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夢のような日々※
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それから、何日が経過したことだろうか。
レンはほとんど何もせず、スイに甘やかされる生活を送っていた。
当初は自分で行っていた朝の顔拭きも、いつの間にスイがタオルを手に行うようになってしまっていた。
「おはようございます。レン様」
「おはよう、スイ」
レンは日ごと、言葉にならない感情を胸にひっそりと抱えるようになる。
「髪を、整えましょう」
鏡を見ながら、そっとスイの顔を盗み見る。
その顔は見慣れているはずなのに、いつ見ても美しかった。異世界人は皆このように整った顔立ちをしているのかと聞きたくなるほどに、ケア人として働いているはずであるスイの表情は穏やかで疲労の色ひとつさえみえなかった。
レンのローブの色は、深い闇の色から、今はどんよりと曇った空の色のような灰色へと変化していた。
「少し、髪が伸びましたね」
「そうかな?」
「ええ」
スイの白く細い指先がわずかに肌に触れるたびに、レンはその場所に強い熱を感じるようになっていた。
***
朝はフルーツと焼きたてのパン、昼は温かいスープとサラダ。夜は香り高い煮込み料理がテーブルの上に並ぶ。
どれも、甘やかされた生活の中で栄養を気にしはじめたレンが、スイにリクエストしたものばかりだった。
「さすがスイ、今日もおいしそう。いただきます!」
そして、変わったことも一つある。
「ゆっくり召し上がってくださいね。味を楽しむことも、食のひとつですよ」
スイがレンの前に座り、一緒に食事をするようになったのだ。
一人でとる食事の寂しさゆえか、ローブが黒く戻りつつある様子をレンが発見して無理を言ってスイに頼み込んだのだ。
「レン様、頬についていますよ」
食べる手を止めて、スイは手元の布でレンの頬を拭いた。
「ごめん、おいしくて」
「いいえ。このように美味しく召し上がっていただけるとは、私も嬉しいかぎりです……」
再びナイフとフォークを手にしたスイの横顔を見つめながら、レンは顔に集まった熱が早く引くようにと祈っていた。
しかしそれは、魔法では引くことのない熱だった。
食事を終えると、湯浴みを済ませて寝る準備にはいる。
「今日も一日、お疲れ様でした」
寝る前に、必ずスイは安眠効果のあるハーブティーを淹れていた。
「ありがとう。何も疲れてないんだけどな。……スイも、お疲れ様」
「ありがたき幸せにございます。こうしてレン様にお仕えすることができますことが、私の喜びにございます」
「大げさだなあ……」
レンはあくびをこぼしながら、ゆっくりと眠りについていく。
安眠の魔法も必要がなくなってしまったほどに、レンは日々、熟睡することができるようになっていた。
***
ある日の夕方、レンはベッドに横たわり、スイからマッサージを受けていた
ローブ越しに流れるように肩を動くスイの指の動きに、レンはひどく感心していた。
その力加減は絶妙で、決して魔法を施しているわけではないのに不思議とこれまでの疲労が体の外へと流れ出ていくようだった。
「そこ……、もっと強くしてもらえる?」
「かしこまりました」
誰かにマッサージをしてもらうのは、初めてだった。
こんなにも気分のいいものなのかと、レンはうっとりと目を閉じた。
「レン様、どうか……お心を楽にしていてくださいね」
囁くようなスイの声が、レンの胸の奥にじんわりと広がる。
肩から背中に向けて、ゆっくりと、そして着実に揉みほぐされていった。
「あー、すっきりした」
しばらくして、レンの体はまるで羽が生えたように軽くなっていた。
心なしか、スイもまたその笑みをいっそう深めていた。
「ご要望とあれば、またいつでも行いましょう」
その日以来、レンは何度かスイにマッサージを依頼していた。
マッサージを行った日は、不思議とローブの色が一段と薄くなっているような気がしたからだ。
「お加減はいかがでしょうか?」
「いいよ、このままで」
スイもすっかりマッサージに慣れ、レンの凝り固まった部分を的確にほぐしていく。
