代筆屋カレンへようこそ~恋をしてから来てください~

柊 一葉

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第一章 代筆屋と客じゃない客

第十四片 雨の日の告白

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予想通り、その日は夕方から雨が降った。いつもならまだ賑わっているはずの時計塔通りも、上着を頭からかぶった人がときおり走り抜けていくくらいで、人通りは極端に少ない。

今日はもう店じまいかな……。
書類を取りに来るはずの

ゼンは朝から商会の手伝いに出かけていて、早い時間に戻ると言っていた。

ロイが持ち去ったペーパーナイフは気になるものの、知らない人に銀製のペーパーナイフなんて高価なものを贈る者はいない。きっとそのうち、贈り主が見つかるだろうと私は思っていた。

――コンコン

裏口の方から、戸を叩く音がする。鍵を開けてみると、そこには私服のロイがいた。

「ちょっと、どうしてこっちから?」

びっくりして目を丸くする私。でも彼は、答えながら押し入るかのように強引に入ってきた。

「危ないだろう、誰かも確認せずに扉を開けるのは」

少し雨に濡れている。
急いで拭くものを取ってこようとする私の手をつかみ、低い声で脅すように叱ってきた。
昼間っからそんなに危なくないだろう、と思いつつも、ゼンにも同じことを言われているので、「ごめんなさい」と呟くように言った。

「これ」

ロイは私の手に、青いリボンのついた丸い瓶を握らせる。透明の瓶の中には、色々な種類の花びらが詰められていた。

「かわいい!どうしたの、これ」

コロンとかわいいフォルムの瓶に、色とりどりの花びらが入っている小さなオブジェは、テーブルの上に置けば華やかになりそうだ。

「仕事で使った残りだ」


「仕事?」

今、ロイが所属する第七部隊の詰め所には、何かの事件に関連する花を調べるために色々な花が集められているらしい。しかしどれもはずれで、大量の花びらが無造作に桶に放置されているのだとか。

その結果、まだきれいな花を捨てるのがもったいないということで、女性の同僚がこのように花びらを瓶に詰めたという。

「警吏なのに花を?そういう仕事もあるのね」

私はロイのことを、街を巡回するだけの一般兵だと思っていた。でもどうやら違うらしい。
なぜ花を、と聞いてもおそらく答えてはくれないだろうと思った。

私はロイに厚手のタオルを手渡すと、オブジェを持って代筆屋の店内へと上機嫌で向かった。テーブルにそれを置けば、いっきに店内が華やかになる。

「きれい」

そんな私の様子を、ロイはキッチンの扉に持たれて眺めていた。
あまり見られるのは落ち着かない。

「なに?」

「いや、事件で不要になったものとはいえ、これほど喜んでもらえるなら雨の中やってきた甲斐があったなと思う」

そうだ。何もこんな雨の日に来なくても。明日でもよかったのに。

「ありがとう。大切にする」

私がそう言うと、ロイがうれしそうに目を細めた。

「やっぱりカレンは笑ってる方がいいよ」

「え……」

指摘されるまで、私は自分が笑っていることに気づかなかった。

「接客や人付き合いに慣れてきたのかも」

「俺と一緒にいるからだって言ってくれないんだな」

「え、そうなの?」

「そうだといいなと思っただけだ」

他に友達がいるわけでないから、そんなことを言われてもわからない。
ただ、ロイがいてくれるのはうれしい。何となく本人には言いにくいから黙っておこう。

「あ、お茶淹れるね?」

「あぁ、頼む。ちょっと冷えるからな今日は」

そう言ってキッチンに向かおうとしたとき。まさかの人物が店にやってきた。

――カラン

「こんにちは、カレンさん」

もう三か月は来なくなっていた、アルト・ジャックマンだった。ロイの上司の娘と婚約破棄をした、例のお客さんだ。

私は驚きつつ、雨の中やってきた彼を出迎えた。

「まぁ、ジャックマンさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」

そう問いかけると、少し気まずそうに笑った色白の彼は、帽子を取って胸の前に持った。

「今日はどのようなご用事で?」

彼は扉の前で立ったままだったので、私は椅子に座るように促した。

「少し話がしたいんだ」

「話?」

ロイから婚約破棄のことを聞いていたので、彼女に手紙を書くために来たのではないことはわかった。でもそれを口に出すのもどうかと思い、用件だけをとりあえず尋ねる。

「何かありましたか?」

彼はテーブルの下で指をもじもじとしていて、しばらく沈黙が流れ続ける。
言い年をした大人がこうしてもじもじしているのは、何とも言えない。

「あ」

ふと視線に気づきキッチンの方を見ると、ロイがじぃっとこちらを見ていた。タオルを首からかけたまま、扉に持たれて腕組みをしている。

私はここでようやくロイがいたことを想い出した。お茶を淹れるといってそのままだ。
ロイは、この人が例のアルト・ジャックマンだと知ってるんだろうか?

