懸賞に応募したら珍獣が当たったんだが

林りりさ

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【いざ小豆島 ー後編ー 】

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 遼が運転する車は、順調に徳島県を抜け、香川県高松市の中心地まで到着していた。
「おーい、みんな起きろー」
「ふぇ~……兄ちゃん、もう着いたのぉ~?」
「高松港の近くまでな。これからフェリーに乗るんやけど、手続きとかあるから、そん時銀ちゃん見つかったら面倒やろ」
「なる~。玲、桜ちゃん、銀ちゃんも起きてくださ~い!」

 麻美の寝起き直後とは思えない元気な目覚ましボイスで、みんなが次々に目を覚ます。
「お~う、もう着いたんかぁ?」
「まだだよ~。これからフェリーに乗るんだけど、その間銀ちゃん隠さなきゃだから、一回起きようってなったとこだよ~」
「ほな、後ろの荷物にでも混じっとこか」
「銀ちゃんには悪いけど、そうしてくれるかな?」

 申し訳なさそな表情の玲に、銀仁朗が声をかける。
「玲、心配せんでも大丈夫や。狭いとこは慣れとる言うたやろ」
「そだったね。じゃあちょっとだけ我慢してね」
「あいよ。ほな、もう一眠りしとくわ」
「銀ちゃん問題も解決したところで、港へ向かうで!」

 高松港に到着し、運賃を支払うと、フェリーへの乗船もとどこおりなく済んだ。
「わぁー。フェリーがラドンだらけなんですけどー! 桜、マイモン大好きなの!」
「これは、香川県とマイモンスターのコラボフェリーやね。たまにしか出てないから、今日はラッキーやったな」
「うちら何回もこのフェリー乗ってるけど、コラボ船に乗ったのは初めてだよ~」

「へぇ、私たち、結構持ってるのかもね」
「特に、玲はめっちゃ強運だよ! だって、当てちゃってるしね~」
「そ、そうかもね。今日だって、麻美達と旅行できたのも、銀ちゃんのおかげだし……感謝しなきゃだわ」

「銀ちゃん、今狭い思いしてるだろうし、向こう着いたらいっぱい遊んであげようね~! うち、今日もUMO持ってきたから!」
「今回は、桜も入れてよねー」
「当ったり前だよ、桜ちゃん! 今夜は寝かさないぞ~!」
「イェーイ! パーリィナイトだぁー♪」

 小躍りし始めた桜に、玲が現実を突きつける。
「あんた、星空観察の自由研究するって言ってたでしょ。それ終わらなかったら遊べないよ!」
「なーんだよ、お姉ちゃん。ママみたいなこと言ってー」
「お母さんにうるさく言われてんの。あんたにちゃんとリード付けとけって」

「リードって、桜はペットじゃないよーだ!」
「それくらいしないと、やらないあんたが悪いんでしょ」
「まぁまぁまぁ。桜ちゃん、うちも自由研究手伝ってあげるから、終わったらパーリィナイトしようぜっ!」
「麻美ちゃーん! 桜、麻美ちゃんがお姉ちゃんだったらよかったよぉ」

 可愛い悩殺コメントを喰らい、ハートをズキューンと射止められた麻美は、胸を押さえ後ずさる。
「ゔぐぐぐぐ。尊過ぎて、心臓が……持たんっ!」
「全く二人して……。ついてけんわ」


 フェリーに揺られること約一時間。無事に小豆島の土庄港とのしょうこうに辿り着いた。
「ここからは、車で十五分くらいやから、もうすぐで目的地に着くで」
「桜、フェリーに乗るのも初めてだったけど、あんな綺麗な海見るのも初めてでビックリした!」

 桜の初々しいコメントに、麻美は笑顔で応える。
「海も綺麗だけどねぇ、星空はも~っと綺麗だよ~。今日は晴れてるし、自由研究日和かも!」
「私も、星空はすごく楽しみだな」

「普通に天の川見えるよ~。プラネタリウムみたいなやつ」
「ほんとに? 絶対見たい!」
「見よう見よう!」
「んじゃ、じいちゃんちに向かうで」
「……おーい」
「「「「……ん?」」」」

 四人は、どこからか聞こえてくる、やけにくぐもった声に気づき、辺りを見回した。
「おいってば! わしの存在忘れとるやろ、お前ら! わしはトランクルームにおるだけに、やってか!」
「あ、ごめん銀ちゃん! 普通に忘れてた」
、しっかりしてくれへんとあかんやろが!」
「ご、ごめんなさい……」
「ほな、はよシートに戻してんか」


 港から再び車を走らせること十五分。遼の読み通り、目的地に到着した。
「さぁ、着いたで。ここがじいちゃんちや」
 広い敷地に佇む、純和風な屋敷を目の当たりにし、玲が驚嘆する。
「うわぁ、大きい!」
「田舎だからね~。部屋もいっぱいあるから、泊りに来て全然大丈夫って言ってた意味、これ見て分かったっしょ?」
「うん、納得」
「今はここに、じぃじ一人で住んでるんだ~」
「他のご家族は?」
「ばぁばは、高松にある介護施設にいて、おじちゃんとおばちゃんは、両方大阪に住んでるよ~」
 そんな話をしていると、外から賑やかな声が聞こえてきたのだろうか、家の中から男性が出てきた。

「おー、来やったか。道中えらかったじゃろ」
「じぃじ、久しぶり~! 元気だった?」
「おお、麻美。また大きなったのぉ」
「じいちゃん、久しぶり」
「遼も大きなってからに」
「いや、もう変わらんよ。成長期終わったし」

「ほうけ? じゃけまぁ、大人っぽうなったゆうことにしとこうかの」
「そうやね。あ、今日は麻美の友達も連れてきてるんよ。こっちが麻美の同級生の玲ちゃんで、妹の桜ちゃん」
 遼の紹介に合わせて、姉妹は丁寧に頭を下げた。
「初めまして、大原玲と申します。こっちが妹の桜です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす!」

「玲ちゃん言うたか。そない堅苦しくせんでええけ、楽にしてもらってええよ。ほれ、長旅はえらかったじゃろう。中入ってお茶でも飲みんせぇ」
「あ、これ、うちの母からです。よかったらどうぞ」
 玲は今朝、英莉子から渡された洋菓子を手渡した。

「わざわざに、こげなハイカラなもん持ってきよらんでもえかったのに……。ほいじゃあ、ありがたくみなでおやつの時間にでもいただくとしょーかの」
「やたー! これめっちゃ美味しいんだよー」
「ほうけ! そりゃえれぇ楽しみじゃの」

 玲は、先ほどから気になっていることを麻美に尋ねた。
「ねぇ麻美、さっきからお爺様が『えらかった』とか『えれえ』って言ってるけど、何がそんなに偉いの?」
「あぁ~、それね。うちも昔同じ質問したことあるわ~。じぃじ、岡山出身なんだよ。でね、岡山弁で『えらい』は、しんどいとか、疲れたとかって意味で、『えれぇ』になると、とてもとか、めっちゃとかの意味になるんだってさ~」

「なるほど。知らなかった」
「知らなくて当然でしょ。じぃじの方言、そこまでキツくないけど、たまに意味分からないのもあるかもだから、気になったらいつでも聞いてね~」
「助かる。ありがと」
「いえいえ~。んじゃ、中へどぞ~」

「お邪魔します」
「わぁー、玄関めっちゃ広ーい!」
「ちょっと桜、大きな声出さないの!」
「あ、ごめん。でもこれ見たらテンション上がらない?」
「た、たしかに旅館みたいで、少しテンション上がらなくはないけど……」

「がっはっは! もんげぇ面白れぇ姉妹じゃのぉ。そげなとこで突っ立っとらんと、はよこっちこられー」
「あ、ありがとうございます(いや、なかなかのなまりじゃないのかこれは……)」

「ねぇ、おじいさん。お名前なんていうんですか?」
「おぉ、そうじゃ。まだ名乗っとらんかったな。わし中矢和昌なかやかずまさ言います。よろしゅうに」
「よろしく、和昌じいちゃん!」
 唐突に距離感を詰めだす妹に、玲が注意する。
「桜、初対面でその呼び方は失礼でしょ!」
「ええんよ。呼び方やこー、何でもええけぇ、好きに呼びよし」
「だって、お姉ちゃん」
「すみません、気を遣わせてしまって……」

「玲ちゃん言うたかの。あんたもそないかたっ苦しゅうせんでええんからの。もっと肩の力抜きんさい」

「ありがとうございます」
「ねぇ、じぃじ。ママがペットも連れて来るって言ってたでしょ?」
「あぁ、犬っころでも連れて来とんけ?」

 約五時間前と同じく、ここでも麻美が銀仁朗の説明を和昌にしてくれた。
「それがですね~。かくかくしかじかで——」
「はぇー。そないなちばけた話やこー、ほんまにあるんかいなぁ。まぁ、儂は別に何でもええがの。孫の姿見られるだけで嬉しいけぇな。麻美たちが楽しんでってくれるだけで、じぃじは充分なんじゃ」
「さすがじぃじ! 器がデカい!」
「がっはっはー。そうじゃろそうじゃろ」
「じゃ、連れて来るね~。玲、行こっ」


 二人は、車で待機していた銀仁朗を迎えに行き、家の中へと戻ってきた。
「じぃじ、お待たせ。コアラの銀ちゃん、連れて来たよ~」
「も、もんげぇ! たまげたのぉ……ほんまにコアラじゃ」
和昌翁かずまさおう、お初にお目にかかります。わし銀仁朗言います。今日はよろ……ん?」
「も、ももももも、もんげぇー!!」

「おい、麻美。ちゃんと説明したんとちゃうんか?」
「あ、ごめん。話せること言ってなかったかも……」
 遼は、数時間前の自分と和昌を重ね合わせ、過去の自分に言い聞かせるように、優しく声をかけた。
「じいちゃん。大丈夫やで。みんな通ってきた道やから。おかしいよな、この状況。普通やないよな。でも、これが現実やねん。とりあえず、深呼吸しよか」

「わ、儂……長生きしちょるけど、喋る動物なんぞ、見たことないでぇ」
「うん、俺も。そんな長生きはしてないけど、生まれてこの方、ほんの五時間前までは見たことなかったで。ほら、吸って~、吐いて~」
「ふ、ふぅ~……。でぇれぇ驚いたわい。口から心臓が飛び出るか思たんじゃが、その前にが飛び出てしもうたわ!」

 和昌の渾身こんしんの捨て身ギャグに、場が一気に和んだ。
「ぎゃははは~。じぃじ最高!」
「和昌翁、わしら歳的には一近いやろし、仲良うしてくれたら嬉しいわ」
「あ、ああ。銀仁朗くん。改めて、ようこそ小豆島へ」

「世話なります」
「ほいじゃあみんなも、長旅で疲れたろう。まずはゆっくり寛いでおきなされ。今晩は、小豆島の郷土料理『かきまぜ』をこしらえとるけぇ、楽しみにしちょれや」

「わ~い。うち、あれ大好き!」
「麻美、かきまぜって何?」
「簡単に言うと、炊き込みご飯なんだけど、エビとかイカとかが入ってて、それが良い味出してくるんだよね~。あ、ヨダレが(じゅるり)」
「(あ、麻美が本当に楽しみな時の反応だ)へぇ~、楽しみ!」

 何やら落ち着かない様子で、部屋中をキョロキョロしていた桜が麻美に話しかけた。
「ねぇ、麻美ちゃん。お家探検してもいいー?」
「こぉら。桜はまたそうやって勝手なこと言って!」
「全然いいよ~! 玲と銀ちゃんも一緒に行こうよ!」
「せやなぁ。ずっと寝とったし、運動がてら行きまひょか」
「ごめんね、無理言って」

