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42.華やかな出迎え
ヘレナ様に貸し出してるモニカも急遽呼び戻し、ヴェーラ陛下をお迎えする準備を整える。
会見の場を貴賓室に設定し、ハウスメイドには休暇を取らせた。
手狭な〈花乙女宮〉では文武百官のお出迎えとはいかないけれど、顧問伝奏のご令嬢方、ご夫人方、内廷女官、バルバーラとシャルロタの女騎士を立ち並ばせ、
秋の花壇で、ヴェーラ陛下をお迎えさせていただいた。
「まあ……、なんて華やかなお出迎えでしょう」
と、可憐に微笑まれるレトキ王国の女王、
ヴェーラ・ラアク・ギレンス陛下。
ココアブラウンの髪をハーフアップにまとめられ、ダイヤがふんだんに埋め込まれた白金のティアラが輝く。
白いお肌はまるで白磁のようで、清楚で透明感のある端正なお顔立ち。
山吹色をしたベルラインのドレスが秋麗の花園によく映えていて、まるく広がるスカートには民族色豊かな紋様が所狭しと刺繍されている。
そして、群青色の瞳には、篤い親愛の情を浮かべてくださっていた。
「実は30年前のレトキ建国にあたり、貴国ヴィラーグ王国の家門制度を調べさせていただいたことがあるのです」
「まあ……、そうでしたか」
「……王制とも、そもそも国家とも縁なく生きてきたレトキの民には、強固な氏族制が根付いております」
ヴェーラ陛下の姓とされる〈ラアク〉は、ご出身のレトキ族における氏族名。
正確には、姓とは少し概念が異なる。
「……古ルプトラ王国の流れを汲まれる貴国では、氏族制を〈家門〉という形でうまく王制に調和発展させておられるとテュレン伯爵家出身のミアから教えてもらい、とても参考になりましたわ」
「ヴィラーグに生きる者はみな、家門に愛着を持っております。世に名高きヴェーラ陛下より、そのようなお言葉を賜りましたこと、みな喜びましょう」
「ふふふっ。なので、勝手に親しみを感じておりましたの。……こんな形でご訪問させていただくことになるとは、夢にも思っておりませんでしたけれど」
早速、貴賓室にご案内し、わたしのほか、エルジェーベト様、カタリン様、レオノーラ様とで会見に臨む。
しかし、こうして間近で拝見すると、ヴェーラ陛下は本当にお美しい。御歳48歳とは思えない繊細なご美貌。
触れたら壊れそう。
ヴェーラ陛下の名を世に知らしめた大胆苛烈な行動は、ご生涯でわずかに2回。
ギレンシュテットの王都急襲と、異民族反攻を提唱された帝都演説。
どちらも強烈な印象を残すけれど、ふだんは温厚で謙虚なお人柄だと聞いていた。
山岳地帯だけからなるレトキ王国で親しく民に交わり、ともに狩りに興じられると。
――親しく民に交わる。
わがヴィラーグ王国では、考えにくい君主像だ。
王族が王都市街の巡察に出られることがあっても、平民との関わりは〈親しむ〉とは、ほど遠い。
ただおひとり、アルパード殿下を除いては――。
「……アルパード殿下を、ワルデン公が捕囚したのは間違いありません」
ヴェーラ陛下が、悲痛な表情を浮かべてくださった。
これまで会ったこともなかったわたしと、まだ面識もないアルパード殿下のために、このような表情を浮かべてくださる。
誠実でやさしいお人柄が、ヒシヒシと伝わり、包み込まれるかのようだった。
「私がその報に触れたのは、北方戦線からの帰路、ピエカル宗家ご当主にご挨拶しようとご本拠ジェジオーラ大公国の〈パン窯宮殿〉に立ち寄らせていただいたときのことです」
「……はい」
「……ご存じの通り、ピエカル家の開祖は〈無頼令嬢〉マウゴジャータ様。帝国にいる無頼たちから情報が届いたのです」
無頼。いわゆる、ヤクザ者だ。
身分制度に厳しいわが国では見かけることのない、放蕩者。
ただ、なかには義侠心に篤く、弱き民を権力者から匿うような者たちもいると聞く。
「そして、こちらが……」
と、ヴェーラ陛下が、ご自身の後ろに控える軍服の女性を指された。
「ピエカル宗家から南方戦線に派遣されていた、観戦将校の方です」
「観戦将校……」
「可笑しいでしょう? 北、まん中、南に別れて戦う帝国の貴族たちは、互いが手を抜いてないか、監視し合うのです」
「そういう方が……」
「ふふっ。ガブリエラ陛下へのお目通りに障りのない、女性将校で良かったですわ」
「あ、……はい」
「けれど、こちらの観戦将校にも、ピエカル宗家にもお立場がございますの。……ガブリエラ陛下に直接、南方戦線での出来事をお話いただく訳にはいかないのです」
「え、ええ……」
じゃあ、なんで連れてきたの?
