冴えない最弱冒険者な俺の日常が、大人気配信者の撮影に映り込んでしまったことで一変し始めている件

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#1 『稲葉蒼太の分岐点』――①

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 ――足を失った不動の最強、【疾風の白兎】。
 三年前のジュニアサッカー界に雷鳴の如く現れ、不敗の成績を残した『全てを置き去りにする俊足』の持ち主。それであり、とある不慮の事故を境に足を怪我し、走れなくなった『落ちた最強』。
 
 もしその正体が――

「うぃっすー! どもども、【シーカーズ】のタカシでーす! 今日はなんと、底辺冒険者の友達を迷宮に置き去りにしてみた、をやっていきたいと思いまーす! そしてこちらが、今回参加してくれる友達の稲葉蒼汰くんでーす!」

「どうも、みんなの従順なペット、ぽんこつきゅーとの稲葉蒼汰でーすっ! ずっきゅーん!」
 
 ――初心者用迷宮で底辺配信者活動をしているこの俺だ、と言ったら、誰か信じてくれるだろうか。多分、誰も信じてくれやしない。
 
 金髪坊主という中々にポップなキャラをした男、タカシに耳打ちされ、「いぇーい!」と盛り上がっている感じを装う。
 すると視界の右から左に、大量のコメントが流れていく。

『きたー!!!』
『シーカーズはやっぱ企画力が神wwww』
『稲葉くん可哀想じゃん! よし、もっとやれっ!笑』
『やっぱり稲葉、またお前が人柱なのか……』
『まじで友達なの?w 鬼畜過ぎるっしょw』

 本当その通りだ。鬼畜過ぎる。

 シーカーズ。
 チャンネル登録者数1万人くらいの、そこそこ駆け出しのMeTuberグループ。過激な内容が特徴的で、今間違いなく最も波に乗っているグループの一つだった。
 メンバーは四人。
 
 金髪坊主が特徴のCランク冒険者で、「女冒険者、だいたいわき毛の処理甘い」の挨拶で万バズを決め込んだタカシ。
 編集担当のDランク冒険者、イズミ。
 可愛い担当の客寄せパンダ、Eランク冒険者のナナコ。
 それと、身体張りみんなが嫌がること担当の最弱Eランク冒険者、イナバ――つまり俺だ。
 
 そんなシーカーズのメンバーになったのは、つい一か月前の事。
 半ば強制的にメンバーとして加えられ、タカシの言うままに過激な動画撮影を行っている。 
 
 今までやらされてきた過激企画の数はいざ知らず、
『最弱冒険者がBランクの知らないおっさんに急に罵声浴びせたらwwww』やら、『最弱冒険者がタバコのポイ捨てを注意したら、決闘する事態にwww』やら、
 ありとあらゆることをやらされてきた。 
 
 ずっと、俺は彼らの言いなりである。
 こうやって危険なことばっか任されて、毎度のごとく死にかけて、視聴者数を稼ぐ道具にされる。だが、収益を貰ったことはない。
 
 無論、彼らに対する反骨心が脳裏をよぎることはままあるのだけれども、それが実行に移ったことはとうとう一度もない。
 タカシに文句? ばかか。普通に殺されるぞ。
 
「ルールは簡単でーす! これからこの稲葉くんには、一層から順に四層まで登って、そこに生えている薬草を取ってきてもらいまーす!」
「やっべー! マジ怖すぎなんですけどー!」
 
