【完結】側妃のわたしが王子を地下に匿い、王位に就けます! でも、真の敵は姉でした。

三矢さくら

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13.いまだけのことだ

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「ですが、オロフ陛下もお歳を召されましたな」


と、純朴に笑う部族の使者を嗜めた。


「滅多なことを口にするものではありませんよ? ……王都の中心部から離れた離宮とはいえ、メイドも侍従騎士もおるのです」

「これは、失礼を……」


狩り小屋で、弓矢に刻む紋様の講義を終えたあと、立ったままでお茶にしていた。

人あたりのいい中年の使者たちの柔和な顔は、どれも日に焼けて真っ黒だ。

狩りに放牧にと、日々、山野を駆けて暮らしているのだろう。

降伏から8年。

故郷の同胞は奴隷になどはされず、伝統を守って穏やかに暮らせている。

生贄の人質として王都で暮らす、甲斐があるというものだ。

なごやかに歓談する、わたしたちの足下――、地下の隠し部屋にはフレイヤがついてくれている。

意識の戻らないアーヴィド王子。

使者たちに、石畳の床の下から人の気配を感じられたら、破滅につながりかねない。

イサクがそっと立ち位置を変えた。

使者たちが隠し部屋の入口から遠ざかるよう、イサクはうまく立ち回ってくれている。

わたしは使者が聞かせてくれる他愛もない部族の近況に、微笑みながら相槌をうつ。


「そうですか……、ラウリが……」


同い年の幼馴染の男の子が、この春、嫁を取ったという。

ラウリは部族のなかでも関係の近い氏族の息子で、一緒に山野を駆け、負傷兵の手当てにいそしみ、笑いあい、喧嘩をし、過酷な戦争のなか、ともに育った。


――わたしにも、ラウリと結婚する未来があったかもしれない……。


という想いは、胸にチクリと刺さる。

だけど、使者からすればわたしは強大な王国の側妃に昇り詰め、華やかな暮らしを享受する、幸運な女性でもある。

わたしが人質としての惨めさも味わっていることまでは伝わらないし、

知ってほしいとも思わない。

蔑むべき蛮族の人質を王妃や側妃として尊ばなくてはならない王都の貴族令嬢たちから投げかけられる、複雑な色合いの視線を、わざわざ故郷の者たちにまで届けることはない。

わたしと姉トゥイッカが幸せに暮らしていると思えばこそ、部族も平穏に暮らせるというものだ。

聞かせてくれる幼馴染ラウリの幸福には、心から喜んで見せたい。

それでこそ、正しく生贄の役目を果たせているのだと思う。

ただ、いまは違う。

一刻も早く、狩り小屋から使者たちを出したい。

焦れる心が、はやく狩りの腕前を披露したい気持ちの表れであるかのようにふる舞って、山に出た。

わずかながらに安堵を覚え、使者たちとイサクと一緒に獲物をさがす。


――こうしている間にも、フレイヤにだけ看取られながらアーヴィド王子が旅立っていたら……。


という不安を胸の奥に隠し、弓を引き絞り、獲物に狙いをあわせる。

山を流れる小川のほとりで小休止をとり、使者が語ってくれる狩りの要諦に耳を傾けた。

日は傾き、緊張の時間は終わりを迎えようとしている。

ようやく思いがいたり、山野で採れる傷に効く薬草についても教えを乞うた。


「狩りに出れば、傷を負うこともありますから……」

「たしかに。大切な御身に、傷跡など残しては一大事ですからな」


と、使者は熱心に教えてくれる。

傷の治りをはやくするこけを教わったのは、心底ありがたかった。

煎じて飲めば、体力の回復にも役立つという。


「……下賤な話ながら、夜の方にも効果があるのですよ?」

「まあ……」


ニタッと笑う中年の使者の下卑た視線に嫌悪感がわくけど、無碍にもできない。


「それは、いずれ……、役立つ日も参りましょう……」

「オロフ陛下も……、御歳でございますから。いかに王妃陛下と側妃陛下が若くお美しいとはいえ、こういったものが必要な夜もございましょう」


ただ、使者の視線と声音に含まれるのは、王と妃の閨を想像した、いやらしい響きだけでない。

人質の姉妹が、暴虐の王から受ける寵愛は、部族の平穏に直結しているのだ。

