに見えなくなるまで、
お見送りさせてもらった。
花乙女宮の中に戻ると、イロナ、リリ、エレノールとモニカ、女騎士のバルバーラ、そして、花衣伯爵家7令嬢、
みなが整列して出迎えてくれた。
「花冠巡賜、無事のご満了。おめでとうございます」
イロナの声にあわせ、みなが一斉に頭をさげ、わたしを祝福してくれた。
「ありがとう……、ありがとうね」
ひとりひとりの手を取り、礼を述べる。
紆余曲折ありまくりの花乙女宮での生活が、いよいよ終わる。
アルパード殿下が〈柘榴離宮〉へと迎えに来てくださる。
みなが、すこしずつ涙をにじませて、喜びをともにしてくれた。
だけど――、
アルパード殿下は、帰ってこなかった。
2日経っても、3日経っても、10日が過ぎても、わたしを迎えに来てはくださらなかったのだ。
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けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【追記】無事完結できました。ありがとうございました。
〖完結〗終着駅のパッセージ
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