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53.言ってくれたら
花乙女宮に戻ったわたしは、すぐにイロナに命じ、カタリン様が帝都に向かわれる道中、挨拶に立ち寄られた領邦君主から、わたしに届いた書簡を持ってこさせた。
どれも、カタリン様の優美な挨拶を褒め称えている。
けれど、それ以上にカタリン様が贈られた花への言及の方が多い。
わたしは顔を上げ、イロナを見た。
「ねぇ、イロナ。……花を売るのってどう思う?」
「えっ? ……別に、よろしいかと存じますけど……」
「そうよねぇ」
「……いますかね? 買ってくれる方が」
「そう思うわよねぇ」
わが国で花はありふれているし、貴族も平民もみんな自分で育てる。
わずかに存在する花屋が扱うのは、死者に手向けるヒヤシンスだけ。
それ以外、花を売り買いすることはない。
花を育て、咲かせることは〈花の女神ヴィラーグ〉の依代を設けることであり、繁栄と豊穣の祈りを込める。
花神ヴィラーグのご加護を祈り、
賓客には、花を贈る。
綺麗に咲かせた花を褒められたら、
とても嬉しい。
もちろん、花を貰っても、嬉しい。
だけど、花を買おうという発想はない。
他国に花屋があるのは、知識として知っている。みんな、花を買う……、らしい。
書簡をくれた領邦君主、カタリン様の邸宅に足を運ぶ貴族、宮中官僚、彼らは、
みんな、わが国の花が欲しかったのだ。
お金を出してでも買い求めたかった。
けれど、わが国にとって花を咲かせることは宗教行為。みんな恐る恐る花を褒め称え、こちらの様子を窺っていたのだ。
店先の花壇と、漁師の娘が自前の品種改良で咲かせた薔薇の花が、
ヨラーンを帝国で成り上がらせたほどに、
帝都の花壇で咲き誇る美しい花々は、帝国を魅了していたのだ。
噂は噂を呼び、売ってはもらえなくとも、せめて眺めたいと人が押し寄せた。
そして、花の王国を噂には聞いていたけれど、実際に目にするのは初めての、わが国で品種改良を重ね、
見事に咲き誇る、花々に目を奪われ、
心を奪われ、
ほんとうは売って欲しかった。
もしも、ヨラーンがこの話を書簡で書き送ってくれたとしても、わたしたちにはピンとこなかった可能性が高い。
それほどまでに、花はありふれている。
帝都で花壇をご案内されるカタリン様でさえ、お気付きになられていないのだ。
ヨラーンが体験と体感を持って、熱い視線を添えて伝えてくれなければ、
「へぇ~、じゃあ、皇帝にプレゼントしてみようかな?」
くらいな感想しか持たず、安売りしていたことだろう。
帝国貴族たちから垂涎の的になっている、わが国の花々の価値にも気付かず。
Ψ
わたしは、ただちに選りすぐりの花々の手配を命じた。
そして、文言が整い、ついに発出された共同書簡にあわせ、帝国の領邦君主たちに使者を飛ばす。
「全部か……」
「全部よ、リリ。大変だけど、お願い」
リリと、リュビア公国で執政官を務めるユディト様を除く、内廷女官6名。
共同書簡の写しを持たせ、手分けして千以上におよぶ、すべての領邦国家を巡り、意義と内容を説明して回ってもらう。
わが国自慢の花を添えて。
「焦ることも、急ぐこともないわ。……ただ、訪問した領邦の周辺に『あそこはどうやら、スゴい花を贈られたらしいぞ……』って、噂が広がるようにしてちょうだい」
「もったいぶるってことだな?」
「そういうこと。ゆったりと優雅に向かってちょうだい。ウチにもはやく来ないかと、焦らすくらいに」
そして、花の通商を匂わせる。
「ご嫡男の即位礼を、わが国の花々で彩れば、さぞ華麗で荘厳なことでしょうねぇ」
