冴えない最弱冒険者な俺の日常が、大人気配信者の撮影に映り込んでしまったことで一変し始めている件

ぷぷぷ

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#11 分かりあえない?

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 一人になると不安が浮かぶ。これから大丈夫だろうか、とか。豪語しちゃったけど、本当にやれんの? とか。
 
「格上殺し。……大鬼を殺す、ね」
 想像したら、苦笑が漏れた。あまりにも荒唐無稽だ、ほんとに。
 これからのこと。俺の未来。仮に大鬼を殺せたとして、その後は? 次は、誰と戦うわけ? 3週間後、その全てが決まっているなんて、全く想像もつかないけれど。 
 
「ほんとに……俺の人生、どーなっちゃうのかね」
「君次第なんじゃない?」
「どぅわっ!?」
 
 背後から急に話しかけられ思わず飛び退く。
 振り返ると、ヒヨりんが濡れた艶やかな髪をタオルでわしゃわしゃしながら、にんまりと笑みを浮かべていた。
 髪が揺れるのとともに、ふんわりとフローラルの香りが鼻をかすめる。眠りを誘う甘い香りに、くらりと脳が揺れる。 

「驚きすぎ。……お風呂ありがとね」
「いや、それはいいんすけど……それ、俺の服……」
「うん。借りちゃいました」
 
 ぶいっ。お決まりのポーズ。
 だぼだぼな俺のパーカーを着こなしながら、両手を広げて見せびらかす。
 果たして下は履いているのか。分からないが、パーカー一枚といった様子で、程よく肉づいたつるつるな太ももが丸出しだった。 
 ゴクリと息を呑む。
 
 ……男子高校生には、刺激強くないっすか……っ!?
 
 深呼吸、深呼吸……。
 ドクドクと高鳴る心臓をなんとか落ち着かせる。
 
「似合って……ますね」
 って、絶対間違ってるけど! 絶対返事これじゃないけど! つかキモイ? キモくね、これは!
 しかし俺の杞憂など知らぬ存ぜぬ、日和さんは朗らかに笑うと、「ありがと」と流すように返してきた。 

「じゃ、私はお皿洗っとくから、お風呂入ってきなよ。明日は朝早いぞ~」

 すたたと去る日和さんの後ろ姿を見つめる。
 大人の余裕というんだろうか。全くもって相手にされていないような、なんとも思われていないような、言い知れぬガッカリ感。
 
 流し台につくと彼女は、どうやら残しておいたらしい米の研ぎ汁らしき水でつけ洗いを始める。
 ……節水。節約術だ。金なんて、ありあまるほど持っているだろうに。俺に合わせて? 
 
「……思ったより」気づいたら、言葉が漏れていた。彼女の後ろ姿を見ていたら、思わず。「って、言ったら失礼かもしんないですけど。しっかり、されてるんですね」

「ん~?」
 振り返らず皿を洗いながら、彼女は聞き返す。
「なに、意外だった?」

「動画だと結構はっちゃけてるし、豪遊するし……金遣いも、荒いと思ってた」
「全部キャラだよ」あっけらかんと彼女は言う。「本当の私はこっち。地味っていうか、普通でしょ?」
「俺は、本当の日和さんの方が、好きだけど」
 
 静寂が訪れてから、ようやくハッとなった。
 俺、クサすぎだって、流石にっ!

 日和さんは一瞬だけ言葉を止めると、自嘲するように笑う。

「嘘だぁ。本当はさ、ショックないんじゃないの?」
 タイミングよく最後の食器を洗い終える彼女は、こちらをちらりと振り返った。ゆっくりとにじり寄ってきて――そのまま、俺をソファの上に押し倒す。

「……え?」
 腰を曲げてこちらに顔を近づける日和さんは、じっと俺の目を見つめる。
 ……近くで見ると、もっと綺麗だ。
 程よく長い黒髪が俺の頬にこぼれる。充満する甘い匂いに、頭がぐらぐらした。吐き出した息が、確かな熱を帯びている。 

「見たんでしょ?」見透かすような声。彼女は意地悪に笑った。「私が、痴女だってコメント。太もも見てるのバレバレ。……期待しすぎだよ」
「んなっ!?」
 
 心臓が飛び跳ねる。というか、鷲掴みにされている気分だった。
 俺、今、手のひらで踊ってる。愚かなほどに。やばい、頭、ぼっとする。可愛いしか、思いつかないし。つか、俺、襲われてもいいです、今。
 
