懸賞に応募したら珍獣が当たったんだが

林りりさ

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【いざ小豆島 ー前編ー 】

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 お盆休みの時期は道路が混雑しがちなので、小豆島への旅行は八月十日から十二日の二泊三日に決まった。
 そして、十日の朝がやってきた。

「二人とも、準備はバッチリできてる?」
「うぃーっす」
「大丈夫、だと思う」
「ほんとによかったの? 銀ちゃんまで連れて行って」

「麻美がお兄さんにペットも連れて行っていいか聞いてくれたら、車酔いしなければOKって言ってくれてるって」
「ペットねぇ……。でも銀ちゃん、車でお出かけしたことがないから、大丈夫かしら?」
「わしなら平気やで。トラックでガタガタ揺られてここまで来とるしのぉ」

「言われてみたらそうね。しかも狭いダンボールの中に入れられながら」
「あれはしんどかったで~。着いてからも、全然開けてくれへんかったしなぁ~」
「あの時は……ねぇ」
 英莉子は、玲と顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
 そんな会話の最中、チャイムが鳴った。麻美が到着したようだ。

「あ、麻美たち着いたみたい。はーい」
「玲、おは~。うちら、下で待ってるね~」
「ありがと。今から降りるね」
「ほな、行きまひょか」
「ママ、桜たちがいなくて寂しくない? 何かあったらお電話してきてねー」

「それはこっちのセリフです。皆さんに迷惑かけないようにね。あ、あとこれ、お祖父じい様に渡してくれる?」
「わー、ヘンリーのフィナンシェだ!」
「あんた、絶対勝手に食べたらダメだよ!」
「わーってるよ、それくらい!」

 些細なことで、すぐ言い争いが始まる姉妹を見て、改めて旅行に行かせて大丈夫なのだろうかと不安を抱く英莉子だった。
「じゃあお母さん、行ってくるね」
「いってきまーす」
「いってらっしゃい。気をつけてね」


 マンションの下に降りると、エントランスそばの道路脇に停めた車の前で、麻美が手を振っていた。
「麻美、お待たせ」
「おはようございます、麻美ちゃん!」
「桜ちゃん、おはよ~。玲も、銀ちゃんもおはよ~」
「おはようさん」

「ささ、どうぞお入り下さいませ~」
 麻美はそう言って、車の後部座席のドアを開けた。玲たちが乗り込むと、運転席に座っている麻美の兄が後ろを振り向いた。
「おはよう。えっと……」
「玲と、妹の桜ちゃん。さっき説明したでしょうが」

「あぁ、そうだったな。初めまして、玲ちゃん、桜ちゃん。麻美の兄のりょうです。よろしく」
「あ、はい……お兄、さん?」
「遼でええよ」
「じゃあ、遼くん。おはようございます」

「(遼くん……。ま、まぁええか)少し長旅になるけど、よろしくな」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
「そんなかしこまらなくて大丈夫やで」
「そうそう、うちの兄ちゃんなんだし、敬語とかいらないから」
「お前は、もうちょい兄をうやまわんかい」

 遼はそう言うと、軽く麻美の頭をゲンコツで叩いた。
「いてっ。パワハラはんた~い」
 そのやり取りを見て、玲は思わず微笑んだ。
「ふふっ。どこの兄弟姉妹も、似たような感じだね」

 その言葉に、桜も深く頷く。
「だなぁ。うちのお姉ちゃんも、すぐ殴ってくるし」
 玲が「殴りはしないでしょ」と言った矢先、その左手は桜の肩を叩いていた。
「いたっ! 口と体の動きが矛盾してるじゃん!」

 後部座席で繰り広げられる姉妹漫才に、遼と麻美も笑い出した。
「そういや、ペットも連れてくるって言ってたよな? ペットキャリーが見当たらんけど」
「あ、そか。銀ちゃんのこと、兄ちゃんにまだ言ってなかったんだった」
「え、そうなの? てっきり伝えてくれてるんだと思ってた」

