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無駄打ちをしまくるあたおか坊ちゃんとアホな俺の話
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~あたおか坊ちゃん×転生者アホ俺~
”無駄打ち”、という言葉が好きだった。
無駄、無秩序、無謀、無鉄砲。
何の生産性もない、利益にもならないし後には何も残らない。
そういう行為ほど、どうして胸が焦げるほど燃え上がるんだろう。
恋なんてものは、その最たるものだ。
どうせ全部、無駄だ。
無理無理言いながらアヘアヘ喘いで、快楽に溺れて、終われば即解散。
名前もろくに知らない相手でも、ベッドの上では必死に愛を叫ぶ。
それでも結局、朝になれば無関係な赤の他人へと戻っていく。
その軽さ、それこそ俺が求めていたものでもあったんだ。
俺はごく普通の、平民の家に生まれていた。
暖炉もぼろい、壁も薄い。おまけに貧乏臭い家だったけれど、隣近所の連中とは仲良くしていた。
俺は顔だけはそこそこ良かったせいで、いつの間にか男相手の売り専として金を稼ぐようになっていた。
売り専。
その言葉に、最初は嫌悪があった。けれど、人は慣れる生き物だ。
金を握らされれば、どんな矜持も簡単に崩れてしまう。
何より、俺は楽に金がほしかった。
汗水垂らして働くなんて、無意味で無駄な努力だと思っていた。
何を隠そう、俺は前世でも同性をこよなく愛してこの身を売っていた。
転生先でも売り専をやるなんてどうなんだ、と前世の記憶を思い出した俺は思っていた。
けれど結局、俺はその道を選んでいた。
理由は単純だ。
――遊ぶ金がほしい。
ただそれだけ。
未知の酒に、珍しい食べ物。人々が欲しがる流行のものに、刺激的な娯楽。
この世界は、誘惑だらけでもあったんだ。
金さえあれば、それらは無限に楽しめた。
でも、その日は違っていた。
客として来たのは、どこかの貴族の坊っちゃんだった。
歳は俺よりも少し下に見えた。
繊細そうな金の髪、澄んだ青い瞳、肌は陶器みたいに滑らかでその喋り方も上品だった。
こんないいとこの坊ちゃん、清潔すぎて逆に汚してみたいと思うような?
そんな顔立ちのやつだった。
行為のあと、そいつは不思議そうな瞳をして俺を見つめてこう言った。
「次も、会えないか」
「金の話なら、相応だ」
軽い気持ちで流すと、坊ちゃんは一歩近づいた。
「違う。そういう意味じゃない。私は、君を愛してしまったんだ」
「……は?」
「愛している。どうか、結婚してほしい」
頭が、真っ白になった。
体を重ねただけで結婚って、相当ヤバいやつだろこれ。
本気で言っているのか、それとも頭の中に花でも咲いてるのか。
「お前、少しは考え直せよ。俺、平民だぞ?」
「身分は関係ない。君が好きだ」
「俺の体、の間違いじゃなくて?」
「体だけではなく、心も欲しい」
言葉だけ聞けば、とても綺麗だ。
けれど俺には、吐き気がするほど眩しかった。
「……考えさせろ」
一度保留して、俺は坊ちゃんを帰していた。
無意味な恋愛に時間を使うだなんて、無駄以外の何物でもない。
そんな暇があるなら、もっと楽しいことに使うべきだ。
俺はその晩、別の男も相手にしていた。
喉が枯れるほどに抱かれ、汗にまみれて、意識が朦朧とするまでアヘアヘ喘いでいた。
それで、全部忘れるつもりだった。
翌朝、扉が叩かれた。
「開けてくれ」
眠い目を擦りながら扉を開けると、昨日の坊ちゃんがそこにはいた。
「やあ、こんにちは」
「……はぁ?」
嫌な予感しかしなかった。
