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貴族の血を引くギルと異界からの来訪者ユウト
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ギルが異界の男と結婚したという報せは、領内を静かにざわめかせていた。
このところこの地では、異界からの来訪者は決して珍しいものではなかった。
だが貴族の血を引くギルが恋愛結婚をするなど、誰もが予想しないことでもあった。
相手の名は、ユウト。
黒髪と黒い瞳をもつ青年であり、素朴な顔つきをしていながらもその容姿はこの世界ではむしろ異質であった。しかし彼がひとたび微笑めば、どんな異質さもやわらかく溶けていく。
彼を目にした人々は誰もが微笑みを浮かべ、受け入れていく。
ギルの屋敷にユウトがやってきた最初の朝。
ユウトは慣れない手つきでティーポットを持ち、ぎこちなくギルに向けて紅茶を注いでいた。
「少し、濃いかもしれませんが……」
「そうかな?いい香りだ。うん、とてもおいしいよ」
そうギルが微笑むと、ユウトはほっとしたように息をついた。
その表情があまりにも素直で、ギルは思わず彼の髪に指を伸ばしてしまいそうになる。だがそれは、まだ互いの距離を測っている時期でもあった。
「もう一杯、いいかな?」
「はい」
ギルはその手を、膝の上で静かに握りしめていた。
ユウトは控えめな性格をしていたが、ギルの前ではよく笑う青年でもあった。
庭の白薔薇が咲けば子供のように喜び、書斎でギルが資料を広げていると静かに紅茶を差し出した。
当初ギルは保護をする名目でユウトの身を預かっていたが、次第にその想いは変化していく。
ユウトもまた、初めは命の恩人であるとギルのことを慕っていたものの日に日にその想いは別の感情を含むことを知るようになる。
***
ある日、ギルが長時間机に向かい作業をしていると、ユウトは静かにその肩に触れた。
「ギル様、お疲れのようですし……。俺でよければ、マッサージでもしましょうか?」
「そのようなこと、君はしなくてもいいんだよ?」
「でも、先ほどから気にされている様子でしたので……」
「そうだな……。君がそう言うなら、頼もうかな」
そう冗談めかしてギルが言うと、ユウトは微笑みを浮かべて手のひらに力をこめた。
それはとても温かな手であった。ユウトの手のひらから伝わる温度は、やがてはギルの心の奥にまで伝わっていく。
夜、ユウトとともに食卓を囲む時間もギルは好ましく思っていた。
ユウトは料理が得意であり、時折厨房を借りては異世界の素材を工夫しながらギルに新しい味を教えていた。
「俺の世界の、家庭料理のようなものです。ギル様にも食べていただきたくて、作りました」
そのように言われてしまっては、ギルも笑みを浮かべて頷くことしかできずにいた。
今宵はスープのようなものが運ばれ、ギルは優雅な動作でスプーンを口へと運ぶ。
たちまち、その表情はゆるやかなものへと変わる。
「食べたことのない味だが、すごくいいね。ユウトは、この味が好きなのかい?」
ユウトもまた、その味を懐かしみながら静かに頷いた。
「はい。よく、食べていました」
「そうか、では今晩からこのスープをメニューに加えることにしよう」
ギルはどこまでもユウトに甘く、できる限り彼の要望には応えたいと思っていた。
しかしユウトはどこまでも控えめであり、ギルに感謝の言葉を伝えるのみであった。
「そこまでしてもらわなくても、大丈夫です。時間もかかりますし……。その、また時間がある時に俺が作ってもいいですか?」
「そうかい?それなら、またの楽しみにしておこう」
ユウトはどこまでも素朴で、周りを気遣う人間でもあった。
そのような姿を幾度も日々の生活で目の当たりにして、ギルはいつしかその想いに気づいてしまう。
***
ユウトがこの世界にやってきて幾月かが経過したころ。
ある日二人は、庭の池のそばに並んで腰を下ろしていた。
ユウトの肩が、そっとギルに寄りかかる。日差しの中で、黒い睫毛が光を受けてきらめいていた。
「この世界は、俺のいた場所とは全然違うんですけど……。とても、あたたかいように思えます」
「そうかい?」
「はい。きっと、ギル様がいらっしゃるからだと思うんです」
ギルはその言葉に、心からの笑みが浮かぶのを感じた。