ふと、アーヴィド王子に口移しに水を飲ませた、その感触を、唇と舌とに蘇らせてしまった。


――あれは……、わたしの初めての口づけだった……。


中年の使者がニマニマと教えてくれる貴重な助言に嫌悪感を隠して、恥じらうフリをするのに、役に立った。


故郷へと出立する使者たちを、出来るかぎり名残惜しそうに見送って、

わたしの離宮に平穏が戻った。

いや、この山を一歩降りれば、事実上の戒厳令下にあって、王国は重苦しい空気に包まれたままだ。

収穫祭を終えて領地に戻る貴族たちも、取り調べのために王宮で足止めを喰っている。

眼前では、すでに沈んだ太陽が地平線に描く、微かな赤い線が消えようとしていた。

夜の闇に包まれたら、その闇にまぎれて密偵が忍びこんでこないとも限らない。

すべてを上手く立ち回り、わたしに疑いの目が向けられることはなかったはずだけど、もしほころびがあれば、自分では気が付いていないだろう。

漆黒の鎧を着こんだ黒狼の騎士たちが、暗闇から飛び出してくる想像に、ちいさく身を震わせた。


   Ψ


隠し部屋に降りると、フレイヤが労ってくれた。


「気の休まる暇もございませんでしたわね……」

「ほんと……、隠しごとって大変だわ」

「あとでお肌のお手入れをしてさし上げますわ。ヴェーラ陛下もすこしは休まれませんと、お身体が持ちませんわよ?」

「ありがとう、フレイヤ。……だけど、せめてアーヴィド殿下の意識が戻られるまでは……、そばにいて差し上げたいの」


声をひそめて、メイドたちに怪しまれない立ち居ふる舞いを打ち合わせ、フレイヤを部屋に戻した。

ふたりきりになったアーヴィド王子の包帯を解き、薬草を貼りかえる。

傷口はふさがり始め、熱もやや下がった。

胸も肩も太ももも、立派な筋肉に覆われている。もともとの体力は充分にあるはず。

汗をぬぐい、包帯を巻きなおす。

わたしの手が、お身体に直接触れる。

せまい地下の密室は、アーヴィド王子の汗で蒸している。

脱出路に立てかけた板をどければ、かすかに風が通るのだけど、いまアーヴィド王子のお体を冷やすわけにもいかない。

わたしの身体もじっとりと汗ばみ、額をつたう汗をぬぐった。


上体を起こして膝と片腕で支え、薬草の汁と砂糖を溶かした水を、スプーンで少しずつ口に含ませる。

意識のもどられないアーヴィド王子だけど、口移しでなくとも水を飲み下してくださるようになった。

真っ白な肌をした美しい顔立ちに、わずかながら血色が戻ってきている。

だけど、わたしがお世話をしていないと、アーヴィド王子のお命は途絶えてしまう。

お世話できることが……、嬉しかった。

いまだけのことだ。

意識の戻られたアーヴィド王子が、いかなる道を選ばれるのか、わたしには分からない。

こんなにお近くで、肌にも直接触れてお世話できるのは、きっといまだけのことだ。


――このまま……、いつまでも……。


と、願うことは、わたしの身勝手だ。

身勝手極まりない。

上体を寝かせ、お身体に布団をかける。

レモンブロンドの髪を撫で、まだ苦しそうな表情の浮かぶお顔を見詰める。

宝石のように美しい青い瞳が見開かれ、わたしに優しく微笑んでくださることだけを祈るようにと――、努めた。


かるく目まいを覚え、自分も疲れ切っていることに気が付いた。


――わたしも睡眠をとるべきだ。だけど……、


寝ている間になにか起きれば、取り返しがつかないほどに後悔するだろう。

疲れを自覚した途端にぼんやりしてくる頭で、しばらく逡巡したあと、

布団のなかに手を伸ばし、アーヴィド王子の胸に触れた。

力強く動いている心臓。

手のひらいっぱいに、その鼓動を感じながら、そっと布団の中にわたしの身体を滑り込ませる。


――となりでお身体を温めることは、きっと、回復のお役に立つはず……。


と、自分に言い聞かせながら、目と鼻の先にあるアーヴィド王子のお顔を見詰めた。

脈打つ心臓の動きを手のひらで感じ、異変があれば目覚めるようにと自分に暗示をかけながら――、眠りに落ちた。


2日後――、


「ん……、んう……」


と、苦しげなうめき声をもらすアーヴィド王子のまぶたが微かにあがり、蝋燭の灯りが青い瞳に反射した。


「……ヴェーラ……陛下……?」
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