坊ちゃんはみすぼらしい服をその身にまとって、こう言ってのけたんだ。
「私も平民になった。一緒に暮らそう」
「お前……」
頭が痛くなった。
「馬鹿なのか?そう簡単に身分手放してんじゃねーよ」
「貴族なんて、君の隣にいられないのなら無価値だ」
真剣な表情に、震える声。
その一言だけで、こいつが本気だとわかってしまった。
「帰れ帰れ!俺は金のないやつに興味はねーんだ」
そう言えば坊ちゃんは渋々去っていき、俺はため息をついていた。
だが翌日、坊ちゃんの装いは貴族のそれに戻っていた。
「家に戻った。結婚しよう」
「だから、考えさせろって!」
追い返して、扉にしっかり鍵をした。
「まったく……。なんなんだよ、あいつ」
完全に意味不明だった。
売り専仲間で幼馴染の男に相談すると、そいつはケラケラ笑って言った。
「もったいねー。俺だったら、玉の輿狙うけどな」
「玉の輿?」
「そうすれば、貴族相手に大金稼げるだろ?チャンス逃してどうすんだよ」
その言葉で、俺は壮大な未来を思い描いた。
権力と、金を持つ男たちから全てを搾り取る。
無限に金を生む、この体。
苦労せず、王侯貴族に君臨するその生活を。
「ほーん、ありかもしれないな」
無謀で無計画で、無責任。
でも夢を見るくらいは自由だ。
そして俺は、あまり深く考えずに坊ちゃんと付き合うことにした。
***
付き合うと決めたその瞬間から、坊ちゃんは俺の生活を一変させていた。
いや、結婚させられていた。
あれよあれよという間にサインをさせられて、俺に貴族の位がついていた。
そして俺のためだけに仕立てられた、高級な黒い衣服。
金の糸が縫い込まれて、触れただけでわかるようなその柔らかさ。
長い髪は整えられ、香りの良い香水をつけられ、俺は社交界へと連れていかれる。
そこにはもちろん、紳士淑女の姿があった。
紳士淑女、この意味がわかるか?
誰も、俺と坊ちゃんみたいに男同士で腕を組んで歩いているやつなんかいなかったわけだ。
「何やってんだ、俺は」
周囲の視線は、痛いほどに刺さってきた。
好奇と侮蔑と、興味。その全てが、俺と坊ちゃんに向けられていた。
以外にも地位はあるのか、誰もが坊ちゃんに向けて挨拶をしてきていた。
そして広間の中央に立って、坊ちゃんは堂々とこう宣言をした。
「紹介しよう。私の妻だ」
その瞬間、会場が凍りつく。
それがどんなにヤバいことか、平民の出の俺にもよくわかった。
まずは貴族が平民を妻に、そして男同士で。これもヤバい。
そもそもそんなこと大勢の目の前で言うか?普通。
無秩序で無鉄砲で無理ゲーな宣言すぎるだろと、俺はため息をついていた。
坊ちゃんは俺を抱きしめて、いつものように頬にキスをした。
周りがざわざわしてるから、本当にやめてほしい。
「誰も、私の妻を寝取らないでくれ!」
「はあ?」
そのいかれた宣言に、周りはぽかんと口を開いていた。
「お前、何言ってんだ」
そうばしばしと頬を叩けば、坊ちゃんは真面目な顔をしてこう言った。
「怖いんだ。君が他の男のところに行ってしまうことが……耐えられない」
その必死さに、俺は逆に息が詰まってしまう。
「わかったよ」
とりあえずそう頷いて、俺はその腕から逃げ出すように駆け出した。
しばらく呼吸を整えていると、ある男に話しかけられた。
「頭沸いてるな、お前の夫」
声の主は、かつての客のうちの一人だった。
今は成り上がって貴族になったらしい。
「久々に会えたんだ、楽しもうぜ?」
強く腕を掴まれしまい、俺は壁に押し付けられていた。
近づく顔に、触れそうな唇。
そういえばこいつ、ちんこデカかったんだよな。
