【完結】侯爵令嬢ガブリエラの災難な結婚 ~ふわふわ王太子に見初められたので婚約破棄を目指します!

三矢さくら

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47. 深く根ざした花々とともに

カタリン様からの急使によると、やはり皇帝への謁見はまだ許しが出ていない。

だけど、内々に宮中官僚との接触を試みてくださっていた。


「……100億トヴァル」


それによると、わがヴィラーグ王国の国家予算80年分にも及ぶ巨額の〈保護料〉を示唆されたという。

さらに、前ワルデン公の復位も暗に求めてきたとのことだった。

ふっかけて来るだろうとは思っていたけれど、さすがに想定をはるかに上回っている。

引き続き皇帝との直接交渉の道を探ると、カタリン様からのご書簡は結ばれていた。


カタリン様が帝都への道中、挨拶に立ち寄られた領邦君主から届いた書簡では、


――ご使者、ナーダシュディ公女カタリン殿下からの丁重にして優美なご挨拶。そして公女殿下同様に美しい花々を頂戴し、深く感銘を受けた。


と、カタリン様のご美貌とおふる舞いを、手放しに褒めそやしている。

いずれは、わたし自身が帝都に赴く必要があるかもしれないけれど、まずはカタリン様の優れた社交術に託したい。


エルジェーベト様とレオノーラ様、さらにナーダシュディ公爵家のメリンダ様が、一様に険しい表情を見せられた。


「……100億トヴァルですか」

「ええ……。まだ、正式な要求ではありませんが、皇帝の近くに仕える者から示唆されたそうです」

「やってやれぬことはない金額ではありますが……」


と、レオノーラ様が眉間にふかいシワを刻まれた。

仰りたいことは分かる。

王家エステル家によって賄われる国家予算だけではなく、三大公爵家をはじめとした貴族家からもかき集めれば、用意できなくもない。

それを皇帝にポンッと支払えば、アルパード殿下は即座に解放されるだろう。

前ワルデン公の復位など、巨額の身代金を前にしたらオマケでしかない。


ただし、平民は重税にあえぐことになる。


あまりに巨額な出費は、王家や三大公爵家であろうとも、貯えだけで賄うことは不可能だ。

平民に税を課して調達するほかない。

最悪の場合、徴税権を担保にした豪商からの借入ということも考えられる。

重苦しい空気のなか、カタリン様からの続報を待つとだけ決めた。

こっそりエミリー殿下におうかがいしてみたけれど、


――王家の秘密資金♪


みたいなものは、ないそうだ。

やはり、領地の平民に重税を課して調達するほかに、手段が思い浮かばなかった。


カタリン様からの次の報せは、すこし明るいものだった。

ピエカル宗家との接触に成功され、本拠ジェジオーラ大公国の〈パン窯ピエツ宮殿〉に招かれたという。

帝都からは馬車で10日ほどの距離。

だけど、カタリン様はすぐさま移動を開始してくださっていた。

エミリー殿下からのご書簡でカタリン様の帝都来訪を知ったらしく、さらにはレトキの女王ヴェーラ陛下からもお口添えの書簡が届いていたそうだ。

ピエカル宗家からの協力を取り付けられたら、帝国内では大きい。

みんなが力を合わせて、アルパード殿下奪還のために動いてくれていることが嬉しかった。


わたしはわたしで、今できることをと考えて、内廷で典礼を司るジェシカ様と入念に話し合って、


――王権代行者が外交で出国する場合、王権を委譲する必要はない。


という先例を打ち立てた。

国王陛下は王権を委譲しても国王陛下だけど、王権代行者ではそうはいかない。

