代筆屋カレンへようこそ~恋をしてから来てください~

柊 一葉

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第一章 代筆屋と客じゃない客

第十七片 来客

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ひとり代筆屋の店内に残された私は、長い間ずっと床にへたり込んだままだった。
もうどうしていいかわからない、ただ茫然としたまま夕方を迎えてしまう。

私がロイを招き入れてしまったから、ゼンがこんな風に誰かと間違って捕縛されてしまった。そう思った。

「ゼン……」

あの子に人は殺せない。
身を守るためならまだしも、意味なく人を傷つけるような子じゃない。

『お姉ちゃん、いつか一緒に逃げようね』

まだ姉と呼んでくれていた幼い頃。私たちは広い邸の中で唯一無二の存在だった。

伯爵家の一人娘として生まれ、幸せだった頃はほとんど記憶にない。ゼンは両親が親戚筋から養子にとった男の子で、本当の姉弟みたいに過ごしてきた。

多分、私が他家に嫁いだ場合、ゼンに家を継がせるつもりだったんだと思う。

でも両親が事故で亡くなり、あっという間に邸は叔父一家に支配され、私たち二人は離れに押し込められて暮らした。

日に日に増えていくゼンのアザを見て、私は彼だけでも逃がしたかった。

私がいなければ、叔父の息子であるジュードは伯爵位を継げない。だから私さえいれば、ゼンが逃げても追手は来ないはずだった。

五つ年上のジュードはずっと優しかった。叔父に虐げられる私たちに同情的で、「きっと解放してやるから」って。私はそんな彼に懐いていた。婚約者として教育を受けるのも、すべて納得した上だった。

でもゼンは気づいていた。
ジュードも叔父と同じだってこと。

私のことを駒としてしか見ていないってことに。すべては信頼を得るための演技だって、ゼンは気づいていた。

婚約披露パーティーの日、他の女性と抱き合いながらジュードはおそろしいことを口にした。

『カレンは跡取りさえ産めばすぐに始末するから、それまで待っていて』

ゼンは私を連れて逃げてくれた。ドレスのまま乳母の家に向かい、その息子さんの力を借り、この街に逃げてきた。

母の昔の知り合いだったリタさんを訪ねたとき、心底ほっとしたのを覚えている。

いつだって私たちは二人きり。
ロイのことなんて信用しちゃいけなかった。
ゼンは、私のせいで巻き込まれたんだ。

唇を噛みしめると血の味がする。

「ゼン……」

こんな風に立ち止まってる場合じゃない。
ゼンを助けなきゃ。

私はゼンがくれたネックレスを握りしめ、深呼吸をした。
助けに行こう。
あの子が何もやっていないっていう証拠を集めなければ。

ようやく立ち上がったとき、店の扉が開く音がした。

――カラン……

「あぁ、よかったいてくれて」

「クオーツさん」

現れたのは、息を切らしているクオーツさんだった。
少し髪が乱れている。
几帳面な人なのに、よほど慌ててここに来たんだろう。

私を見つけると、心配そうな顔をして近づいてきた。

「カレン、さっき研究所でたまたまゼンの話を聞いたんだ。その……警吏に連れていかれたって。まさか彼がそんな恐ろしい男だったなんて、災難だったね」

クオーツさんは心底心配してくれているのだとわかったが、ゼンが犯人だと信じていることがショックだった。
彼に悪気はないけれど、どうしようもなく苛立ちがこみ上げ、俯いて拳を握った。

「ここにはひとり?どこか知り合いのところに身を寄せるとかしないのかい?」

何も反応を示さない私の両肩をそっとつかんだ彼は、今後のことを尋ねた。私は虚ろな視線を床に向けたまま、力なく首を横に振る。

「ここが、私とゼンの家ですから」

沈黙の後、小さくため息をついた私はクオーツさんを見て精一杯の笑みをつくった。

「私は君の味方だ。いくあてがないなら、研究室で君を預かってもいいし、知り合いに頼んで働き口も見つけてあげるよ」

「ありがとうございます」

私は彼の腕をそっと自分の肩から外し、一歩離れた。

「大丈夫です。私はここでゼンを待ちます。きっとすぐに戻ってくるから」

「戻ってくるって……そうしたいなら仕方ないけれど。できる限りのことはするから、何でも相談して欲しい。食べるものはあるのかい?」

「はい。お気遣いには及びません。ありがとうございます」

「いいよ。いつもお世話になっているからね」

クオーツさんは、ゼンの作った書類をとても喜んでくれていた。仕事だけの関係の私を預かるとまで言ってくれて、食べ物の心配もしてくれる優しい人。

それなのに、ゼンの無実を信じてはくれないのか。
胸の奥に悲しさがこみ上げる。

私はカウンターの方を振り返り、さっさと書類の受け渡しをしようと思った。

「ご依頼のあった書類、警吏に持っていかれていないか確認しますね」

「あぁ、今日じゃなくてもいいんだけれどね……」

カウンターの奥にある棚へと向かう。
クオーツさんは荒れた部屋を見て「これはひどい」と言いながら私の後をついてきた。

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