もう一度その沼に落ちるのも、悪くはない。
そう思った瞬間、鋭い声が響いていた。
「やめろ!」
坊ちゃんが、俺の手を掴んでいた。
その顔はくしゃりと歪んで、目には涙が滲んでいた。
「君は、私の妻なんだ。やめてくれ……」
情けないその顔は、馬鹿みたいに真っ直ぐだった。
「なんだ、愛されてるんじゃないか。よかったな」
そう言って、男は去っていった。
その時から、俺の夢であった玉の輿計画は、音を立てて崩れ落ちる。
「もう、帰ろう。こんなところにいては危険だ」
そう屋敷に帰って、坊ちゃんは俺のことを狂ったように抱いていた。
なんやかんやで、坊ちゃんもあそこはそうデカくはないけれどそのテクはピカイチだった。
確実に前立腺を擦ってメスイキさせて、ぐっぽぐっぽ結腸まで貫くんだから。
「坊ちゃん、しゅきぃ……」
「愛している、愛している……。君は、私だけのものなんだ」
その目は、完全にイっていた。
けれど俺は、嬉しく思ってもいたんだ。
前世でも今世でも、誰も俺のことを本気で愛してくれる人なんていなかったから。
無意味で、無駄で、無力なほど甘い声。
その貴族の種を俺なんかに何度も無駄打ちをして、それでも坊ちゃんは幸せそうに笑っていた。
「君も、私のことを愛してくれているよね?」
「はぃぃ、あいしていましゅうぅぅ!」
俺はアヘアヘ言いながら、坊ちゃんに愛を叫んでいた。
ほんと、セックスだけはいいんだよなあ。
その後も、坊ちゃんは俺を甘やかしていた。
何もしなくても、無条件で愛してくれる。
欲しいものは金でも宝石でも、なんでもくれる。
そして夜は、力を抜いてこの身を委ねる。
無気力に、無抵抗に。
それでも、坊ちゃんの腕は温かった。
***
「愛しているよ」
今日も、坊ちゃんはぐぽぐぽ結腸を抜いている。
「愛しているよ、心から」
その囁きはもう聞き飽きて、正直言ってもう何の新鮮味もない。
でも、なんだかむず痒くもあったんだ。
ある日、坊ちゃんの友人が屋敷に来ていた。
俺は暇つぶしに、その友人を誘惑していた。
だって銀の長い髪に、坊ちゃんとはまた違った細く華奢な美人の色気。
これは、試しておかないわけにはいかないだろう?
この手を重ねて、唇まで指一本の距離。
「ねぇ、遊ばない?」
恥を忍んでそう言ったのに、その男は苦い顔をして言った。
「やめろ。あいつが悲しむ」
「……ふーん、友達思いなんだな。残念」
「本当に、あいつは君のことを大切に思っているんだ。君は何も知らないかもしれないけれど……」
その瞬間、俺の背中に寒気が走る。
――そういえば俺、坊ちゃんのことは何も知らないな。
どうして俺を選んだのか、なぜ一度その身分を手放したのか。
どうして、妻にして見せびらかすような真似をしているのか。
何も知らない。
でも、それでもいいと俺は思った。
アホな俺のことが好きだって、坊ちゃんは言っていたし。
俺と坊ちゃんの間には、何より大きな愛があるんだから。
――……あれっ、 愛?
いつだ。いつからだ?
そんなもの、俺たちの間にあったか?
いつの間に、俺は絆されていた?
そう思いながら、友人の男を坊ちゃんと一緒に見送った。
夜、寝台の中で坊ちゃんは俺の身を抱き寄せた。
いつものようにぶちゅぶちゅマーキングするみたいに俺の全身に唇を押しあてて、熱のこもった声でこう言うんだ。
「愛しているよ」
その声は、今日も無駄に甘かった。
いつもの如くその種を無駄打ちされながら、俺は無理無理言いながらアヘアヘ喘いでアクメをキメる。
これまで無意味な恋はしてこなかったけれど、無償の愛はもらえたんだ。
――俺ってほんと、ラッキーだよな!
