【完結】側妃のわたしが王子を地下に匿い、王位に就けます! でも、真の敵は姉でした。

三矢さくら

文字の大きさ
23 / 60

23.忘れられないわね

しおりを挟む
寝転んで、上を見あげたまま動けない。

夏の風に揺れる木の葉の隙間からチラチラと、濃い青色の空が見える。

わたしとアーヴィド王子が、地位も身分もないきこり同士として出会っていたら……と、ぼんやり想像してしまった。


――奥さんにしてもらえたかなぁ……。


と、声にして漏らしてしまった。

聞こえた。

きっと、聞こえた。

アーヴィド王子に、聞かれた。

身体を横にされたアーヴィド王子は、わたしの顔を見られている。

気付かれてしまっただろうか。

わたしがずっと心の奥底に秘めてきた、アーヴィド王子への想いに、気付かれてしまっただろうか。

ふふっと、微笑む、息の音が聞こえた。


「樵に生まれたヴェーラを、奥さんにできる男は幸せ者だね」


言葉の意味が、あたまに入ってこない。

二度三度と、アーヴィド王子の言葉をあたまの中で噛むように繰り返し、


「うふふ……」


っと、笑った。


――気付かなかった、……フリをしてくださった。


そうとしか思えなかった。


「お上手ですわね?」


と、お世辞に返す皮肉げな笑みを、顔につくって、

草のうえに肘をついて寝転がられるアーヴィド王子のお顔を、


チラッと見た。


やさしい微笑み。

王宮の中庭でひとりポツンと座る10歳のわたしに、飴をくださったときと同じ、

うまれて初めて存在を知った飴の甘さに目を丸くする、わたしに向けてくださったのと同じ、

穏やかで優しげな表情。

わたしは、確信できた。


――見て見ぬふりを、してくださった。


側妃が王子にいだく、道ならぬ恋心。

この世に存在してはいけない想いに、気付かぬフリをしてくださった。


――お気付きになられたからだ……。


肌をピタッと密着させてお世話をしても、腰を抱いていただき一緒にステップを踏んでも、隠し通してきたわたしの恋心。

許されない恋心に、気付かれてしまった。


チャプンっと、泉でなにかが跳ねる、ちいさな音がした。

風でこすれる葉っぱの音にまぎれ、それでもハッキリと聞こえてきた。

そのなかに、アーヴィド王子が息を吸われる音が溶け込んでいて、


――嗚呼……、わたしになにか仰ってくださるんだな……。


と、しずかにまぶたを閉じた。

夏の陽射しはまぶたを越して、閉じた視界を明るく照らす。


「ボクは首を刎ねられてもいいし、ここでこのままずっと、ひっそりと生きるのでもいい」


アーヴィド王子の穏やかな声音がすこし遠くなっていき、また、ごろりと上を向かれたのだと知れた。


「だけどね……、王国で、ボクが死んで泣いてくれるのは、もうヴェーラだけだ」

「と、当然です! 母なのですから……、当然です」


わたしの恋心を存在しないことにしてくださったのは……、アーヴィド王子の優しさだ。


「ふふふっ。そうだね、……母上」

「お、おむつまで替えてあげたのですよ!?」

「はははははっ! それは、忘れてほしいなぁ~」


気持ちよさそうに笑われるアーヴィド王子とならんで、上を見あげている。

そして――、


「焦らないでね? ……ヴェーラ」


と、仰っていただいた。

逆だ。

ゆるんでいた。油断していた。

ずっと楽しみにしてたふたり舞踏会に、浮かれきっていた。


――生涯、隠し通さなくてはならないものなんだ……、


と、10歳のわたしが心の奥底に追いやった温かな気持ちは、おおきく膨らみ続け、

ついに、アーヴィド王子に見つかった。


知られたくはなかった。


風が気持ちいいという顔を崩さずに、ただ寝転びつづけた。


   Ψ


狩り小屋にもどり、弓をひとつ手にして裏庭に出た。

茜色に染まりはじめた空を、ぼおっと眺めて弓を撫でる。

取り返しのつかないことをしてしまった。

わたしの想いを知らないアーヴィド王子は、もうこの世のどこにもいない。

弦を指で引っ張っては、


ビィィィィ~~~~~~~~ン~~


という音をさせる。

何回もさせる。

やがて、イサクとミアが楽しそうに話しながら、帰って来た。

といっても、楽しそうなのはミアだけ。

ただ、イサクも迷惑そうな素振りはみせなくなった。

イサクはふもとの村に、狩りの獲物のあまった肉を売りに行ってくれていた。それに非番のミアがひっついて行ったのだろう。

替わりに買った穀物や野菜の荷物を、イサクが降ろした。


「……村の者がいうには、王都では密告が横行しはじめているようです」


戴冠式から、ふた月ほど。

オロフ王の死が王国の空気を軽くしたのは、ほんのつかの間だったか。


「村の様子は?」

「村はいたって平穏でした。……先日のヴェーラ陛下の誕生日のお祝いで、ひと儲けできた者が多いようで……」

「あら、そう」

「毎月、お誕生日にしてくださったらいいのにと、ほくほく顔で軽口を叩いておりました」

「ははっ。それは、平穏ね」

「ええ……」


わたしは村の領主でもある。

もとは側妃の賄いとして、わたしに68の町や村の領有権を賜った。

ふもとの村は、そのひとつ。

領民が領主にむけた軽口を叩けるなら、充分に平穏で平和だ。


――なかなか、善政を敷いてるんじゃないかしら? わたしってば。


などと、昼間のアーヴィド王子への〈やらかし〉を忘れようと努める。

王都は姉王太后トゥイッカが、摂政として施政下に置いている。

王妃として428の町や村を領有してきたとはいえ、王都とは規模が違う。

新体制になって、すこしくらいのギクシャクが起きるのは仕方がない。

そのうち落ち着くだろう……。


――って、無理ね。忘れられないわね。


と、眉をしかめて笑うわたしに、ミアが、


「なんですか!? なにか、おもしろいことがありましたか!? なんです、なんです!?」


と、わたしの視線の先を追った。


「おもしろいことがあったけど……、ミアには内緒っ!」


と、わたしは意地悪に笑い、すこし八つ当たりさせてもらった。

イサクが、ペシンッとミアの頭をはたいていたので、ふたりの距離は縮まってきてるのだろう。

はたかれたミアも、嫌そうではないし。


そのミアが、夜遅くにわたしの寝室の扉をノックした。

深夜に、侍従騎士が主君の寝室に来る。


――変事か!?


と、ふつうなら身構えるところだけど、ミアに浮かぶ表情は、恋する乙女のそれだ。


