91 / 297
91.初陣が始まる(2)
しおりを挟む
まもなく日没を迎える。
望楼の手すりを握る手が汗ばんでいるのを感じる。
メイファンたち長弓隊は、今晩から4方向すべてに展開している。
チンピラさんたちが短弓隊の槍や熱湯、荷運びに回ったので、南側城壁の投石がなくなる。連携が機能していたので、剣士の急激な負担増を避けるため、長弓隊の全面展開に踏み切った。
シーシたち司空府の職人さんたちはフル回転で玉篝火を生産してくれている。
宮城はやや北寄りに建っているため、南側の方が第2城壁までの距離が長い。
長弓の射手の中で、最も腕の立つメイファンは宮城南側の屋根からの射撃に回った。
「城壁の上でミンユーのこと見えたら、気が気でなくなるし」
と、メイファンは少し眉を下げた笑顔で言った。
人獣との近接戦闘に臨む妹のことが心配でない訳がない。申し訳ない気持ちもよぎるけど、こういうときにかける言葉が思い浮かばない。
「頑張ろう!」
と、考えられる限り一番平凡な言葉をかけると、メイファンは会心の笑みを返してくれた。
「任せとけって! ウチら姉妹の弓は最強なんだからッ!」
力強く拳を振り上げたメイファンのが揺れたけど、さすがに照れることもなかった。作戦を立てて指示を出してるこっちが勇気づけられた。チラ見は、した。凹んだ。
北側城壁では、短弓隊が訓練通りのフォーメーションを組んで、位置につき始めている。
初めての実戦投入で、もし対応し切れなくなった場合は剣士に戦闘を任せ、櫓に逃げ込めるように東西両端に2小隊ずつ配置した。
東西それぞれ1小隊ずつが交代で攻撃を行う。短弓の手持ちの矢を使い切る頃合いで前後を交代し、切れ目なく人獣に攻撃を加えつつ、矢の補充と休憩もとる。
交代の合図も含めて、短弓隊全体の指揮はフーチャオさんが執る。
東西それぞれにイーリンさんとヤーモンが担当の剣士として付いてくれて、抜けてきた人獣を討ちとる。
考えらえるだけのことは、考えた。
短い時間だけど、出来るだけの訓練もした。
いよいよ日が沈む、始まるという段階になっても「抜けはないか? 考え尽くせてるか?」という自問自答が続く。
矢や水を城壁の上に補充する荷運び担当も縄を垂らして待機している。
熱湯をぶっかける大鍋のサイズも見直した。櫓でテストしたとき、俺には持ち上げられなかった。さすがにチンピラさんたちと俺で腕力に大きな違いはない。
人獣を城壁から剥がせる熱湯の量と、人が運びやすい重さのバランスをとった。
……本当なら1ヶ月でも半年でも訓練してから実戦投入したい。
けれども、この城は常に落城寸前だ。
剣士たちの卓越した剣技で持ち堪えているに過ぎない。いつ人獣たちの大波に飲み込まれてもおかしくない。
「やってみる」
と、ミンユーが言うのも無理はない。
体系的な訓練方法もない。すべてが手探りだ。実戦で通用するのか、やってみるしかないというのも事実だ。
それに熱しやすく冷めやすいチンピラさんたちの、気持ちが盛り上がっているうちに【初陣】を迎える方が良いという事情もある。
せめて、マレビトに発現するという『呪力』が俺にあればと思う。歴代のマレビト達も呪力で危難を救ってきたという。いわばチートだ。
けれど、いつ発現するか分からないチートを待っていても仕方がない。今できることを、全力でやるしかない。
望楼の手すりを強く握り締めたその時、日没と人獣の凶暴化を知らせる、イーリンさんの手が挙がった。
短弓隊の【初陣】が、始まる――。
望楼の手すりを握る手が汗ばんでいるのを感じる。
メイファンたち長弓隊は、今晩から4方向すべてに展開している。
チンピラさんたちが短弓隊の槍や熱湯、荷運びに回ったので、南側城壁の投石がなくなる。連携が機能していたので、剣士の急激な負担増を避けるため、長弓隊の全面展開に踏み切った。
シーシたち司空府の職人さんたちはフル回転で玉篝火を生産してくれている。
宮城はやや北寄りに建っているため、南側の方が第2城壁までの距離が長い。
長弓の射手の中で、最も腕の立つメイファンは宮城南側の屋根からの射撃に回った。
「城壁の上でミンユーのこと見えたら、気が気でなくなるし」
と、メイファンは少し眉を下げた笑顔で言った。
人獣との近接戦闘に臨む妹のことが心配でない訳がない。申し訳ない気持ちもよぎるけど、こういうときにかける言葉が思い浮かばない。
「頑張ろう!」
と、考えられる限り一番平凡な言葉をかけると、メイファンは会心の笑みを返してくれた。
「任せとけって! ウチら姉妹の弓は最強なんだからッ!」
力強く拳を振り上げたメイファンのが揺れたけど、さすがに照れることもなかった。作戦を立てて指示を出してるこっちが勇気づけられた。チラ見は、した。凹んだ。
北側城壁では、短弓隊が訓練通りのフォーメーションを組んで、位置につき始めている。
初めての実戦投入で、もし対応し切れなくなった場合は剣士に戦闘を任せ、櫓に逃げ込めるように東西両端に2小隊ずつ配置した。
東西それぞれ1小隊ずつが交代で攻撃を行う。短弓の手持ちの矢を使い切る頃合いで前後を交代し、切れ目なく人獣に攻撃を加えつつ、矢の補充と休憩もとる。
交代の合図も含めて、短弓隊全体の指揮はフーチャオさんが執る。
東西それぞれにイーリンさんとヤーモンが担当の剣士として付いてくれて、抜けてきた人獣を討ちとる。
考えらえるだけのことは、考えた。
短い時間だけど、出来るだけの訓練もした。
いよいよ日が沈む、始まるという段階になっても「抜けはないか? 考え尽くせてるか?」という自問自答が続く。
矢や水を城壁の上に補充する荷運び担当も縄を垂らして待機している。
熱湯をぶっかける大鍋のサイズも見直した。櫓でテストしたとき、俺には持ち上げられなかった。さすがにチンピラさんたちと俺で腕力に大きな違いはない。
人獣を城壁から剥がせる熱湯の量と、人が運びやすい重さのバランスをとった。
……本当なら1ヶ月でも半年でも訓練してから実戦投入したい。
けれども、この城は常に落城寸前だ。
剣士たちの卓越した剣技で持ち堪えているに過ぎない。いつ人獣たちの大波に飲み込まれてもおかしくない。
「やってみる」
と、ミンユーが言うのも無理はない。
体系的な訓練方法もない。すべてが手探りだ。実戦で通用するのか、やってみるしかないというのも事実だ。
それに熱しやすく冷めやすいチンピラさんたちの、気持ちが盛り上がっているうちに【初陣】を迎える方が良いという事情もある。
せめて、マレビトに発現するという『呪力』が俺にあればと思う。歴代のマレビト達も呪力で危難を救ってきたという。いわばチートだ。
けれど、いつ発現するか分からないチートを待っていても仕方がない。今できることを、全力でやるしかない。
望楼の手すりを強く握り締めたその時、日没と人獣の凶暴化を知らせる、イーリンさんの手が挙がった。
短弓隊の【初陣】が、始まる――。
109
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~
エース皇命
ファンタジー
学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。
そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。
「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」
なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。
これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。
※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる