懸賞に応募したら珍獣が当たったんだが

林りりさ

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【しっくりきたんだよね】

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 二日目の朝は、蝉の大合唱と共に始まった。
「おはよ~。玲、桜ちゃ~ん」
「おはよぉ」
「おはざいますぅ……むにゃむにゃ……」

「おい、桜起きろ」
「わーってるよぉ」
 そんなやり取りの中、遼の明るい声が響いた。
「みんな、おはよう。朝ごはんの支度できてるから、顔洗って歯磨きしたらダイニングに来てや」
「はーい」


 朝食後は、オリーブ畑の手入れや、野菜の収穫の手伝いをする予定になっている。
 銀仁朗は、人目を避けねばならず、戦力にもなりそうにないので、家で留守番となった。本人はその間『ジュンガ修行』に励むと息巻いていた。
「ねぇ、じぃじ?」
「なんや、麻美?」
「今って、どんな野菜が採れるの?」
「トマト、ナス、きゅうりやこーがちょうどええ頃合いやけん、それの収穫してもらおうと思うとるで」

「夏野菜だね~」
「そや。夜はそれでカレーでも拵えようか思うとるけぇ、気張ってな」
「やたー! 桜、カレー大好き!」
「そりゃえかった」

「お役に立てるか分かりませんが、頑張ります」
「玲ちゃんも頼りにしとるで。今日も暑ぅなるけん、えらぁなったら無理せず休むんやで」
「よ~し、今日は夏野菜収穫祭りじゃ~!」
 麻美の掛け声に、玲と桜も「おー!」と元気よく応えた。


 農園は、母屋から徒歩で五分ほどの場所にあった。近くには小川が流れ、瀬戸内海から吹く潮風が心地よく、真夏でも都会より涼しく感じた。

「なんか涼しいねぇ~」
「うん、風が気持ちいい」
「トマトとナスがこっちにあるけん、まずはこっからやってこーか」
「じぃじ、どれを採ったらいいとかある~?」

「実がパンっと張ってて、色が濃いのが食べ頃や。ええのを見繕ってくれるか?」
「オッケ~。ちなみに野菜とかも売り物?」
「ここにある野菜は、儂らで食べる用やけぇ、殆ど売りには出さんよ。採れすぎた時だけ、道の駅に置かせてもらいよるな」

「そうなんだ~。じゃあ食べ放題ってことだね!」
「がっはっはー。そうじゃな。いくらでも食べよし」
 こうして始まった夏野菜の収穫祭は、一時間も経たない内に、カゴは真っ赤なトマトとツヤツヤのナスでいっぱいになった。
「こっちはこれで十分やけん、次はオリーブ畑に行こか」

「じいちゃん、俺きゅうり採ってくるわ」
「おぉ忘れとったわ。すまんがそっちは遼に任せてええか?」
「大丈夫やで。んじゃ麻美達の面倒よろしく」
「あいよ。オリーブ畑はここより少し坂を上がった場所にあるけん、ちょいと歩くぞ」

 オリーブ畑に向かう道すがら、麻美がぽつりと尋ねた。
「ねぇじぃじ。そういやなんで小豆島ってオリーブの栽培が盛んなの?」
「小豆島には、約六万本のオリーブが栽培されとる。小豆島の気候がオリーブの原産地である地中海沿岸と同じような気候なんじゃと。やけん、オリーブを栽培するんに、ここいらの気候が適しとるんや」
「へぇ~。じぃじの畑には、何本ぐらいあるの?」

「今は千本ほど育てとる」
「千本⁉ じぃじはそれを一人で管理してるの?」
「忙しぃなる時期には、お手伝いのパートさんもおるよ。まだその時期やないけぇ、今は儂一人で管理しょーる」
「和昌じいちゃんすごいねー! で、桜たちは何したらいいのかなー?」

「水やりをしてくれると助かるんやが、やってくれるかい?」
「はぁーい、喜んで!」
「日差しが強くなってきたけん、水遊びがてらいっぱい水撒いてーてー」
「わーい! めっちゃ楽しそうなお手伝いだー」
「玲、水かけ合いっこしよ~よ!」
「うん、いいよ!」


