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#9 最弱冒険者VS大鬼VSタカシ ――②
しおりを挟む:覚醒いなばん
:目つきが違う
:んでこんなかっけーんだよ、Fランクのくせに
「まあ、任せるにゃ! お前もしっかり捕まっとくにゃよッ!」
「次左に2秒!」
「おりゃああああああニャあああああ!」
右に左に、ゆらゆらとバイクで大鬼の猛攻を翻弄する。
少しずつ近づいてくる、ハゲ頭の姿。
あと300m……200m、150m……。
「今だッ!」
「ほんと、ギリギリだにゃッ! ぎにゃぁあ!?」
ぶっ壊れたバイクが音を上げる。
転がり地面を滑り――その勢いのまま起き上がって走り出す。
「ありがとう、ヒヨりんッ!」
「すぐに行くにゃ! 浮遊カメラよりも人が撮った方が良い画になるのにゃ!」
この期に及んで放送の懸念なんて、やっぱりこの人も大概凄いなって思う。
……さて。
横幅約50m。タカシとの距離約、100m。サッカーコートの上で何度も見た景色と眼前の現実がリンクする。
視界が急速に広がる感覚。
あとはあいつに追いつくだけ。
それでこの距離は――俺の土俵だ。
一体、誰が思うだろうか。気づけるだろうか。
――足を失った不動の最強、【疾風の白兎】。
三年前のジュニアサッカー界に雷鳴の如く現れ、不敗の成績を残した『全てを置き去りにする俊足』の持ち主。それであり、とある不慮の事故を境に足を怪我し、走れなくなった『落ちた最強』。
その正体が……泥まみれで、がむしゃらにもがいている、俺だって。
強く地面を蹴り上げる。
全速力。ぶっ壊れた体を更に破滅に追い込むくらいの、命を削る全力ダッシュ。
「うぁ、く、来んな、来んな来んな来んなッ!」
30m、20m、10m……。
覚悟を決めたらしいタカシが、振り返ってナイフを構える。
「来いよ……いいぜ、やってやるよッ! 分かってんだ……お前の攻撃は、当たんねぇッ!」
「違うよ、タカシ」
「は?」
……まったく。
ここまで来て最後の最後にかけっこなんて、笑えるよ。
「グラァアア!」
追いついた。そういった具合に、大鬼がにやりと笑って棍棒をふりあげた。
タカシが天高く伸びる棍棒を見上げて、「ヒィィい!」と情けない声を上げる。
:でも、追いついてどうすんの? 大鬼と戦わせるっても、三つ巴じゃいなばんも死なね?
:バカ。戦わせるとかの次元じゃねーよ
:神回避見すぎて簡単に見えてるけど、それいなばんがヤバすぎるだけね
:並の冒険者なら、絶対に躱せない。
横薙ぎに迫りくる棍棒。
すかさず俺はスライディングの勢いで下に潜り込んだが、タカシは反応が遅れたらしい。
「ぐ、っぁああ!?」
なんとかナイフで受け止めたっぽいが、思いっきりふっ飛ばされて壁に叩きつけられた。さらにもう一発、追撃で棍棒を叩き込まれる。タカシがCランク冒険者でなければ、とっく死んでいるだろう。
ガハッ、と彼の口から大量の血液が迸る。すでに戦意は折れていた。瞳が濁り、死相が顔に浮かんでいる。
……いつも、タカシは俺の王者だった。
強くて、手も足も出ない、Fランクからしたら最強も最強の男。
それが今は、目の前で惨めに必死に呼吸をしてる。
変な、むずむずする感覚だった。
でも、これが彼との関係の終わりであることだけは、なんとなく理解していた。
「……俺、お前のこと嫌いだよ、タカシ。まあ、好きになるわけ、ないんだけど」
「……ぁ」タカシの口から息が漏れる。「た、すけて……」
「――お前、学校サボってこんなとこで何してんの? は? 冒険者?」
ふと思い出していたのは、タカシと出会ったときのことだった。金を稼ぐために冒険者を志して、ゴブリンに挑んで、フルボッコにされて。金とか、稼げる見込み無くて、どうしたらいいか、分かんなくて。しかも、ゴブリンに囲まれて、殺されかけて。そんなとき、タカシと出会った。
「――そんなことどうでもいいから、助けてッ!」
「――はは! すっげぇな、お前。ゴブリン5体に囲まれてここまで攻撃避けれんのかよ! まじおもしれぇ!」
「――い、いや、助けてっ!」
「――やだ! 面白いからもうちょっとだけ見させろ! んでお前、なんで冒険者やってんの?」
「――妹が病気で、金が……いるからっ!」
「――へぇ? だったらさ、俺の仲間になれよ。メンバー募集してんの!」
「――メンバー? パーティーとか?」
「――違う、MeTube! お前なら稼げるぜ、絶対。おもしれーもん。……入ってくれんなら助けてやるよ。どうだ?」