と、わたしが首をひねる前に、ヴェーラ陛下が得意げに微笑まれた。
「なので、私がピエカル宗家ご当主、そして帝都で聞き出した情報をガブリエラ陛下にお話しするのを、横で聞いていて、間違っていたら、そぉ~っと、首を横に振ってくださる……、かもしれません」
「えっ?」
「合っていたら、そっと、うなずいてくださる……、かもしれません」
なんと、無茶なことを。
ピエカル宗家のご当主に、なんと言って掛け合われたのか分からないけれど、
観戦将校殿は、ヴェーラ陛下の監視役でもあるはずだ。余計なことまで、わたしに漏らしてしまわないかという。
帝国の機密情報を持ち出し、わたしに伝えてくださるために、ここまでお骨折りいただいたのか。
「……かも、しれませんわね」
と、わたしが返す、はにかむような微笑みに感謝の念を込めた。
ヴェーラ陛下が表情を改められる。
「……ワルデン公がオルク砦に立てた旗。引き抜いたのは、アルパード殿下の兵ではありません」
チラッと、わたしが視線をやると、観戦将校殿はかるく頷かれている。
その躊躇いのない所作から、
――ピエカル宗家も、わたしに情報を伝えることに反対はしてない。
と、読み取れた。
「旗を引き抜いたのは……」
ヴェーラ陛下のお言葉に、みなが息を呑んだ。
「リュビア公の兵です」
「……リュビア公の」
「リュビア公の兵が引き抜き、アルパード殿下の兵の仕業に見せかけた」
「そんなことが……」
「ええ……。協力者がいないと難しいでしょうね」
「……副将のヴィルモシュ」
「そして、ワルデン公自身です」
「なっ……」
ワルデン公は、アルパード殿下が加わられた南方戦線の盟主。いわば総大将。
そのワルデン公が、自らアルパード殿下を嵌める奸計を仕掛けるとは……。
ワルデン公の姪、リュビア公の従兄妹、そしてヴィルモシュの異腹の妹であるエルジェーベト様が表情を険しく歪められた。
ヴェーラ陛下は、憤慨やるかたないといったご表情で話を続けてくださる。
「……北方戦線の攻略目標、オルク砦の戦いでは、アルパード殿下の武勲に目覚ましいものがあったと聞き及びます」
「はい……」
「異民族の将を臣従させ、野戦で大軍を撃破しただけでなく、砦に侵入できる秘密経路までつかまれた。……そして、自ら率先して砦の中に入られ、なんと、説得して城門を開かせてしまわれたのだそうです」
「説得……」
「……いずれ陥落する砦にこもるより、逃げた方がいいと」
「アルパード殿下が……」
「無血開城とまではいきませんでしたが、それでも両軍の死者は最低限。門を開かせ退去させる、事実上の降伏。……鮮やかな攻略劇にございました」
こ、これは……、たまらんな。
拘束したヴィルモシュもリュビア公も、尊大な態度を崩さず尋問にはまともに答えていない。
なので、オルク砦攻略の詳細を、わたしは初めて聞いた。
異民族の兵の命まで大切にされたアルパード殿下らしい、まさに鮮やかな攻略戦だ。
「……異民族を降伏させたのは、長く続く反攻戦でアルパード殿下が初めて。ましてや、臣従させた者など……」
「は、はい……」
「アルパード殿下の恐るべき未曾有の大器。驚きを隠せませんわ」
ダメだ、顔が緩む。
伝説の女王が、わたしの愛しい〈ふわふわ王太子〉を手放しに褒めている。
嬉しくて、たまらん。
「それが……、ワルデン公には気に食わなかった」
「……なるほど」
「卑劣な罠に嵌め、アルパード殿下を帰国させようと謀った。……オルク砦攻略の武勲を我がものとするために」