「いや、言っていいもんか迷ってさ~。実物見た方が話も早いかな~と思ってさ」
「せやなぁ。わしの説明ややこしいやろしなぁ」
「……ん?」

 遼は、どこからともなく聞こえてきた渋い声に、辺りをキョロキョロと見渡し出した。
「わしはここやで~」
「は……? どこにも何もおらんやん」
 そんな兄の様子に、麻美は腹を抱えて爆笑していた。
「玲、降ろしてくれるか?」
「そだね、シートベルトしないとだしね」

 玲は、抱っこ紐から銀仁朗を下ろすと、後部座席の真ん中に座らせた。
「玲、おおきに。というわけで、遼くん、お初にお目にかかります。わしは銀仁朗言います。よろしゅうたのんます」
「……は?」
「せやから遼君、よろしゅうに」
「……あ、あぁ」
 遼は、呆気に取られ過ぎて、開いた口が塞がらなくなっていた。

「ということで、ペットの銀ちゃんで~す。見ての通り、コアラだよん」
「なぁんだ、コアラかぁ~……ってなるかい! なんでコアラがここにおんねんな! しかも、コッテコテの関西弁しゃべっとるし!」
 玲は、この反応が普通だったよなぁと、久々に思い出していた。

「まぁ、そう思いますよねぇ。少し前にコアラのマッチョのキャンペーンがあって、それに応募したら当たったんです、彼が」
「そんなキャンペーンやってたんや……。事情はなんとなく分かったわ。けど——何でコアラが普通に喋ってるんよ⁉」
「銀ちゃんが特殊だとしか言いようがないですね、あははは」

 苦笑いをする玲の横で、桜は自慢げに話す。
「銀ちゃんはね、めーっちゃ賢いんだよぉ。トイレだって自分で行けるし! 今日も銀ちゃん専用の補助便座とかもバッチシ持ってきたしねー」
 そう言って、銀仁朗と目を合わせると、ニヒルな笑みを浮かべ、サムズアップした。

「そ、そうなんや……。あ、あの——銀仁朗さんって、もしやアレっすか?」
「なんや、アレって? あと、銀仁朗さんはよしてくれんか。なんや、堅苦しくてこそばいわ」
「アレって言うのは、その……アニメやラノベでよくある、転生者のことです!」
「なんや転生者て? 玲は知っとるか?」

「前世の記憶を持ったまま、別の世界とか時代に生まれ変わる人のことだよ。言われてみれば……もしかしたら銀ちゃんも——」
「絶対ちゃうな。前世とか知らんし」
「あ、そですか……」

 玲は珍しく少し興奮したが、食い気味に否定され、瞬時に平常心に戻された。
「で、銀ちゃんはなんでここにおるん?」
 麻美は、その問いに答えるべく、これまでのあらすじを遼に話した。
「ああ、それはね、かくかくしかじかで——。と言うわけで、この事は国家機密ですので、誰にも言わないよ~に!」

「国家て……。まぁ、知り合いがコアラ飼ってるって言うたところで、信じてくれる奴もおらんやろ。ましてや、普通に日本語喋っとるなんて言うたら、俺が嘘つき呼ばわりされるだけやで」
「それは言えてるね~」
「まぁ誰にも喋らんし、当然SNSにも上げたりせぇへんから安心してくれ」

「そう言っていただいて助かります」
「まっ、兄ちゃんのSNSのフォロワー、二十人以下だから拡散力ゼロだけどね~」
「うるせぇ!」
「いてっ、だ~か~ら~、暴力反対~」
「麻美ちゃんも妹するの大変そうだねぇ」