 初心者用ダンジョンといえど、四層まで行けばそこそこな難易度になってくる。到底、一層で躓く俺が敵うような場所ではない。下手すりゃ死ぬ。
 
「(余計なこと言うなよ? な?)」
 笑顔で囁かれ、冷や汗を伝わせながらこくこくと頷いた。
 ……ま、まじ怖すぎなんですけど。

 そうだ。ごらんのとーり。

 俺、こと稲葉蒼汰はモブキャラだ。
 
 底辺冒険者で、どうしようもないくらいのクソ雑魚。
 それも、相手がちょっと自分より強いだけで、こんなにもビビっちまうくらいのさ。
 
「よっしゃー! 頑張るぞ~! 生きて帰れるように、頑張りますますっ!」
 
 がむしゃらに作り笑みを浮かべて、クッソみたいな演技をする自分が、どうしようもないくらいに情けなかった。 

「それじゃ、いってらっしゃーい!」
『頑張れいなばん!』
『生きて帰れよwww』
『まじ楽しみwww』

「あはは、頑張るぞ~!」
 口にしながら、己の滑稽さを嘆きたくなる。

 お前は、なんのために冒険者になったんだよ。
 こんなことをするため? そんなくそみたいな理由でなったんだっけ? あれれ~? おっかしいぞ~? いや、本当に。
 
 思い出していたのは、妹の、楓の笑顔だった。
 病室で横たわる彼女の笑顔を思い出して、ため息をつく。

「――大丈夫。おにーちゃんが絶対に1億稼いで、ユズハの病気治してやるからさ」
 なんて言ったくせに、半年かけて出来たことは、こうしてタカシのおもちゃになることだけ。
 
 ここ半年間を思い返せば、吐き気をもよおすほど惨めになってくる。
 
「げっ」ばたりとゴブリンに出くわす。ああ、ツイてない。
 
「やばっ、みなさん、ゴブリンに見つかりましたぁあぁ!!」
『逃げろ逃げろwww』
『男なら戦え、イナバ!!』
『ゴブリンから逃げるとか流石、最弱代表www』

「むむっ、情けないとのコメントがちらほらありますね……。分かりました! わたくし稲葉、一肌脱ぎましょう!」
 かっこつけてレッグホルスターからダガーを引き抜く。
 
 ここで、颯爽とゴブリンを倒したら、視聴者たちは驚くだろうか。もしかしたら、俺を『かっこいい!』とか褒めてくれるかもしれない。あわよくば、女の子のファンが出来たり。

 鼻の下を伸ばしながら、「むへへへへ!」とスケベ心マックスでゴブリンに突っ込んでいく。しかし、
 
 スカッ。
 
 小気味良い音が鳴った。もう一回。スカッ。もう一回。スカッ。
 こめかみに青筋を立てて、がむしゃらにダガーを振り回す。
 
「当たれ当たれ当たれ当たれ……当たれぇっぇっぇええッ!!」
 祈るものの、努力虚しく。
 
「グギャッ!」
「ぶぎゃぁぁっぁあああッ!?」

 そのまま呆気なくゴブリンの棍棒にふっ飛ばされた。

『当たらねぇええwwww』
『攻撃力0の運任せ特化冒険者キタァァアwww』
 
 本気だったけど。俺は本気だったけど。

「あちゃあ、ダメじゃん! 俺雑魚じゃん! よしっ、男の中の男・稲葉、逃げます!」
 
 バカのフリして、どうにか傷ついた心を隠した。
 ああ、向いてない。向いてないわ、冒険者。ずっとこう。
 
 俺の攻撃は、一切当たらない。
  
 視聴者にいいように笑われながら、ゴブリン相手に逃げ回る。
 嘲笑の的でしかない惨めな敗走。でも、仕方ないだろ。だって俺は……モブキャラだ。変われるなら、とっくに変わっている。
 そうやって劣情を燻らせているうちに、とうとうここまで来ちゃったわけだけど。

「逃げる勢いで、三層まで来ちゃいました……。さてはて、あとは四層まで上るだけです! っと、またゴブリン、しかも三体居ますね……って、バレましたぁぁぁあ!?」
『絶体絶命すぎる』
『ステルス能力0の男』
『てかいなばん足速くねwww』
『計測してみたら50m5秒82で草』
『日本記録手前wwww』
 
 ちらりと視聴者数を見て、心臓がキュッとなった。
【同時接続数:3241人】。3000人以上の人が、この俺の醜態を見ている。思うと、顔がカッと熱くなった。
 ……ああ、クソッ。なんで、こんなことやってんだ。 

 本当は、冒険者になって、すぐにボスとかも倒して、トップランカーになるはずで。……の、はずで。
 訪れるはずだった幸せな未来が、ふわりと頭の中で霧散していく。
 そして象られるは、ベロを出してタカシにお手をしているブルドックみたいな顔をしたわんちゃん、つまり俺の姿、あるいは非常な現実だ。
  
 あーあ。

 ぼんやりと情けなさが身を包んだ。
 もう、妹に見せる顔、ないじゃん。
 
 そうやって注意散漫になっていたのがいけなかった。
 息が切れて、足がもつれた。

「べっ……!?」
 その場で転げて目を見開く。砂利が口の中に入って、不快な感触が口いっぱいに広がった。
 
 ……やっべ。
 額にじわじわ冷や汗が滲み出る。
 
 ぺたぺた、ぺたぺた。
 背後から近づいてくる、三つの足音。
 
『え?』
『まじ?』
『流石にヤバくね?』
『やらせじゃないよな?』
 
 流石に焦ったのか、慌てふためき始めるコメント欄。
 今更心配されても、遅いって……。思いながら、歯を食いしばった。死ぬわけにはいかない。ここで死んだら、流石に俺が報われなさすぎる。
 