アルパード殿下の武勲に焦ったのは、ヴィルモシュも同じだろう。
父ガーボルは、アルパード殿下の王位継承にわたしとの結婚でケチをつけ、王弟ヨージェフを次の国王に就けるつもりだった。
エルジェーベト様のご出生は保険に過ぎなかったことが、今や明らか。
一方で、ヴィルモシュには異腹の弟ラヨシュ様との間で、カールマーン公爵家の継承権争いが燻る。
ヴィルモシュとしては、父に協力して、自らの継承を確実なものにしたかった。
けれど、アルパード殿下が華々しい武勲をあげられ、他国からの賞賛まで集めたら、王位継承に疑義を唱えにくくなる。
父ガーボルの思惑は外れ、自分が勘気をこうむるかもしれないと焦った。
そこで、ワルデン公に協力して従兄弟であるリュビア公と示し合わせ、アルパード殿下を帰国させ、武勲を横取りする謀略に加担した……。
ヴェーラ陛下が、眉を寄せられた。
「……アルパード殿下を乗せた帰りの船が難破し、ワルデン公領を通られたのは偶然でしょう」
いや……、難破は偶然ではない。
ヴィルモシュは、どうせならいっそ事故にみせかけて……、と謀ったはずた。
「ただ……、自身の飛び地領で、部下がアルパード殿下を捕らえた、ワルデン公も扱いに困ったのです」
「……はい」
「正式な調べが入れば、旗の事件の真相が露見するかもしれない。かといって、捕囚の騒ぎを無頼に目撃されておりピエカル家には筒抜け」
ピエカル家と無頼は、そこまで深い関係があるのか。
帝国全土に、ピエカル家独自の諜報網を持つようなものだ。
刺青入りの令嬢、無頼の大親分でもあった無頼令嬢マウゴジャータの〈遺徳〉といったところか。
「アルパード殿下は姉君イルマ妃殿下を通じ、ピエカル家のご縁戚。捕囚を知られてしまっては暗殺という訳にもいかない。ただ、自身は東方にあり、ワルデン公国の本領に移送する訳にもいかない」
「はい……」
「思い余ったワルデン公が、アルパード殿下の身柄を北に向けて運んだ……。というところまでは、分かっております」
「北……」
「厳重に秘匿し、無頼の目にも触れないように移送したようです」
「……そうですか」
「帝都か、オステンホフ宗家の本拠、シャウナス大公国へと移送させたのではないかと推測していますが……、まだ、情報をつかめていません」
「いえ。……アルパード殿下のハッキリとした消息が分かったのは、これが初めて。心から感謝いたします、ヴェーラ陛下」
「すでに、イルマ妃殿下の舅であられる、選帝侯ドルフイム辺境伯カミル閣下から、ワルデン公に対して厳重な抗議がなされています」
「……そうですか」
「あっ……、私、カミル閣下とは大の仲良しでして、カミル閣下から貴国への使者も兼ねておりますの」
「左様でしたか。ヴェーラ陛下、ならびに……」
えっ? ……と、思って、後ろに控えてくれてる、ジェシカ様の顔を見た。
スッと、目配せでご教授くださる。
「……カミーロ陛下のお気遣いに感謝申し上げます」
選帝侯カミル閣下は、ソルフエゴ国王カミーロ陛下でもあられる。
イルマ妃殿下が輿入れされてるわが国にとっては、カミーロ陛下であることが優先されるけど、
ヴェーラ陛下は、カミル閣下とお呼びになられている。
外交儀礼的にどっちが正解だったっけ? と、一瞬見失ってしまい、ジェシカ様に助言を求めてしまった。
もう……。
ややこしいこと、やめてほしいわ。