わたし以前の王権代行者が〈そもそも外交を担ったことがない〉ということを、入念に調べ上げてから、

わたしのワルデン公国訪問をもって、新しい先例と定めた。


ないことを証明するのは骨が折れる。


宮廷儀礼と内廷儀礼に精通されるジェシカ様であっても、断言できるまでに王家の先例集を読み込んでいただくのは大変な作業だった。

でもこれで、わたしが〈奇襲作戦〉でなくても国外に出られる根拠が出来た。

いざ、外交交渉が佳境を迎えたときに備えて、先例第一のわが国では重要な手順だった。

先例第一とはいえ、これまでに起きたことのない事態に対しては、臨機応変に対応するしかない。

民衆が王宮に押し寄せたことも、そうだ。

もし、また同じことが起きたら、わたしの対応が先例として引かれるだろう。

新しい先例をつくる。

ガーボルも言っていたけれど、王権はそのためにあると言っても、過言ではない。


やがて、〈パン窯ピエツ宮殿〉に入られたカタリン様からの急使が届く。

ピエカル宗家が協力を約束し、帝都にある邸宅をカタリン様の活動拠点として無償で提供してくださるとのことだった。

邸宅といっても、ちょっとした離宮くらいの規模がある。

簡単な絵図面が添えられていたけれど、花乙女宮と比べても遜色がない。


――義侠心に篤い、無頼令嬢マウゴジャータの開いたお家柄なれば。


と、ご当主は笑われていたそうだ。

無頼の作法では、こちらから礼を述べるのは〈見返り目当て〉と貶める行為なんだそうで、

ご厚意に礼を述べてはいけないとは、なかなか無頼の世界も奥が深い。

そして、当代のピエカル宗家ご当主は女性の方。


――白みがかったストレートの銀髪に、大口を開けて快活に笑われる、爽快な女性でいらしたわ。はやくガブリエラに会わせたいものね。気が合うと思うわよ?


と、カタリン様が茶目っ気たっぷりに書いてくださっていた。


「ガブリエラ陛下が、初めて無頼令嬢様のことをお知りになられたときには『わたしも、刺青いれる~っ!!』と、大暴れで大変でした」

「ちょっ、イロナ!? なに、主君の秘密をバラして……」


イロナ? エルジェーベト様もレオノーラ様もいるところで、何を口走ってるんだ?

リリも、にやにやしない!


「屈強な家宰殿から衛兵、はては騎士までぶん投げて失神させてしまわれる、当時7歳のガブリエラ陛下……」

「まあ」


エルジェーベト様も、優雅な微笑みを浮かべて「まあ」じゃありませんことよ?


「当時11歳だった私は、この方の側仕えをすることになるのかと興奮したものです」

「あらあら、イロナ様も既に忠臣であられたのですわね?」


レオノーラ様? イロナが調子に乗るから、やめていただけません?


「結局、エディト様が『そんなことするなら、母娘の縁を切る!』と一喝されて、ようやく収まったのです」

「ガブは、ずっとエディト様の仰られることだけは、大人しく言うことを聞いてたからな?」

「……リリまで、余計なこと言わないでくれる?」


イロナが自慢げに腕組みして目をつむり、あごを上げた。


「う~ん……、泣きべそをかくガブリエラ陛下に、たまたま遊びに来ていた私が絵の具で二の腕に、猫ちゃんの絵を描いてさし上げて、一緒に無頼令嬢ごっこをして遊んだのです」

「あら、微笑ましいですわね」


レオノーラ様が、やさしげな瞳でわたしを見詰めてくださる。

そんな、親戚の娘を見るような目で……。


「何度も何度も私に『パンの女神ってなんですか?』と聞かせては、『さあ? ……美味いんじゃねぇか?』……と、二の腕の猫ちゃんを見せびらかしてくださるガブリエラ陛下。可愛いかったなぁ~」


イ、イロナめ……。後で覚えとけよ?