当初は肩と腰だけであったその範囲も、今や全身に広がっていた。指先のひとつひとつに至るまで、スイはクリームを用いながら労わるように触れていた。
「ありがとう、今日も気持ちよかったよ」
「どういたしまして」
夜になり、レンは浴槽のなかでひとり、昼間のマッサージを思い返していた。
ローブを隔ててはいるものの、近ごろのレンはマッサージの間ただスイの指を感じることだけに意識を集中させていた。
しなやかな指が、レンの肌をゆっくりと這う。それはこれまでの日々の中で感じた優しさや労わり、慈しみのような甘さを含んでいた。そう思えば、時には力強く押しつけられる。
スイのあの指を、間近に感じるその息遣いを思い出すたびにレンの体は熱く火照る。
「ダメだ」
駄目だとわかっていても、スイの熱を追い求めるようにレンは自らの胸に手のひらをあてた。
もっと、触れてほしい。ローブ超しなどではなく、この素肌に。
「スイ、」
その名を呼びながら、レンは下半身へと手を伸ばす。そこはすでに燃えてしまいそうなほどに強い熱を孕んでおり、触れるだけで達してしまいそうだった。
何度か手を動かした後に、その欲望は解き放たれる。
常よりも多く、その白はレンの手をべっとりと汚していた。
「はは、すっげ……」
これまで自らの身を慰めてきたなかで、これほどまでに強い快楽を得たことはなかった。
レンは驚きつつも、最低なことをしてしまったとため息をついた。
湯浴みを終えローブを羽織ると、その色はもとの闇へとわずかに影を落としていた。
「レン様、いかがされましたか?」
その変化にいち早く気付いたスイが、淹れたてのハーブティーを差し出す。
「ありがとう。ちょっと、長湯しすぎたみたい」
「それはいけません、冷たいものに変えましょう」
手元のカップはすぐさまグラスに入ったハーブティーに変わり、レンは静かに飲みはじめる。
体の熱がゆるやかに引いていくと同時に、何も知らないスイの優しさを無下にしてしまったことに罪悪感が湧き出てくる。
「少しは、落ち着きましたか?」
「うん。ありがとう、スイ」
しかしその後も、レンはスイのことを想いながら自らの身を慰めるようになってしまう。
レンはほとんど何もせず、スイに甘やかされる生活を送っていた。
当初は自分で行っていた朝の顔拭きも、いつの間にスイがタオルを手に行うようになってしまっていた。
「おはようございます。レン様」
「おはよう、スイ」
レンは日ごと、言葉にならない感情を胸にひっそりと抱えるようになる。
「髪を、整えましょう」
鏡を見ながら、そっとスイの顔を盗み見る。
その顔は見慣れているはずなのに、いつ見ても美しかった。異世界人は皆このように整った顔立ちをしているのかと聞きたくなるほどに、ケア人として働いているはずであるスイの表情は穏やかで疲労の色ひとつさえみえなかった。
レンのローブの色は、深い闇の色から、今はどんよりと曇った空の色のような灰色へと変化していた。
「少し、髪が伸びましたね」
「そうかな?」
「ええ」
スイの白く細い指先がわずかに肌に触れるたびに、レンはその場所に強い熱を感じるようになっていた。
***
朝はフルーツと焼きたてのパン、昼は温かいスープとサラダ。夜は香り高い煮込み料理がテーブルの上に並ぶ。
どれも、甘やかされた生活の中で栄養を気にしはじめたレンが、スイにリクエストしたものばかりだった。
「さすがスイ、今日もおいしそう。いただきます!」
そして、変わったことも一つある。
「ゆっくり召し上がってくださいね。味を楽しむことも、食のひとつですよ」
スイがレンの前に座り、一緒に食事をするようになったのだ。
一人でとる食事の寂しさゆえか、ローブが黒く戻りつつある様子をレンが発見して無理を言ってスイに頼み込んだのだ。
「レン様、頬についていますよ」
食べる手を止めて、スイは手元の布でレンの頬を拭いた。
「ごめん、おいしくて」
「いいえ。このように美味しく召し上がっていただけるとは、私も嬉しいかぎりです……」
再びナイフとフォークを手にしたスイの横顔を見つめながら、レンは顔に集まった熱が早く引くようにと祈っていた。
しかしそれは、魔法では引くことのない熱だった。
