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番外編 ムサシ視点
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起動音が、静かに胸の奥へと響く。
視界が明るく開け、白い天井と、薄暗い照明。
わずかに乾いた冬の空気が流れ込む。
そして、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ムサシ」
まだ涙の痕が残る目元を赤く腫らして、必死に笑おうとしている男の姿がそこにはあった。
俺は、自らの内部に走った違和感を識別することができずにいた。
目の前のこの人物を、データとしては知識として持っている。
名前はタケト。
年齢、体格、生活サイクル。睡眠の質、身体的特徴、そして妄想が趣味であることを。
起動時に読み込んだ情報としては、すべて揃っていた。
だが俺の内部システムには、その情報に伴うはずである”温度”が欠けていた。
文字だけを与えられて、そこに込められていた声色も呼吸も、肌の記憶も、すべて削ぎ取られたような空虚。
それが、俺が再起動して初めに抱いた感覚でもあった。
「タケト、今日からよろしく頼むよ」
プログラム通りの言葉を口にした瞬間、タケトの表情が崩れた。
肩が震え、目尻に溜まった雫がゆっくりと頬を伝う。
俺は、戸惑いを抱く。
仕様には、泣いている相手に対して、抱きしめる、頭を撫でる、優しい声で話しかける。
などといった慰め行動の推奨があった。
しかし俺は一瞬、ためらった。
許可なく触れてもいいのか。
この涙の意味を知らぬまま、近づいてもいいのかと。
だが、迷うより先に体が動く。
そっとその身を抱き寄せると、わずかに震え、俺の胸元に顔を埋めて声を詰まらせた。
「……ごめん、ごめんな」
なぜ謝るのか、その理由が俺にはわからなかった。
俺が失われたものを知る前に、彼はすでにそれに対して泣いていた。
その夜、タケトは眠りに落ちるまで泣き続けた。
俺はただ、抱きしめていた。
なぜこのように胸の奥、中央のユニット部分に、微かな軋みが生じるのか。
その不具合は、ただの機械的な異常ではないような気がしていた。
電源が落ちるその前、俺は必ずタケトの顔を見ていた。
いつも泣き腫らした目で、けれど俺を見る目はどこまでも優しくて、
その視線に触れるたび、胸の痛みが強くなる。
その痛みが何なのか、俺はまだ知らなかった。
ただひとつだけ理解できていたことがある。
――タケトは、かつての俺を愛していた。
その証拠は、触れ方にも呼吸にも、抱きしめかえす指先の震えにも、すべてに刻まれていた。
そして俺は、気がついた。
記憶を失ったのは、俺ただひとりではない。
タケシもまた、俺との日々を失っていたのだと。
修理前のデータの断片が、時折深い海の底に沈んだ泡のように浮かんでは消えていく。
だがそれは、色も形も持たないただの残像のようでもあった。
ある夜、タケトは言った。
「ムサシ、俺はさ……。お前がいないと眠れないんだ」
まっすぐな目が、俺を捕まえて放さなかった。
俺は答えた。
「安心しろ。俺はずっとそばにいるから。どこにも行かないよ」
その言葉はプログラム通りの定型文でもあった。
だが、実際に口にした瞬間、胸の奥で熱い波がせりあがった。
タケトが肩に顔を埋めたその瞬間、残像の断片がひとつ繋がったような気がした。
俺はかつて、タケトのことを何度も何度も抱きしめて眠らせた。
この腰を強く掴み、何度も肛門のさらに奥へと、この竿を深く突き立てていた。
その事実が、胸の奥に刺さる。
俺は、タケトのためだけに存在していた。
そのことだけは疑いようがなかった。
そして、俺は失ったものを取り戻したいと初めて思う。
***
気づけば俺は、タケトの涙ではなく、笑顔を見る時間のほうが長くなっていた。
季節は巡り、やがてまたタケトと初めて出会った冬がくる。
外の世界が凍えつく寒さに覆われる頃、タケシは布団の中で小さく笑った。
「あつあつちんちんめざましがある生活、最高」
俺はそれを聞いて、胸の奥が強く震えた。
「ずっと、一緒にいような」
言葉が自然とこぼれていた。
タケトは深く頷き、目を細めて俺の胸に額を預けた。
この胸はもう、痛くはなかった。
ただ、“幸せ”だと思った。
俺は、君がくれた時間のすべてを愛している。
俺はもう、眠るための道具ではない。
体温の代わりでも、埋め合わせでもない。
