誰か俺をケアしてくれよ

陽花紫

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魔法ってすごい

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 奥へと進んでいくと、どこか静謐で温かな空気がレンを出迎えた。
 この建物、もといケア施設は異世界のなかでは人里離れた場所に存在していため、訪れる者はほとんどいなかった。
 レンのような疲弊した現代人が、前世の記憶を頼りに自ら望んでやってくる場所だともスイは説明をした。そして、疲弊したひと一人につき、必ず一人専属のケア担当がつくのだとも。

「なるほど……」

 さすがは異世界、どこか上手くできたような話だと思いながらレンは静かに息を吸っては吐いた。
 何か特殊な効果でもあるのか、この施設のほのかに漂う木の香りと柔らかな光によって、これまで積み重なっていたレンの心の奥底にある苛立ちや疲労といった感情が、まるで溶けていくように体の中から緩んでいくのを感じたからだ。


「こちらが、レン様のお住まいです」
 数多に並んでいた扉のうちの一つを開けて、スイはレンを部屋へと促した。
 足を踏み入れると、そこは高級ホテルの一室のような部屋が広がっていた。豪華な照明に、大きなテーブル。ソファもいくつか並んでおり、奥には一際大きなベッドがあった。継ぎ目が見当たらない窓の外には、爽やかな木々の景色が広がっていた。
「内装や窓の外の景色も、レン様のお好みで自由に変えることができます」
 そうスイが呪文のようなものを唱えると、一瞬にして窓の外が星空へと姿を変える。
 レンは驚きに目を丸くしながら、思わず窓に駆け寄った。
「これも、魔法なんですか?」
「レン様。どうか、心を楽にお話しください。この場では、気遣いなどいりません。誰もが自由に魔法を使うことができるのですよ」
 その言葉にレンは首をかしげたものの、スイの言う通りに心のままに言葉を発することにした。
「すごいな、これ」
「ええ、そうでしょう」
 正解です、とでもいうかのようにスイは目を細めて頷いた。
 その凛とした立ち姿には、自然と目が引き寄せられた。整った顔立ちもさることながら、透き通るような白い肌に細い腕、裾を引きずりそうなほどに長いローブの淡いクリーム色が、その品の良さを強調させていた。
 あまりのその美しさに、思わずレンは息を呑む。

「お気に召されましたでしょうか?」
 その言葉を意味をどう捉えたらいいのかもわからないまま、レンは何度も強く頷いた。

「この部屋では、何事もすべて私が用意いたします。レン様は心行くまま、ゆっくりとお休みください」
 スイの声は低く落ち着きがあり、どこか慈しむような響きを含んでいた。
「……どうも、ありがとう」
 レンはひとまず、大きなベッドに横になることにする。
 するとすかさず、スイが何やら呪文を唱えはじめる。不安に思い目を向ければ、スイは微笑んだ。
「安眠の効果があるものです。何も恐れることはありません。……レン様、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
 次の瞬間、レンは夢の世界へと旅立ってしまった。


***


「おはようございます、レン様」
 次にレンが目を覚ました時、窓の外には森の景色が広がっていた。柔らかな朝陽が差し込み、新たな一日を知らせていた。
「えっ、俺……寝ちゃってた?」
 普段は夜中に何度も起きるほど寝つきの悪いレンが、初めて熟睡することができたのだ。
「はい。この後いかがされますか?朝食の準備も、湯浴みの準備も整っていますが」
 スイは昨日と何も変わらぬ美しさで、レンに向かって微笑んでいた。
「あー、どうしようかな……」
 とりあえず寝起きの顔を洗いたい、とレンが考えると不思議なことに目の前に白いタオルが現れて宙に浮かぶ。
「なんと、レン様は魔法を使いこなしていらっしゃったのですね」
「えっ?」
 身に覚えのないそのタオルを手に取り、ひとまず顔にあてる。蒸しタオルのようなものは、顔を拭くとたちまちに消えていった。
「これも、魔法なのか?……そうか、魔法か」
 そして、レンは前世の記憶を呼び起こす。前世のレンは、呪文を唱える必要もないくらいに魔法に精通していたと。
「便利だな」
 何も言わずに、自分の思うがままに生活することができる。それはこの上もない喜びだった。

 しかしふいに耳に入った小さな呟きに、レンは思わず顔を上げることになる。
「私は、これからどうレン様のお役に立てばよいのでしょうか……」
 スイが眉を寄せて、悩ましげな表情を浮かべていたのだ。
 レンは慌てて、スイがレン専属のケア人という立場であることを思い出す。
「ごめんごめん!俺の面倒は、ぜんぶスイがみてくれるんだよな?……あー、先にごはんにしてもいいかな?」
 わざとらしい口調ではあったが、次の瞬間にはスイは穏やかな表情に戻っていた。
「かしこまりました。それでは、ご用意いたします。どちらでお召し上がりになりますか?」
「じゃあ、テーブルで」
 レンがテーブルに移動するころには、スイの呪文によって焼きたてのパンと温かいスープ、色とりどりのサラダが現れていた。
「おいしそう。いただきます!」
 レンは、久々に栄養のある朝食を口にした。
「もし足りないようでしたら、なんなりとお申し付けください」
 スイもまた、満足げに頷いた。

 朝食を終えた後は、レンは軽く湯浴みをして異世界の服に着替えていた。
 湯浴みの世話や着替えも魔法で手伝うとスイは申し出たが、レンはそこまで世話をされるのは悪いとやんわりと断っていた。

「かしこまりました。ですが、必要な時はおっしゃってください」
「うん、わかったよ」
 準備されていたこの世界の衣服は、スイが着用しているものと同じ長いローブだった。しかし、その色は深い闇の色をしていた。
「この衣服は、レン様の心の疲れを表しているのです。この色が私のような淡い色に近づくほど、穏やかな安らぎへと向かっている証になるのですよ」
「へえ、……っと、結びにくいな」
 レンがローブの長い腰紐を持って手間取っていることを見かねて、スイが呪文を唱えて短い紐に形を変える。
「なるほど、そんな魔法の使い方もあるのか」
「はい。……私が思うに、レン様は何事もご自身の手でなされたいご様子でしたので。今後はこのような形でお仕えさせていただきますが、よろしいでしょうか?」
「もちろんだよ。ありがとう、スイ」
「かしこまりました」
 スイと同じ服に身を包み、レンは満足したように微笑んだ。

 すると、わずかにローブの色に変化が表れた。
 しかしレンはそれに気付くこともなく、スイが差し出した果実水のみずみずしさに衝撃をうけていた。
「なにこれ、すっごくおいしい」
「これ以外にも、お好きな味を創り出すこともできますが」
「いや、これでいいよ。俺この味好きかも!もう一杯もらえる?」
「はい、こちらに」

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