 三人は、手分けして千本近いオリーブの木に水を与えていった。その作業を終えると、休む間もなく水かけ合戦の火蓋が切って落とされた。
「うっしゃ~、二人ともびっしゃびしゃにしたるで~!」
「麻美、臨むところだよ!」
「桜、一番年下だから、お姉ちゃん達手加減してくれるよ……ね?」
「今更可愛こぶったって無駄だよ、桜!」
 問答無用で桜の顔に水をかける玲だった。
「ぎゃー! お姉ちゃんのいけずー」

 そんな桜の様子を見ながら爆笑していた玲に、麻美の放水攻撃がさく裂する。
「よそ見してちゃいかんよ、玲さ~ん」
「うわっ! やったなー麻美!」
 三人は、ビショビショになりながらも、絶えず笑顔ではしゃぎ回っていた。ホースから放たれた水は、真夏の太陽の光を反射し、キラキラとまばゆい光を放っていた。その情景は、さながら清涼飲料水のCM撮影現場のような爽やかな雰囲気を醸し出していた。


「おーい、そろそろお昼に——」
 そう声をかけながら近づいた和昌の顔面に、麻美が振り向きざまに持っていたホースの水が直撃した。
「あっ、じぃじ! ごめ~ん!」
「うひゃ~、びちゃびちゃじゃ~。まぁ、汗もかいとったし、ちょうどええわ。がっはっはー」
「わ、わざとじゃないからね!」
「ええよ。それより、お昼にしょーか」

「桜、お腹ペコペコー」
「いっぱい頑張ってくれたけんね。お昼は小豆島特産の素麺やけん、いっぱい食べや」
「めっちゃ暑かったから、冷たいの嬉し~い!」
「さっきご近所さんと、孫が来とるんやいう話しよったら、でぇれぇ大きいスイカをもろうたけん、後で食べよか!」

 スイカと聞き、桜がみなに提案する。
「あ、桜あれやってみたいなー! スイカ割り」
「お~。桜ちゃん、ナイスアイデア!」
「スイカ割りとか、テレビでやってるのしか見たことないから、私もやってみたいかも!」
「儂もやったことないのぉ。ほな、遼に準備してもらおうかの。がっはっはー」
「じぃじも兄ちゃん遣いが荒くなってきてるのウケるんだけど~」


「おかえり。お昼ご飯できてるから、手洗ってき」
「あんがと、兄ちゃん! 大好き!」
「は……はぇ⁈」
「兄ちゃんめっちゃ動揺してて草だな~。あははは~」
「な、なんやねん! 要らんこと言うとらんと、早よ洗って来いや!」
じゃなくて、でしょ。あ~、兄ちゃん可愛い~」
「う、うるせぇ!」


 ダイニングには、大きな桶の中に綺麗に盛り付けられた素麺が用意されていた。遼が一足先に畑から戻り、準備していてくれたようだ。
「わぁ~、お店で食べるやつみたい!」
「氷も入ってて涼しげだね。ありがとうございます、遼くん」
「ただ茹でただけやで。あと、さっき採ってきたキュウリで浅漬け作ったから、食べてみて。めっちゃ旨いかで!」

「儂特製の味噌もあるで。付けて食べてみぃ」
「小豆島グルメ三昧だね~。んじゃいただきま~す!」
「あ、お姉ちゃん! お素麵はフーフーしなくても大丈夫だかんねー」
「分かってるわよっ!」
 いつぞやの恥ずかしい振る舞いを蒸し返され、ブチ切れる玲であった。


「ふ~、食った食った~。やっぱ採れたては違うね~。新鮮さがハンパなかった」
「スイカ割りの準備できてるけど、もうやるか?」
 初めて聞く言葉に、銀仁朗が尋ねる。
「遼くん、スイカ割りってなんや?」
「スイカ割りってのは、スイカを地面に置いて、それを目隠しした状態で割る遊びやな」
「いつもながらに説明だけやと面白味が分からんなぁ。でもやってみたら面白いんやろな! やろ、はよやろ!」
「OK。んじゃ外行こか!」


