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第一章 代筆屋と客じゃない客
第十六片 異変
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夜中に出て行ったゼンは、翌日の昼になっても戻らなかった。仕事が長引いているのだろうか。
これまでもこういうことはあったけれど、この日に限って私は胸騒ぎがした。
もういい大人だから、帰りが遅いからと言ってわざわざ商会まで様子を聞きに行くのはダメだ。かといって、不安なまま過ごすのはつらい。
今日はせっかくの休みなのに、ゼンの行方が気になって何も手につかない。
クオーツさんが書類を取りに来ることにはなっているけれど、それさえ渡してしまえば本当に何もすることがなかった。
すでに花をつけた鉢植えたちに水をやっても、昨日のロイが持ってきてくれたケーキの残りを食べても、心は沈んだまま。
「早く帰って来ないかな」
思えばゼンはいつも私のことを優先してくれていた。
王都を捨てて、家を捨てて、この街でやっていこうと言ってくれたのもゼンだった。手のかかるやんちゃな弟だと思っていたけれど、めんどうを見られていたのは私の方だったのかもしれない。
「ゼン……」
二階の部屋で、つい窓の外を眺める。帰ってきたら、ここから見えるはずだから。
そんな不毛な時間を過ごす私の耳に、一階から扉を叩く音が聞こえてきた。
―コンコン
誰かが代筆屋の扉を叩いている。お休みだとわかる看板を出しているのに、何度も何度も扉は叩かれた。
「誰よ」
諦めて一階に降りた私は、自分の目を疑った。
窓ガラスに、幾人もの警吏の姿が透けていたからだ。
どういうこと?ロイ以外の警吏がこんなに来るなんて……
驚きながらも、店の扉についている鍵を開ける。
「何のご用ですか?」
もっとも扉のそばにいた男性警吏にそう尋ねた。
「カレンさんですね。家の中を捜索させていただきます」
「は!?」
男たちはそれだけ言うと、一気に室内に踏み込んできた。何が起こったのかわからずに狼狽える私の前に、ロイが姿と現わす。
私は思わず彼に詰め寄った。
「これっ……どういうこと!?捜索って何を!?誰を!?」
ロイを問い詰めるが、その瞳は無機質で何も映していない。そしてその後ろには、手錠をつけられたゼンがいた。
「ゼン!?」
縋るようにゼンに抱きつくが、ただ悲しそうな顔をしているだけで一言も返ってこない。その間にも、店内や二階ではなにかを探しているようで隅々まで捜索されていく。
私はどうしていいかわからず、ただゼンのそばに立ち尽くした。
手首は手錠の跡が赤くついていて、労わるようにそこを何度も撫でる。「どうして」と何度も問うが、ゼンもロイも何も答えてくれない。
「薬……」
ゼンの手首が痛々しい。カウンターの奥の引き出しを探ろうとすると、ゼンが初めて「いらない」と声を発した。
「いらないって、こんな、赤くなってるのに」
それからまた、ゼンは一言も話さなかった。
どれくらい時間が経ったかわからないけれど、私が混乱しているうちに制服の警吏は全員戻ってきて、捜索は終わったようだった。
彼らはロイの指示で動いているようで、いくつかの書類を持ったまま店から去っていった。
ゼンは彼らによって、また連れていかれそうになる。
「ゼン!」
追いすがろうとした私を、ロイの腕が制する。
振り返ったゼンは、少し笑みを浮かべて「大丈夫だから」と言った。
「どうして……!」
私はその場にひざから崩れ落ちる。昨日の夜まで一緒にごはんを食べて、たわいもない話をしていたのに。
「ゼンは連続殺人事件の犯人として連行された。もう帰ってくることはないだろう」
頭上から聞こえた冷たい声に、私は驚きで目を瞠る。見上げたロイの顔は、見たこともないほど冷たかった。
