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第一章 代筆屋と客じゃない客
第十五片 月桂樹の花
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翌日からはカラッとした青い空が広がり、まだ五月だというのにすっかり夏模様。
ロイはその後も平然と代筆屋に現れ、何事もなかったかのように過ごしている。
私だけが動揺させられたのか。そう思うとつい彼を睨んでしまう。
腑に落ちない、納得できないとは思いつつ、ではどうして欲しいのかと問われると自分でもわからない。
もうあの日のことは忘れようと心に決めた。ときおり、目が合うとどうしようもなく心臓がうるさいのは気のせいだと思いこむ。
この気持ちが何なのか、なんて知りたくなかった。
この日、ロイは夕暮れ時にやってきた。これから夜勤らしく、私服だった。休みで家にいたゼンも交えて、三人でにぎやかに夕食を囲む。
夕食後、後片付けをしていると、ふいに何かに気づいたロイがカレンのそばに立った。
「これはどこで?」
カレンの髪に、クリーム色の小ぶりな花がついていた。ロイは私の黒い髪を一束すくいあげると、花びらを優しく取ってくれた。その大きな手に、心臓がドキリと跳ねる。
「ああ、夕方に月桂樹の葉を採ったときについたのね」
「さっきのスープの鍋に入っていた葉のこと?」
「ええ、あれは乾燥させたものよ」
「花が咲くのか」
「そう。月桂樹は葉の印象が強いから花はわからないでしょうね。うちには鉢植えがあるの」
「へぇ。市場で買ったのか?」
「ううん。クオーツさんにもらったわ。あの眼鏡のお客さんよ」
あなたが見張っていたときに来た人ですよ、と含み笑いで告げる。
でもロイはそれにのらなかった。
「その鉢植えはどこに?」
真剣な表情。私は訝しげに彼を見る。
「裏口を出てすぐに……って、ロイ?」
いきなり飛び出していったロイを追って、私とゼンも裏口へと急ぐ。
すでに外は真っ暗で室内から漏れる灯りだけでは庭の様子は見えないが、窓から漏れる灯りがちょうど鉢植えのある場所を照らしていた。
「これか」
ランプを持ったゼンが庭に出ると、鉢植えの横にロイがしゃがんでいるのが見えた。
「これ、借りても?」
彼は鉢植えを両手で持ち上げる。
「かまわないけど……袋を持ってくるね」
私がそう言うと、ロイは月桂樹の鉢を持って立ち上がった。ランプを持ったゼンは、これが一体どうしたのだと首を傾げた。
「月桂樹の花言葉は何だろう」
ひとりごとのようなロイの言葉に、すぐさまゼンが反応を見せる。
「勝利、栄光だったかな。あと、裏切り」
「裏切りね……ゼンは詳しいな」
「リタさんところで仕事してたらこういうのも、ね。あとは女の口説くために?」
にやりと笑うゼン。
「はっ、ガキがいっちょまえに」
「もう大人だよ」
軽口をたたく二人は、とても気を許しているように見える。私はそれがうれしくて、つい頬が緩んだ。
「はい、袋」
「ありがとう。急ぎの用事ができたからこれで帰るよ。今度来るときは礼を持って来る」
「あら、それは楽しみね」
ロイは麻袋に入れた鉢植えを下げ、そのまま裏口から詰め所に向かうことを告げた。
そして私に向かって右手を上げると、扉を閉めようとしていたゼンの腕を引き留めた。
「ゼン、ちょっとそこまでいいか」
「ん?なに、ロイって送ってやらなきゃいけないくらい、か弱かったっけ」
「そうだな。それでもいいか。なんなら口説いてみるか?」
「遠慮しとく。食われる気しかしない」
「食わねぇよ。じゃ、カレン。きちんと鍵かけろよ。ゼン連れてくから」
「え、ええ。それじゃ、また」
なんだろう。二人だけで出て行くなんて。
置いてけぼりがちょっと淋しいなんて、十九にもなって大人げない。
食事の後片付けでもしようと思いキッチンへと入ると、十五分ほどしてゼンが戻ってきた。
何の話をしたんだろう。
尋ねてみると「男同士の話」と言って笑ってごまかされた。
お姉ちゃんとしては友達ができたことはうれしいけれど、やはりちょっと淋しかった。
「カレン」
洗い終わった皿を拭いていると、二階へ上がろうとしたゼンに声をかけられた。ランプの灯りがゼンの顔を照らす。
「ちょっと夜中に出かけるから。だから先に寝ていて」
「わかった」
