冴えない最弱冒険者な俺の日常が、大人気配信者の撮影に映り込んでしまったことで一変し始めている件

ぷぷぷ

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#2 ヒヨりん

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 東京の北方にある、初心者用ダンジョン【赤羽の迷宮】。
 その第四層に、宙を泳ぐ球体のカメラに向って喋る少女が一人いた。
 
「やっほーみんな、こんヒヨにゃ~! 冒険者系MeTuber代表、ヒヨりんにゃ! 今日は、みんなが大好きな企画――【〈初心者冒険者〉にインタビューしてみた!】のコーナーをやっていくにゃ~!」
 
 彼女の名前はヒヨりん。
 大手動画サイト『MeTube』にて活動する、いわゆるMeTuberの一人だ。
 チャンネル登録者は200万を超え、平均再生回数もまた100万回以上。
 
 今を生きる人気MeTuberだ。
 中でも『道を開けろ、私が通るにゃ!』という彼女の決め台詞はそこそこな反響を呼んでいたりする。
 
 そんな彼女のメインコンテンツは『初心者冒険者』だ。
『初心者冒険者』と一口にいっても、【初心者冒険者必見! 駆け出し最強の装備5選!】などの助言動画から、【激ヤバ!? 超絶怒涛の期待のルーキー、現るッ!!】などの特集動画まで、彼女の動画スタイルは幅広い。 
 
 しかし彼女を語る上で欠かせないとすれば、それは――【〈初心者冒険者〉にインタビューしてみた!】のコーナーだろう。
 
 初心者冒険者にインタビューをして、それをヒヨりんの巧みな会話スキルで面白おかしく捌いていく。
 彼女の誇る、唯一無二のコンテンツだった。
 
 そして今日、彼女はその動画を撮るにあたって、新たなる試みに挑戦しようとしていた。
 
「あ、あー。聞こえるかにゃ、みんな?」
 浮遊カメラに向かって手を振る彼女の視界上に、右から左へとコメントが流れていく。

『聞こえてるよー!』
『やあ』
『まさかの生配信wwww』
『いつもの動画の裏側見てるみたいで新鮮』
『【200¥】取り敢えず初スパチャ』
「おっけおっけ! 聞こえてるみたいで安心にゃ! それとスパチャありがとなのにゃ~!」
 
 MeTubeには『動画投稿』の機能以外にも、『生放送』の機能がある。
 金にがめついヒヨりんは、そんな『生放送』の『スーパーチャット』機能に目をつけたのだ。
 
 いつもの動画撮影をひとまず『生放送』で行いスパチャを稼ぎ、更にその配信のアーカイブをいつもみたく編集して動画として投稿することで、また別の資金を得る。 
 
「……我ながら完璧な考えすぎない? お金ガッポガッポじゃん……!」
 とは、配信を開始する前のヒヨりんの独り言だった。無論、裏側では語尾につく「にゃ」はない。あくまでキャラ作りだ。 
 
「今日はちょっと趣向を変えて、生放送でやってくにゃ! リアルタイムの緊張感を得と味わうにゃ!」
『キタァァァァァァア!!』
『生ヒヨりん萌え萌え~!!』
 
 流れるコメントを見ながら、ヒヨりんは早速歩き始める。
 
「ひとまず小手調べに、良さげな初心者冒険者を探してインタビューでもしてみるにゃ」
 
 初心者冒険者にインタビュー……といっても、何も無差別にインタビューをしている訳ではない。
 それでは面白くないからだ。ひとえに初心者冒険者といっても、個性的な初心者でなければ動画は盛り上がらない。

 ヒヨりんは、その辺りの『嗅覚』が優れていた。
 動画を盛り上げてくれそうな、面白そうなネタを持っている初心者冒険者……それを見つけるのが、格別に上手かったのだ。
 
 生放送でもまた、お得意の嗅覚を使ってあらゆる初心者冒険者にインタビューをけしかけるヒヨりん。
 やはりそのどれもが中々な個性持ちで、配信は大いに盛り上がった。

『漏らしても大丈夫なようにオムツ履きながらダンジョンとかwwwwww』
『神回すぎるwwww』
『【50,000¥】さっきの超絶可愛い初心者冒険者ちゃんに』
『生放送めっちゃ面白いじゃん!』
 