「ゼンがそんなことするわけないじゃない!ロイだって知ってるでしょう!」
涙がゆっくりと頬をつたう。この怒りと混乱をどこにぶつけていいのかわからない。
ひりひりと喉の奥が痛み、胸は張り裂けそうなほど苦しい。それにどうしてロイはこんなにも冷静でいられるのか。
まるですべてわかっていたかのようだと、カレンには思えた。
「まさか最初からそのつもりでここに来たの……?」
そんなことはない、と否定する言葉を心の片隅で待っていた私に、ロイは無情にもあざ笑って見せた。
「だったらどうする?」
目の前が真っ白になった。泣き喚いてやりたかった。
でもそんなことをしてもゼンが帰ってくるわけじゃない。
「許せない」
ロイが来るのをいつしか心待ちにしていた自分が馬鹿らしくなり、この場から消えてしまいたいと思った。
それは彼に向けた言葉ではなく、自分に向けた憎悪だった。
「すまない」
一瞬傷ついた目をしたロイだったが、私を置いて静かに立ち去っていった。
荒らされた店内は見るも無残で、それがなおさら心を抉る。
「……ゼンは、何もしていない。人を殺したりなんてしない」
振り絞ったその声は誰にも届かず、静まり返った店内に消えていく。
立ち上がった私の目に入ったものは、テーブルの上にある小瓶入りの花。ロイが持ってきたものだった。
「なんでっ……」
思いきりそれを床に投げつけると、分厚いガラスはゴトっと音を立てて床板を抉り、中に入ってた花びらが一斉に飛び散った。
◆◆◆
店の外に出たロイは、少し歩いたところで待っていたゼンと合流していた。その手はすでに手錠から解放されている。
周囲に警吏の姿はなく、ゼンはたった一人でロイを待っていた。
「ロイ、ひどい顔してるぞ?元気か?」
ゼンは困ったような表情で、俯きながら歩くロイに声をかける。問いかけへの返事はなく、ロイはちらりと彼を見るだけでそのまま足早に裏路地を進んだ。
(めんどうな男だな!もうちょっと他のやり方があっただろうに……)
前を歩くロイの背中を見ながら、ゼンは無言でそのあとをついていった。
これまでもこういうことはあったけれど、この日に限って私は胸騒ぎがした。
もういい大人だから、帰りが遅いからと言ってわざわざ商会まで様子を聞きに行くのはダメだ。かといって、不安なまま過ごすのはつらい。
今日はせっかくの休みなのに、ゼンの行方が気になって何も手につかない。
クオーツさんが書類を取りに来ることにはなっているけれど、それさえ渡してしまえば本当に何もすることがなかった。
すでに花をつけた鉢植えたちに水をやっても、昨日のロイが持ってきてくれたケーキの残りを食べても、心は沈んだまま。
「早く帰って来ないかな」
思えばゼンはいつも私のことを優先してくれていた。
王都を捨てて、家を捨てて、この街でやっていこうと言ってくれたのもゼンだった。手のかかるやんちゃな弟だと思っていたけれど、めんどうを見られていたのは私の方だったのかもしれない。
「ゼン……」
二階の部屋で、つい窓の外を眺める。帰ってきたら、ここから見えるはずだから。
そんな不毛な時間を過ごす私の耳に、一階から扉を叩く音が聞こえてきた。
―コンコン
誰かが代筆屋の扉を叩いている。お休みだとわかる看板を出しているのに、何度も何度も扉は叩かれた。
「誰よ」
諦めて一階に降りた私は、自分の目を疑った。
窓ガラスに、幾人もの警吏の姿が透けていたからだ。
どういうこと?ロイ以外の警吏がこんなに来るなんて……
驚きながらも、店の扉についている鍵を開ける。
「何のご用ですか?」
もっとも扉のそばにいた男性警吏にそう尋ねた。
「カレンさんですね。家の中を捜索させていただきます」
「は!?」
