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第一章 代筆屋と客じゃない客
第十八片 蟹
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引き出しの上に雑に置かれた封筒。それを一つ一つ確かめていくと、クオーツさんに依頼されたものは無事だった。
「こちらです」
「ありがとう」
私はそれを手渡そうとした。が、そこに思わぬ来客がやってくる。
――カラン
扉が開き、やってきた男性と目が合った。
「ジャックマンさん?」
「カレンさん……!」
一体何の用なのか。ゼンのことで焦っていた私は、そっけない言い方で尋ねてしまう。
「何かご用でも?」
すると一瞬にして彼の目に怒りが滲む。
「君は、君は他にも男を……!?」
「「は?」」
クオーツさんも振り返って呆気にとられている。
「俺をこんなに好きにさせておいて……!他の男とこうして逢引していたのか!どうして俺じゃないんだ!!」
「何を言っているの!?」
書類の受け渡しを逢引とは!?
驚いてカウンターから出ると、私は彼がポケットから出したものを見てぎょっとした。
「許せない……!」
「ジャックマンさん!?」
その手にはナイフが握られていた。先端はもちろん私の方を向いていて、目は殺気立っている。
「誤解です!」
「そうだ、この子と私は」
「うるさい!おまえもあの世に送ってやる!」
逃げ場のない店内。キッチンへの扉を抜けると裏口に出られるけれど、背中を向けたらその瞬間に刺されそうだった。
「君、やめたまえ。こんなことをしても」
「そんなことわかってる!でも誰にも取られたくないんだ!」
半狂乱で叫ぶ男は、説得に応じる気配はまるでない。私は徐々に迫ってくる彼を見据えたまま、じりじりと後ろに下がる。
このままでは正面から刺されるか、背中を切り付けられるかの二つに一つ。どっちも嫌だ。
ゼンを助けに行かなきゃいけないのに、なんでこんなことに……!
自分の運のなさが恨めしい。
「君を殺して、俺も死ぬ……!」
鋭い眼光。すでに正気を失ったジャックマンは、私の知っている人物ではないみたいだった。
私もクオーツさんも身動きできずにいると、ジャックマンの背後の扉が勢いよく開いた。
――バタンッ!
「カレン!」
「おいっ!まだダメだ!」
飛び込んできたのは、牢にいるはずのゼン。そして焦った顔でそれを追いかけてきたロイだった。
「カレンに手を出すな!」
「っ!?」
ジャックマンの背中に、ゼンが体当たりする。
吹き飛んだ彼は、丸テーブルに激突して床に倒れ込んだ。
「ゼン!」
私は何が何だかわからず、床に転がったジャックマンとゼンを茫然と見ていた。
「ううっ……」
――ドンッ!
倒れた男の背中に容赦なく蹴りを入れたゼン。
「がはっ!」
ジャックマンは壁に激突して意識を失った。
私は混乱し、その場に立ち尽くす。ゼンがこんな風に暴れるのを見たのは初めてだったし、それになんでここにいるのかわからない。
「あぁ、しまった。失敗したな」
「え?」
嘆くような声がすぐ後ろから聞こえてくる。クオーツさんを振り返ろうとすると、首の前にぐいっと腕が回されて、背中に人の体温を感じた。
「「カレン!!」」
二人が叫ぶ。彼らの悲痛な表情を見て、私は初めて自分がメスを突きつけられているのだと知った。
「クオーツさん……?」
捕まっている私から、その表情は見えない。でも明らかに、それまで纏っていた空気が違っていた。
「せっかく君もコレクションに加えてあげようと思っていたのに、邪魔者が入ったね」
いつもの声色とは違い、低く冷酷な声。信じられないけれど、私の頬に突き付けられた鈍く光るメスが、これが現実だと教えてくる。
「くそっ……!」
「だから言ったんだよ、どっちも確保しないとダメだって……」
ロイの言葉から、ゼンが勝手に飛び出したことはわかった。
二人で何でここに……?
