女同士のオムニバス

陽花紫

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カーニバルの女たち

ファンタジー、村娘の婚姻
―――――――――――――――

 その年の風は、いつにも増して甘く香っていた。
 花々が咲き乱れ、砂の粒までも光を帯びて舞う季節。
 人々はそれを、豊穣の季節と呼んでいた。

 マリの住む村では、年に一度のこの時期に大いなるカーニバルが開かれていた。
 それは神への祈りであり、若き女たちが大地と太陽に祝福を受ける特別な日でもあったのだ。

 マリはその喧騒の中に立ちながら、まるで別の時を生きているような気がしていた。
 鮮やかな布、金の飾りに太鼓の音。人々の歓声にきらりと光る汗。そのすべてが、渦のように混ざり合い空気が熱を帯びていた。

 中央で踊る娘たちは、まるで神話から抜け出した鳥たちのように自由で今にもこの地から色とりどりの翼を持って羽ばたこうとしていた。
 その中に、ひときわ強い光を放つ女がいた。
 彼女の名前は、リリという。
 大地に踏みしめる足音のひとつひとつが、見る者全ての胸を鳴らしていく。

 マリは昨年、自らがその輪の中にいたことを思い出す。
 まだ少女の名残りを残した頬、揺れる髪、裸足の裏に確かに感じたあたたかな土のぬくもり。

 踊りを終えた夜で、ひとりの男がマリの前へと現れた。
 そしてもうひとり、女が並ぶ。それは、リリであったのだ。
 リリの瞳は暗い夜の中で、灯火よりも強く燃えていた。

「どうか俺と、結婚してください」

 実はカーニバルは、婚約相手を探す場でもあったのだ。

「ごめんなさい」

「私と、結婚してください。貴女の踊りから、目が離せなかったの」

 男の求婚を断った後で、マリはリリの言葉にも首を振った。

「私は、女よ?」

 と。

 そのときのリリは、ただ静かに微笑むだけであった。
 けれどその笑みの奥に、決して諦めぬ炎が潜んでいるのをマリは見てしまう。

 「来年、私も成人します。そしてもう一度、貴女にこの想いを伝えます」

 その言葉が、マリの胸にいつまでも残っていた。

***

 そして今、約束の年が巡ってきたのであった。

 リリは群衆の中央で、照り付ける陽の光を浴びながら力強く踊っていた。
 透ける衣が風に翻り、豊かな胸が光を弾く。
 人々はその姿に歓声を上げ、ある者は笑みを深め、またある者は目を背けた。
「下品だ」
「恥知らずな」
 そのように囁く声があっても、リリの舞は止まらない。

 彼女の動きには、誰かに見せるためではない真実があったのだ。
 ただ一人に向けた、燃えるような祈りが。

 マリは思わず、息を呑む。
 リリの瞳が群衆の中でただひとり、自らのことを捉えているのがわかったからだ。
 あの時と同じ。いや、それ以上に切実な光で。

 視線が絡んだ瞬間、マリの心は焼かれたように熱くなる。
 太鼓の音が遠ざかり、風の音だけが耳に残る。
 リリの唇が、微かに動く。
 「マリ」
 その唇の形が、マリの胸の奥を震わせた。


 やがて祭りは終わりを迎え、太陽はゆっくりと沈んでいく。
 人々が散っていく中で、リリはマリの前へと立っていた。

 リリの頬は汗に濡れ、張りのある肌は夕焼けに染まっていた。

 「今年も来てくれて、ありがとう」
 その声はかすかに震えていたものの、その瞳はひどく真っすぐなものであった。
 「貴女を見つめて踊っていたわ。……わかった?」
  マリは言葉を失い、ただこくりと頷いた。
 リリがふわりと、微笑んだ。
 その笑みはもう、少女のものではなかったのだ。
 「マリ、好き。……前よりも、もっと深く。私は、貴女のことしか愛せない」
 その言葉はまるで、炎の矢であるかのようにマリの心を貫いた。

 マリの唇が、わずかに震える。

 「……私も、リリだけを見ていたわ」
 その声は風に溶け、やがて、二人の間の距離を溶かしていく。
 リリが一歩、近づいた。
 互いの影は静かに重なり、辺りを取り巻く世界の色が静かに変わっていくようでもあったのだ。
 手と手が触れ合い、その指先はゆっくりと絡みつく。

「私と、結婚してください」
「……はい」

***

 夜の帳が柔らかに降り、月が二人を見下ろすころ、マリはリリの家を訪ねていた。
 部屋の中には花の香りが漂い、蝋燭の炎が二人の影をあたたかく包み込んでいた。

 「……今日、誰もいないの」

 悪戯めいたように、リリが囁く。
 その声は、唇よりも先にマリの心を掠めていく。
 マリは何も言うことができず、ただその豊かな胸に顔を埋めることしかできずにいた。
 力強い鼓動の音が、その耳に、頬に、まるで世界の中心であるかのように響いていた。

「マリ、キスをしても……?」
「いいわよ」

 互いの唇が触れたとき、世界が一瞬息をするのを忘れてしまう。
 思わず目から涙がこぼれ、それは頬を伝い、やがて胸の奥で波紋となって広がっていく。
 いつしかその手は互いの腹部をなぞり、静かに上へと伸ばされる。
 そのしなやかな肌を指先で辿るたびに、リリはかすかに震えていく。
 そのたびに、マリの胸の奥もまた同じ熱を持って震えていた。

 互いの秘所に指を埋め、二人は熱い息を吐きながらただ互いの唇を、その舌を求め続ける。
 情熱的に、力強く。まるでまだ踊り足りないというように、リリは強くマリの身を求めていた。
 マリもまた、そのようなリリの熱に溶かされて胸元に強く唇を押し当てた。

 夜は静かに、更けていく。
 蝋燭の炎が大きく揺れ、二人の影は溶け合ったまま長く長く伸びていく。
 もはや二人の世界に言葉などいらず、ただ踊り明かすかのようにいつまでも互いの肌を求めていた。

 リリはマリの髪を撫でながら、こう呟く。
 「昨年の貴女は、とても愛らしかった。でも、今のあなたは……もっと、綺麗」
 マリはその言葉に答えることができず、ただ甘い声を上げることしかできずにいた。
 そしてゆっくりと、目を閉じた。

 「……これからも、一緒にいてくれる?」
 「ええ、もちろんよ。私の愛しいマリ」

 リリは爽やかな笑みを浮かべながら、なおもマリの肌に舌を這わす。
 外では風が踊り、どこかで散った花びらが窓辺をかすめて飛んでいく。
 まるで、二人の女の婚姻を祝福するかのように。

 その夜から、マリとリリは共に暮らすようになるのであった。

 季節は巡り、またカーニバルの日がやってくる。
 窓の外には、かつてのマリと同じように踊る若い娘たちが列をなして笑っていた。
 リリはその光景を見下ろしながら、マリの髪を梳いていた。
 「まだまだ、マリもいけるんじゃない?」
 「さすがに、もう無理よ」
 そう笑い合いながら、二人はそっと手を取り合い、静かにステップを踏んでいく。

 あたたかな陽の光を浴びて、音もなく回る二人の姿は誰よりも美しく誰よりも自由であったのだ。

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