これまで政治や領地運営に心を尽くすばかりで、誰かの言葉で心がほどけることなどなかったのだ。
しかしユウトとともに過ごしていると、不思議とその心の奥深くで、閉ざされていた扉が音を立てて開いていくような気がするとも感じていた。
ユウトの手が、そっとギルの指に触れる。
重ねられた手のぬくもりが、指先から心へと伝わっていく。
風が白い薔薇を揺らし、どこか遠くで鐘の音が響くような気がした。
やがて、夜が訪れる。
窓の外では月が昇り、ユウトの黒髪が淡く光る。
ギルは隣で寝息をたてるその背を見つめながら、ふと思う。
――彼がこの地にやってきたのは、決して偶然などではない。私のために、ユウトは来てくれた。
「ギル様、眠れないのですか?」
もぞりと、ユウトはギルの身を振り返る。
「いや?……少し、考えごとをしていただけだよ」
「大丈夫ですか?」
ユウトの声は柔らかく、どこか子守歌であるかのような心地よさを含んでいた。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
ユウトは静かに、ギルの手を取る。
「ギル様は、突然やってきた俺をここに置いてくださいました。あの日俺は、何もわからなくて怖かったんです。でも、あなたがこうして手を握ってくれたから……俺はこうして元気でいられるんです」
その力を少しでも分け与えることができたらと、ユウトは両の手でギルの手を包み込む。
ギルはたまらずその手を取り、静かに唇を寄せた。
「ユウト。もう、離しはしないよ。……君が望む限り、私はそばにいよう」
ユウトはわずかに頬を赤く染めながら、そっと頷いた。
月の光が二人を包み、静けさの中には互いの心臓の音だけが響いていた。
それはまだ穏やかで、優しい夜の音でもあった。
***
ある日、ユウトの目の前でギルは跪いていた。
「結婚しよう、ユウト」
その言葉に、ユウトは目に涙を浮かべて頷いた。
「こんな俺でよければ、喜んで」
二人の手には揃いの指輪が輝き、いつしかユウトはギルに対して気さくな言葉を使うようになる。
こうして、彼らの幸せな日々は流れていった。
笑い、語らい、互いの手を取り合う。その時が、永遠に続くと信じて。
しかし、その愛がやがてとある“音”を生みだしてしまうことになろうとは、誰も知る由もなかった。
このところこの地では、異界からの来訪者は決して珍しいものではなかった。
だが貴族の血を引くギルが恋愛結婚をするなど、誰もが予想しないことでもあった。
相手の名は、ユウト。
黒髪と黒い瞳をもつ青年であり、素朴な顔つきをしていながらもその容姿はこの世界ではむしろ異質であった。しかし彼がひとたび微笑めば、どんな異質さもやわらかく溶けていく。
彼を目にした人々は誰もが微笑みを浮かべ、受け入れていく。
ギルの屋敷にユウトがやってきた最初の朝。
ユウトは慣れない手つきでティーポットを持ち、ぎこちなくギルに向けて紅茶を注いでいた。
「少し、濃いかもしれませんが……」
「そうかな?いい香りだ。うん、とてもおいしいよ」
そうギルが微笑むと、ユウトはほっとしたように息をついた。
その表情があまりにも素直で、ギルは思わず彼の髪に指を伸ばしてしまいそうになる。だがそれは、まだ互いの距離を測っている時期でもあった。
「もう一杯、いいかな?」
「はい」
ギルはその手を、膝の上で静かに握りしめていた。
ユウトは控えめな性格をしていたが、ギルの前ではよく笑う青年でもあった。
庭の白薔薇が咲けば子供のように喜び、書斎でギルが資料を広げていると静かに紅茶を差し出した。
当初ギルは保護をする名目でユウトの身を預かっていたが、次第にその想いは変化していく。
ユウトもまた、初めは命の恩人であるとギルのことを慕っていたものの日に日にその想いは別の感情を含むことを知るようになる。
***
ある日、ギルが長時間机に向かい作業をしていると、ユウトは静かにその肩に触れた。
「ギル様、お疲れのようですし……。俺でよければ、マッサージでもしましょうか?」
「そのようなこと、君はしなくてもいいんだよ?」
「でも、先ほどから気にされている様子でしたので……」
「そうだな……。君がそう言うなら、頼もうかな」
そう冗談めかしてギルが言うと、ユウトは微笑みを浮かべて手のひらに力をこめた。