儀式典礼を見栄え良く飾りたい――、
そう考えない貴族はいない。
わが国の花を、なにも他国の花屋に卸す必要はない。領邦君主が晴れの日を飾る、特別な花として高く売ればいい。
「ですが……、わが国でいまはガブリエラ陛下がいわば臨時の女王を務めておられます。……いずれアルパード殿下がご帰国され、ご即位された暁には、必ずや花の輸出をお認めになられることでしょう」
いまも別に、輸出を禁じてはいない。
こちらは売れると思ってなくて、むこうは買えると思ってなかっただけだ。
思い返せば、ミア夫人も、ヴェーラ陛下も、アーヴィド陛下も、少女のように瞳を輝かせた重臣のおっさんたちも、
みんな、花が欲しかったのだ。
「言ってくれたら、売ったのに」
と、苦笑いだ。
花には〈花の女神ヴィラーグ〉が宿ると信仰するけど、花自体が神聖とは考えない。
だって、枯れるし。
枯れたら捨てるし。ゴミ箱に。
花が枯れるたびに、
「おおおぉぉぉ……、女神ヴィラーグよ。花を枯らせてしまった愚かなる私めをお許しくださいませぇぇぇ」
なんて、嘆いてられないし。
神の依代が、神聖ではない。
この〈感覚〉は、ヴィラーグ王国に生まれ育った者でないと、なかなか理解してもらえないのかもしれない。
むこうが勝手に「神聖だと思ってるんだろうなぁ~」と、遠巻きに見ている。
いまはそれを武器にする。
リリたちが訪問して、アルパード殿下が捕囚されてる事実を初めて知る領邦君主も多いことだろう。
高らかに皇帝の非を訴えることはない。
皇帝に歯向かうことを躊躇わせては、逆に皇帝に利することにもなりかねない。
ただ、アルパード殿下の解放が自分たちのメリットになると思ってくれたら、それで充分だ。
――捕囚は事実か?
と、帝都に問い合わせてくれるだけでも良い。
リリたち7人の使者を壮麗な馬車に乗せ、〈温室馬車〉と庭師を付け、花の騎士10名ずつの護衛で、ゆるゆると出発させた。
花の隊列は、それだけでも話題になることだろう。
ギレンシュテット王国の帰り道、花嫁さんが見せてくれた素敵な笑顔を思えば、いずれ平民の手にも渡るようにしてあげたい。
だけど、まずはアルパード殿下の奪還だ。
わが国の花が手に入らないのは皇帝のせいであるという空気を、領邦君主たちの間につくる。
共同書簡では、アルパード殿下を〈保護〉した皇帝を褒め称えてやった。
歯を食いしばり、激しい憤りと口惜しさを押し隠し、微笑を浮かべて、
顔を立てた。
次は、皇帝を孤立させる一手だ。
カタリン様には急使を発し、花壇の花を迂闊に分け与えないようにと伝えた。
けれど、折り返しのお返事は、えらく脱力させられるものだった。
「姉様が……、婚約」
「そ、そうなんですよ、メリンダ様」
帝都の邸宅に人が集まるのは花壇が目当てだったとしても、カタリン様が〈いい女〉であることも確かだ。
それも〈かなりいい女〉だと、わたしは思っている。なにせ、わたしを腹の上で泣かせた女なのだ。
来世があるなら嫁にしてもらいたい。
帝都でいい出会いがあったのなら、祝福させていただきたい。
ただ――、
「そ、それで、婚約に許可を求めてられるんですけど……、ナーダシュディ公爵家の意向も確認しておきたくて」
「お、お相手は……?」
「それが……、ハッキリとはお書きになられてないんですよねぇ」
「…………、え?」
メリンダ様は一度考え込まれてから、改めて疑問の声をあげられた。
まあ、そういう反応になる。
そして、カタリン様からのご書簡をお渡しすると、メリンダ様はそのまま沈思黙考というお姿で黙り込んでしまわれた。
ギレンシュテット王国ではメリンダ様の考察に助けられた。レオノーラ様の意図を見抜かれ、遠回しにご示唆くださった。