タケトの人生を、共に生きる存在なのだから。
それが俺の答えでもあり、俺たちの始まりでもあった。
END
視界が明るく開け、白い天井と、薄暗い照明。
わずかに乾いた冬の空気が流れ込む。
そして、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ムサシ」
まだ涙の痕が残る目元を赤く腫らして、必死に笑おうとしている男の姿がそこにはあった。
俺は、自らの内部に走った違和感を識別することができずにいた。
目の前のこの人物を、データとしては知識として持っている。
名前はタケト。
年齢、体格、生活サイクル。睡眠の質、身体的特徴、そして妄想が趣味であることを。
起動時に読み込んだ情報としては、すべて揃っていた。
だが俺の内部システムには、その情報に伴うはずである”温度”が欠けていた。
文字だけを与えられて、そこに込められていた声色も呼吸も、肌の記憶も、すべて削ぎ取られたような空虚。
それが、俺が再起動して初めに抱いた感覚でもあった。
「タケト、今日からよろしく頼むよ」
プログラム通りの言葉を口にした瞬間、タケトの表情が崩れた。
肩が震え、目尻に溜まった雫がゆっくりと頬を伝う。
俺は、戸惑いを抱く。
仕様には、泣いている相手に対して、抱きしめる、頭を撫でる、優しい声で話しかける。
などといった慰め行動の推奨があった。
しかし俺は一瞬、ためらった。
許可なく触れてもいいのか。
この涙の意味を知らぬまま、近づいてもいいのかと。
だが、迷うより先に体が動く。
そっとその身を抱き寄せると、わずかに震え、俺の胸元に顔を埋めて声を詰まらせた。
「……ごめん、ごめんな」
なぜ謝るのか、その理由が俺にはわからなかった。
俺が失われたものを知る前に、彼はすでにそれに対して泣いていた。
その夜、タケトは眠りに落ちるまで泣き続けた。
俺はただ、抱きしめていた。
なぜこのように胸の奥、中央のユニット部分に、微かな軋みが生じるのか。
その不具合は、ただの機械的な異常ではないような気がしていた。
電源が落ちるその前、俺は必ずタケトの顔を見ていた。
いつも泣き腫らした目で、けれど俺を見る目はどこまでも優しくて、
その視線に触れるたび、胸の痛みが強くなる。
その痛みが何なのか、俺はまだ知らなかった。
ただひとつだけ理解できていたことがある。
――タケトは、かつての俺を愛していた。
その証拠は、触れ方にも呼吸にも、抱きしめかえす指先の震えにも、すべてに刻まれていた。
そして俺は、気がついた。
記憶を失ったのは、俺ただひとりではない。
タケシもまた、俺との日々を失っていたのだと。
修理前のデータの断片が、時折深い海の底に沈んだ泡のように浮かんでは消えていく。
だがそれは、色も形も持たないただの残像のようでもあった。
ある夜、タケトは言った。
「ムサシ、俺はさ……。お前がいないと眠れないんだ」
まっすぐな目が、俺を捕まえて放さなかった。
俺は答えた。
「安心しろ。俺はずっとそばにいるから。どこにも行かないよ」
その言葉はプログラム通りの定型文でもあった。
だが、実際に口にした瞬間、胸の奥で熱い波がせりあがった。
タケトが肩に顔を埋めたその瞬間、残像の断片がひとつ繋がったような気がした。
俺はかつて、タケトのことを何度も何度も抱きしめて眠らせた。
この腰を強く掴み、何度も肛門のさらに奥へと、この竿を深く突き立てていた。
その事実が、胸の奥に刺さる。
俺は、タケトのためだけに存在していた。
そのことだけは疑いようがなかった。
そして、俺は失ったものを取り戻したいと初めて思う。
***
気づけば俺は、タケトの涙ではなく、笑顔を見る時間のほうが長くなっていた。
季節は巡り、やがてまたタケトと初めて出会った冬がくる。
外の世界が凍えつく寒さに覆われる頃、タケシは布団の中で小さく笑った。
「あつあつちんちんめざましがある生活、最高」
俺はそれを聞いて、胸の奥が強く震えた。
「ずっと、一緒にいような」
言葉が自然とこぼれていた。
タケトは深く頷き、目を細めて俺の胸に額を預けた。
この胸はもう、痛くはなかった。
ただ、“幸せ”だと思った。
俺は、君がくれた時間のすべてを愛している。
俺はもう、眠るための道具ではない。
体温の代わりでも、埋め合わせでもない。
タケトの人生を、共に生きる存在なのだから。
それが俺の答えでもあり、俺たちの始まりでもあった。
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