 うんうん、うんうん。
 ヒヨりんは満足げに頷き、(ひとまず生放送もアリっぽいね~。良い収穫!)と一人心を躍らせる。 

 実際、生放送はかなり上手く行っていた。
 スパチャ総額も既に300万を超え、同時接続数もまた4万を超えている。 

 4万というと、トップ生配信者と同じくらいだ。
 初めての配信ということで多少のバフはかかっているだろうが、中々な好成績である。 

(さてさて、お次の初心者くん行っちゃおーっと!)
 るんるん気分のヒヨりんはダンジョンを歩き回り、そしてとある初心者冒険者に「おっ!」とピタリと視線を留める。
 
「なんだか面白そうなオーラを放つ男の子を発見したにゃ! インタビューしてみるにゃ!」
 
 ヒヨりんが目をつけたのは、極々平凡そうな男だった。
 背丈は170cm程度で、中肉中背。特筆すべき点といえば、使い古されたように見える刃こぼれした剣くらいだろうか。
 
 男の様子に、
『え、こいつにインタビューすんの?』
『なんかパッとしなくね?』
『んー、よくいる初心者って感じだなぁ……』
 と、少々コメント欄も荒れ始める。
 
 しかし己の嗅覚を疑わないヒヨりんは、果敢に男に歩みよった。

「おにーさん、おにーさん! インタビュー、よろしいかにゃ?」
 
 声をかけられた男はピクリと跳ね上がると、「え? 俺?」と振り返った。

「インタビュー? べ、別に大丈夫……ですけど」
「あと、生配信中にゃんだけど……顔とか映っても大丈夫にゃ?」
「一応、大丈夫です。俺も生配信、やってますし」
「へぇ、名前聞いてもいいかにゃ? 結構有名だったり?」
「あ、えっと、稲葉蒼汰っていいます」
「それ本名にゃ!? じゃなくて、MeTubeのアカウント名を教えるにゃ!」
「あ、ああ! そっちの名前ですか!? そっちは一応、【いなばんチャンネル】という名前でやってまして……」
 
『本名wwww』
『放送事故すぎるwwww』
『なんか最弱感溢れまくってんな』
『可愛い』
『蒼汰きゅん萌え~!!!』
『いなばんチャンネルwwwセンスの欠片もねぇwwww』
 
 早速見事なポンコツ具合を発揮する男に、コメントもそこそこな盛り上がりを見せる。
 しめしめ。ヒヨりんは舌なめずりをした。

 良い相手を見つけた。
 そう言わんばかりの顔である。
 
 ヒヨりんの頭の中は、すでに「こいつをどう料理しようか」、そのことでいっぱいだった。
 
「じゃあ、ひとまずこっち来くるにゃ!」 

 稲葉蒼汰を呼び、カメラの画角に収まる位置に来させる。
 彼の顔がはっきり見えるようになると、たちまちコメントが加速した。

『陰キャwww』
『髪の毛で顔隠れてるとか……』
『一昔前のエロゲの主人公かよwww』
 
 それを見て、ヒヨりんはむふふと悪い笑みを浮かべる。
 全てヒヨりんの計画通りだった。

(悪いけど……蒼汰くん。君には4万人の前で、もっと赤っ恥をかいてもらうよ~? 全ては撮れ高のためなのだ! 許しておくんなましっ!)
 
 南無阿弥。
 心の内側で念仏を唱えるヒヨりんは、営業スマイルで稲葉蒼汰にインタビューを開始する。
 
 まずはジャブ、小手調べだ。

「まずまず、冒険者歴はどのくらいにゃ? その剣、相当使い込んでるように見えるにゃ!」
「あ、えっと……1年くらいになりますかね?」
「は? ……1年っ!?」
 
 驚愕し、耳を疑うヒヨりん。
 それはコメントも同じだった。

『1年!?!?!?』
『全然初心者じゃないじゃん』
『初心者用ダンジョンって一ヶ月あれば攻略できるんじゃなかったっけ?』
 
 その通りだ。
 初心者用ダンジョンなんて、誰でも一ヶ月あれば攻略できる。
 あまりにも簡単で、単調。複雑な道もなくほぼ一本道で、出てくる魔物もゴブリンのみ。 

 そんな場所に、冒険者歴1年の人間がいるとは考えにくい。

「てことは……おにーさんは、初心者冒険者じゃないのにゃ?」
「いえ、それが……」恥ずかしそうに、稲葉蒼汰は頬を掻いた。「まだ【赤羽の迷宮】も攻略できていないような最弱冒険者でして……」
「にゃ、にゃんと……」