 庭には、ビニールシートの上に大きなスイカがドンと置かれていた。そのサイズ感に姉妹は目を丸くした。
「わー、おっきなスイカ! 美味しそぉー」
「近所のスーパーじゃ見かけない大きさだね」
 スイカ割りの準備を終えた遼が、額の汗を拭いながら笑顔で応える。
「そやなぁ。田舎ならではかもな! んじゃ銀ちゃん、最初にやってみるか?」

「ぜひともお願いします」
「スイカ叩く用の木刀用意してたんやけど、銀ちゃんにはちょっと大きすぎるなぁ……」
「このゴムハンマーじゃったら、ちょうどええんとちゃうか?」
 和昌が、銀仁朗のためにちょうどいいサイズのものを探してくれていたようだ。

「じいちゃん、それバッチリやわ。ちょっと洗ってくるな」
「遼くんは優しいなぁ。何も言わんといろいろやってくれよる」
 銀仁朗は、遼の働きっぷりに感心した様子で言った。
「兄ちゃん、昔っから世話焼きさんだからね~。いつも周りに気を遣って、率先して動いてくれるんだよ~。でも全然彼女できないんだよね~。不思議だわ~」

「男はな、優しいだけやあかんねん。時にはオスとしての力強さをメスにアピールできへんとモテへんねやで」
「銀ちゃん、それ兄ちゃんに直接言ってやってくれ!」
「がっはっはー。銀仁朗君はぶち面白れぇやっちゃなぁ。色恋のことまで熟知しちょるとは。もんげぇたまげたわい!」

「お待たせ……って、何や? みんなして笑って」
「兄ちゃん、あとで銀仁朗先生から色々とアドバイスしてもらうんだよ~」
「は? 何のアドバイスや?」
「遼くん、あとでオス同士、じっくり語り合おか」
「えっ? あ、はい、お願いします(二度あることは三度ある……か)」
「冗談はここまでにして、お待ちかねのスイカ割りや。遼くん、改めてルール教えてんか」

「はいはい。今から銀ちゃんに目隠しして、その場で十回ぐるぐる廻ってもらいます。それが終わったら、スイカに向かって歩いて行って、見事叩き割れたら成功ってルールやで」
「単純明快なルールやな。ほな目隠しの準備よろしゅうに」
「はいよ。これでどうや? 緩かったり、痛かったりせんか?」
「大丈夫や。んじゃ、ここで十回ぐるぐるやな。いくでー」
「桜が数えてあげるね。いくよー。いーち、にーい、さーん……じゅう!」
「よっしゃ、スイカ目がけて……って、あ、あれ、あれあれあれぇ~?」

 どうやら銀仁朗は、生まれて初めて目が回るという現象を体験しているようで、漫画やアニメで見るような、典型的な千鳥足になっていた。
 見かねた玲が、誘導に声を掛ける。
「銀ちゃん、そっちじゃないよ! もっと右だよ」
「わ、わ、分かっとるけど、あ、足が、真っ直ぐいかへんねん! 何やこれ~?」
「え……もしかして銀ちゃん、目回ったことないんじゃねぇ?」
「麻美~! 目回るって何や~? どういう状態のことや~、あれ~」
「今の状態のことだよ~。あはははっ!」

 銀仁朗のあまりに見事な千鳥足に、一同は腹を抱えて笑い出した。
「あはははー。銀ちゃん、が、頑張ってー、ふふっ」
「玲! 笑っとらんと、どっち行けばええかちゃんと言わんかい!」
「あははっ、あ、ごめんごめん! 右だよ右。さっきからずっと左の方ばっかに進んでるよ」

「体が勝手にそっち行ってまうんやから仕方ないやろがい!」
「あ、でも、もう少しだよ。もうちょい進んで、ちょっと右……そうそう、いい感じ!」
「こ、こっちか……はぁはぁ。何や、めっちゃ疲れるぞこれ……」
「銀ちゃんファイトー! あと二、三歩前進んでー。もうちょい右……あぁ、行き過ぎたー。戻って戻ってー」

