【完結】側妃のわたしが王子を地下に匿い、王位に就けます! でも、真の敵は姉でした。

三矢さくら

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49.観念してください

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早暁の朝靄あさもやがかかる中、野原でいくつもの篝火かがりびを盛大に焚く。

レトキの大地を護る神々と、山々に宿る精霊とに、新鮮なトナカイの血と肉を捧げ、レトキ王国の建国とわたしの即位を報せる拝礼を捧げた。

皿に満たしたトナカイの血をすすり、氏族の長たちと分かち合う。

レトキの盟約の儀式。

伝統の儀礼を守りつつ、わたしはレトキの全氏族を従える盟主として、

女王に即位する。

そして、居並ぶ氏族の長たちに向き直り、即位の宣誓を述べた。


「レトキの大地を護る〈赦しの女神〉トゥイッカの名において、よき国王、よき女王たることを誓います」


姉がその名をいただいた女神トゥイッカ。

愛と美と調和を司り、レトキ神話においてみずからを裏切った狩人に赦しを与えたと語り継がれることから、心穏やかなレトキ族を象徴する〈赦しの女神〉とされる。

わたしの宣誓を受けてみながひれ伏し、わたしの即位を承認した。

その光景に、わたしは姉がみずからに赦しを与える日のことを思っていた。

姉はきっと、自分のせいで愛する婚約者ペッカを死に追いやったと思っている。

族長の娘などと恋仲になったばかりに、落とさなくてもいい命を落とさせてしまったのだと、きっと自分を責め続けている。

だけど、ペッカを死地に追いやった前の長老たちは、すでに姉自身の手で冥府に旅立たせたのだ。

もう……、姉は姉を、自分で赦しても良いのではないか?


「姉トゥイッカは、いずれレトキの大地に戻したいのです」


と、わたしの意向に、氏族の長たちから反対の声はあがらなかった。

まだ、心の隷従が解けていないのかもしれない。姉に向けた感謝の言葉は本心だったのかもしれない。姉を人質として送り出したことに、いまでも引け目を感じたままなのかもしれない。

ただ、自分たちを虐げてきた姉の帰還を快く承諾してくれた心優しき赦しレトキの民に、わたしは深々とあたまを下げて感謝した。


朝靄の晴れた野原に、朝陽がさし込む。


姉からもらった黄色のドレスが、鮮やかな黄金色に輝いた。


「いけません! ヴェーラ陛下の晴れの日だというのに」


と、フレイヤとメイドたちが、取り憑かれたような執念で、裾の汚れを完璧に落としてくれていた。

地面に敷かれた緋色の絨毯のうえで、クロユリの刺繍にあしらわれた黒蝶真珠も、朝陽を受けて美しく輝いている。

引き続いて戴冠式を執り行うため、選帝侯にしてドルフイム辺境伯、カミル・ピエカル閣下をはじめ、みなを招き入れる。

エルンストの兵にしても、元総督府の兵にしても、建国なったレトキ王国の民になることを希望するならば、喜んで受け入れると伝えてある。

ただし、それもすべてが終わり、世が鎮まってからのことだ。

現時点においては、あくまでもギレンシュテット王国からの客人として遇した。

カミル閣下のまえへと進み、両膝を突き、頭をたれた。

麗しい面長の顔立ちには祝意をあらわす笑みが浮かび、白くてほそい指がわたしに授ける王冠を大切に握ってくださっている。

クロユリのくきを編んでつくった、わたしの王冠。

レトキの大地を象徴する深紅から漆黒にグラデーションする花の地下にできる球根は、ホクホクとした食感で、レトキ族のごちそうだ。

もちろん茎は美味しくもなんともないけれど、戦争中、そして困窮した現在、レトキ族の命をつなぐ貴重な食料になってきた。

いま建国し、いま即位するわたしに、これ以上にふさわしい王冠はない。


「レトキの神々からご加護のあらんことを」


と、カミル閣下が、わたしの頭に、ふわりと王冠を載せてくださった。

そして、カミル閣下がみなに向き直る。

姉トゥイッカの晩餐会での宣言をもとに、わたしとオロフ王とが〈白い結婚〉であったと証言され、オロフ王との婚姻が無効であったと宣言してくださった。

はい、出ました。処女ヴェーラ、19歳。未亡人ではなくなったけど。

ほほを赤くするわたしの隣に、カミル閣下がアーヴィド王子を呼び込んでくださった。


「ふたりの婚約に、私が証人とならせていただこう」


カミル閣下のお言葉に胸を熱くし、アーヴィド王子と見詰め合ってから、ふたりで深々とカミル閣下に感謝の拝礼を捧げた。


「それでは……」


ん? それでは? ……聞いてませんけど?


「誓いの口づけを」


そ、それは……、結婚式でやるヤツでは!?

バッと、アーヴィド王子の方に向き直ると、口をポカンと開けられ、カミル閣下のすまし顔をまじまじと眺めておられた。


――カミル閣下の単独犯か……。


まえに居並ぶ氏族の長たち、代表者たち、エルンストの兵、イサクの兵、選帝侯の兵、さらに向こうには街の者たち、楽団や踊り子たちも、わたしの戴冠を祝してくれるために列席していて、こちらをジッと見詰めている。

わかい女子はだいたい目を潤ませていて、熱い視線をわたしたちに注いでいた。


――わたしってば、禁断の恋を実らせちゃったんだものね……。


フレイヤなど、となりに立つエルンストの胸を借り、すでに号泣していた。

ひと呼吸おいて、アーヴィド王子の美しく端正なお顔をまっすぐに見詰めた。


「……アーヴィド王子」

「えっと……?」

「カミル閣下にしてやられました。観念してください」


わたしは目を閉じ、クイッとあごを上げた。

やがて、おおきく息を吸い込まれる音が聞こえ、わたしの両肩にあたたかい手の平が添えられた。

唇にやわらかな感触が重なり、おおきな拍手と祝福の歓声とに包まれる。

目をひらくと、アーヴィド王子が照れくさそうにわたしを見詰めてくださっていた。


十日宴は場を野原に移し、わたしの即位と戴冠、それに婚約の祝いを兼ね、盛大に再開された。
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