最初からクオーツさんを怪しんでいた?
訳が分からない。
私は混乱していた。
「あまりやりたくないけれど、捕まるくらいならカレンと一緒に心中するのも悪くないかな」
クオーツさんはまるで冗談をいうみたいにそんなことを呟く。
「狙いは目か?」
ロイが尋ねる。クオーツさんは何も答えなかった。
「カレン、そいつはもう五人も殺している快楽殺人者だ。遺体はすべて若い女性、全身を執拗に切り付けられ、眼球を持ち去られていた」
「っ!?」
猟奇的な連続殺人が起こっていることは知っていた。でも夜に出歩かない自分には関係のないことだとばかり……
それにこの匂い。
密着していると、スッとした感じの薬品のにおいが鼻についた。これはリタさんの家に行ったとき、ロイが持ってきた瓶からした香りと同じだった。
「あぁ、君はもしかして第七?警吏の制服なんて着て、見事に騙されたよ」
「第七?」
ロイを見つめると、険しい顔でクオーツさんを睨んだ。
「第七部隊は特殊犯罪専門だ。見回りの一般兵じゃない」
「まさかうちの店を見張ってたのって……」
「眼球を持ち去るコレクターは、めずらしい容姿の女性をターゲットにしていた。だからカレンに犯人が接触する可能性があると……」
見張られていたのは私だったのか。
守ってもらっていたはずなのに、胸の奥にモヤモヤとした重苦しい心地が湧いてくるのを感じた。
「あのペーパーナイフもあんたが送りつけたんだろう?娼婦の女が殺される五日前に換金していて、すでに押収した」
「あぁ、あの女。持っていないと思ったらそんなに早く換金していたのか。浅ましいことだ」
「浅ましい?おまえの方がよほど浅ましいと思うが」
ロイは軽蔑の目をクオーツさんに向ける。
「あれは私流の別れの挨拶だよ。殺した後、せめてもの弔いに花びらで飾ってやるのもね」
彼は楽しそうに笑うと、私を捕らえたまま少しずつ後ろに下がった。
このまま裏口から逃げるつもりなのだろうか。それとも私を刺して自分も死ぬつもり?
「カレン!」
ゼンが私を見つめ、自分の胸の中心を拳で叩いた。
「あ……」
それを見た私は、今つけている細い木筒のついたネックレスを握りしめる。
ゼンがいつか作ってくれたこのネックレスは、マダラ蟹の粉から作られたしびれ薬が入っていた。
「君の美しい目をコレクションに加えられないことが残念だ」
「っ!」
私は意を決してネックレスの木筒を引きちぎり、床にそれを投げつけた。
カンッと高い音が鳴り、筒の中から赤い粉が飛散する。
「何をっ!」
クオールさんが慌てて腕を緩めた一瞬の隙に、私は両手で口元を覆う。
「カレン!」
一足飛びにロイが近づき、私は腕を掴まれる。
「ゴホッ!これはっ……!」
ロイは私を引き寄せつつ、クオーツさんの腹に蹴りを入れた。
――ドンッ!
彼の身体がキッチンの扉に激突し、その場に倒れ込む。私は荷物のようにロイに抱えられ、店の外に出された。
「犯人確保!」
裏口からも正面からも黒い制服を来た警吏が飛び込んできて、あっという間に店の中は彼らによって占拠される。あの人がどうなったか私には見えなかったが、逮捕されたんだろう。
「カレン、大丈夫?」
ゼンが心配そうに私の顔を覗き込む。
しびれ薬が自分にも回ってしまい、私はかすかに首を振ることしかできなかった。
とても大丈夫じゃない。指先も唇も、寒くないのにカタカタ震えている。
効き目が強すぎた。
なんでこんなに強い薬を作ったの?今すぐ叱りたいけれど、ちゃんと声が出せる自信すらない。
ロイや警吏の人たちは大丈夫なんだろうか?