「ほんとそれな~。そうだ! 桜ちゃん、うちと妹同盟組まない?」
「面白そうだねー、妹同盟! 妹としての苦労を語り合っちゃう?」
 桜の発言に、玲は鼻を鳴らした。
「ふんっ、何が妹としての苦労よ。あんたはいつも、のほほーんと暮らしてるだけでしょうに」
「お姉ちゃんの知らないところで、桜はいろいろ気を回してるんだよー」
「さいですか」
 車内の空気が少しピリつきだしたのを感じ、遼が流れを切った。
「と、とにかく。色々事情も理解できたところで、そろそろ出発しよか」

「そういや、さっきから一ミリも進んでなかったね~。そだ、銀ちゃんは、うちが使ってたチャイルドシートがあるから、それに座ってもらうね~。じゃあ、兄ちゃん、セットお願いしま~す」
「年長者の方が、絶対苦労多いよなぁ、玲ちゃん」
「めちゃくちゃ同意します!」

 遼はぼやきながらも、手際よくチャイルドシートをセットした。
 銀仁朗の安全も確保され、いよいよ一行は小豆島への旅路の始まりを告げた。

「よしっ。じゃあ、いざ小豆島へ!」
「兄ちゃん、安全運転で宜しく~」
「宜しくお願いします」
「遼くん、お願いしまーっす♪」
「よろしゅう頼んます、遼くん」


 車を走らせること約一時間。一行は淡路島に到着した。
「桜、明石海峡大橋通ったの初めてだったけど、景色すごく綺麗だったし、風も気持ちよかったなぁ」
「そだね! 本当に素敵だった。連れてきてくれてありがと、麻美。あ、遼くんも」
「明石海峡は何度も通ってるけど、いつ来てもいいよね~」

「まっすぐ海の上を走る感じが気持ちいいよな。運転してても爽快やで。ところで、みんなトイレとか大丈夫か?」
「大丈夫だよね、桜?」
「うん、まだ大丈夫! ちょっとお腹空いてきたくらいかな」

「あ~確かに。兄ちゃん、ちょっと早めにお昼しない?」
「あと四十五分もあれば、淡路島の南端に着くから、そこのパーキングエリアでお昼食べよか」
「私たち、朝からサンドイッチ作ってきたんですけど、一緒に食べますか?」

「玲、ナイス! 兄ちゃん、お呼ばれしようよ」
「ありがとう、玲ちゃん」
「桜も手伝ったんだよー」
「あぁ、桜ちゃんもありがとう」
「うん、いっぱい食べてねー」

 桜がそう言った瞬間、車内にグ~っという音が鳴り響いた。
「サンドイッチの話してたら、お腹の虫が鳴っちゃったー」
「もう、桜ったら。食い意地だけは一丁前なんだから」
 そんな会話に、車内は笑い声で満たされた。


 渋滞もなく、予定通り淡路島南パーキングエリアに着いた玲たちは、早めのランチを取ることにした。
「よし、順調にここまで来れたな。少し早いけど、休憩がてらサンドイッチをいただこうか」
「うち、トイレ行きた~い」
「桜も行くー」

 玲は、銀仁朗の様子を伺う。
「銀ちゃんは……って、ぐっすり眠ってる」
「玲ちゃんも行っておいで。俺が車番とコアラ番しとくから」
「いいんですか?」
「ここから鳴門海峡が見えると思うし、せっかくやから三人で景色眺めながら食べてき。今日は風もあって気持ちええやろし」

「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
「俺も車でサンドイッチ食べながらちょっと休憩しとくから、ゆっくりしてきてええよ」
「兄ちゃん、今日はやけに優しいね~。もしかして玲のこと……⁉ ダメだよ~! 玲はうちのだから‼」

「そうだよ、遼くん! お姉ちゃん取ったら、うちのパパ泣いて死んじゃうからねー」
「いやいや、誰のものでもないよ私は! てか、泣いて死ぬってどういう状況だよ」
「はいはい、妹同盟うるさいぞー。はよ飯食ってこい!」
「うい~。んじゃ兄ちゃん、留守番よろ~」