「カミル閣下のご威光に恐れをなしたワルデン公は、皇帝陛下への復命も放り出し、自身の本領に逃げ帰ろうとしているようですが……」
「……はい」
「今のところ、南方戦線の戦地で起きたことは観戦将校殿の目撃証言のみ。知らぬ存ぜぬを決め込まれるおつもりでしょうね」
意味ありげに微笑まれたヴェーラ陛下に、わたしは硬くうなずいた。
Ψ
「私が行くわ」
と、カタリン様が片膝を突かれた。
わたしは、その艶やかな軍旅のドレス姿に身を包んだカタリン様に、軍権の証しとして宝剣を授ける。
カタリン様には国軍5万の兵をもって、リュビア公国に再進駐し、リュビア公国の兵6千をすべて厳しく詮議してもらう。
ワルデン公の旗を引き抜いた兵士を探し出し、アルパード殿下の潔白を証明する。
カタリン様のご不在中、ナーダシュディ公爵家との連携を断つ訳にもいかないので、妹君メリンダ様を新たに顧問伝奏の役に就ける。
さらに、エルジェーベト様には、東方に出兵していたカールマーン公爵家の兵を尋問してもらう。
カールマーン公爵家としては恥部をあきらかにすることになるけれど、ヴィルモシュの失脚を確定させられる。
ここは、エルジェーベト様を信じていいだろう。
ワルデン公には、すでにカミーロ陛下からの抗議が届いているという。
わたしがすべきことは、ワルデン公の奸計、その確たる証拠をつかんで突きつけることだ。
アルパード殿下の捕囚になんの正当性もないことを証明し、すみやかに解放させる。
絶対に許さない。
湧き上がる怒りと憤りを鎮め、国境を越えた国際謀略に対抗できるだけの材料を、冷静に集める。
「単騎飛び出して、ワルデン公の首をあげようとするんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど……、思いのほか落ち着いてるな」
と、リリが、わたしに慈愛あふれる言葉をかけてくれた。
「もちろん、はらわた煮えくり返ってるわよ」
「ああ、そうだな。私もだ」
「……だけど、アルパード殿下の正確なご所在は、いまだ不明。悔しいけれど……『卑劣な行いは握りつぶしてやるから、アルパード殿下の身柄を返せ』って条件で、解放交渉にあたるしかないわ」
「うん、……悔しいな」
「悔しいわ……」
ワルデン公が身柄を北に運んだというアルパード殿下。
帝国もこれから冬を迎える。
――寒さに凍えられたりしていなければいいのだけど……。
と、唇を噛む。
けれど、とにもかくにも消息が知れた。
あとは、ワルデン公を追い詰め、解放させるだけ。
夜空に浮かぶ、満ち始めた月を睨んだ。
会見の場を貴賓室に設定し、ハウスメイドには休暇を取らせた。
手狭な〈花乙女宮〉では文武百官のお出迎えとはいかないけれど、顧問伝奏のご令嬢方、ご夫人方、内廷女官、バルバーラとシャルロタの女騎士を立ち並ばせ、
秋の花壇で、ヴェーラ陛下をお迎えさせていただいた。
「まあ……、なんて華やかなお出迎えでしょう」
と、可憐に微笑まれるレトキ王国の女王、
ヴェーラ・ラアク・ギレンス陛下。
ココアブラウンの髪をハーフアップにまとめられ、ダイヤがふんだんに埋め込まれた白金のティアラが輝く。
白いお肌はまるで白磁のようで、清楚で透明感のある端正なお顔立ち。
山吹色をしたベルラインのドレスが秋麗の花園によく映えていて、まるく広がるスカートには民族色豊かな紋様が所狭しと刺繍されている。
そして、群青色の瞳には、篤い親愛の情を浮かべてくださっていた。