私を肩に担いでサクサク歩いているということは、大丈夫な証拠だけれど……。
「カレン、ひとまず隣へ」
私はロイに担がれたまま、隣にある商会の一室へと連れていかれた。
「こちらです」
「ありがとう」
私はそれを手渡そうとした。が、そこに思わぬ来客がやってくる。
――カラン
扉が開き、やってきた男性と目が合った。
「ジャックマンさん?」
「カレンさん……!」
一体何の用なのか。ゼンのことで焦っていた私は、そっけない言い方で尋ねてしまう。
「何かご用でも?」
すると一瞬にして彼の目に怒りが滲む。
「君は、君は他にも男を……!?」
「「は?」」
クオーツさんも振り返って呆気にとられている。
「俺をこんなに好きにさせておいて……!他の男とこうして逢引していたのか!どうして俺じゃないんだ!!」
「何を言っているの!?」
書類の受け渡しを逢引とは!?
驚いてカウンターから出ると、私は彼がポケットから出したものを見てぎょっとした。
「許せない……!」
「ジャックマンさん!?」
その手にはナイフが握られていた。先端はもちろん私の方を向いていて、目は殺気立っている。
「誤解です!」
「そうだ、この子と私は」
「うるさい!おまえもあの世に送ってやる!」
逃げ場のない店内。キッチンへの扉を抜けると裏口に出られるけれど、背中を向けたらその瞬間に刺されそうだった。
「君、やめたまえ。こんなことをしても」
「そんなことわかってる!でも誰にも取られたくないんだ!」
半狂乱で叫ぶ男は、説得に応じる気配はまるでない。私は徐々に迫ってくる彼を見据えたまま、じりじりと後ろに下がる。
このままでは正面から刺されるか、背中を切り付けられるかの二つに一つ。どっちも嫌だ。
ゼンを助けに行かなきゃいけないのに、なんでこんなことに……!
自分の運のなさが恨めしい。
「君を殺して、俺も死ぬ……!」
鋭い眼光。すでに正気を失ったジャックマンは、私の知っている人物ではないみたいだった。
私もクオーツさんも身動きできずにいると、ジャックマンの背後の扉が勢いよく開いた。
――バタンッ!
「カレン!」
「おいっ!まだダメだ!」
飛び込んできたのは、牢にいるはずのゼン。そして焦った顔でそれを追いかけてきたロイだった。
「カレンに手を出すな!」
「っ!?」
ジャックマンの背中に、ゼンが体当たりする。
吹き飛んだ彼は、丸テーブルに激突して床に倒れ込んだ。
「ゼン!」
私は何が何だかわからず、床に転がったジャックマンとゼンを茫然と見ていた。
「ううっ……」
――ドンッ!
倒れた男の背中に容赦なく蹴りを入れたゼン。
「がはっ!」
ジャックマンは壁に激突して意識を失った。
私は混乱し、その場に立ち尽くす。ゼンがこんな風に暴れるのを見たのは初めてだったし、それになんでここにいるのかわからない。
「あぁ、しまった。失敗したな」
「え?」
嘆くような声がすぐ後ろから聞こえてくる。クオーツさんを振り返ろうとすると、首の前にぐいっと腕が回されて、背中に人の体温を感じた。
「「カレン!!」」
二人が叫ぶ。彼らの悲痛な表情を見て、私は初めて自分がメスを突きつけられているのだと知った。
「クオーツさん……?」
捕まっている私から、その表情は見えない。でも明らかに、それまで纏っていた空気が違っていた。
「せっかく君もコレクションに加えてあげようと思っていたのに、邪魔者が入ったね」
いつもの声色とは違い、低く冷酷な声。信じられないけれど、私の頬に突き付けられた鈍く光るメスが、これが現実だと教えてくる。
「くそっ……!」
「だから言ったんだよ、どっちも確保しないとダメだって……」
ロイの言葉から、ゼンが勝手に飛び出したことはわかった。
二人で何でここに……?
最初からクオーツさんを怪しんでいた?