 そう言い残し、三人はサンドイッチを持って車外へと出て行った。
「ふぅ……やっと静かになったわ」
「せやなぁ」
「うわっ! なんや、銀ちゃん起きてたんかよ」
「寝よったけど、騒がしゅうて目醒めてもたわ」
「あぁ、なんがごめん」

「いやいや、遼くん悪ないから。うちの桜っこは、いっつもあんな感じやさかい慣れっこやが、今日は麻美もおるから、いつもよりさらににぎやかやな。まぁ元気があって何よりや」
「今は貴重な静寂やね。銀ちゃんお腹空いてへんか?」

「今は大丈夫や、もう少し寝るさかい。遼くんは、まだ運転せなあかんやろし、ちゃんとご飯食べて、ちょっとでも休んどきや」
「あ、ありがとう」
 人生でコアラにアドバイスされる日が来るとは……遼は後頭部をポリポリと掻いた。


 数十分後、三人が車に戻ってくる姿を確認し、遼は一度車外に出た。
「しーっ。銀ちゃんまた寝たとこやから、静かに入ってな」
 皆、そっと車のドアを開けて乗り込み、音を立てないよう気をつけながら再び着席する。
 麻美は、シートベルトを締める前に、手に持っていた物を遼に差し出し、小声で言った。

「兄ちゃん、留守番ありがと。カフェオレ買ってきたから飲んで」
「おぉ、ありがとう。麻美がこんな気遣いができるようになったとは……。兄ちゃん嬉しいわ」
 遼の言葉に、麻美は少し照れたように目を伏せた。それも束の間「まぁ、玲に言われたから買ってきただけなんだけどね」と正直に答えた。

「せやんな! やっぱそんなことやと思ったわ」
「麻美、そこ黙っとけばいいのに」
「いや、兄ちゃんに感動されて、なんかゾワっとしたから……」
「なんやねん、ゾワって!」
「はーい、みなさーん。銀ちゃん寝てるから静かにしようねー」

 車内で一番の年少者に諭され、年長者達は小さく「は~い」と返事をするのだった。
「んじゃ、ここからフェリー乗り場のある高松港まで一時間半くらいあるし、みんなも少し寝とき。寝れんくても、目をつぶってるだけでも違うから。少しでも体力温存しときや」

「はい。遼くんは運転大変だと思いますが、引き続きよろしくお願いします」
「大丈夫。運転好きやし、ロングドライブも慣れとるから。それに、眠気覚ましもあるしな」
 そう言って、遼は麻美から受け取ったカフェオレを一口すすった。

「やっぱ、兄ちゃん、玲のこと——」
「ちゃ、ちゃうわ! 全然そんなんちゃうから」
 やたら食い気味で否定する遼に、桜が少し顔をしかめ、膨れっ面になりながら「えー、何かそこまで否定されちゃ、お姉ちゃんが可哀そうだよぉー」と言った。

「え、えぇ~」
「そうだよ、兄ちゃん! 乙女心を踏みにじらないで‼」
「遼くん、お姉ちゃんに謝って」
「あ、あぁ……な、なんかごめん、玲ちゃん」
「いえ、全然。何も気にしてませんので」

 妹同盟に追い詰められ、何故か謝らせられたあげく、その謝罪相手からは、めちゃくちゃドライなコメントを返され、心の中で思わず「今時の小中学生女子の扱い方ムジー」と嘆く遼であった。


 それから十分ほど経つと、車内はすっかり静まり返った。皆、ぐっすり寝入ったようだ。聞こえるのは遼お気に入りのBGMと、静かな寝息だけだ。
「静かに寝てたら、みんな可愛いんやけどなぁ……」
 そう思った次の瞬間、後部座席から「ングォッ」という聞き慣れない音が聞こえてきた。
「うわっ、何の音や……って、銀ちゃんの鼾(いびき)かよ! 見た目に反して全然可愛気ない音出すんやな、あはは……」
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