男たちはそれだけ言うと、一気に室内に踏み込んできた。何が起こったのかわからずに狼狽える私の前に、ロイが姿と現わす。
私は思わず彼に詰め寄った。
「これっ……どういうこと!?捜索って何を!?誰を!?」
ロイを問い詰めるが、その瞳は無機質で何も映していない。そしてその後ろには、手錠をつけられたゼンがいた。
「ゼン!?」
縋るようにゼンに抱きつくが、ただ悲しそうな顔をしているだけで一言も返ってこない。その間にも、店内や二階ではなにかを探しているようで隅々まで捜索されていく。
私はどうしていいかわからず、ただゼンのそばに立ち尽くした。
手首は手錠の跡が赤くついていて、労わるようにそこを何度も撫でる。「どうして」と何度も問うが、ゼンもロイも何も答えてくれない。
「薬……」
ゼンの手首が痛々しい。カウンターの奥の引き出しを探ろうとすると、ゼンが初めて「いらない」と声を発した。
「いらないって、こんな、赤くなってるのに」
それからまた、ゼンは一言も話さなかった。
どれくらい時間が経ったかわからないけれど、私が混乱しているうちに制服の警吏は全員戻ってきて、捜索は終わったようだった。
彼らはロイの指示で動いているようで、いくつかの書類を持ったまま店から去っていった。
ゼンは彼らによって、また連れていかれそうになる。
「ゼン!」
追いすがろうとした私を、ロイの腕が制する。
振り返ったゼンは、少し笑みを浮かべて「大丈夫だから」と言った。
「どうして……!」
私はその場にひざから崩れ落ちる。昨日の夜まで一緒にごはんを食べて、たわいもない話をしていたのに。
「ゼンは連続殺人事件の犯人として連行された。もう帰ってくることはないだろう」
頭上から聞こえた冷たい声に、私は驚きで目を瞠る。見上げたロイの顔は、見たこともないほど冷たかった。
「ゼンがそんなことするわけないじゃない!ロイだって知ってるでしょう!」
涙がゆっくりと頬をつたう。この怒りと混乱をどこにぶつけていいのかわからない。
ひりひりと喉の奥が痛み、胸は張り裂けそうなほど苦しい。それにどうしてロイはこんなにも冷静でいられるのか。
まるですべてわかっていたかのようだと、カレンには思えた。
「まさか最初からそのつもりでここに来たの……?」
そんなことはない、と否定する言葉を心の片隅で待っていた私に、ロイは無情にもあざ笑って見せた。
「だったらどうする?」
目の前が真っ白になった。泣き喚いてやりたかった。
でもそんなことをしてもゼンが帰ってくるわけじゃない。
「許せない」
ロイが来るのをいつしか心待ちにしていた自分が馬鹿らしくなり、この場から消えてしまいたいと思った。
それは彼に向けた言葉ではなく、自分に向けた憎悪だった。
「すまない」
一瞬傷ついた目をしたロイだったが、私を置いて静かに立ち去っていった。
荒らされた店内は見るも無残で、それがなおさら心を抉る。
「……ゼンは、何もしていない。人を殺したりなんてしない」
振り絞ったその声は誰にも届かず、静まり返った店内に消えていく。
立ち上がった私の目に入ったものは、テーブルの上にある小瓶入りの花。ロイが持ってきたものだった。
「なんでっ……」
思いきりそれを床に投げつけると、分厚いガラスはゴトっと音を立てて床板を抉り、中に入ってた花びらが一斉に飛び散った。
◆◆◆
店の外に出たロイは、少し歩いたところで待っていたゼンと合流していた。その手はすでに手錠から解放されている。
周囲に警吏の姿はなく、ゼンはたった一人でロイを待っていた。
「ロイ、ひどい顔してるぞ?元気か?」
ゼンは困ったような表情で、俯きながら歩くロイに声をかける。問いかけへの返事はなく、ロイはちらりと彼を見るだけでそのまま足早に裏路地を進んだ。
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