と、思いつつ、真っ赤にした顔を伏せてしまった。

いまさら王都で猫かぶる必要もないのだけど、貴族令嬢らしからぬ幼少期エピソードに小さくなってしまう。

エルジェーベト様が、やわらかくて慈悲深いお声をわたしにかけてくださる。


「ふふっ。……無頼令嬢マウゴジャータ様は、なにより民を大切されたお方と伝わります。きっとガブリエラ陛下も、アルパード殿下とともに民に寄り添われる、名君になられますわね」

「……きょ、恐縮です」


わたしの無頼令嬢愛を、滔々と語りそうになる衝動を必死に抑えた。

そうだ。

無頼令嬢は複雑な生い立ちに破天荒なお人柄だったけれど、巡り合った伴侶に一途に尽くした、清純な乙女でもあられたのだ。

わたしも、巡り合った初恋のアルパード殿下のために、すべてを尽くし、すべてを捧げたい。

と――、

わたしは赤面に赤面を重ねた。

アルパード殿下との、


あたまポンポン、


の、全身を突き抜けた快感を、ふいに思い起こしてしまったのだ。


閨の睦事より恥ずかしい。


わたしの、……性癖。

いや、睦事もまだ経験ないんだけど……。

人前で思い起こすと、こんなに気恥ずかしいものだとは……。

いつまでも顔を真っ赤に、頭を伏せたままのわたしを、みな様が温かく見守ってくださった。


いや……、はやくどっか行ってください。

そして、イロナ。覚えとけよ……。


  Ψ


アルパード殿下が捕囚の憂き目に遭われるなか、つい笑声を憚るところがある。

ご苦難の最中にあられるアルパード殿下を思えば、笑顔や笑い声を不謹慎や不敬とさえ感じる瞬間がある。

だけど、人間、ずっとそれでは神経をやられてしまう。

楽しいときには笑い、嬉しいときには笑みをこぼす。

イロナがわたしの勘気を恐れず、空気を和らげようとしてくれた気持ちはよく理解できた。


「なっ、なんでひょうか? ギャ、ギャブリエラ陛下?」


ジトっと、ひと睨みするだけで、わたしの昔話を暴露したことは不問にした。


「なんでもないわ。ふふっ。いつも、ありがとう。イロナ」


そして、わたしは決断を下す。


皇帝に身代金は払わない。


たとえアルパード殿下の捕囚が長引いたとしても、歯を食いしばって、粘り強く皇帝との交渉に臨む。

メイド、ヨラーンの死を長く引きずられるほどに平民を大切に想われる、やさし過ぎるアルパード殿下。

お帰りになられた時、ご自身の捕囚が原因で重税に苦しむ平民たちの姿など、お目に入れるわけにはいかない。

ご自身が解放されたとて、どれほどお苦しみになられることか。


わたしは、帝都に花と庭師を送り込む。


ピエカル宗家から提供されたという豪勢な邸宅に、花乙女宮に劣らず壮麗な花壇を築き上げ、深く根ざした花々とともに、

腰を据えて交渉に挑む覚悟を示す。

王家、三大公爵家、そして27侯爵家が自慢の花々を持ち寄る。

さらには男爵以上の全貴族家にも呼びかけ、庭師も選抜する。


「あら、貴女たちも行ってくれるのね?」


と、わたしの開いた壮行の式典に、あの赤毛と栗毛の女性庭師の姿があった。


「はい! 帝都の土で花を咲かせるなど、得難い機会! 志願させていただきました!」


とは、赤毛の女の子。


「ウチの工房秘伝の堆肥もお持ちいたします! 必ずや帝国をアッと驚かせる花を咲かせてみせます!」


と、栗毛の女の子。

ふたりとも顔を紅潮させていて、新たな花壇づくりに燃えていた。

わが国では既に、適地はすべて花壇になっている。これ以上増やしたら、生活に支障が出るレベルだ。

庭師たちは先人から受け継ぐ花壇を守り続けているけれど、まっさらな花壇づくりにも惹かれるのだろう。

若い庭師なら、なおさらのことだ。

王権代行者として、花の女神ヴィラーグのご加護を祈る祭祀を執り行い、みなを送り出した。


取り戻す、必ず。


決意を固め、寒空の下、すでに春の花を咲かせはじめた花乙女宮の花壇を歩いた。

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