「銀ちゃん、ストップ~。オッケ~! そこでドッカーンって叩いちゃいな~!」
「ほないくでー。とりゃー!」
 おもむろに振り下ろされたゴムハンマーは、大きくスイカを外し、ビニールシート上をドンッと叩いた。

「……めっちゃスカったね~」
「うわぁ、見事な空振りやったな」
「がっはっはー」
「銀ちゃーん、もう目隠し取って良いよぉー」
「うわぁ、全然当たってへんやんけ。何でやねん!」

 玲は、目隠しを外しながら、感想を聞いた。
「初めてのスイカ割り体験はどうだった?」
「めっちゃフラフラなったわ。目隠ししとるから、方向感覚分からんよぉなって、全然うまいこと行かんかったなぁ。でも、オモロかった」

「銀ちゃん、もっかいやりますか~?」
「いや、ええわ。たぶんやけど、これはやってる人をはたから見てるんが一番面白いんとちゃうかと思ったんやが」
「す、鋭い……さすが銀ちゃんだわ~!」
「じゃあ、次は桜やりたーい!」
「おっけ~。じゃあ、兄ちゃん、準備シクヨロ」
「へーい」

 桜の挑戦も、銀仁朗に負けず劣らずの大空振りで、またもや爆笑の渦に包まれた。
 続いて麻美も挑戦したが、スイカをかすっただけで割るには至らなかった。
「あ~当たったのに割れなかったわ~。玲、やってみる?」
「うん、頑張ってみる!」
「玲、気楽に行きやー」
「ありがと、銀ちゃん」
「じゃあ、数えるよ~。い~ち、に~い、さ~ん……じゅ~う。さぁ、いってらっしゃーい……って、あれ? 玲、全然目回ってなくね?」

「うん、全然平気。このまま真っ直ぐでいい?」
「お姉ちゃん、そのまま十歩くらい進んでー」
「わかった。一・二・三……十。ここでいい?」
「ちょい左にズレたから、少しだけ右~、よし、バッチリ!」
「じゃ、じゃあ行くよ。せーのっ!」

『パカーンッ!!』
 水分をたっぷりと蓄えたスイカは、玲の振り下した木刀により、気持ちの良い音を発しながら真っ二つになった。目隠しを取った玲の前には、真っ赤で美味しそうなスイカの果肉が広がっていた。

「や、やったー! めっちゃ気持ちいい!」
「やったねーお姉ちゃん! 真っ二つだよ、スゲー!」
「玲……。もしかして前世、武士だった⁉」
「なんか、木刀握った時からしっくりきたんだよね。それでいけるかもって思ったら、本当にできちゃった!」

「玲、すごいなぁ! やるやないか」
「銀ちゃんやったよ! 銀ちゃんの言う通り、気楽にいったら上手くできたよ! ありがとう!」
「礼を言われることはなんもしとらんで。玲が頑張った結果や! なぁ遼くん、この割れたスイカ、もちろん食べるんよな?」

「当然。じゃあ、ちょっと食べやすいように切ってくるから、みんなは手洗って、大広間のテーブルを動かしといてくれるか?」
「りょ~かい!」
「わしも食べてええか?」
 銀仁朗からの懇願を、桜がバツ印を作って否定した。
「銀ちゃんはダーメ! 旅行行く前に博士先生にお話ししたら、旅行中はいつものユーカリしか食べちゃダメって言われたからねー」

「なんでやぁ……」
「いつもと違う物を食べて、お腹壊したり戻したりしたら対処できないからってさー」
「それもそうやなぁ……しょぼん」
「がっはっはー。スイカは三玉もらっとるけん、一玉ずつ土産に持って帰ればええが」
「マジか⁉ ほな、帰ってからありがたくいただくことにするわな! 楽しみが増えたわぁ」
「どうぞどうぞ。スイカくれた方には、孫たちが喜んで食べとったと伝えておくけんな」
「よろしゅうお伝え頼んます!」


 スイカ割りを楽しみ、スイカ自体の甘味にも舌鼓したつづみを打った玲たちは、朝からの慣れない農作業などで疲れ切っていたようで、横になると、一瞬で睡魔に襲われ、みなで仲良くお昼寝タイムとなった。
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