わたしも静かに、メリンダ様がお顔をあげられるのを待った。
「姉は……、呼んでいますね。ガブリエラ陛下を」
「ふむ……」
「万が一、書簡を盗み見られたり、奪われてしまっても障りのないよう、慎重に言及を避けていますが……。勝負所だと、姉は判断していると思います」
「……なるほど」
「なにか、大きな交渉の糸口をつかんだのでしょう。今は伏せておきたい、絶対に外には漏らしたくないほどの……」
わたしはメリンダ様の考察を採用し、
帝都行きを決断した。
カタリン様はメリンダ様が家籍に加えられたとき、妾腹の妹が虐待されないよう、ご自分のお部屋に匿われた。
つまり、おふたりは高位貴族のご姉妹としては珍しく、長く同室で過ごしてこられたのだ。
ことが婚約となれば、わたしがご書簡をナーダシュディ公爵家のメリンダ様に読ませると考え、
メリンダ様をよくご存じのカタリン様は、明敏な妹君であれば、ご自分の意図を読み取れるとも考えた。
ご姉妹の絆は堅い。
メリンダ様のお見立ては、確度が高いと判断した。
ただ、わたしが行くとなると、王権代行者すなわち女王としての訪問になる。
入国の許可を求めるよう帝都のカタリン様に勅命を発すると、すぐさま、許可を得られたとの書簡がかえってきた。
互いに早馬を用いて往復20日かかるとはいえ、対応は電光石火。すでに入国許可を得ていたのかもしれない。
やはり、メリンダ様のお見立ては正しかったのだ。
「どうよ、ガブリエラ? 私の妹君ったら、賢いでしょ!?」
と、腕組みして鼻息荒いカタリン様の、嬉しそうな笑顔が目に浮かぶようだった。
帝都まで片道、馬車で約ひと月。
往復するだけで、ふた月。滞在期間も考えると、長期の王国不在になる。
内廷女官はすべて国外に出していたし、顧問伝奏の侯爵令嬢たちだけで国政を切り盛りできるだけの体制を整えてから、
わたしは花乙女宮を出発した。
そして、わたしは賑やかな隊列に、こっそりヨラーンを潜ませた。
いまは存在を明らかにできない。
いずれ、アルパード殿下にお引き合わせしたいとは思うけれど、慎重にタイミングを見計らわないと、関係する全員を傷付けてしまうことにもなりかねない。
それまでの間、ヨラーンはヴィラーグ王国内では罪人。
まずは安全にご帰国いただくため、華々しい女王の隊列を利用した。
国境を過ぎ、隣国ワルデン公国に入ってからブリギッタ様にヨラーンを託した。
ワルデン公国は帝国領内。ブリギッタ様は訳も聞かれず、フィルボ王妃のために馬車を用意してくださり、
ヨラーンは別ルートで、急ぎ帰国した。
メラン家で、アルパード殿下解放に向け、運動してくれるとのことだった。
煌びやかに、雅びやかに、ヴィラーグ女王ガブリエラを乗せた馬車が進む。
後ろには、オステンホフ家ワルデン公ラヨシュ様の実姉、つまり明確に皇帝の縁戚となられた、カールマーン女公爵エルジェーベト閣下を乗せた優美な馬車が続き、
トルダイ公爵夫人レオノーラ様の壮麗な馬車、ナーダシュディ公爵令嬢メリンダ様の絢爛たる馬車と連なり、
帝国の選帝侯ゼーエン公の外孫たる、ラコチ女侯爵ヘレナ閣下の馬車、
そして、第2王女フローラ殿下のご息女にしてケベンディ侯爵令嬢エスメラルダ様の馬車へと続く、
煌びやかな馬車の隊列。
さらには、女王侍女長コルマーニュ伯爵令嬢イロナの馬車、その義妹で女王メイド長エレノールの馬車、
そして、すべてのご令嬢、ご夫人方のメイドたちを乗せた馬車が延々と続き、
その後ろを何台もの〈温室馬車〉が、咲き誇る花々を載せてゆく。
花の騎士、そして儀仗行進する近衛兵たちに護られながら、
華麗な花の女王の隊列が一路、