それはとても温かな手であった。ユウトの手のひらから伝わる温度は、やがてはギルの心の奥にまで伝わっていく。
夜、ユウトとともに食卓を囲む時間もギルは好ましく思っていた。
ユウトは料理が得意であり、時折厨房を借りては異世界の素材を工夫しながらギルに新しい味を教えていた。
「俺の世界の、家庭料理のようなものです。ギル様にも食べていただきたくて、作りました」
そのように言われてしまっては、ギルも笑みを浮かべて頷くことしかできずにいた。
今宵はスープのようなものが運ばれ、ギルは優雅な動作でスプーンを口へと運ぶ。
たちまち、その表情はゆるやかなものへと変わる。
「食べたことのない味だが、すごくいいね。ユウトは、この味が好きなのかい?」
ユウトもまた、その味を懐かしみながら静かに頷いた。
「はい。よく、食べていました」
「そうか、では今晩からこのスープをメニューに加えることにしよう」
ギルはどこまでもユウトに甘く、できる限り彼の要望には応えたいと思っていた。
しかしユウトはどこまでも控えめであり、ギルに感謝の言葉を伝えるのみであった。
「そこまでしてもらわなくても、大丈夫です。時間もかかりますし……。その、また時間がある時に俺が作ってもいいですか?」
「そうかい?それなら、またの楽しみにしておこう」
ユウトはどこまでも素朴で、周りを気遣う人間でもあった。
そのような姿を幾度も日々の生活で目の当たりにして、ギルはいつしかその想いに気づいてしまう。
***
ユウトがこの世界にやってきて幾月かが経過したころ。
ある日二人は、庭の池のそばに並んで腰を下ろしていた。
ユウトの肩が、そっとギルに寄りかかる。日差しの中で、黒い睫毛が光を受けてきらめいていた。
「この世界は、俺のいた場所とは全然違うんですけど……。とても、あたたかいように思えます」
「そうかい?」
「はい。きっと、ギル様がいらっしゃるからだと思うんです」
ギルはその言葉に、心からの笑みが浮かぶのを感じた。
これまで政治や領地運営に心を尽くすばかりで、誰かの言葉で心がほどけることなどなかったのだ。
しかしユウトとともに過ごしていると、不思議とその心の奥深くで、閉ざされていた扉が音を立てて開いていくような気がするとも感じていた。
ユウトの手が、そっとギルの指に触れる。
重ねられた手のぬくもりが、指先から心へと伝わっていく。
風が白い薔薇を揺らし、どこか遠くで鐘の音が響くような気がした。
やがて、夜が訪れる。
窓の外では月が昇り、ユウトの黒髪が淡く光る。
ギルは隣で寝息をたてるその背を見つめながら、ふと思う。
――彼がこの地にやってきたのは、決して偶然などではない。私のために、ユウトは来てくれた。
「ギル様、眠れないのですか?」
もぞりと、ユウトはギルの身を振り返る。
「いや?……少し、考えごとをしていただけだよ」
「大丈夫ですか?」
ユウトの声は柔らかく、どこか子守歌であるかのような心地よさを含んでいた。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
ユウトは静かに、ギルの手を取る。
「ギル様は、突然やってきた俺をここに置いてくださいました。あの日俺は、何もわからなくて怖かったんです。でも、あなたがこうして手を握ってくれたから……俺はこうして元気でいられるんです」
その力を少しでも分け与えることができたらと、ユウトは両の手でギルの手を包み込む。
ギルはたまらずその手を取り、静かに唇を寄せた。
「ユウト。もう、離しはしないよ。……君が望む限り、私はそばにいよう」
ユウトはわずかに頬を赤く染めながら、そっと頷いた。
月の光が二人を包み、静けさの中には互いの心臓の音だけが響いていた。
それはまだ穏やかで、優しい夜の音でもあった。
***
ある日、ユウトの目の前でギルは跪いていた。
「結婚しよう、ユウト」
その言葉に、ユウトは目に涙を浮かべて頷いた。
「こんな俺でよければ、喜んで」
二人の手には揃いの指輪が輝き、いつしかユウトはギルに対して気さくな言葉を使うようになる。
こうして、彼らの幸せな日々は流れていった。
笑い、語らい、互いの手を取り合う。その時が、永遠に続くと信じて。
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