食事を終えると、湯浴みを済ませて寝る準備にはいる。
「今日も一日、お疲れ様でした」
寝る前に、必ずスイは安眠効果のあるハーブティーを淹れていた。
「ありがとう。何も疲れてないんだけどな。……スイも、お疲れ様」
「ありがたき幸せにございます。こうしてレン様にお仕えすることができますことが、私の喜びにございます」
「大げさだなあ……」
レンはあくびをこぼしながら、ゆっくりと眠りについていく。
安眠の魔法も必要がなくなってしまったほどに、レンは日々、熟睡することができるようになっていた。
***
ある日の夕方、レンはベッドに横たわり、スイからマッサージを受けていた
ローブ越しに流れるように肩を動くスイの指の動きに、レンはひどく感心していた。
その力加減は絶妙で、決して魔法を施しているわけではないのに不思議とこれまでの疲労が体の外へと流れ出ていくようだった。
「そこ……、もっと強くしてもらえる?」
「かしこまりました」
誰かにマッサージをしてもらうのは、初めてだった。
こんなにも気分のいいものなのかと、レンはうっとりと目を閉じた。
「レン様、どうか……お心を楽にしていてくださいね」
囁くようなスイの声が、レンの胸の奥にじんわりと広がる。
肩から背中に向けて、ゆっくりと、そして着実に揉みほぐされていった。
「あー、すっきりした」
しばらくして、レンの体はまるで羽が生えたように軽くなっていた。
心なしか、スイもまたその笑みをいっそう深めていた。
「ご要望とあれば、またいつでも行いましょう」
その日以来、レンは何度かスイにマッサージを依頼していた。
マッサージを行った日は、不思議とローブの色が一段と薄くなっているような気がしたからだ。
「お加減はいかがでしょうか?」
「いいよ、このままで」
スイもすっかりマッサージに慣れ、レンの凝り固まった部分を的確にほぐしていく。
当初は肩と腰だけであったその範囲も、今や全身に広がっていた。指先のひとつひとつに至るまで、スイはクリームを用いながら労わるように触れていた。
「ありがとう、今日も気持ちよかったよ」
「どういたしまして」
夜になり、レンは浴槽のなかでひとり、昼間のマッサージを思い返していた。
ローブを隔ててはいるものの、近ごろのレンはマッサージの間ただスイの指を感じることだけに意識を集中させていた。
しなやかな指が、レンの肌をゆっくりと這う。それはこれまでの日々の中で感じた優しさや労わり、慈しみのような甘さを含んでいた。そう思えば、時には力強く押しつけられる。
スイのあの指を、間近に感じるその息遣いを思い出すたびにレンの体は熱く火照る。
「ダメだ」
駄目だとわかっていても、スイの熱を追い求めるようにレンは自らの胸に手のひらをあてた。
もっと、触れてほしい。ローブ超しなどではなく、この素肌に。
「スイ、」
その名を呼びながら、レンは下半身へと手を伸ばす。そこはすでに燃えてしまいそうなほどに強い熱を孕んでおり、触れるだけで達してしまいそうだった。
何度か手を動かした後に、その欲望は解き放たれる。
常よりも多く、その白はレンの手をべっとりと汚していた。
「はは、すっげ……」
これまで自らの身を慰めてきたなかで、これほどまでに強い快楽を得たことはなかった。
レンは驚きつつも、最低なことをしてしまったとため息をついた。
湯浴みを終えローブを羽織ると、その色はもとの闇へとわずかに影を落としていた。
「レン様、いかがされましたか?」
その変化にいち早く気付いたスイが、淹れたてのハーブティーを差し出す。
「ありがとう。ちょっと、長湯しすぎたみたい」
「それはいけません、冷たいものに変えましょう」
手元のカップはすぐさまグラスに入ったハーブティーに変わり、レンは静かに飲みはじめる。
体の熱がゆるやかに引いていくと同時に、何も知らないスイの優しさを無下にしてしまったことに罪悪感が湧き出てくる。
「少しは、落ち着きましたか?」
「うん。ありがとう、スイ」
しかしその後も、レンはスイのことを想いながら自らの身を慰めるようになってしまう。
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