「実は30年前のレトキ建国にあたり、貴国ヴィラーグ王国の家門制度を調べさせていただいたことがあるのです」
「まあ……、そうでしたか」
「……王制とも、そもそも国家とも縁なく生きてきたレトキの民には、強固な氏族制が根付いております」
ヴェーラ陛下の姓とされる〈ラアク〉は、ご出身のレトキ族における氏族名。
正確には、姓とは少し概念が異なる。
「……古ルプトラ王国の流れを汲まれる貴国では、氏族制を〈家門〉という形でうまく王制に調和発展させておられるとテュレン伯爵家出身のミアから教えてもらい、とても参考になりましたわ」
「ヴィラーグに生きる者はみな、家門に愛着を持っております。世に名高きヴェーラ陛下より、そのようなお言葉を賜りましたこと、みな喜びましょう」
「ふふふっ。なので、勝手に親しみを感じておりましたの。……こんな形でご訪問させていただくことになるとは、夢にも思っておりませんでしたけれど」
早速、貴賓室にご案内し、わたしのほか、エルジェーベト様、カタリン様、レオノーラ様とで会見に臨む。
しかし、こうして間近で拝見すると、ヴェーラ陛下は本当にお美しい。御歳48歳とは思えない繊細なご美貌。
触れたら壊れそう。
ヴェーラ陛下の名を世に知らしめた大胆苛烈な行動は、ご生涯でわずかに2回。
ギレンシュテットの王都急襲と、異民族反攻を提唱された帝都演説。
どちらも強烈な印象を残すけれど、ふだんは温厚で謙虚なお人柄だと聞いていた。
山岳地帯だけからなるレトキ王国で親しく民に交わり、ともに狩りに興じられると。
――親しく民に交わる。
わがヴィラーグ王国では、考えにくい君主像だ。
王族が王都市街の巡察に出られることがあっても、平民との関わりは〈親しむ〉とは、ほど遠い。
ただおひとり、アルパード殿下を除いては――。
「……アルパード殿下を、ワルデン公が捕囚したのは間違いありません」
ヴェーラ陛下が、悲痛な表情を浮かべてくださった。
これまで会ったこともなかったわたしと、まだ面識もないアルパード殿下のために、このような表情を浮かべてくださる。
誠実でやさしいお人柄が、ヒシヒシと伝わり、包み込まれるかのようだった。
「私がその報に触れたのは、北方戦線からの帰路、ピエカル宗家ご当主にご挨拶しようとご本拠ジェジオーラ大公国の〈パン窯宮殿〉に立ち寄らせていただいたときのことです」
「……はい」
「……ご存じの通り、ピエカル家の開祖は〈無頼令嬢〉マウゴジャータ様。帝国にいる無頼たちから情報が届いたのです」
無頼。いわゆる、ヤクザ者だ。
身分制度に厳しいわが国では見かけることのない、放蕩者。
ただ、なかには義侠心に篤く、弱き民を権力者から匿うような者たちもいると聞く。
「そして、こちらが……」
と、ヴェーラ陛下が、ご自身の後ろに控える軍服の女性を指された。
「ピエカル宗家から南方戦線に派遣されていた、観戦将校の方です」
「観戦将校……」
「可笑しいでしょう? 北、まん中、南に別れて戦う帝国の貴族たちは、互いが手を抜いてないか、監視し合うのです」
「そういう方が……」
「ふふっ。ガブリエラ陛下へのお目通りに障りのない、女性将校で良かったですわ」
「あ、……はい」
「けれど、こちらの観戦将校にも、ピエカル宗家にもお立場がございますの。……ガブリエラ陛下に直接、南方戦線での出来事をお話いただく訳にはいかないのです」
「え、ええ……」
じゃあ、なんで連れてきたの?