 絶句し、言葉を失うヒヨりん。
 それもそうだ。だって、冒険者歴1年にして初心者用ダンジョンも攻略できていないなんて、おかしい。 

 そんなの、そんなの……。

『――最弱すぎるwwww』
 
 動揺するヒヨりんだったが、流石はプロ。
 すぐにまた、この目の前の前代未聞の最弱冒険者をどうすればより面白く料理できるかを考え始めていた。 

 そして彼女は、彼に問う。
 
「今からちょっと、カメラの前でゴブリンと戦ってみることってできるかにゃ?」
「え? あー、でも……」稲葉蒼汰は曖昧な笑みを浮かべた。指先で頬を掻いて、「すみません」と少し俯く。「僕、これから予定があって」
 
 向こう側から、禿げ頭のガラの悪そうな男がぞろぞろと歩いてくる。

「おいソウタァ! 油売ってねぇで、さっさとこい! 撮影始めんぞ!」
「ご、ごめん! すぐ行くよ! ……じゃ、じゃあ、これで」 
「あ。い、行ってらっしゃいなのにゃ」

 颯爽と行ってしまう少年の後ろ姿に、ヒヨりんは妙なものを感じた。
 だからか、数秒目が離せなかった。小さくて、頼りない背中だった。指先で小突いただけで倒れてしまうかもしれない。あるいは、強風が吹けば多分飛ばされる。
 
(なのに、なんか……)

『残念すぎるー!』
『いなばんの戦闘見たかったなぁ……』
『思い出したわ。あいつ、【シーカーズ】のポンコツキュート担当じゃん』
『まさかのプチ有名人wwww』

 流れるコメントに、ヒヨりんはハッと目が覚める。
 一流は気を抜かない。すぐに気合を入れなおして、ヒヨりんはカメラを振り向いた。

「へぇ、シーカーズってチャンネルで活動してるらしいのにゃ! みんな、良ければチェックしてやるにゃんよ~!」

 それからも、なんてことなく放送は続いた。
 稲葉蒼汰のことなどすっかり忘れ去って、ヒヨりんはせかせかインタビューを続ける。

「ええええ!? ママに応募されて冒険者始めたにゃ!?」
「はい。それで、昨日そっこーでボスまで倒しちゃって。周りは大盛り上がりっすよ。……俺、はやく冒険者とかやめてーのに」
「こいつは逸材にゃ! ジャニーズみてぇな奴が現れたにゃ!」
 
『ジャニーズwwww』
『才能の暴力』
『やっぱヒヨりんって、目の付ける相手良いよね。外れなし』

 鼻高々に、ヒヨりんは盛り上がるコメ欄を眺める。
 その時だった。彼の声が、響いてきたのは。

「——……りました! わたくし稲葉、一肌脱ぎましょう!」

 ぼそぼそと、曲がり角の向こう辺りから声が響いてくる。
 ヒヨりんは小首をかしげた。

「……この声、いなばんくんにゃ?」
 ひそりと息をひそめて、ひよりんは壁から顔をのぞかせる。するとそこにいたのは、やはり稲葉蒼汰であった。安物の浮遊カメラに向かって喋っているのを見るに、配信中らしい。

『あれ、稲葉きゅんじゃん』
『今シーカーズで企画中www』
『ガチで可哀想な企画してる。四層まで一人で行かせるらしい』
『四層くらい、冒険者歴一年なら余裕だろ』
『見てこーぜwww』 

