貴族の次男に転生した俺はこの身分を手放して自由を求めて生きていく

陽花紫

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逃げ出す

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 晩餐の時間、部屋には俺とフレイの二人だけだった。

 大きな銀の盆の上には、必要以上に豪奢な料理が並べられていた。
 けれど、喉を通るその味はほとんど感じられなかった。

 俺はかつてアルに向けて語った時と同じように、いや、あの時以上に言葉を選びながら。
 幼い頃からの記憶を、兄のことを、そしてここに至るまでの経緯をフレイに全て打ち明けていた。
 静かな声で、途切れ途切れに。

 フレイは途中で何度も息を呑み、握った指先を強く震わせていた。
 それでも決して俺の話を遮ることもなく、ただ最後まで耳を傾けてくれていた。
「……なんと……」
 それだけを絞り出すように呟いて、フレイは深くうつむいた。

 食事の全てを食べ終えたあと、俺は、一か八かの賭けに出ていた。

「フレイ、お願いだ」

 その痩せこけた頬に両手を添えて、俺は目に涙を浮かべて懇願した。
「俺の頼みを、聞いてくれ……」
 息がかかるほどに顔を近づければ、フレイの頬にたちまち熱が集まった。
 店で働いていた時から、フレイからはその色が垣間見えていた。
 俺のことを心から欲している、その瞳の色を。
「ですが、リオン様……」
 それが希望であることを、俺は申し訳なく思いながらも利用した。

「もし、聞いてもらえたのなら……」
 声を落として、俺はぴたりとこの頬を寄せた。
「俺は、喜んで……フレイのものになろう」
 一瞬、息を詰めたあと。
 フレイは長く、深いため息を吐いていた。
「……かしこまりました」
 その声には、諦めと決意とが入り混ざっていた。

 俺は礼の代わりに、熱い頬へそっと唇を寄せた。

「ありがとう、フレイ」

 すでにこの身は、穢れてしまっている。
 これ以上汚れようとも、そう変わりはしないだろう。
 俺もまた、静かに息を吐いてその時を待っていた。

***

 兄が湯を浴びる時間を狙って、俺たちは屋敷を抜け出した。
 月明かりに照らされた石畳を、音を立てぬよう静かに進む。
 時折フレイが後ろを振り向いては、追っ手はいないと静かに合図を送っていた。

 大きな門を越えたその瞬間、胸の奥で何かが切れたように息が溢れた。

 まず向かった先は、フレイの家だった。
 墓地の近くに、その小さな慎ましい家はあった。
「母は、今は遠くで暮らしています……」
 誰の気配もなく、静まり返ったその家からはなぜだか懐かしい香りがした。

「今はただ、お休みください。このような狭い場所で、申し訳ありませんが」
「構わない。……フレイも、一緒に……」
 小さな寝台に身を寄せ合って、俺はようやく瞼を閉じた。
 フレイの腕の中で、その温もりにこの身を委ねる。
 気を張り続けていたこの身は、抗うことなく眠りへと落ちていった。

 朝がきて、俺は気怠いこの身を起こしていた。
 隣では、フレイがまだ眠っていた。
 規則正しいその寝息、その身からかすかに漂う、あの花のような香り。

 ――フラン。

 衝動的にその背を抱きしめて、気付けば俺は唇を触れ合わせていた。
 そのわずかな接触に、フレイは薄く目を開けて穏やかな笑みを浮かべていた。
 その笑みが、あまりにも愛おしいものであるかのように思えてしまって。

「おはようございます、リオン様」
 その声に、あの日の記憶が鮮明に蘇って。
 俺はどうしようもなく、腕を伸ばしてその身を求めていた。

 何も言わずとも、フレイは全てを察していた。
 丁寧にこの身を抱き留めて、ひどく優しく俺を抱いた。
 短い時間ではあったけれど、この心を埋めるかのように。
 フランがいなくなった、長い空白の時を取り戻すかのように。

「リオン様、お慕いしています……」

 俺は胸が苦しくなるのも構わず、ただフランに抱かれている夢をみていた。
 偽りの幸せだとわかっていても、今はもう手に入らないものだと知っていても、この身は喜びに震えていた。

 行為が終われば、俺は静かにその身を離した。
「ありがとう、フレイ」
「……どうか、ご無事で」
 その言葉を背に、俺はフレイの家を出た。

 後ろを振り返るようなことは、しなかった。

 向かう先は、ただ一つ。
 アルと暮らした、あの小さな家だった。
 しかし扉を開けても、そこに人の気配はなかった。
 一枚の紙きれだけが、机の上に残されていた。
 逃げ出したことへの謝罪と、俺を守れなかったことへの後悔。
 そして、別れの言葉が綴られていた。

 俺はその紙を握りしめて、声をあげて泣いた。

 けれど、いつまでもこうしてはいられない。
 この場所も、もう兄は知っているのかもしれない。

 ――でも、どこに行けばいい。

 あの施設を頼れば、迷惑がかかるかもしれない。
 それにアルだって、そこを頼っているかもしれない。

 静かに家を出て、あてもなく歩く。
 ただひたすら、人目を避けるように。
 来た道とは、逆の方向へと。

 足が疲れても、俺は休むことなく歩き続けた。

 どれほど歩いたかわからない頃。
 俺の横で、一台の大きな荷馬車が静かに止まった。
 馬のいななきに、車輪が軋む音。
 御者席から、誰かがこちらを見下ろしていた。
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