天井を見上げながら、俺は高らかに笑った。
END
”無駄打ち”、という言葉が好きだった。
無駄、無秩序、無謀、無鉄砲。
何の生産性もない、利益にもならないし後には何も残らない。
そういう行為ほど、どうして胸が焦げるほど燃え上がるんだろう。
恋なんてものは、その最たるものだ。
どうせ全部、無駄だ。
無理無理言いながらアヘアヘ喘いで、快楽に溺れて、終われば即解散。
名前もろくに知らない相手でも、ベッドの上では必死に愛を叫ぶ。
それでも結局、朝になれば無関係な赤の他人へと戻っていく。
その軽さ、それこそ俺が求めていたものでもあったんだ。
俺はごく普通の、平民の家に生まれていた。
暖炉もぼろい、壁も薄い。おまけに貧乏臭い家だったけれど、隣近所の連中とは仲良くしていた。
俺は顔だけはそこそこ良かったせいで、いつの間にか男相手の売り専として金を稼ぐようになっていた。
売り専。
その言葉に、最初は嫌悪があった。けれど、人は慣れる生き物だ。
金を握らされれば、どんな矜持も簡単に崩れてしまう。
何より、俺は楽に金がほしかった。
汗水垂らして働くなんて、無意味で無駄な努力だと思っていた。
何を隠そう、俺は前世でも同性をこよなく愛してこの身を売っていた。
転生先でも売り専をやるなんてどうなんだ、と前世の記憶を思い出した俺は思っていた。
けれど結局、俺はその道を選んでいた。
理由は単純だ。
――遊ぶ金がほしい。
ただそれだけ。
未知の酒に、珍しい食べ物。人々が欲しがる流行のものに、刺激的な娯楽。
この世界は、誘惑だらけでもあったんだ。
金さえあれば、それらは無限に楽しめた。
でも、その日は違っていた。
客として来たのは、どこかの貴族の坊っちゃんだった。
歳は俺よりも少し下に見えた。
繊細そうな金の髪、澄んだ青い瞳、肌は陶器みたいに滑らかでその喋り方も上品だった。
こんないいとこの坊ちゃん、清潔すぎて逆に汚してみたいと思うような?
そんな顔立ちのやつだった。
行為のあと、そいつは不思議そうな瞳をして俺を見つめてこう言った。
「次も、会えないか」
「金の話なら、相応だ」
軽い気持ちで流すと、坊ちゃんは一歩近づいた。
「違う。そういう意味じゃない。私は、君を愛してしまったんだ」
「……は?」
「愛している。どうか、結婚してほしい」
頭が、真っ白になった。
体を重ねただけで結婚って、相当ヤバいやつだろこれ。
本気で言っているのか、それとも頭の中に花でも咲いてるのか。
「お前、少しは考え直せよ。俺、平民だぞ?」
「身分は関係ない。君が好きだ」
「俺の体、の間違いじゃなくて?」
「体だけではなく、心も欲しい」
言葉だけ聞けば、とても綺麗だ。
けれど俺には、吐き気がするほど眩しかった。
「……考えさせろ」
一度保留して、俺は坊ちゃんを帰していた。
無意味な恋愛に時間を使うだなんて、無駄以外の何物でもない。
そんな暇があるなら、もっと楽しいことに使うべきだ。
俺はその晩、別の男も相手にしていた。
喉が枯れるほどに抱かれ、汗にまみれて、意識が朦朧とするまでアヘアヘ喘いでいた。
それで、全部忘れるつもりだった。
翌朝、扉が叩かれた。
「開けてくれ」
眠い目を擦りながら扉を開けると、昨日の坊ちゃんがそこにはいた。
「やあ、こんにちは」
「……はぁ?」
嫌な予感しかしなかった。
坊ちゃんはみすぼらしい服をその身にまとって、こう言ってのけたんだ。
「私も平民になった。一緒に暮らそう」
「お前……」
頭が痛くなった。
「馬鹿なのか?そう簡単に身分手放してんじゃねーよ」