再び目の前の男に視線を戻すも、彼はロイの存在に気が付いていないようだった。

「あの……」

困った私が苦笑いで口を開くと、彼は勢いよく頭を上げた。

「実は、彼女とは婚約を破棄しました!」

「え、ええ。そうですか。それは何とも、残念ですが……」

「いえ、これでよかったんです。彼女には申し訳ないことをしました。それで、一人になってずっと考えていたんです。僕にとって最良の相手は誰かってことを」

「はぁ……」

顔を赤くして一気に捲し立てる男を前に、私は何を言いたいのかわからず首を傾げた。黒い瞳でじぃっと見つめれば、途端に視線をそらしてテーブルの花を見つめてさらに言葉を強める。

「僕はやっと気づいたんです!カレンさん!こんな僕ですが、どうかお付き合いをしてください!あなたのことが忘れられませんでした!」

店内に響く大きな声で告白をした彼は、言い切ったとばかりに肩を上下させて興奮している。言い終わると同時に、ぎゅっと握りしめた拳を机の上に力いっぱい叩きつけた。

その勢いに、私はビクッと全身を揺らす。本人は満足げにしているが、まったくその気のない私にはできれば客から惚れられるなんて面倒なことは避けたいことだった。

「えっと……」

「必ず幸せにします!」

あれほど彼女への想いを情熱的に語っておいて、婚約破棄したら今度は私のことがって……よくこれでうまくいくと思うなぁ。燃え上がりやすいタイプなんだろうか。

困惑と迷惑と、少しの申し訳なさが交じり合って複雑な私は、この人の勢いに怯えながらもきちんと返事をしなければと思った。狼狽えていても何も始まらないし、終わらない。

いざ断ろうと背筋を伸ばしたそのとき、突然、すっかり忘れていたロイの声が店内に響いた。

「それは困るな」

私たちは同時にロイの方を向いた。

「ロイ!?」

「き、君は誰だ……」

消え入りそうなジャックマンさんの声。
乱暴な足音を立てて私のそばにやってきたロイは、驚くジャックマンさんを睨みつけながら怒りのこもった声を放った。

「これは俺の女だ。近づくことは許さない」

「は!?」

椅子に座っていた私を、ロイは背後から長い腕でしっかりと抱き締めた。目の前の男に射殺さんばかりの視線を向けながら。

「ちょっ……」

あまりの衝撃に、息を飲むだけで何も言葉が続かない。私は身を硬直させたまま、ロイの重みをずっしりと肩で感じていた。

茫然とするジャックマンさんを前に、ロイは私の長い髪を指に絡ませて見せつけるように意地の悪い笑みを浮かべる。
俺様な性格が露見している。大丈夫だろうか……

狂気すら感じるその目にすっかり怯えたその人は、椅子から転げ落ちるように立ち上がり、一瞬で店の外に逃げ出していった。

「すみませんでした!」

――カラン……カラン……

いつもより大きな音で鐘が揺れている。

「いっちゃった」

嵐のようだった。もう二度とここに来ることはないだろうな。

「あぁ、そうみたいだな」

頭の上でロイの声がする。いつまでこうしている気だろう。

「そうみたいだなって……。ロイ、もう離れて」

「どうして?」

いつまでも覆いかぶさっているロイに対し、私は顔を歪める。あの人を追い払うためとはいえ、こう抱きしめられていては心臓がうるさい。

手足の体温が抜けるように下がり、代わりに顔に熱が集中している。

ゼンもよく抱き着いてくるけど……これはダメ!ロイはダメ!

離れてといったのに、ロイの顔は依然として私の左の耳元にあった。ぎゅうっと抱きしめる腕はさらに強くなっていて、何だか恋人同士のようだと思うとさらに体が硬直する。

「どうしても何も、こんなことしないで」

誰かに勘違いされたらどうするんだ。すりガラスではないから、大通りからちょっとのぞけば今の私たちが外からでも見える。

「……そうだよなぁ。そうなるよなぁ。あぁ~、もうめんどくさい」

「めんどくさいなら離れてよ!お客さんが来たら困る!」

ロイの少し湿った髪が、私の頬に触れる。これはもう抱きしめられているというか、巻きつかれているのではないだろうか。

「客が来なければいいの?」

どこかいつもと違う艶っぽい声。恐る恐る左側をちらりと見れば、そこには心の奥底まで見透かされそうな済んだ瞳があった。

ドクン、と全身の血が逆流するような大きな音が私には聞こえた。自分の体が自分のものじゃないように、内側から何かがせり上がってくる。

思わず全身に力が入り、今すぐこの腕を振りほどきたいがまったく体が自由にならない。

「とにかく離れて」

裏返りそうな声でそう言うと、ロイは大きなため息をついて私の肩に顔をうずめた。

「はぁ~……ごめん。また来る」

あっけなく手を離したロイは、座ったまま硬直する私を置いて店の扉から出て行ってしまった。一体なんだったんだろうとカレンは茫然となる。

窓の外は変わらず雨が降り続けている。せっかくタオルで体を拭いたのに、またこの中を出て行ってしまったロイが少しだけ心配になった。

「何しに来たの……?」

まだ熱が残る頬に触れ、私はどんよりと曇った空をしばらくの間眺めていた。
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