 空っぽ頭から、かろうじて言葉が紡ぎでた。

「それも……作ったキャラ?」
「さあね」
 
 日和さんは俺から遠ざかると、また流し台の方へと戻っていく。作業を続けるのだろう。

「もう12時だよ。子供は早く寝ないと成長しないよ? 明日は朝早くから企画だからハードだし、もう寝なよ。私はここで勝手に寝るから、大丈夫」
 
 ◇

 ――って、言われてもなぁああ!?
 
 寝室、ベッドでごろごろと悶絶する。
 
「なんだあれ……なんだあの人っ!」
 クソ野郎、思春期高校生の純情をいたぶりやがって!
 
 どくどくと心臓の高鳴りがやまない。女の人に押し倒されたことなんて、人生始めてだ。
 
 窓から差し込む月明かりにため息をつく。
 
「痴女ねぇ……」
 わりかしあの噂、あってんじゃねーかなーとか、思う。思っちゃうでしょそりゃ、あんなことされたら。
「何が本当なのやら……」
 
 ただなんとなく、遠いな、って思った。
 彼女と俺の間には、確かな壁がある。今じゃまだ壊せそうもない、おっきな壁。
 頼れるお姉さんなのは、間違いないんだけど。……大学生ってみんなあんな感じなわけ?
 
「……トイレ行くか」
 時刻を確認すれば、深夜2時。バカだなと我ながら思う。こんな時間までなに一人で騒いでいるのだか。
 肌寒い空気に体を震わせながら、薄暗い廊下を伝う。
 
 その道中で、薄明かりを見つけた。リビングから漏れ出る光に、目を見開く。
 
 ……起きてる?
 
「ひよ――」
 日和さん、起きてるんですか。
 言おうとして、止めた。
 
 ドアの隙間から見える日和さんの後ろ姿に、息を呑む。鳥肌すら立った。
 パソコンの画面にかじりつくように、動画の編集作業を続けている。
 
 ……2時だぞ? 明日も朝早いって、それはあんたもじゃないか。
 いつの間にか拳を握りしめていた。人気者はいいなとか、漠然と思っていた。でも、違った。いや、彼女がまれな存在なのかも知れないけど。 

 ……みんな、努力してるんだ。 

 なんで?
 金なんていくらでもあるはずなのに。まだ稼ぎたいから? 人気になりたいから?
 
 ねぇ、日和さん。なんであんた、そんなに頑張れんの?
 
 不意に視線に入り込んだ彼女のリュックサック、そこから溢れるセーラー服に視線を奪われる。 
 
 ……あれ、なんで? 大学生なのに? コスプレ? 趣味、かな。
 それか、いや、まさかだけど――高校生? 俺のこと、あんなに子供扱いしといて?
 
「わっかんねぇ……」
 いがいがした何かを抱えたまま、すっと足を引く。瞬間、ギィ、と木の軋む音が鳴った。
 
 っべ……ッ!
 咄嗟に影に隠れて口を手で押さえる。……バレた、かな。数秒間そのまま停止する。が、何も変わった様子はない。
 ふぅと安堵の息を漏らす――瞬間、勢いよくドアが開いた。

「まだ起きてたんだ?」
「あ、えっと。トイレ、行きたくて」
「そ。でも……趣味、悪いね、覗きなんて。ちょっと残念」
 
 突き放すような冷たい言葉に、ゾッとした。……バレてた。
 ひんやりと尻に触れる冷たい床の感触。

「アレ、見ちゃった?」
 アレ。アレが何を指すのか、おぼろげながら理解して、分かりながら首を横に振った。
「なんのことか、さっぱり。暗くてさ」
「そっか。ならいいよ。おやすみ」
 
 淡白な返事だった。これ以上踏み込んでくるな、そんな警告をひしひしと感じる。

「うん、おやすみ」
 浮かれていたのは、俺だけだった。なんとなくそのことを理解しながら、廊下に日和さんが落としたらしき風車の折り紙を見つけて、なんとなく、見覚えがあるなと思った。




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