 ヒヨりんは、人を隠し撮りするような真似が好きではない。
 ゆえに声をかけようとしたのだが、次の瞬間――

「——え、ちょちょ!? まさか、やる気にゃ!?」
  
 地面を蹴って、弾丸の如く少年がゴブリン目掛け飛び出していく。
 小さく風が吹いて、ヒヨりんは思わず目を見開いていた。
 
「意外と……やるにゃ」
 
 そうだ、確かにそうだった。
 その後ろ姿だけを見れば、幾人かは「おお、流石冒険者歴1年目」と思うかもしれない。
 なにせ彼の身のこなしは確かに中々のものであり、どころか、その機敏さだけを取ってみればあるいは、中堅冒険者レベルのそれであったのだから。
 
『は?強くね?www』
『はっやwww』
『宣伝目当ての嘘つきか。スナイプ乙』
 
 想像以上の少年の健闘にざわつき、賑わいを見せるコメント欄。
 だが、しかし――
 
「うぉらぁぁああぁあぁああッ!!」
 獰猛な声を上げ振るわれる、稲葉蒼汰のダガー。
 それは、スカッ、と小気味よい音を立てた。 
 
 あまりにも盛大な、空振り。

「……え、空振った、にゃ?」 

 困惑。
 一瞬、その場の時間が止まる。 

 目を疑うヒヨりんだったが、それは見間違えではなかった。
 スカッ、スカッ、スカッ、スカッ。 
 
 一向に当たらない少年のダガー。
 稲葉蒼汰は……剣の扱いが究極的に下手だったのだ。 
 
『当たらねぇぇぇええwwww』
『攻撃力0の俊敏特化系冒険者キタァァァァwwww』

「当たれ当たれ当たれ当たれ……当たれぇっぇっぇええッ!!」
 祈る蒼汰だが、努力虚しく。
 
「グギャッ!」
「ぶぎゃぁぁっぁあああッ!?」

 そのまま呆気なくゴブリンの棍棒にふっ飛ばされる稲葉蒼汰を見て、ヒヨりんは絶句する他なかった。
 痛々しすぎて、コメント欄すら見ていられない。これは、あれだ。共感性羞恥心。

(ごめん……蒼汰くん。同接も5万人超えちゃった……。君のその醜態、5万人に見られちゃった)
 
「たははー……」
 笑うしかなかった。
 
 冒険者歴一年だという少年が、一撃でゴブリンにふっ飛ばされて泣きべそをかいているのだから。

「ああ、クソッ……」稲葉蒼汰が浮遊カメラのミュートボタンを押してから、目をゴシゴシと擦って弱音を吐き始める。「また、ゴブリンにすら勝てないとか……っ。あー、ああ、もう、無理だろ……。冒険者、やめよっかな……」
 
 ぶつくさ独り言ちりながら、蒼汰はどこかへと去っていく。
 しかし、ヒヨりんは彼を追う気にはなれなかった。というか……ここで更にインタビューを続けるなんて、あまりにも酷すぎる。 

「隠し撮りしちゃってごめんね。あ、ありがとうね~、いなばんくん~!」
 遠のく少年の背中に告げてみるが、聞こえているかは分からない。なんて背中なのだ。なんて哀愁漂う後ろ姿なのだ。ヒヨりんは思わず口元に手を当てた。目がかすかに潤む。

「ま、まあ、彼も頑張ってるのにゃ」 
 なんて言ってみるが、フォローできているとは到底思えなかった。
 
(一人の少年の冒険者になる夢が、たった今へし折れてしまった……)
 
『最弱冒険者稲葉きゅん……頑張れ~!!!』
『冒険者が夢諦めるシーン初めて見たwww』
『可哀想過ぎる……』 
『やめて然るべき。甘く見てるやつは死ぬぞ』

 コメント欄の反応も、多くは同情の声で埋まっている。
 だがしかし、冒険者の険しさを語り、厳しいコメントを送る人もちらほら。
 
 稲葉蒼汰の今後が気になるところであったが、その後もやはり彼抜きで生放送は進んだ。
 それから1時間ほど経って、ようやく生放送は終わる気配を見せつつあった。 

 浮遊カメラに向って、「それじゃあ、おつヒヨにゃ~!」と手を振るヒヨりん。
 しかし、その瞬間だった。

「――誰かっぁあっぁああッ!!」
 
 疑念は少しずつ確信に変わり、やがてヒヨりんは呆然とするしかなかった。
 聞き覚えのある少年の声。

「これ……いなばんくんにゃ!?」 
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