「だ、大丈夫です、みなさんっ! じゃじゃーん! 稲葉ふっかーつ!」
 急いで立ち上がって、また走る。少し笑うフリをするだけで、コメント欄はまた勢いを取り戻した。

『ビビったwww』
『ゴキブリの様な生命力』
『うわー、死ななかったかー!wwww』 
『おっしwww』
 
 うんこみてーなコメント欄。
 クソの掃きだめ。なのに、どいつもこいつも俺以上の生活を送っているのだから、神様の人間制作活動とやらの底が知れるよ、ほんと。
 四層に突入して、ホっと一息つく。あとは薬草を採って、帰りも同じように逃げ回るだけ。簡単だ。
 
「あ、待っててください、みなさん。ちょっと野暮用が……」
 なんて言い訳をして、画面を暗転する。
 
 四層まで来ると増えてくるな、なんて思いながら、俺は床に転がる出来立てほやほやの死体からいくつかの金品と装備を剥ぎ取った。
 死体漁り。表向きでは禁止とされているが、何か法律的なお咎めがあるかと言われるとそうではない。ただ、道徳的にどうなの? みたいな。知ったこっちゃない。
 金が稼げればそれでいいのだ。
 
「っと、私稲葉、戻ってまいりましたぁ! では、薬草探して行きます!」
:野ションに100ペリカ
:つかすでに漏らしてた説すらある
 
 薬草を探し周りながら、クソみたいなコメント欄を尻目に、ぼんやりと将来を想像した。 

 このまま、あとどのくらいこれを繰り返すのだろう。
 一か月? 半年? それとも一年? もっとか? 妹に、ユズハに残されている時間はあとたったの半年だけしかない。それまでに1億稼がなければ、ユズハの病気は治らない。というか、死ぬ。覆らない、決まった運命だ。
 少々特殊な病気・・・・・だから、保険とかも適応されないし。 

 俺の人生、まさかずっとこのまま? 
 漠然とした不安に、ふいにその場で足を止めていた。
 そんなの、いやだ。 
 
 ダンジョン、その道の途中。
 肩で息をしながら、途方もなく続く道の先を見つめる。

「こんな道……あったっけ……」
 
 先の見えない暗闇。
 その先で、何かが俺を待っている気がした。
 ただなんとなく、そいつに誘われるままにこの暗闇を突き進めば、人生が変わる予感がした。荒唐無稽と自ら思えど、割と本気で。
 
『そこ、例のシークレットエリアじゃね? 大鬼が出るらしいけど』
『やめとけいなば!!』
『これだけはまじでアカン』
『行け行け行け行け行け行け行け行け』
 
「シークレット、エリア……」
 ぽつりと呟いて、大袈裟に唾を飲み込んだ。

 お先真っ暗な人生だ。
 タカシの言いなりになって、笑い者にされて。このままずっと?
 俺だけの人生なら、別にいい。でも、そうはいかない。 

 思い出していたのは、またも病室でのことだった。
 まるで何かをせかすように、心を揺さ振るように、過去の情景が脳になだれ込む。

「――本当? 遊園地、連れてってくれるの?」
「――ああ、勿論だ。おにーちゃんがお金稼いで、ユズハの病気治して、絶対に連れてってやる」
「――嘘じゃないよね!? 約束だよ!? 絶対だからねっ!」
「――ああ、約束だ。ユズハを、世界一幸せな女の子にしてやる」
 
 記憶の中のユズハの笑顔に申し訳なさが込み上げて、じわりと目のふちが熱くなった。
 
「……何が、約束だよ」
 いつの間にか、口から思いがこぼれ出ていた。
 
『どうした?』
『なんか様子おかしくね?』
『まじでやめろよ? フリじゃないぞ?』

 俯き、ざわつく心を落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。
 変わりたい。こんな腐った自分を、変えてやりたい。死ぬ気で。文字通り、死んでも。
 