帝都を目指す。
わたしの愛しい〈ふわふわ王太子〉アルパード殿下を奪還するため、
エルハーベン帝国皇帝アルブレヒト3世のもとへと、わたしは優雅に乗り込む。
どれも、カタリン様の優美な挨拶を褒め称えている。
けれど、それ以上にカタリン様が贈られた花への言及の方が多い。
わたしは顔を上げ、イロナを見た。
「ねぇ、イロナ。……花を売るのってどう思う?」
「えっ? ……別に、よろしいかと存じますけど……」
「そうよねぇ」
「……いますかね? 買ってくれる方が」
「そう思うわよねぇ」
わが国で花はありふれているし、貴族も平民もみんな自分で育てる。
わずかに存在する花屋が扱うのは、死者に手向けるヒヤシンスだけ。
それ以外、花を売り買いすることはない。
花を育て、咲かせることは〈花の女神ヴィラーグ〉の依代を設けることであり、繁栄と豊穣の祈りを込める。
花神ヴィラーグのご加護を祈り、
賓客には、花を贈る。
綺麗に咲かせた花を褒められたら、
とても嬉しい。
もちろん、花を貰っても、嬉しい。
だけど、花を買おうという発想はない。
他国に花屋があるのは、知識として知っている。みんな、花を買う……、らしい。
書簡をくれた領邦君主、カタリン様の邸宅に足を運ぶ貴族、宮中官僚、彼らは、
みんな、わが国の花が欲しかったのだ。
お金を出してでも買い求めたかった。
けれど、わが国にとって花を咲かせることは宗教行為。みんな恐る恐る花を褒め称え、こちらの様子を窺っていたのだ。
店先の花壇と、漁師の娘が自前の品種改良で咲かせた薔薇の花が、
ヨラーンを帝国で成り上がらせたほどに、
帝都の花壇で咲き誇る美しい花々は、帝国を魅了していたのだ。
噂は噂を呼び、売ってはもらえなくとも、せめて眺めたいと人が押し寄せた。
そして、花の王国を噂には聞いていたけれど、実際に目にするのは初めての、わが国で品種改良を重ね、
見事に咲き誇る、花々に目を奪われ、
心を奪われ、
ほんとうは売って欲しかった。
もしも、ヨラーンがこの話を書簡で書き送ってくれたとしても、わたしたちにはピンとこなかった可能性が高い。
それほどまでに、花はありふれている。
帝都で花壇をご案内されるカタリン様でさえ、お気付きになられていないのだ。
ヨラーンが体験と体感を持って、熱い視線を添えて伝えてくれなければ、
「へぇ~、じゃあ、皇帝にプレゼントしてみようかな?」
くらいな感想しか持たず、安売りしていたことだろう。
帝国貴族たちから垂涎の的になっている、わが国の花々の価値にも気付かず。
Ψ
わたしは、ただちに選りすぐりの花々の手配を命じた。
そして、文言が整い、ついに発出された共同書簡にあわせ、帝国の領邦君主たちに使者を飛ばす。
「全部か……」
「全部よ、リリ。大変だけど、お願い」
リリと、リュビア公国で執政官を務めるユディト様を除く、内廷女官6名。
共同書簡の写しを持たせ、手分けして千以上におよぶ、すべての領邦国家を巡り、意義と内容を説明して回ってもらう。
わが国自慢の花を添えて。
「焦ることも、急ぐこともないわ。……ただ、訪問した領邦の周辺に『あそこはどうやら、スゴい花を贈られたらしいぞ……』って、噂が広がるようにしてちょうだい」
「もったいぶるってことだな?」
「そういうこと。ゆったりと優雅に向かってちょうだい。ウチにもはやく来ないかと、焦らすくらいに」
そして、花の通商を匂わせる。
「ご嫡男の即位礼を、わが国の花々で彩れば、さぞ華麗で荘厳なことでしょうねぇ」
儀式典礼を見栄え良く飾りたい――、
そう考えない貴族はいない。
わが国の花を、なにも他国の花屋に卸す必要はない。領邦君主が晴れの日を飾る、特別な花として高く売ればいい。