夜の仕事は控えるって言っていたけれど、特に私に何も起こらなかったので再開するんだろう。
私がいってらっしゃいと言うと、ゼンは明るい笑顔で私を見下ろし、二階に上がっていった。
ロイはその後も平然と代筆屋に現れ、何事もなかったかのように過ごしている。
私だけが動揺させられたのか。そう思うとつい彼を睨んでしまう。
腑に落ちない、納得できないとは思いつつ、ではどうして欲しいのかと問われると自分でもわからない。
もうあの日のことは忘れようと心に決めた。ときおり、目が合うとどうしようもなく心臓がうるさいのは気のせいだと思いこむ。
この気持ちが何なのか、なんて知りたくなかった。
この日、ロイは夕暮れ時にやってきた。これから夜勤らしく、私服だった。休みで家にいたゼンも交えて、三人でにぎやかに夕食を囲む。
夕食後、後片付けをしていると、ふいに何かに気づいたロイがカレンのそばに立った。
「これはどこで?」
カレンの髪に、クリーム色の小ぶりな花がついていた。ロイは私の黒い髪を一束すくいあげると、花びらを優しく取ってくれた。その大きな手に、心臓がドキリと跳ねる。
「ああ、夕方に月桂樹の葉を採ったときについたのね」
「さっきのスープの鍋に入っていた葉のこと?」
「ええ、あれは乾燥させたものよ」
「花が咲くのか」
「そう。月桂樹は葉の印象が強いから花はわからないでしょうね。うちには鉢植えがあるの」
「へぇ。市場で買ったのか?」
「ううん。クオーツさんにもらったわ。あの眼鏡のお客さんよ」
あなたが見張っていたときに来た人ですよ、と含み笑いで告げる。
でもロイはそれにのらなかった。
「その鉢植えはどこに?」
真剣な表情。私は訝しげに彼を見る。
「裏口を出てすぐに……って、ロイ?」
いきなり飛び出していったロイを追って、私とゼンも裏口へと急ぐ。
すでに外は真っ暗で室内から漏れる灯りだけでは庭の様子は見えないが、窓から漏れる灯りがちょうど鉢植えのある場所を照らしていた。
「これか」
ランプを持ったゼンが庭に出ると、鉢植えの横にロイがしゃがんでいるのが見えた。
「これ、借りても?」
彼は鉢植えを両手で持ち上げる。
「かまわないけど……袋を持ってくるね」
私がそう言うと、ロイは月桂樹の鉢を持って立ち上がった。ランプを持ったゼンは、これが一体どうしたのだと首を傾げた。
「月桂樹の花言葉は何だろう」
ひとりごとのようなロイの言葉に、すぐさまゼンが反応を見せる。
「勝利、栄光だったかな。あと、裏切り」
「裏切りね……ゼンは詳しいな」
「リタさんところで仕事してたらこういうのも、ね。あとは女の口説くために?」
にやりと笑うゼン。
「はっ、ガキがいっちょまえに」
「もう大人だよ」
軽口をたたく二人は、とても気を許しているように見える。私はそれがうれしくて、つい頬が緩んだ。
「はい、袋」
「ありがとう。急ぎの用事ができたからこれで帰るよ。今度来るときは礼を持って来る」
「あら、それは楽しみね」
ロイは麻袋に入れた鉢植えを下げ、そのまま裏口から詰め所に向かうことを告げた。
そして私に向かって右手を上げると、扉を閉めようとしていたゼンの腕を引き留めた。
「ゼン、ちょっとそこまでいいか」
「ん?なに、ロイって送ってやらなきゃいけないくらい、か弱かったっけ」
「そうだな。それでもいいか。なんなら口説いてみるか?」
「遠慮しとく。食われる気しかしない」
「食わねぇよ。じゃ、カレン。きちんと鍵かけろよ。ゼン連れてくから」
「え、ええ。それじゃ、また」
なんだろう。二人だけで出て行くなんて。
置いてけぼりがちょっと淋しいなんて、十九にもなって大人げない。
食事の後片付けでもしようと思いキッチンへと入ると、十五分ほどしてゼンが戻ってきた。
何の話をしたんだろう。
尋ねてみると「男同士の話」と言って笑ってごまかされた。
お姉ちゃんとしては友達ができたことはうれしいけれど、やはりちょっと淋しかった。
「カレン」
洗い終わった皿を拭いていると、二階へ上がろうとしたゼンに声をかけられた。ランプの灯りがゼンの顔を照らす。
「ちょっと夜中に出かけるから。だから先に寝ていて」
「わかった」
夜の仕事は控えるって言っていたけれど、特に私に何も起こらなかったので再開するんだろう。
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