訳が分からない。
私は混乱していた。
「あまりやりたくないけれど、捕まるくらいならカレンと一緒に心中するのも悪くないかな」
クオーツさんはまるで冗談をいうみたいにそんなことを呟く。
「狙いは目か?」
ロイが尋ねる。クオーツさんは何も答えなかった。
「カレン、そいつはもう五人も殺している快楽殺人者だ。遺体はすべて若い女性、全身を執拗に切り付けられ、眼球を持ち去られていた」
「っ!?」
猟奇的な連続殺人が起こっていることは知っていた。でも夜に出歩かない自分には関係のないことだとばかり……
それにこの匂い。
密着していると、スッとした感じの薬品のにおいが鼻についた。これはリタさんの家に行ったとき、ロイが持ってきた瓶からした香りと同じだった。
「あぁ、君はもしかして第七?警吏の制服なんて着て、見事に騙されたよ」
「第七?」
ロイを見つめると、険しい顔でクオーツさんを睨んだ。
「第七部隊は特殊犯罪専門だ。見回りの一般兵じゃない」
「まさかうちの店を見張ってたのって……」
「眼球を持ち去るコレクターは、めずらしい容姿の女性をターゲットにしていた。だからカレンに犯人が接触する可能性があると……」
見張られていたのは私だったのか。
守ってもらっていたはずなのに、胸の奥にモヤモヤとした重苦しい心地が湧いてくるのを感じた。
「あのペーパーナイフもあんたが送りつけたんだろう?娼婦の女が殺される五日前に換金していて、すでに押収した」
「あぁ、あの女。持っていないと思ったらそんなに早く換金していたのか。浅ましいことだ」
「浅ましい?おまえの方がよほど浅ましいと思うが」
ロイは軽蔑の目をクオーツさんに向ける。
「あれは私流の別れの挨拶だよ。殺した後、せめてもの弔いに花びらで飾ってやるのもね」
彼は楽しそうに笑うと、私を捕らえたまま少しずつ後ろに下がった。
このまま裏口から逃げるつもりなのだろうか。それとも私を刺して自分も死ぬつもり?
「カレン!」
ゼンが私を見つめ、自分の胸の中心を拳で叩いた。
「あ……」
それを見た私は、今つけている細い木筒のついたネックレスを握りしめる。
ゼンがいつか作ってくれたこのネックレスは、マダラ蟹の粉から作られたしびれ薬が入っていた。
「君の美しい目をコレクションに加えられないことが残念だ」
「っ!」
私は意を決してネックレスの木筒を引きちぎり、床にそれを投げつけた。
カンッと高い音が鳴り、筒の中から赤い粉が飛散する。
「何をっ!」
クオールさんが慌てて腕を緩めた一瞬の隙に、私は両手で口元を覆う。
「カレン!」
一足飛びにロイが近づき、私は腕を掴まれる。
「ゴホッ!これはっ……!」
ロイは私を引き寄せつつ、クオーツさんの腹に蹴りを入れた。
――ドンッ!
彼の身体がキッチンの扉に激突し、その場に倒れ込む。私は荷物のようにロイに抱えられ、店の外に出された。
「犯人確保!」
裏口からも正面からも黒い制服を来た警吏が飛び込んできて、あっという間に店の中は彼らによって占拠される。あの人がどうなったか私には見えなかったが、逮捕されたんだろう。
「カレン、大丈夫?」
ゼンが心配そうに私の顔を覗き込む。
しびれ薬が自分にも回ってしまい、私はかすかに首を振ることしかできなかった。
とても大丈夫じゃない。指先も唇も、寒くないのにカタカタ震えている。
効き目が強すぎた。
なんでこんなに強い薬を作ったの?今すぐ叱りたいけれど、ちゃんと声が出せる自信すらない。
ロイや警吏の人たちは大丈夫なんだろうか?
私を肩に担いでサクサク歩いているということは、大丈夫な証拠だけれど……。
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