と、わたしが首をひねる前に、ヴェーラ陛下が得意げに微笑まれた。
「なので、私がピエカル宗家ご当主、そして帝都で聞き出した情報をガブリエラ陛下にお話しするのを、横で聞いていて、間違っていたら、そぉ~っと、首を横に振ってくださる……、かもしれません」
「えっ?」
「合っていたら、そっと、うなずいてくださる……、かもしれません」
なんと、無茶なことを。
ピエカル宗家のご当主に、なんと言って掛け合われたのか分からないけれど、
観戦将校殿は、ヴェーラ陛下の監視役でもあるはずだ。余計なことまで、わたしに漏らしてしまわないかという。
帝国の機密情報を持ち出し、わたしに伝えてくださるために、ここまでお骨折りいただいたのか。
「……かも、しれませんわね」
と、わたしが返す、はにかむような微笑みに感謝の念を込めた。
ヴェーラ陛下が表情を改められる。
「……ワルデン公がオルク砦に立てた旗。引き抜いたのは、アルパード殿下の兵ではありません」
チラッと、わたしが視線をやると、観戦将校殿はかるく頷かれている。
その躊躇いのない所作から、
――ピエカル宗家も、わたしに情報を伝えることに反対はしてない。
と、読み取れた。
「旗を引き抜いたのは……」
ヴェーラ陛下のお言葉に、みなが息を呑んだ。
「リュビア公の兵です」
「……リュビア公の」
「リュビア公の兵が引き抜き、アルパード殿下の兵の仕業に見せかけた」
「そんなことが……」
「ええ……。協力者がいないと難しいでしょうね」
「……副将のヴィルモシュ」
「そして、ワルデン公自身です」
「なっ……」
ワルデン公は、アルパード殿下が加わられた南方戦線の盟主。いわば総大将。
そのワルデン公が、自らアルパード殿下を嵌める奸計を仕掛けるとは……。
ワルデン公の姪、リュビア公の従兄妹、そしてヴィルモシュの異腹の妹であるエルジェーベト様が表情を険しく歪められた。
ヴェーラ陛下は、憤慨やるかたないといったご表情で話を続けてくださる。
「……北方戦線の攻略目標、オルク砦の戦いでは、アルパード殿下の武勲に目覚ましいものがあったと聞き及びます」
「はい……」
「異民族の将を臣従させ、野戦で大軍を撃破しただけでなく、砦に侵入できる秘密経路までつかまれた。……そして、自ら率先して砦の中に入られ、なんと、説得して城門を開かせてしまわれたのだそうです」
「説得……」
「……いずれ陥落する砦にこもるより、逃げた方がいいと」
「アルパード殿下が……」
「無血開城とまではいきませんでしたが、それでも両軍の死者は最低限。門を開かせ退去させる、事実上の降伏。……鮮やかな攻略劇にございました」
こ、これは……、たまらんな。
拘束したヴィルモシュもリュビア公も、尊大な態度を崩さず尋問にはまともに答えていない。
なので、オルク砦攻略の詳細を、わたしは初めて聞いた。
異民族の兵の命まで大切にされたアルパード殿下らしい、まさに鮮やかな攻略戦だ。
「……異民族を降伏させたのは、長く続く反攻戦でアルパード殿下が初めて。ましてや、臣従させた者など……」
「は、はい……」
「アルパード殿下の恐るべき未曾有の大器。驚きを隠せませんわ」
ダメだ、顔が緩む。
伝説の女王が、わたしの愛しい〈ふわふわ王太子〉を手放しに褒めている。
嬉しくて、たまらん。
「それが……、ワルデン公には気に食わなかった」
「……なるほど」
「卑劣な罠に嵌め、アルパード殿下を帰国させようと謀った。……オルク砦攻略の武勲を我がものとするために」
アルパード殿下の武勲に焦ったのは、ヴィルモシュも同じだろう。