「ですが……、わが国でいまはガブリエラ陛下がいわば臨時の女王を務めておられます。……いずれアルパード殿下がご帰国され、ご即位された暁には、必ずや花の輸出をお認めになられることでしょう」
いまも別に、輸出を禁じてはいない。
こちらは売れると思ってなくて、むこうは買えると思ってなかっただけだ。
思い返せば、ミア夫人も、ヴェーラ陛下も、アーヴィド陛下も、少女のように瞳を輝かせた重臣のおっさんたちも、
みんな、花が欲しかったのだ。
「言ってくれたら、売ったのに」
と、苦笑いだ。
花には〈花の女神ヴィラーグ〉が宿ると信仰するけど、花自体が神聖とは考えない。
だって、枯れるし。
枯れたら捨てるし。ゴミ箱に。
花が枯れるたびに、
「おおおぉぉぉ……、女神ヴィラーグよ。花を枯らせてしまった愚かなる私めをお許しくださいませぇぇぇ」
なんて、嘆いてられないし。
神の依代が、神聖ではない。
この〈感覚〉は、ヴィラーグ王国に生まれ育った者でないと、なかなか理解してもらえないのかもしれない。
むこうが勝手に「神聖だと思ってるんだろうなぁ~」と、遠巻きに見ている。
いまはそれを武器にする。
リリたちが訪問して、アルパード殿下が捕囚されてる事実を初めて知る領邦君主も多いことだろう。
高らかに皇帝の非を訴えることはない。
皇帝に歯向かうことを躊躇わせては、逆に皇帝に利することにもなりかねない。
ただ、アルパード殿下の解放が自分たちのメリットになると思ってくれたら、それで充分だ。
――捕囚は事実か?
と、帝都に問い合わせてくれるだけでも良い。
リリたち7人の使者を壮麗な馬車に乗せ、〈温室馬車〉と庭師を付け、花の騎士10名ずつの護衛で、ゆるゆると出発させた。
花の隊列は、それだけでも話題になることだろう。
ギレンシュテット王国の帰り道、花嫁さんが見せてくれた素敵な笑顔を思えば、いずれ平民の手にも渡るようにしてあげたい。
だけど、まずはアルパード殿下の奪還だ。
わが国の花が手に入らないのは皇帝のせいであるという空気を、領邦君主たちの間につくる。
共同書簡では、アルパード殿下を〈保護〉した皇帝を褒め称えてやった。
歯を食いしばり、激しい憤りと口惜しさを押し隠し、微笑を浮かべて、
顔を立てた。
次は、皇帝を孤立させる一手だ。
カタリン様には急使を発し、花壇の花を迂闊に分け与えないようにと伝えた。
けれど、折り返しのお返事は、えらく脱力させられるものだった。
「姉様が……、婚約」
「そ、そうなんですよ、メリンダ様」
帝都の邸宅に人が集まるのは花壇が目当てだったとしても、カタリン様が〈いい女〉であることも確かだ。
それも〈かなりいい女〉だと、わたしは思っている。なにせ、わたしを腹の上で泣かせた女なのだ。
来世があるなら嫁にしてもらいたい。
帝都でいい出会いがあったのなら、祝福させていただきたい。
ただ――、
「そ、それで、婚約に許可を求めてられるんですけど……、ナーダシュディ公爵家の意向も確認しておきたくて」
「お、お相手は……?」
「それが……、ハッキリとはお書きになられてないんですよねぇ」
「…………、え?」
メリンダ様は一度考え込まれてから、改めて疑問の声をあげられた。
まあ、そういう反応になる。
そして、カタリン様からのご書簡をお渡しすると、メリンダ様はそのまま沈思黙考というお姿で黙り込んでしまわれた。
ギレンシュテット王国ではメリンダ様の考察に助けられた。レオノーラ様の意図を見抜かれ、遠回しにご示唆くださった。
わたしも静かに、メリンダ様がお顔をあげられるのを待った。
「姉は……、呼んでいますね。ガブリエラ陛下を」