「貴族なんて、君の隣にいられないのなら無価値だ」
真剣な表情に、震える声。
その一言だけで、こいつが本気だとわかってしまった。
「帰れ帰れ!俺は金のないやつに興味はねーんだ」
そう言えば坊ちゃんは渋々去っていき、俺はため息をついていた。
だが翌日、坊ちゃんの装いは貴族のそれに戻っていた。
「家に戻った。結婚しよう」
「だから、考えさせろって!」
追い返して、扉にしっかり鍵をした。
「まったく……。なんなんだよ、あいつ」
完全に意味不明だった。
売り専仲間で幼馴染の男に相談すると、そいつはケラケラ笑って言った。
「もったいねー。俺だったら、玉の輿狙うけどな」
「玉の輿?」
「そうすれば、貴族相手に大金稼げるだろ?チャンス逃してどうすんだよ」
その言葉で、俺は壮大な未来を思い描いた。
権力と、金を持つ男たちから全てを搾り取る。
無限に金を生む、この体。
苦労せず、王侯貴族に君臨するその生活を。
「ほーん、ありかもしれないな」
無謀で無計画で、無責任。
でも夢を見るくらいは自由だ。
そして俺は、あまり深く考えずに坊ちゃんと付き合うことにした。
***
付き合うと決めたその瞬間から、坊ちゃんは俺の生活を一変させていた。
いや、結婚させられていた。
あれよあれよという間にサインをさせられて、俺に貴族の位がついていた。
そして俺のためだけに仕立てられた、高級な黒い衣服。
金の糸が縫い込まれて、触れただけでわかるようなその柔らかさ。
長い髪は整えられ、香りの良い香水をつけられ、俺は社交界へと連れていかれる。
そこにはもちろん、紳士淑女の姿があった。
紳士淑女、この意味がわかるか?
誰も、俺と坊ちゃんみたいに男同士で腕を組んで歩いているやつなんかいなかったわけだ。
「何やってんだ、俺は」
周囲の視線は、痛いほどに刺さってきた。
好奇と侮蔑と、興味。その全てが、俺と坊ちゃんに向けられていた。
以外にも地位はあるのか、誰もが坊ちゃんに向けて挨拶をしてきていた。
そして広間の中央に立って、坊ちゃんは堂々とこう宣言をした。
「紹介しよう。私の妻だ」
その瞬間、会場が凍りつく。
それがどんなにヤバいことか、平民の出の俺にもよくわかった。
まずは貴族が平民を妻に、そして男同士で。これもヤバい。
そもそもそんなこと大勢の目の前で言うか?普通。
無秩序で無鉄砲で無理ゲーな宣言すぎるだろと、俺はため息をついていた。
坊ちゃんは俺を抱きしめて、いつものように頬にキスをした。
周りがざわざわしてるから、本当にやめてほしい。
「誰も、私の妻を寝取らないでくれ!」
「はあ?」
そのいかれた宣言に、周りはぽかんと口を開いていた。
「お前、何言ってんだ」
そうばしばしと頬を叩けば、坊ちゃんは真面目な顔をしてこう言った。
「怖いんだ。君が他の男のところに行ってしまうことが……耐えられない」
その必死さに、俺は逆に息が詰まってしまう。
「わかったよ」
とりあえずそう頷いて、俺はその腕から逃げ出すように駆け出した。
しばらく呼吸を整えていると、ある男に話しかけられた。
「頭沸いてるな、お前の夫」
声の主は、かつての客のうちの一人だった。
今は成り上がって貴族になったらしい。
「久々に会えたんだ、楽しもうぜ?」
強く腕を掴まれしまい、俺は壁に押し付けられていた。
近づく顔に、触れそうな唇。
そういえばこいつ、ちんこデカかったんだよな。
もう一度その沼に落ちるのも、悪くはない。
そう思った瞬間、鋭い声が響いていた。
「やめろ!」
坊ちゃんが、俺の手を掴んでいた。
その顔はくしゃりと歪んで、目には涙が滲んでいた。