父ガーボルは、アルパード殿下の王位継承にわたしとの結婚でケチをつけ、王弟ヨージェフを次の国王に就けるつもりだった。
エルジェーベト様のご出生は保険に過ぎなかったことが、今や明らか。
一方で、ヴィルモシュには異腹の弟ラヨシュ様との間で、カールマーン公爵家の継承権争いが燻る。
ヴィルモシュとしては、父に協力して、自らの継承を確実なものにしたかった。
けれど、アルパード殿下が華々しい武勲をあげられ、他国からの賞賛まで集めたら、王位継承に疑義を唱えにくくなる。
父ガーボルの思惑は外れ、自分が勘気をこうむるかもしれないと焦った。
そこで、ワルデン公に協力して従兄弟であるリュビア公と示し合わせ、アルパード殿下を帰国させ、武勲を横取りする謀略に加担した……。
ヴェーラ陛下が、眉を寄せられた。
「……アルパード殿下を乗せた帰りの船が難破し、ワルデン公領を通られたのは偶然でしょう」
いや……、難破は偶然ではない。
ヴィルモシュは、どうせならいっそ事故にみせかけて……、と謀ったはずた。
「ただ……、自身の飛び地領で、部下がアルパード殿下を捕らえた、ワルデン公も扱いに困ったのです」
「……はい」
「正式な調べが入れば、旗の事件の真相が露見するかもしれない。かといって、捕囚の騒ぎを無頼に目撃されておりピエカル家には筒抜け」
ピエカル家と無頼は、そこまで深い関係があるのか。
帝国全土に、ピエカル家独自の諜報網を持つようなものだ。
刺青入りの令嬢、無頼の大親分でもあった無頼令嬢マウゴジャータの〈遺徳〉といったところか。
「アルパード殿下は姉君イルマ妃殿下を通じ、ピエカル家のご縁戚。捕囚を知られてしまっては暗殺という訳にもいかない。ただ、自身は東方にあり、ワルデン公国の本領に移送する訳にもいかない」
「はい……」
「思い余ったワルデン公が、アルパード殿下の身柄を北に向けて運んだ……。というところまでは、分かっております」
「北……」
「厳重に秘匿し、無頼の目にも触れないように移送したようです」
「……そうですか」
「帝都か、オステンホフ宗家の本拠、シャウナス大公国へと移送させたのではないかと推測していますが……、まだ、情報をつかめていません」
「いえ。……アルパード殿下のハッキリとした消息が分かったのは、これが初めて。心から感謝いたします、ヴェーラ陛下」
「すでに、イルマ妃殿下の舅であられる、選帝侯ドルフイム辺境伯カミル閣下から、ワルデン公に対して厳重な抗議がなされています」
「……そうですか」
「あっ……、私、カミル閣下とは大の仲良しでして、カミル閣下から貴国への使者も兼ねておりますの」
「左様でしたか。ヴェーラ陛下、ならびに……」
えっ? ……と、思って、後ろに控えてくれてる、ジェシカ様の顔を見た。
スッと、目配せでご教授くださる。
「……カミーロ陛下のお気遣いに感謝申し上げます」
選帝侯カミル閣下は、ソルフエゴ国王カミーロ陛下でもあられる。
イルマ妃殿下が輿入れされてるわが国にとっては、カミーロ陛下であることが優先されるけど、
ヴェーラ陛下は、カミル閣下とお呼びになられている。
外交儀礼的にどっちが正解だったっけ? と、一瞬見失ってしまい、ジェシカ様に助言を求めてしまった。
もう……。
ややこしいこと、やめてほしいわ。
「カミル閣下のご威光に恐れをなしたワルデン公は、皇帝陛下への復命も放り出し、自身の本領に逃げ帰ろうとしているようですが……」
「……はい」
「今のところ、南方戦線の戦地で起きたことは観戦将校殿の目撃証言のみ。知らぬ存ぜぬを決め込まれるおつもりでしょうね」
意味ありげに微笑まれたヴェーラ陛下に、わたしは硬くうなずいた。
Ψ
「私が行くわ」