 なのに、足を一歩踏み出しただけでビビって逃げ出したくなっちゃって。
 なのに、涙が込み上げそうなほどに、それが悔しくて。
 逃げるようにまた、道化を演じた。いつもと同じように。
 
「なーんちゃって! ビビりましたか、みなさん? 流石にわたくし稲葉、身の程弁えてますから! さーて、薬草も見つけたことですし、このまま――」






『――逃げるのか?』
 
 右から左に流れていくコメントに、ハッとなった。
 どくん、どくん。心臓が強く弾んでいる。逃げる? なんだ、それ。別に逃げたわけじゃない。挑んでも勝ち目なんてないから、ただ引き返すべきだと思っただけだ。

『――今一瞬でも、変わりたいと思ったんだろう?』
 
 ぐらぐら、脳が揺さぶられる。いつの間にか、ぎゅっと拳を握っていた。
 ……お前なんかに、何がわかんだよ。変われるなら、とうに変わってんだよ。それができないから、だから……っ。

『――選べ』
 
 また、コメントが右から左に流れた。


『――これは、お前の。稲葉颯太の、人生の分岐点だ』
 

「俺は……っ」

 ――俺、こと稲葉颯太は【モブキャラ】だ。
 自分より強い相手にビビリ、逆らうことも出来ない様な、そんなモブキャラ。きっと一生、そのはずだった。
 
 変われるのなら、変わっている。それができないから、だから俺は。
 俺は? また、逃げるのか? また、タカシの言いなりになるのか? あとどのくらいそうする気だ? 

 ――そうだ。
 俺は、変わりたい。
 
 さあ今、腐りきった己の人生に、終止符を。
 ――ここは、稲葉颯太の人生の、分岐点だ。
 
 目が覚める。急速に脳が冴え渡る。
 視界が開け、世界が広がるような感覚。
 
 闇の中にぽつり一人。ちっぽけな力しか持ち合わせなんてないくせに、根拠もない全能感が体中を付きまとっている。
 
 ごくりと唾を飲み込んで、振り返った。
 先が見えない暗闇へと、一歩片足を突っ込む。
 
「すみませんみなさん……急遽、予定を変更します」
 
 ああ、やばい。鼓動の音がうるさい。
 怖くて、体中震えている。でも、それがなんだ。もう、俺のちっぽけな勇気は、だれにも止められない。誰にも指図できない。この体はすべて、俺のものだ。
 
 タカシ? シーカーズ? 違う。
 これは、俺の時間だ。タイトルをつけるとするなら、それは――
 
「――【最弱冒険者が大鬼に挑戦してみた】」

 呟きが闇へと吸い込まれていく。
 はぁと、息をのむ音すらも。
 
 あれだけうるさかった鼓動がいつの間にか鳴き止んでいた。
 静寂。世界に一人きりになったみたいな、そんな浮遊感。
 
 全身の血液が脈打っている。
 いつの間にか口角が上っていた。
 
 底の見えない暗闇の先。
 長い髪と髪の隙間から、そのずっと向こうを睨み付ける。いる。何かがいる。大きくて、醜くて、おぞましい。
 
 化け物が、笑った。
「さあ、来い」と。
 
「あ、ああ、行ってやる、行ってやるよ……」 
『は? おいおいおい』
『正気じゃねぇwwww』
『神回すぎるwww』
『いやいや、死ぬだろ。普通に怖すぎる』
 
 ゆっくりと、一歩一歩。
 暗闇を突き進んでいく。
 
 そのたびに、心が軽くなった。
 変われる。全てはここからだ。俺の人生は、ここから変わる。……変えてやる。 
 
 暗闇の中で突如として現れた、二回りも体の大きな魔物が俺の行く手を阻んだ。
 Dランク最強魔物、大鬼。……もう、後戻りは出来やしない。
 
「どうせやるなら文字通り……死ぬ気で。つーか――」
 
 人差し指を化け物へピンと向けて、笑った。


「――死んでも」
 
「グルァァァァァァァアッ!!」 
 化け物の唸り声が鼓膜を揺さぶった。それが、全ての始まりだった。そう、全ての。これが俺の冒険者としての新たな生活の――






『おい、登録者数200万の【ひよりん】の生配信に映ってるぞ、お前wwww』
 
 ――幕開けだったんだ。
 


 数秒後。
「だ、誰かぁあぁあああ!! 助けてくれぇぇ!」
 情けない初心者冒険者の叫び声が、天高く、世界へと響いていた。

 
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