「ぜ~んぜん大丈夫。この辺は、お隣さん家も離れてるから、外に出ても誰にも見られないだろうし、お庭の方にも出られるよ!」
 それを聞いて、玲は妙案を思いつく。
「じゃあさ、銀ちゃん久々に木登りしない? さっきお庭に大きな木があったんだけど」
「せやなぁ。玲ん家来てから一回も木に登ってへんしな。わしの木登りテク見て惚れたらあかんで!」

「あ、そゆのはいいんで」
「うぐっ……。玲って、こういうノリ嫌いよな」
「玲は昔っからあんま異性に興味ないんだよね~」
「別にそんなんじゃないし」
「お姉ちゃん、小学校の時から男子にモテたけど、誰とも仲良くしなかったもんねー」

「だって、周りの男子、バカばっかだったからね」
「でも、そんなツンケンした態度がまたいいんだって、男子は騒いでたけどね~」
「だから、そういうのが苦手なんだってば!」
「まぁまぁ。何でもええけど、はよ外行こや」

 玲たちは、銀仁朗の木登りテクを拝見するべく、庭へと出た。
 そこには、優に十五メートルはあろうかという、立派な松の木が生えていた。
「近くで見ると、より大きく見えるね」
「桜知ってる! これって松ぼっくりの木だよね。銀ちゃん、葉っぱがトゲトゲしてるから、怪我しないようねー」
「葉の少ないとこ登れば問題ないやろ。ほな、いっちょ行ってくるで」

 銀仁朗はそう言い残すと、松の木まで颯爽と駆けていった。根元に到着するや、躊躇なくどんどん上へとよじ登っていった。
「おっ、爪がよう引っ掛かって登りやすい木やなぁ。せやけど、ちょい表面がゴツゴツしすぎとるから、長居はしとうないかもや」
 コアラの木登りテクを目の当たりにした桜は、目を丸くしていた。
「うわぁー、すごっ! 意外と速いんだねー、木登り銀ちゃん!」
「確かに、思ってたより数倍速かった」

「銀ちゃんすごいねぇ~。何か景色見えますかぁ~?」
「おぉ、めっちゃええ景色や。右向いたら海がキラキラ光っとるし、左向いたら山の緑が青々としとるわ」
「銀ちゃんしか行けない特等席だね」
「玲の言う通りやわ。この景色見られただけでも、小豆島まで来た甲斐があるわ」

「そう言ってもらえると、連れて来た甲斐があるってもんだね~」
「ほんと、麻美には感謝しかないよ」
「よかったら、あとで兄ちゃんにもお礼伝えてあげてね。きっと喜ぶから」
「そうだね。運転大変だっただろうし、改めて言っておくね!」
「銀ちゃーん、まだ木登り続ける? 桜たちはお家探検しに行くけどー」
「せやなぁ。この松いう木は、長居するには不向きやさかい、もう降りるわ」

 銀仁朗は、早々に木登りに見切りをつけ、ゆっくりと降りていった。
「私、コアラが木から降りてくるとこ初めて見たかも」
「桜も。レアカットだねー」
「確かに、なかなか見ない光景だね~。てか、降りる時は結構遅いね~」
「落ちたら大変だし、そりゃ慎重にもなるでしょ。ていうか、この降りるスピードが想像してた速さだったから、登ってる時の速さに驚いちゃったのは私だけ?」

「いや、うちも想像以上の速さにビビった~」
「桜も!」
「だよね。あ、戻ってきた」
「何を話しよったんや? ……ははぁーん。さては、わしの木登り姿に惚れ惚れしよったんやろ?」

「そだねーすごかったですねー」
 玲は死んだような目をしながら、棒読みで応えた。
「ううっ……。毎度こうされると分かっとっても、ツンケンされると男心が傷つくのぉ」
「こうしてまた一人、玲に打ちのめされた男が増えていくのであった——」
「麻美さんお黙り! ほら、早くお家に戻ろ」
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