と、カタリン様が片膝を突かれた。
わたしは、その艶やかな軍旅のドレス姿に身を包んだカタリン様に、軍権の証しとして宝剣を授ける。
カタリン様には国軍5万の兵をもって、リュビア公国に再進駐し、リュビア公国の兵6千をすべて厳しく詮議してもらう。
ワルデン公の旗を引き抜いた兵士を探し出し、アルパード殿下の潔白を証明する。
カタリン様のご不在中、ナーダシュディ公爵家との連携を断つ訳にもいかないので、妹君メリンダ様を新たに顧問伝奏の役に就ける。
さらに、エルジェーベト様には、東方に出兵していたカールマーン公爵家の兵を尋問してもらう。
カールマーン公爵家としては恥部をあきらかにすることになるけれど、ヴィルモシュの失脚を確定させられる。
ここは、エルジェーベト様を信じていいだろう。
ワルデン公には、すでにカミーロ陛下からの抗議が届いているという。
わたしがすべきことは、ワルデン公の奸計、その確たる証拠をつかんで突きつけることだ。
アルパード殿下の捕囚になんの正当性もないことを証明し、すみやかに解放させる。
絶対に許さない。
湧き上がる怒りと憤りを鎮め、国境を越えた国際謀略に対抗できるだけの材料を、冷静に集める。
「単騎飛び出して、ワルデン公の首をあげようとするんじゃないかとヒヤヒヤしてたけど……、思いのほか落ち着いてるな」
と、リリが、わたしに慈愛あふれる言葉をかけてくれた。
「もちろん、はらわた煮えくり返ってるわよ」
「ああ、そうだな。私もだ」
「……だけど、アルパード殿下の正確なご所在は、いまだ不明。悔しいけれど……『卑劣な行いは握りつぶしてやるから、アルパード殿下の身柄を返せ』って条件で、解放交渉にあたるしかないわ」
「うん、……悔しいな」
「悔しいわ……」
ワルデン公が身柄を北に運んだというアルパード殿下。
帝国もこれから冬を迎える。
――寒さに凍えられたりしていなければいいのだけど……。
と、唇を噛む。
けれど、とにもかくにも消息が知れた。
あとは、ワルデン公を追い詰め、解放させるだけ。
夜空に浮かぶ、満ち始めた月を睨んだ。
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人にも魔にも容赦のないその男は、黒花の災厄に呑まれかけた実の娘を、自らの手で討ったのだ。
けれど次に目を覚ました時、リリアは赤ん坊に戻っていた。
もう二度と、お父様に剣を向けられたくない。
そう願うのに、夜になるとまた黒花の囁きが忍び寄る。甘くやさしいその声は、孤独な心に触れて、静かに破滅へと導こうとする。
そして、その囁きがぴたりと止むのは――世界でいちばん怖いお父様のそばだけだった。
一度目の父は、同じ城で暮らしていても遠い人だった。
リリアを見ない。抱かない。呼びもしない。
そのくせ二度目の父は、相変わらず冷たいまま、なぜか夜ごとリリアを放っておいてくれない。侍女を替え、部屋を守らせ、怯えて眠れない娘を黙って自分の近くへ置いてしまう。
人にはあれほど容赦がないのに、リリアにだけ少しずつおかしくなっていく。
怖い。近づきたくない。
それでも、その腕の中でしか眠れない。
またあの冬が来る。
また同じように、黒花はリリアを呑み込もうとするかもしれない。
今度こそ囁きに負けないために。今度こそ父に剣を抜かせないために。
一度目で父に討たれた娘は、二度目の人生でもっとも恐ろしいその人のそばへ、自分の意志で手を伸ばしていく。
小説家になろう様でも掲載中
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