「君は、私の妻なんだ。やめてくれ……」
情けないその顔は、馬鹿みたいに真っ直ぐだった。
「なんだ、愛されてるんじゃないか。よかったな」
そう言って、男は去っていった。
その時から、俺の夢であった玉の輿計画は、音を立てて崩れ落ちる。
「もう、帰ろう。こんなところにいては危険だ」
そう屋敷に帰って、坊ちゃんは俺のことを狂ったように抱いていた。
なんやかんやで、坊ちゃんもあそこはそうデカくはないけれどそのテクはピカイチだった。
確実に前立腺を擦ってメスイキさせて、ぐっぽぐっぽ結腸まで貫くんだから。
「坊ちゃん、しゅきぃ……」
「愛している、愛している……。君は、私だけのものなんだ」
その目は、完全にイっていた。
けれど俺は、嬉しく思ってもいたんだ。
前世でも今世でも、誰も俺のことを本気で愛してくれる人なんていなかったから。
無意味で、無駄で、無力なほど甘い声。
その貴族の種を俺なんかに何度も無駄打ちをして、それでも坊ちゃんは幸せそうに笑っていた。
「君も、私のことを愛してくれているよね?」
「はぃぃ、あいしていましゅうぅぅ!」
俺はアヘアヘ言いながら、坊ちゃんに愛を叫んでいた。
ほんと、セックスだけはいいんだよなあ。
その後も、坊ちゃんは俺を甘やかしていた。
何もしなくても、無条件で愛してくれる。
欲しいものは金でも宝石でも、なんでもくれる。
そして夜は、力を抜いてこの身を委ねる。
無気力に、無抵抗に。
それでも、坊ちゃんの腕は温かった。
***
「愛しているよ」
今日も、坊ちゃんはぐぽぐぽ結腸を抜いている。
「愛しているよ、心から」
その囁きはもう聞き飽きて、正直言ってもう何の新鮮味もない。
でも、なんだかむず痒くもあったんだ。
ある日、坊ちゃんの友人が屋敷に来ていた。
俺は暇つぶしに、その友人を誘惑していた。
だって銀の長い髪に、坊ちゃんとはまた違った細く華奢な美人の色気。
これは、試しておかないわけにはいかないだろう?
この手を重ねて、唇まで指一本の距離。
「ねぇ、遊ばない?」
恥を忍んでそう言ったのに、その男は苦い顔をして言った。
「やめろ。あいつが悲しむ」
「……ふーん、友達思いなんだな。残念」
「本当に、あいつは君のことを大切に思っているんだ。君は何も知らないかもしれないけれど……」
その瞬間、俺の背中に寒気が走る。
――そういえば俺、坊ちゃんのことは何も知らないな。
どうして俺を選んだのか、なぜ一度その身分を手放したのか。
どうして、妻にして見せびらかすような真似をしているのか。
何も知らない。
でも、それでもいいと俺は思った。
アホな俺のことが好きだって、坊ちゃんは言っていたし。
俺と坊ちゃんの間には、何より大きな愛があるんだから。
――……あれっ、 愛?
いつだ。いつからだ?
そんなもの、俺たちの間にあったか?
いつの間に、俺は絆されていた?
そう思いながら、友人の男を坊ちゃんと一緒に見送った。
夜、寝台の中で坊ちゃんは俺の身を抱き寄せた。
いつものようにぶちゅぶちゅマーキングするみたいに俺の全身に唇を押しあてて、熱のこもった声でこう言うんだ。
「愛しているよ」
その声は、今日も無駄に甘かった。
いつもの如くその種を無駄打ちされながら、俺は無理無理言いながらアヘアヘ喘いでアクメをキメる。
これまで無意味な恋はしてこなかったけれど、無償の愛はもらえたんだ。
――俺ってほんと、ラッキーだよな!
天井を見上げながら、俺は高らかに笑った。
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