「ふむ……」
「万が一、書簡を盗み見られたり、奪われてしまっても障りのないよう、慎重に言及を避けていますが……。勝負所だと、姉は判断していると思います」
「……なるほど」
「なにか、大きな交渉の糸口をつかんだのでしょう。今は伏せておきたい、絶対に外には漏らしたくないほどの……」
わたしはメリンダ様の考察を採用し、
帝都行きを決断した。
カタリン様はメリンダ様が家籍に加えられたとき、妾腹の妹が虐待されないよう、ご自分のお部屋に匿われた。
つまり、おふたりは高位貴族のご姉妹としては珍しく、長く同室で過ごしてこられたのだ。
ことが婚約となれば、わたしがご書簡をナーダシュディ公爵家のメリンダ様に読ませると考え、
メリンダ様をよくご存じのカタリン様は、明敏な妹君であれば、ご自分の意図を読み取れるとも考えた。
ご姉妹の絆は堅い。
メリンダ様のお見立ては、確度が高いと判断した。
ただ、わたしが行くとなると、王権代行者すなわち女王としての訪問になる。
入国の許可を求めるよう帝都のカタリン様に勅命を発すると、すぐさま、許可を得られたとの書簡がかえってきた。
互いに早馬を用いて往復20日かかるとはいえ、対応は電光石火。すでに入国許可を得ていたのかもしれない。
やはり、メリンダ様のお見立ては正しかったのだ。
「どうよ、ガブリエラ? 私の妹君ったら、賢いでしょ!?」
と、腕組みして鼻息荒いカタリン様の、嬉しそうな笑顔が目に浮かぶようだった。
帝都まで片道、馬車で約ひと月。
往復するだけで、ふた月。滞在期間も考えると、長期の王国不在になる。
内廷女官はすべて国外に出していたし、顧問伝奏の侯爵令嬢たちだけで国政を切り盛りできるだけの体制を整えてから、
わたしは花乙女宮を出発した。
そして、わたしは賑やかな隊列に、こっそりヨラーンを潜ませた。
いまは存在を明らかにできない。
いずれ、アルパード殿下にお引き合わせしたいとは思うけれど、慎重にタイミングを見計らわないと、関係する全員を傷付けてしまうことにもなりかねない。
それまでの間、ヨラーンはヴィラーグ王国内では罪人。
まずは安全にご帰国いただくため、華々しい女王の隊列を利用した。
国境を過ぎ、隣国ワルデン公国に入ってからブリギッタ様にヨラーンを託した。
ワルデン公国は帝国領内。ブリギッタ様は訳も聞かれず、フィルボ王妃のために馬車を用意してくださり、
ヨラーンは別ルートで、急ぎ帰国した。
メラン家で、アルパード殿下解放に向け、運動してくれるとのことだった。
煌びやかに、雅びやかに、ヴィラーグ女王ガブリエラを乗せた馬車が進む。
後ろには、オステンホフ家ワルデン公ラヨシュ様の実姉、つまり明確に皇帝の縁戚となられた、カールマーン女公爵エルジェーベト閣下を乗せた優美な馬車が続き、
トルダイ公爵夫人レオノーラ様の壮麗な馬車、ナーダシュディ公爵令嬢メリンダ様の絢爛たる馬車と連なり、
帝国の選帝侯ゼーエン公の外孫たる、ラコチ女侯爵ヘレナ閣下の馬車、
そして、第2王女フローラ殿下のご息女にしてケベンディ侯爵令嬢エスメラルダ様の馬車へと続く、
煌びやかな馬車の隊列。
さらには、女王侍女長コルマーニュ伯爵令嬢イロナの馬車、その義妹で女王メイド長エレノールの馬車、
そして、すべてのご令嬢、ご夫人方のメイドたちを乗せた馬車が延々と続き、
その後ろを何台もの〈温室馬車〉が、咲き誇る花々を載せてゆく。
花の騎士、そして儀仗行進する近衛兵たちに護られながら、
華麗な花の女王の隊列が一路、
帝都を目指す。
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