「……フレイヤには内緒よ? ミアが叱られちゃうわよ?」

「あ、……すみません」


――そうか! この娘でも、深夜なら声を潜めるのか!


ふっと息を抜き、寝室に入れてやった。

案の定というかなんというか、イサクとのことを、わたしに相談しに来たのだ。

共同摂政にして王太側后のわたしに対し、伯爵令嬢で王宮から派遣された侍従騎士であるミアがとるには、本来考えられない行為ではあるのだけど……、

なにしろ、ミアだ。

ゆっくり話を聞くうち、19歳と17歳のうら若き乙女ふたりが、恋の内緒話に花咲かせるだけになった。


「初めてなんですよね~、その、愛を打ち明けるのが……」

「あら? ミアの初恋?」

「そうです!」


10歳でオロフ王の奥さんになったわたしの初恋は、アーヴィド王子だ。


――いまも初恋中なんだわ、わたし……。


と、気が付いて、胸のうちに新鮮な驚きが広がるけれど、顔には出さない。

ミアの話を聞けば、ずいぶんイサクとの距離は近付いたように感じる。

だけど、ミアとしては、結婚までの道のりの果てしなさにも気付かされ、すこし不安になってきたらしい。


「……どうも、意中の人がいるのではないかなって、気もしてるんですよ~」


というミアの言葉に、ドキッとさせられたけど、真剣に話を聞く。


――あ~~~っ、アーヴィド王子に意中の人がいるかもとか、考えたことなかった~~~~~っ!


内心では悶絶していた。

とはいえ、ミアの恋にわたしは励ますことしかできない。

ひと通り話を聞いてあげたらミアもスッキリしたみたいで、いつもの笑顔でソファから立ち上がった。


「頑張ってね、ミア」

「頑張ります! ただでさえ、女として見てもらいにくい気性ですから!」

「あら? 可愛いわよ? ミア」

「またまた~~~っ。ヴェーラ陛下みたいな超絶美人さんに褒めらたら、本気にしちゃいますよ~~~っ?」

「ミアは可愛い。信じて」


と、わたしが人差し指で、ミアの眉間をピッと指さすと、

すこし驚いた顔をしたミアは、はにかんで、ほほを赤くした。

ミアを部屋に返し、もう一度ベッドに入ったわたしは、


――女として見られにくい、……かぁ~。


と、ミアの言葉を何度も思い返していた。


   Ψ


翌朝、北の故郷から部族の使者たちが突然、わたしの離宮を訪ねて来てくれた。

遅ればせながら、わたしの誕生日のお祝いに来てくれたらしい。

嬉しくて門まで出迎えにでると、故郷の産物を荷馬車いっぱいに積んでくれている。


「誰が来てくれるより嬉しいわ」


と、ウキウキと離宮のなかに通した。

急いで正装のドレスを着せてもらい、謁見室で正式にお祝いの言葉を受ける。

わたしのまえで膝を突く使者たちのなかに、なんだか見たことあるような、ないような顔があった。


「あっ!? ラウリね!? ……ラウリでしょ?」


日に焼けた顔を、すこし気恥ずかしそうに向けてくれたのは、同い年の幼馴染、ラウリだった。

物心がついたときには横にいて、でも王国との戦争も始まっていた。

狩りも負傷兵の手当ても一緒に覚えた幼馴染の少年は立派な青年になって、わたしの前で膝を突いてくれている。

前の収穫祭で使者たちから名前が出たので、機会があれば連れて来てほしいとお願いしていたのだ。

昨年の春に結婚したばかりの、新婚さんのはずだ。


――わたしにも、ラウリと結婚する未来があったかもしれない……。


なんて、収穫祭では思っていたけど、

実際に会うと、そんなことはまったく思わないものだ。

お互いに違う時間を歩み積み重ねてきたことが、顔を合わせればひと目で分かる。

でも、懐かしくてたまらなくて、ひと言ふた言と、言葉を交わす。


ふと、ラウリがわたしに向ける、妙に熱い視線に気が付いた。


懐かしむだけではない視線。もちろん、恋だの愛だの、そういう熱さでもない。妙に熱い……、視線……。

チラッと、ほかの中年の使者たちに目をやってみる。

なにか違和感がある。なにか、おかしい。

なんだろう、この違和感……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。 クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。 (過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…) そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。 移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。 また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。 「俺は君を愛する資格を得たい」 (皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?) これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜

野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。 しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。 義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。 度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。 そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて? ※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。

モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う

甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。 そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは…… 陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

処理中です...