……嫌いだった。すぐ殴るし、給料俺だけ少ないし、パシリにするし、虫食わせるし。でも、それでも。
「――学校? サボって来たに決まってんだろ。あんなクソの掃き溜めいられるかっての。先生? あー、聞かれたよ? お前のこと。だから中指立てといた。センコーだの学校だのに奪われてたまるかよ。お前は、俺のもんだからな。ほら行くぞ、撮影開始だ、蒼汰」
「でも……」
虚ろな彼の瞳の奥に、心に届けばいいなと、ささやかに願う。
「感謝は、してるんだ。君が暗闇から俺を救ってくれたのは、確かだから。ありがとう、タカシ。……また」
「そ……た……」
死にかけのタカシが何かを言おうとするが、聞かない。もう、決別の決意は済んだ。
大鬼を振り返り、もう一度中指を立てる。タゲチェン狙いの軽い挑発。
「お前の相手はこっちだ。さて……フィナーレとしようか、大鬼」
ここでタカシを殺されても寝覚めが悪いし、それに、俺の世間からの印象も下がる。だから当初の予定では、ここでヒヨりんに目眩ましのアイテムを使ってもらうはずだった。
でも、変わった。
入り口で見張りをしている赤いバンダナを見かけて、にやりと笑う。
花を手向けて終わりにしよう。今回の【格上殺し】の、最大の功労者に。
「ガンジョーさん、今行きますッ!」
:ここにきてGANJYOOOOO!!!
:すまん、流石に笑ったwww
:涙返せwww
「えぇえぇえ!? ちょ、ちょちょちょっ、俺、心の準備がッ!」
一直線に、ガンジョーさんめがけて走り出す。
慌てる彼はしかし、覚悟を決めたらしい。頭をポリポリと掻くと、にやりと不敵な笑みを浮かべた。
「ったく。この後……まじでサインくれよ?」
「はい! 何個でも!」
「追加で焼肉定食奢られ確定なぁ!?」
腰に佩《は》いた太刀を引き抜き、ニカリと笑うガンジョーさん。
彼はすかさず腰を落とすと、独特な構えをとった。
大鬼が何かを感じ取ってか、すかさず立ち止まる。
しかし。
「残念、そこ俺の射程圏内。……【飛燕《ツバメ》斬り】」
シャキンッ、と鋭い音が響き……。
次の瞬間、大鬼がバラバラに崩れ去る。
一瞬の攻防。有無すら言わせぬ、瞬殺。
斬撃を空に飛ばす、刀使いの凄スキル。使える人は結構な人数いるが、そのどれもが威力不足。しかしガンジョーさんのそれは、鉄の装甲すら切り刻むという。
ちょっとの間コメントが止まって、一気に流れた。
:えええええええ!?
:えっぐ、バケモン
:コメント欄でネタキャラだと思ってたけど、やっぱこいつ本物だわ
:ちなみにガンジョーは普通に【フロントライン】所属のアカデミー出身、まだまだ伸びしろもあるバケモン冒険者ね
:2年間Aランクで停滞してるけどね
:3年でAランクまで行ったのが凄すぎるだけ定期
俺にとっての格上を、あっけないほど瞬殺する更に格上。
……届くかなぁ、俺なんかに。笑いたくなって、やめた。届くさ。……多分、いつか。
「蒼汰くん……っ!」
ぜぇはぁと息を切らして駆け寄ってくるヒヨりんが、ニカッと笑って俺にカメラを向けた。
「……よくやったにゃ! でも、こっからが始まりにゃ! やるにゃよ!」
初心者用迷宮、その第一層。
長い、長い一本道。爽やかな風が吹き抜ける。目元を隠す長い、長い前髪をさらって、風が通り過ぎていく。
きらびやかに開けた世界に微笑んで、カメラに向かって人差し指を向けた。
「今からちょうど一ヶ月後の今日――次の格上殺しを行います」
すっと息を吸って、吐き出す。
「最弱冒険者が【大鬼】に挑んでみた」
『うぉおぉおおおお!』
『逃げるだけじゃなく倒すんだな!』
『まじで今日の見てたら生ける気がしてきた』
『※彼の攻撃は当たりません』
『回避に極振りしてる男』
「どうぞご期待ください。俺、やるんで、格上殺し」
盛大に格好つけた顔をして、俺はあろうことかそのまま、立ったまま、気絶するのだった。
『最弱冒険者の神回避集が奇跡すぎるwww』『新星・稲葉蒼汰とは何者か。彼の強さの本質に迫る』『最弱にして最強、同接38万を記録した神の申し子――Fランク冒険者いなばんまとめ』『【一口切り抜き】突っ立ったまま気絶するいなばん』『いなばん可愛いシーン集』
など、あらゆる切り抜きが作られ、その全てがバズっていることを知るのはやっぱり、目を覚ましてからのことだった。
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